第19話 『夢の図書館』を探す
カクッと落ちる感覚で顔を上げると、先ほどまで座っていた帝立図書館の一室だった。
どうやら眠ってしまってたみたいだ。
瞼を擦ろうと手を上げると、掌がボーっと緑に光って見える。
「これは捜索魔法の光? 寝ぼけて魔法まで使うなんて……」
自嘲気味に笑うと、捜索魔法を消す前に、もう一度地図を見た。
片手で収まる程度の範囲だし、検索エリアは半径で5mぐらいだろうか?
そこの中心に、かなり微弱に赤いマーカーが表示されていた。
「ワードは、なんだったかな?」
私は夢の内容を思い出そうと考えながら、左右に手を振ってみた。地図上のマーカーも中心から左右に振れる。
揺らした手の先にある、『本』を見つめる。
「どうやら、この『本』を示しているみたいね?」
少し疲れてきたので、捜索魔法の展開を停止する。
消した時、ふと胸のリボンが目にいった。……あれ? さっき外したような?
しばらくして徐々に内容を思い出してきた。確か吟遊詩人のお爺さんが出てきて……。
「そう『図書館』だ。図書館に帰ろうとして捜索魔法を使ったはず」
でも、この『本』を示すなんて……いえ、本当は気が付いていた気がする。
帰るためには、この物語を完成させなくてはいけない事を……。
私が、そう考えるようになったのは、他にも理由がある。この『本』に起きている不思議な現象だ。
私は『本』を閉じ、表紙を見つめる。
最初は擦れて読めなかったタイトルだったけど、執筆を始めて完成に近付くにつれ、徐々にはっきり浮かび上がってきていた。今では何とか読めるまでになってきている。
「チィエルとの物語」
そう、これがこの『本』のタイトル……。
◇◇◆◇◇
5つ鐘が鳴る頃、図書館から出て行くと、すでにトールさんとチィエルが待っていた。
チィエルが元気に手を振っている。
「おーい、ペケ! 遅いぞ~」
「……チィ姉さん、元気になったんですね」
彼女はニカッと笑いながら、親指を立てると。
「さっきのおっちゃんに、新しい情報を教えて貰ったんだ!」
さっきのおっちゃんと言うと……あの筋肉店主だろうか?
あまり思い出したくないのだけど……。
「まぁ、お話は帰りながらしましょう。トールさん、お願いします」
トールさんは、帽子を軽く上げるとドアを開けてくれた。
◇◇◆◇◇
スイリー家別邸への帰路、馬車に揺られながら、彼女は新しく仕入れてきたという情報について話してくれた。
「……美人の泉ですか?」
「そうそう、美人になるらしい! フィスターンより、ずっと向こうに聖なる山って所があって、そこに美人の泉が沸いてるらしいんだよ!」
あの筋肉店主の情報ですよ? 嫌な予感しかしないのだけど……。
「今度は、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって、今度はちゃんと聞いたし! 傷にも肌にもいい泉だって話だし、さすがに今回は筋肉をつける感じじゃないでしょ!」
それ……ただの温泉なんじゃ?
「じゃ、次はそこに向かうんですか?」
「そのつもり!」
新しく目的ができて、腕や足をパタパタと振り回している。
正直不安だけど、元気になってくれたのは良いこと……かな?
「それで、ペケも一緒に行かないか?」
私は少し考えてから首を振って。
「もう少しで帰り道がわかりそうなんです。だから……」
「そっか~……」
耳が垂れて落ち込んだ様子だったが、それでも笑顔を向けてくれて。
「よかったじゃん、帰り方がわかりそうで!」
「えぇ、でもフィスターンまではご一緒してもいいですか?」
私の言葉に反応して、再び嬉しそうな顔に変わり。
「なんだ、ペケの目的地もそっち方面なのか? それじゃ、ついでにあたしの家に招待してあげる! 母さんや父さんに紹介したいし!」
「ありがとうございます、是非」
◇◇◆◇◇
私たちはそれから1週間、帝都に滞在することになった。
その間は、帝都を観光したり、帝立図書館で本を読んだりと、それなりに忙しく動き回っていた。当然執筆も進めるのも忘れてはいない。
1週間も帝都に滞在した理由は、崩落したセレス大橋の修復を待つためで、昨日やっとライさん経由で連絡があり、通行できる事がわかったので最後の旅立ちを決意したのだ。
旅立ちの朝、ライさんとメアリーさんに見送られて、スイリー家別邸を出発した私たちは、トールさんの馬車に揺られて街中まで来ていた。
彼が別れ際に、いつもの様に帽子を傾け。
「さようなら、お嬢さんたち」
……と、言ったのには心底驚いた。
この1週間で、彼が喋ったのはこれが初めてである。
衝撃のあまり固まってしまい、危うく乗合馬車に乗り遅れるところだった。
こんな事で乗り遅れたら笑い話にもならない。
しばらくして停車した乗合馬車は、あまり大きな馬車でなかったので、私たちを含めて6人で満席状態だった。満席なのを確認すると御者はセレスターンに向けて馬車を走らせはじめる。
今は、その馬車に揺られながら、風景が流れていくのを眺めていた。
ここからフィスターンまでは、約2週間ぐらいかかる。
それまでに、あの『本』を完成させなくては……。
そんな事を考えていたら、チィエルが顔を覗き込んできて。
「ペケ、大丈夫か?」
「えぇ、ちょっと考え事をしていただけですよ」
私は、少しぎこちない笑顔でそう答えた。




