第5話 『猫』を探す★
私たちは息を切らせながら路地を走っていた。
……と言っても切らしているのは私だけで、先に進む彼女は息一つ切らしていない。
結果だけ言ってしまえば、私たちは千載一遇のチャンスを逃していたのだ。
昼食を取った後、再び『保証人』捜しを始めた私達は商店街へ来ていた。
そして、最初に入った革職人のお店で……。
「子猫が帰ってこないんだよ」
こんな内容の相談を受けたのだ。
そう、この子猫とは私が先程まで遊んでいた子猫の『マーニャ』ちゃん。
店主はこの猫をとても大事にしているそうで、連れて帰って来てくれたら『保証人』でもなんでもなってくれると約束してくれたのだ。
私たちは急いで公園まで戻り、2人で徹底的に捜してみたが、すでに子猫の姿はなかった。
「こうなったら街中をくまなく捜そう!」
「いくらなんでも街中捜すのは無理が……あっ」
何の手がかりもなく子猫を捜すのは、さすがに無理と諦めかけた時、ふと思いついた事があった。
捜索魔法を使ってみたらどうだろうか?
この捜索魔法は、条件にあわせた目的地を探し出す魔法で、通常は図書館内で必要な本を見つける際に使う魔法だ。
ただ消費が激しく、現在の心もとない魔力では、さほど広い範囲は探せないと思われた。
しかし、闇雲に捜すよりはずっといい。
「私が捜索魔法で探してみます」
「へぇ、聞いたことない魔法だけど、そんな事できるのか?」
「ちゃんと見つけれるかはわからないけど……見ててください」
私は手を合わせて魔力集中させる。
私を中心に波が広がるイメージを頭に描いて手を広げると、その間に周辺の地図を表示された。
昨日、今日としっかり睡眠や食事を取っていたからか、思ったより広範囲の地図が作成できた。これならば見つける事ができるかもしれない。
目標物の指定にはワードという言葉を示さなくてはならない。
「黒い子猫」
ワードが浮かび上がると同時に地図上に複数の赤いマーカーが表示される。
「革の首輪 マーニャ」
続けてワードをつぶやいていくと、1つのワード毎に赤いマーカーが消えいく。
そして、1つの赤いマーカーだけが地図上に残った。
そこで捜索魔法を止めて、私は南東の路地を指しながら。
「あっちの路地の先にいるみたいです。そんなに距離は遠くない」
それを聞いた瞬間、チィエルは路地に向かって走り出した。
魔力を消費したためか若干の脱力感があったが、一切の疑いもなく走り出した彼女の後ろ姿に引っ張られるかの如く私も走りはじめた。
そして、私たちは路地を走り抜けた。
そこは若干開けた空き地で子猫の姿はなかった。
「いない……いないじゃん!」
彼女の抗議はもっともだが、私も捜索魔法を失敗したことなどない。
これに関しては私にも絶対の自信があった。
「必ずここにいるはずです!」
「……ちょっと待って?」
彼女の耳がピコピコ動くと、急に顔を上に向け空を見上げた。
私もつられて見上げる……あっ。
彼女は空を見上げたわけではなかった。私たちの視線の先には屋根の上で鳴いている子猫の姿が映っていた。
「なんで、あんなところに? 早く助けないと!」
その瞬間、猫が足を滑らせ屋根の上から落ちてきた。
いくら猫でも高すぎるし、あの子は子猫だ。堕ちたら無事ではすまない!
「あぶないっ!」
私は全く反応できなかったが彼女は違った。
子猫が堕ちたと思った瞬間、建物へ駆け寄り、壁を蹴ったかと思えばそのまま壁を駆け上がった。
さらに落下中の子猫を空中でキャッチすると、回転しながらふわりと着地したのだ。
いったいどんな運動神経をしているのだろうか? そんな事を思っていたら、突然彼女の悲鳴が聞こえた。
「いったー!」
どうやら抱きしめていた子猫に引っかかれたようで、子猫を放り出していた。
逃げ出した子猫は、すぐさま私の元に駆け寄って後ろに隠れてしまった。
「ガー! この恩知らず!」
彼女は怒っていたが、私は興奮した様子の子猫を落ち着かせてから抱き上げて保護に成功した。
こうして私たちは、無事に子猫を革職人さんに返して『保証人』の約束を取り付けることに成功したのだった。
◇◇◆◇◇
それから3日が経っていた。
私たちは、いつの間にか『探し物のプロ』として評判になっており、失物捜索の依頼がたくさん舞い込んでいた。
あの日の夕食時にチィエルが話した捜索魔法の事がターナー婦人経由で近所に広まってしまったためで、お陰で『保証人』の数は増えて、すでに10人程になってはいた。
しかし、仕事が忙しすぎて、まだ役所に登録にいけていない状態だった。
評判になりすぎていたのだ……。
現在、私たちは役場内にある生活課の応接室にいた。
目の前には課長のガレッドが座っていて、隣には憲兵と思われる兵士が一人立っていた。
私たちは『冒険者免許』の為に自らここに訪れたのではなく、今朝憲兵によってもぐりの冒険者として連行されてしまったのだ。
「お前ら、何したかわかってんのか?」
ドスの効いた声に、私はすぐにでも逃げ出したかったが、彼女は……。
「知るか、ハゲ! ……むぐむぐ」
すぐさま彼女の口を塞いでガレッドの顔をちらっと見てみたが、すっかり茹でダコの様になっており、額には青筋が浮かんでいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「まったく最近のガキは……おぅ、もういいぞ!」
ガレッドは後ろの兵士に顎で合図すると、兵士は敬礼してから部屋から出て行った。
兵士が出て行った後、ガレッドはバンッとテーブルを叩いた。
その音に、私はビクッと体を強張らせる。
「あの……?」
「いいか? 今回だけだぞ?」
ガレッドの手がテーブルから離れると、2つのカードの様なものが置かれていた。
「これは?」
「お前らが欲しがってた『帝国内自由往来身分証明書』だ」
「え?」
ガレッドは大きなため息をつきながら。
「今回の違法行為は大目にみてやる。市民からの懇願もあったしな。それに失物捜索は後回しにされがちだったから、ある意味助かった」
実感があまりわかないけど、どうやら念願の『冒険者免許』を手に入れることが出来たようだ。
「そんなことより……そろそろ離してやらんと、そのガキ死ぬぞ?」
「え?」
ふと隣を見てみると、口と共に鼻も塞がれて窒息寸前のチィエルがぐったりしていた。
「ごめんなさい、チィ姉さん! しっかりして!」
すぐさま手を離してユサユサと揺らす。
こうして色々な問題はあったが、私たちは無事『冒険者』になれたのだった。