第1話 『原因』を探す★
土や草の匂いがする……。
穏やかな陽光に暖かな風が心地よく、程よい眠気を誘う。
このまま眠っていたいと思った。
しかし、そんなささやかな願いも何かが頬をつつく感覚が邪魔をする。
誰? と思っていると、遠くから微かに声が聞こえてきた。
「……た、……おき……って」
静かに瞼を開けると、まぶしい太陽の光と共に一人の少女が私の頬をつついているのが見えた。
薄い褐色の肌に、金色の髪が太陽の光を反射して輝いている。
「お? 起きたか、何でこんな所で寝てたんだ? こんな所じゃ魔物に食われるぞ」
身を起こして周りを見渡すと、そこは一面緑に覆われた草原だった。
ここはどこ?
それより、この少女は?
「……貴女は?」
状況が掴めないまま少女に問いかけると、彼女は明るい笑顔で名乗ってくれた。
「あたしの名前はチィエルだ。あんたの名前は?」
私?私の名前は……。
「私はク……いえ、ペケと呼んでいただければ……」
それを聞いた彼女は笑い出しながら、手を差し伸べて。
「ペケ? はははっ、変な名前だな!ほら、立てる?」
お気に入りの愛称をバカにされて、少しむっとしながらも彼女の手を取り立ち上がる。
「……ありがとう」
改めて少女の姿をみると、背丈はあまり高くない私より20cmは低く年齢は12歳ぐらいだろうか?
緑のケープと薄い茶色のハーフパンツ。大きなベルトには小柄な体型に似合わない大きめなナイフが取り付けられていた。
何より特徴的だったのは、彼女の長い耳である。
ピコピコと動いているところを見るとニセモノではないようだが……。
「貴女は……エルフか何か?」
動いていた耳をピタリと止めて、自分の耳を人差し指で弾きながら。
「この長い耳を見ればわかるでしょ? それより、あんたはどこから来たの?」
どこから? そう、私はなぜここにいるのかしら?
私は目を瞑り、自分の身に何が起こったのか思い出してみる事にした。
「私がどこから……?」
◇◇◆◇◇
確か……私は『夢の図書館』にいたはず。
『夢の図書館』―――
私の勤務先で、無限の蔵書が増え続ける図書館だ。そこには様々な物語や夢が収められている。
私は、いつもと同じ様に主が気に入りそうな本を探して書架の間を歩いていた。
特に変わった事はなかった? ……いえ、何か見つけて……?
そう、アレは確か『本』……本はそれこそ無限にあるのだけど、その『本』は『タイトルがない本』だった。
私は、その不思議な『本』に興味を持ち、書架から取り出して読みはじめた。
次の瞬間、この草原にいた。あの『本』に何か『原因』が……? 考えてもわからないけど、そう考えるのが自然な気がしていた。
そうだ。
突然こんな所にいた私は『夢の図書館』を探そうと、捜索魔法を使ったのだ。
だけど、ここは図書館の外で魔力が少なくて、小さな範囲しか捜すことができなかった。
焦った私は、そのまま限界まで捜索範囲を広げてみた。
ほんの一瞬広がった範囲の中には、何の反応もなかった……。
つまり、この近くには『夢の図書館』は無いという事だ。
そして、私の意識はそこでブラックアウトした。
症状から察するに完全に魔力切れ……無理やり搾り出したせいで魔力が枯渇しかかり、そのせいで私は意識を失ってしまったのだ。
気絶していたことが結果として休憩となり、現在は多少魔力が戻っているのを感じる。
しかし、この程度ではサーチの魔法を使ったとしても、また同じ結果が待っているだろう。
◇◇◆◇◇
現状を理解した私は、正直に彼女に話してみた。
「『夢の図書館』? う~ん、聞いたことないな~」
「そう……」
彼女が知っている事に一縷の希望を託してみたが、やっぱり知らないようだった。
私が落ち込んだ様子だったのに気がついたのか、彼女は続けて言った。
「あんたがどこから来たのかよくわからないけど、ここはクルト帝国でフィスターンとトルターンの境目の街道近くの平原だよ、あっちが私が来た森ね」
そう指差した先の遥か遠くに森らしいものが見える。
しかし、クルト帝国? まったく聞いた事がない。
それに聞き慣れない言葉が出てきたので、素直に聞いてみる事にした。
「フィスターンとトルターン?」
「街の名前さ。あたしは森から出てきてフィスターンに向かっている途中なんだ」
困った、どれも聞いたことがない……。
でも街のような人が多い所であれば何か情報が得られるかもしれない。
「そこに私も連れて行って貰えないかな?」
「フィスターンに? まぁついでだし、別にいいけど」
彼女は思いのほか簡単に了承してくれた。
しかし、こんな小さい子が一人で出歩いて大丈夫なんだろうか?
「ありがとう……チィエルちゃん」
私は思わず頭を撫でていた。
ところが彼女はいきなり怒って手を払いのけ、私を怒鳴りつけた。
「ガー!頭を撫でるなっ! 私はこう見えても18歳だぞ、あんたいくつだよ!?」
「えっと……」
自分の容姿を思い出しつつ首を傾げながら。
「確か……15歳ぐらい?」
それを聞いた彼女は、まったくない胸を誇りながら突き出しながら言った。
「な……なんで疑問系なんだ? とにかくあたしの方がお姉さんだぞ!」
この容姿で18? エルフは長命だというから、そういう生物なのだろうか?
そんな事を考えながらも、怒っている彼女をなだめる為に……。
「……チィ姉さん?」
そう呼ばれた彼女は跳ねて喜びながら。
「姉さん!そうそう、お姉さん!そう呼ぶといい」
この子……詐欺とかに騙されなければいいけど……。
「よし、ペケ! さっそくフィスターンへ行こう」
そう言うと、彼女は私の手を取って歩きはじめた。
この手の僅かな温かみが、今の私には唯一の希望だ。