第9話 『安宿』を探す★
朝日が昇りきっておらず、まだ霧が出ている頃、鼻孔をくすぐるいい匂いで私は目覚めた。
瞼を開けると、鍋を火にかけているチィエルの姿が見える。
「……おはようございます」
「ん? おはよ~」
身を起こして、鍋を覗き込む。
「何を作っているんですか?」
「豆のスープ、もうちょっと待ってて」
寝床に戻って、外してあったリボンを付け防寒用にかけてあった上着も着る。カバンから櫛と手鏡を取り出すと手鏡を見ながら髪を梳いていく。
「出来たぞ~」
朝の身だしなみを整えていると、スープが完成したようでチィエルが呼んでいる。火の前まで行くと、彼女がお皿にスープをよそってくれた。あの後、干し肉もスライスして入れたようで、とても美味しそうだ。
さらにカバンから、楕円形のパンを半分に切った物を取り出し渡してくれる。
「ありがとう、美味しそうですね」
まずはスープから食べてみる。朝の肌寒さに優しい暖かさがとても美味しい。
パンは固かったが、チィエルを見習ってスープに浸して食べてみたら、こちらもとても美味しかった。
食事が終わった後、彼女は近くにあった川でささっと鍋や食器などを洗ってから、カバンに押し込んでいる。
「チィ姉さん、旅に慣れているんですね?」
「ん~? あぁ、そんなに遠くは行ったことないけど、父さんと狩りに行った時とかに色々教えて貰ったから」
「なるほど」
「でも母さん、肉食べないから食事は豆のスープばかりだったんだよ! 美味しかったけど、この身長なのもきっとそのせいな気がする……」
何かを思い出したようで沈んだ表情になってしまった。その時、彼女の髪が少し乱れているのに気が付いた。
カバンを背負おうとしている彼女を呼び止めて笑顔で手招きをする。
「チィ姉さん、ちょっとこっちにきて座ってください」
「どうした?」
荷物を置いてチョコンっと私の前に座る。
「あっち向きで」
そう言って彼女の肩を持ってくるりと回すと、結ってある髪を解く。
「な……何を!」
ジタバタと暴れていたが、髪に櫛を入れるとすぐにおとなしくなった。
「ダメですよ。女の子なんですからボサボサの髪のままじゃ……いつもはどうしてたんですか?」
「母さんやおばさんが……って、いやいや自分でもやってたぞ……たまにだけど」
最後のほうは小声になっていた。
しばらく髪を梳いていると気持ちいいのか、撫でられておとなしくなっている猫のようになっていた。最後に髪をいつものように結うと軽く肩を叩いて終了の合図を送る。
「べ……別にボサボサのままでもよかったんだからなっ! でも……ありがと」
「はい、どういたしまして」
朝の準備も終わり、私たちはトルターンに向けて出発することにした。
◇◇◆◇◇
トルターンへの街へ近付くにつれ、ふと気が付いたことがあった。
「廃屋が多いですね?」
「街道を作った時の名残らしいよ」
「そうなんですね……」
街道を逸れた木と木の間に、一際大きな建物が見えた。
あれは教会? あんな立派な建物でも人がいなくなれば廃墟になってしまうと考えると、なんだかとても寂しい気分になってしまった。
「おっ、トルターンが見えてきたぞ!」
そんなセンチメンタルな気分も、彼女のその一声のおかげで、次の街への期待に上書きされてしまう。我ながら現金なものだ。
その後、雑談しながらしばらく歩いているとトルターンの正門にたどり着いた。
門に近付くと厳つい顔の兵士が身分証の提示を求めてきた。
そう、これが門番としての正しい姿である。やはりフィスターンの門番ドーガさんは、いい加減だったのだろうと思った。
私たちが『往来証書』を彼に渡すと、厳つい顔でジロジロと証書と私たちを見比べて睨んでいたが、ガレッドさんの顔を見慣れていたので、さほど怖くはなかった。……慣れは怖いですね。
「通ってよーし!」
彼はそう言うと証書を返しながら道を開けてくれた。
私たちは、ついにトルターンに到着したのである。
◇◇◆◇◇
トルターンの街に入った私たちは、まず荷物を置くために宿を探すことにした。
正門近くの大通りに面している宿は高級店で、私たちのように路銀があまり無い旅人は、表通りからだいぶ離れた『安宿』を探すしかなかった。
「よし宿を探しにいこう!」
彼女は握りこぶしを掲げ軽い足取りで路地裏に入ろうとしたところ、いきなり後ろから怒鳴り声にも似た大声で呼び止められた。
「おーい、お前たちっ!」
振り返ってみると先ほどの厳つい顔の門番が走りよってきた。
何か不備でもあったのだろうか?
「なにかありましたか?」
「今、その路地に入ろうとしていただろう?」
「私たち、これから宿を探しに行くんだ」
くわっと、さらに険しい顔になった門番は怒鳴り声で。
「ダメだダメだ! お前らのような子供たちが2人だけで路地裏に行くなど危険極まる! 特にそっちの小さいのなんて、すぐに担がれて攫われてしまうぞ」
「ガー! 誰が小さいだっ!」
話がややこしくなるので、彼女を引っ張って後ろに隠す。
「この辺りは、そんなに物騒なんですか? 心配しすぎでは?」
「いや、最近この街では子供を攫う事件が頻発していてな……とにかく、安全な表通りの宿にしなさい」
「そうは言ってもお金があまりないので……」
確かに安全な宿のほうがいいに決まっているけど、切実な問題でお金がない。
彼は一瞬困った顔をした後、腰のカバンからメモを取り出して何かを書き込むと渡してきた。
「では、これを持って生活課に行くがいい。安くて安全な宿を紹介してくれるはずだ」
「わざわざ、ありがとうございます」
「なに、俺にもお前らぐらいの子供がいてな……子供が危ないところに行くのは見てられんだけさ」
私は深々と頭を下げると、彼は軽く手を上げて去っていった。
この国の怖い顔の人は、いい人が多いのだろうか?
◇◇◆◇◇
私たちは、門番の忠告通りにトルターンの生活課に来ていた。
フィスターンの生活課に比べると、建物自体もかなり大きかった。
中では人が走り回り、なんだかとても慌しい。活気のある街では、こんな感じなのかな?
5つほどある受付カウンターは、全て人が殺到しており、受付までにかなり時間がかかりそうだ。
どこに並ぼうか? と悩んでいると、突然声をかけられた。
「あの~そこの旅人さん、お仕事をお探しでなければ、こちらでもお受けできますよ?」
声の方を見てみると、簡易テーブルの奥に眼鏡をかけた金髪の少女が座っていた。
その少女は、チィエルよりは短いが特徴的な長い耳に、ふわっとした髪を肩の前で結っていた。やや幼い雰囲気だが顔立ちは整っており、見た目からすぐにエルフ族の血が流れているのがわかる感じの美人だった。
テーブルの上には、手作り感あふれる三角柱の看板が置かれており「仮設受付」と書かれていた。
私たちが近付くと椅子に座るように勧められたので、荷物を置いて椅子に座る。
「ようこそ、トルターン生活課へ。今日はどんな御用でしょうか?」
「あの、これ紹介状なんですが……」
私はガレッドさんの紹介状と、門番のメモ書きをその少女に渡した。
「はい、拝見しますね。」
彼女は、それらを受け取るとメモから目を通し、続いて紹介状の封を開けた。
「こちらのメモは、宿の斡旋依頼ですね……それで、こちらは……あら、フィスターンのガレッドおじさんからの紹介状ですか、あの人が紹介状を持たせるなんて珍しいですね」
ガレッドの名前が出たことに驚いて。
「ガレッドさんとは、お知り合いなんですか?」
「えぇ、大婆様がここの課長を務めてまして、ガレッドおじさんとは古い友人だそうです。その関係で小さい頃に何度かお会いしたことが……って!」
紹介状に目を通していた彼女の動きが急に止まり、慌しく席を立つと私たちに向かって。
「ちょ……ちょっと待っててください。……失礼しますっ!」
そのまま慌てて奥のドアへ入っていった。
しばらくして、荒々しくドアが開き、綺麗なドレスに制服らしい上着を羽織った女性が現れて、私たちを指差してながら。
「お主ら、こちらへ来い!」
……なにやらトラブルの予感です。




