第8話 『野営地』を探す
翌朝、目が覚めてからすぐに身支度を始める。
寝巻きを脱いでシャツに着替え、掛けてあった制服を袖を通し、新しい靴を履き紐を締める。
カバンを開けて、櫛を取り出し髪を梳いてからカバンに戻す。ついでに必要なものが全て揃っているか再度確認してから肩に掛け、最後に帽子をかぶり、気分を新たに部屋を出て階段降りるとターナー婦人がいた。
「おはようございます」
「あいよ、おはようさん」
挨拶をすると、丁度何かを包み終えたターナー婦人が、その包みを渡してきた。
「あんたら、すぐに出発するんだろ? このサンドウィッチを持ってきなっ! あの子の分も包んであるからね」
「あ……ありがとうございます」
包みを受け取ると、ターナー婦人は私を優しく抱きしめてくれた。
「道中気を付けるんだよ? あんたはしっかりしてるから安心だけど、あの子は無茶しそうだからねぇ」
「はい、大丈夫です。」
しばらくしてチィエルが大きな荷物を背負って降りてきた。
「おはようございます、チィ姉さん」
「おはよ~、それじゃ出発しようか! おばちゃん行ってくるね~」
ターナー婦人は、チィエルの頭を撫でながら。
「あいよ、気を付けて行っといで!」
ターナー夫人に見送られながら、私たちはターナー金物店を後にした。
◇◇◆◇◇
数時間後、私たちはトルターンへ向かう街道を歩いていた。
トルターンまでは徒歩で2日程かかるらしく、定期的に出ている乗合馬車を利用することも考えたが、正直路銀にそこまで余裕がないので徒歩でいくことになったのだ。
とてもいい天気だし、革職人さんが作ってくれた靴もあってか、道中は問題なさそうだ。
「この辺りは見覚えがありますね」
「あぁ、この辺は初めて会った辺りだからかな?」
周りを見渡すと、確かに見覚えのある景色だった。
私がチィエルと出会ってからすでに3週間ほどが経過している。魔力余裕がある時は、定期的に『夢の図書館』で捜索魔法を掛けているが反応はまったくない。
本当にここはどこなんだろうか?
聞いた話では、このクルト帝国は大陸のほとんどを統治しており、戦争があっても領主同士の小競り合い程度らしい。でも、私はクルト帝国という国を知らなかった。そうなると違う大陸という事だろうか?
少なくとも旅の最終目的である帝都には『帝立図書館』がある事をガレッドさんに聞いた。
図書館であれば色々わかるかもしれない、まずはそこを目指すしかないようだ。
「大丈夫か? ぼーっと歩いているとコケるぞ」
考えごとをしながら歩いていたせいか、傍目にはそう見えたらしく、チィエルが心配そうに顔を覗きこんできていた。
「大丈夫、ちょっと考えごとをしていただけだから、丁度いいからこの辺りで食事にしませんか? ターナーさんがサンドウィッチを用意してくたんですよ」
「おー! ちょうどお腹すいてきてたんだ~」
チィエルは街道から逸れた草むらに入ると、荷物から大きな布を取り出して広げた。
そこに座ると、私はカバンからサンドウィッチと水筒を取り出して彼女に渡す。
サンドウィッチは、燻製肉のスライスとレタスのような野菜が挟んだものと、滞在中に何度か目にした豆をペースト状にした物の2種類が入っていた。とてもおいしそうだ。
二人でサンドウィッチを頬張りながら、街道を行き来する人や馬車を眺めていく。
チィエルと同じように大きなカバンを持った行商人風の人や、簡易な鎧を着た冒険者風の人、馬車が数台通りすぎていった。思ったより交通量は多いようだ。
「結構人が通りますね」
「トルターンはフィスターンよりも大きな街だから、人も物もたくさん。……と言っても、あたしもほとんど行った事ないんだけどな」
サンドウィッチを食べ終わり、水筒に入っていたやや酸味のある甘めの飲み物で喉を潤わせてから出発の準備をする。
彼女は大きなカバンを背負って、こちらを向いて。
「さて出発! 今日は行けるところまでいくよ。このペースだと途中に小さい宿場町……というか村があるけど、そこには泊まらず、過ぎたあたりで野営かな~」
「わかりました、行きましょう」
私達は、再び街道を歩きはじめた。
◇◇◆◇◇
さらに数時間が経過し、日が沈みかけ空がオレンジ色に染まってきた頃、私たちは予定通り宿場町を越えた辺りまできていた。宿場町に泊まらなかったのは、例によって路銀の都合である。
現在は、街道から少し外れたところで『野営地』を用意していた。
用意と言っても以前誰かが使った跡地で、布を引いて簡易寝床を作れば、それで終りといた感じの場所だった。
食事の後、交代で火の番をする事を決め、先にチィエルが寝る事になった。
私だけでは不安なので、彼女は護衛用に精霊を1匹呼んでくれていた。
彼女なら乗れそうなぐらい大きな狼で、毛並みは白かったが身体は透けて向こうの景色が見えていた。外形が炎のようにユラユラと揺れている。
モフモフしているのかな? と触ろうとしてみたが、手は身体を通り抜けてしまった。どうやら実体化はしてないようだ。
「狼さん、貴方お名前は?」
「…………」
無言な上、プイッとそっぽを向かれた。
私、動物には好かれる方なんだけど、難しい子なのかな?
「精霊種なら狼でも喋れるかもと思ったけど……まぁいいわ、名前を教えてくれないなら、安直だけど貴方の事はハクローと呼ぶ事にする」
ピクリと耳が動き、尻尾をぱたりと一叩きした。
気に入ってくれたのだろうか?
それから、しばらく独り言のようにハクローに話かけてみたが、多少反応するものの無言のまま時が過ぎていった。
夜も更けはじめた頃、チィエルがモゾモゾと起きだした。
「う~ん……なにか変わった事はあった?」
「特にはなにも」
「それならペケも寝ちゃって、火の番を交代するから……あ、お前はもう帰っていいよ」
その言葉に反応して、ハクローは霞のように姿を消した。
「あの子、なんて名前なんです?」
「名前? う~ん、どうだろ? 本契約じゃない精霊には名前なんて付けないからな~」
「そうなんだ」
私はゴソゴソと寝床にもぐりこむ。先ほどまでチィエルが寝ていたからか、ほどよく温かかった。
慣れない距離を歩いて疲れていたのか、私はそのまますぐに眠りについた。