第20話 『最初の読者』を探す
2週間後、フィスターン・トルターン街道の中間ぐらいにある森の中を、私たちは歩いていた。
薄暗い森の中をほとんど獣道と変わらない道を、掻き分けて進んでいる。
「チィ姉さん、まだですか~?」
「もう少しだって」
「それさっきも聞きましたよ?」
そんなお約束な会話をしながら向かっているのは、約束していたチィエルの実家である
まさかこんなに森深くにあるとは思っていなかった。
「ほら、聞こえるだろ?」
「……なにがです?」
「カーン! カーン! って音」
耳を澄ませてみたが、私に聞こえるのは森のざわつきだけだった。
「ほら、いこう!」
彼女は、私の手を掴むとグイグイっと進んで行く。
何度か転びそうになったけど、なんとかついて行くと、急に開けた場所に出た。
一気に広がった視界に先には、大きな樹が見えた。樹齢数千年……ひょっとしたら1万年を越えているかもしれない。
「綺麗……」
「にしし、凄いだろ? あの樹の下に家があるんだよ」
チィエルに手を引かれ大樹の方へ歩き出すと、ある音に気がついた。
カーン! カーン!
「この音、何の音です?」
「あぁ、父さんが仕事してる音だね」
さらに歩いていくと大樹の同化してる家と、近くに煙が上がっている小屋が見えた。
小屋の前には、褐色の男性がしゃがんで井戸の水を頭から被っていた。
チィエルは、その男性に向かって手を振りながら。
「父さん、帰ったよ~」
どうやらチィエルの父親らしい、そう言えば写真で見た風貌に似ている。
振り返りながら立ち上がった男性をみて、私は驚きのあまり固まってしまった。
「おぅ、チィエル、帰ったのか」
背が高いとは聞いていたけど、彼女の軽く2倍はありそうな巨漢で、細い印象だが筋肉はしっかりついた感じだった。
彼は重くゆっくりした口調で。
「……その娘は、人か?」
「なに言ってるの? 冒険仲間のペケだよ」
「冒険仲間? ふ~む……まぁいいか。沈黙の森のガーディだ。チィエルの父になる」
「あ……よろしくお願いします」
慌てて頭を下げると、家の方から可愛らしい声が聞こえてきた。
「あら、珍しい。お客様?」
「あっ母さん」
現れた女性の顔の造形や身長などは、チィエルに非常によく似ていた。
違うところと言えば、肌が輝くように白く、綺麗な金髪は地面に付きそうなぐらい長かった。あとエプロンの上からでも主張が凄い胸が印象的で、幼い容姿と正直アンバランスだと感じた。
「ペケと申します、よろしくお願いします」
「あらあら、ご丁寧に……わたしは、輝きの森のエルフィよ、よろしくね」
ふと気になった事があったので、チィエルの耳元に顔を近付け、小声で聞いてみる。
「なぜ、何とかの森って付けているの?」
「ん~? あぁ、エルフ族の正式な名乗りの時は付ける伝統があるみたい? あたしは付けたことないけどな~」
彼女はカラカラと笑っている。
そんな娘の様子を見ながら、エルフィさんが笑顔で手を広げながら。
「長旅で疲れているでしょう? さぁさぁ、家に入って」
「えっ? ありがとうございます」
私は誘われるまま、樹の家に入っていく。
◇◇◆◇◇
その日の夜は、旅の報告をしながら夫妻と共に夕食を取った。
チィエルが無茶をしたシーンの話になると、エルフィさんに小言を言われていたが、彼女は楽しそうに強がってみたり、お姉さんぶってはガーディさんに笑われたりしていた。
食事が終り、お風呂に入った後、チィエルの部屋で一緒に寝る事になった。
「ペケ、明日にはもう発つのか?」
「はい、そのつもりです」
がっかりした顔で、黙ってしまった彼女に、私はポンッと手を叩いて。
「あっ、そうだ! チィ姉さんに受け取ってほしい物があったんです」
彼女は首を傾げていたが、私はカバンから『本』を取り出して彼女に差し出す。
「これ、ペケがいつも書いてた?」
「はい、私とチィ姉さんの冒険記ですよ。完成したので、チィ姉さんに『最初の読者』になって欲しくて……」
「あたしたちの冒険記!」
自分たちの冒険記と聞いた瞬間『本』を受け取り、ベッドの上に広げると笑顔で手招きして。
「一緒に読みながら、旅の事を話そう!」
「えぇ、いいですね」
「今夜は寝かさないぜ!」
「……どこでそんな言葉覚えたんですか?」
実は、ここまでの帰路で『本』は完成させた……つもりだけど、私は帰ることができなかった。何かが足りないのかもしれないけど、理由はわからない。それとも見当違いだったのだろうか?
「あっそうだ!」
彼女はベッドから飛び降りると、脱ぎ散らかしていたケープから留め金を取りベッドに戻ってきた。
「お礼にコレあげる! 父さんが旅立ちの時にお守りとしてくれたんだ!」
差し出された小さい手には、彼女がいつも身に付けていた黒と銀の十字型の留め金。
「いいんですか?」
「うん、ペケに貰って欲しいんだ」
少し泣きそうになったのを、グッと堪えて受け取ると。
「ありがとうございます、大切にしますね」
「さぁ、一緒に読もう!」
場面場面で、感想を言いあったり、思い出に浸ったり、笑いあいながら読み進めていくと、帝都編のところでページを捲る手が止まった。
「この吟遊詩人の夢って、道標の吟遊詩人かな?」
「道標の吟遊詩人?」
「うん、この国の古くからの言い伝えで、夢に出てくる吟遊詩人は、進むべき道を示してくれるって話があるんだよ。だから、この爺さんの言葉が何かの暗示なのかもな~」
そう言われて、私は老人の言葉を思いだす。
確か物語が終り消えてしまった英雄の詩と、お爺さんの矜持の話。
その間、彼女はページを捲って先を読み進めている。
「この英雄の詩は、有名な奴だな~、帰りたくて『物語』を終らせた英雄の話」
「え? 『物語』が終ったから消えてしまった英雄の話じゃ?」
「い~や、この英雄は帰るために、頑張って『物語』を終らせたんだよ。少なくても私はそう聞いたな~」
どういう事だろう? 『物語』が終った結果ではなく、『物語』を終らせるのが手段だった?
その瞬間、カチリとパズルがはまった音が聞こえた気がした。
吟遊詩人の言葉と共に、私の意思とは関係なく言葉が紡がれていく……。
詩は歌い上げれなければ意味がなく……
「……『物語』は書き上げなければ意味がなく」
歌は聴衆が居てこそ完成する……
「……『物語』は読者が居てこそ完成する」
それがたった一人の客であってもな……
「……それがたった一人の『読者』であっても」
頬が濡れているのがわかる。
彼女が、この『本』を読み終えたら、私はこの場から消えてしまうかもしれない。そう思った瞬間、思わず彼女の背に手を伸ばすが、グッと我慢して涙を拭く。
「どうした? 大丈夫? ペケ」
「だ……大丈夫です、ちょっと目にゴミが……」
しばらくして、彼女は『本』を読み終えてしまった。
「終った~……ふわぁ~さすがにちょっと眠いな~、明日も早いしそろそろ寝よっか」
「……そうですね」
私たちがベッドに寝転ぶと、彼女が手を握ってくれた。
「元気ないな~明日お別れで悲しいのは、あたしも一緒だけど……」
「……」
「またいつか会えるよ。ペケなら、いつでもあたしを探し出せるだろ? あたし待ってるからさ!」
その言葉に涙が溢れてしまい、言葉にならない。
彼女は何も言わず、私の頭を優しく抱き締めながら、頭を撫でてくれる。
そのまま私たちは眠りについた……。
◇◇◆◇◇
私は暗闇の中にいた。瞼を閉じているのだろうか?
何も見えないが懐かしい匂いがする、紙とインクと埃の匂い。
決心して瞼を開くと、私は『本』を持って書架の前に立っていた。
「ここは……」
『夢の図書館』……私は帰ってきていた。
『本』に飛ばされた時と、まったく変わっていない感覚。
ひょっとして夢でもみていたのだろうか? いやそんなはずは! しかし、自信が持てない。
「今、何時だろう?」
懐中時計を取り出そうと、内ポケットに手を入れる。
しかし、いつもはない何か硬い物に手が当たったので、私はそれを取り出してみた。
「あ……」
それを見た瞬間、ふいに涙が溢れてきた。
そう、それは彼女がくれた十字の留め金だった。
私は『本』を落とし、十字の留め金を握りしめながらしばらく泣いた。
ひとしきり泣いた後、十字の留め金をポケットにしまう。
そのまま『魔法の栞』を出すと、『本』を拾いページの間に栞を挟む。
栞を挟んだ『本』が一瞬発光する、転送の光だ。
しばらくして、発光が止まるのを確認した私は、栞を引き抜く。
『本』を書架に戻すと、一瞬で消えてしまった。
どこかの棚に移動したのだろうか?
もう見つける事は叶わないかもしれない、でもそれでいい。
私は帰ってきたのだ。
私にはやるべき事がある。
主が気に入る本を、私は今日も探すのだ。
それが私の役目であり、存在理由なのだから……。
私は、栞をポケットにしまうと、しっかりとした足取りで書架の間を歩きはじめた。
『続・ペケさんは今日も探す』は、一回ここで終了です。
ただ、この後に後日談として、エピローグが入ります。
そちらもお楽しみいただければ幸いです。




