その3
通い慣れたスナックのトイレ。
口の滑りを良くするために酒を飲みすぎたからなのか、排尿が止まらない。
ふぅ。スッキリ。
トイレから出ると、そこにはママしかおらず、少女はもう別室へと移動した様だ。
「ありがとう、ママ。」
簡単なお礼を言う。いつも散々お世話になっているが今日は格別力を貸してもらっている。
「よいわよ。そんな事より溜まってるツケ、早く払いな。」
流石ママ。あれほどの大仕事を「よいわよ」で片付けるとは。ツケは払いませんが。
「何ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い…そんな事よりあの娘。なんで連れてきたの?」
訝しげにママは尋ねる。
「だから言っただろ。俺の弟子にするためだって。」
「魔力量が多い。確かにそれは本当ね。でもそれだけじゃないでしょう?」
お見通しの様だった。
確かに彼女の魔力量は人並み外れている。
魔法使いの家系に無い者では凄く珍しい。
だが、それだけだ。
彼女以上の魔力量を持つ人なんて探せばたくさんいるだろう。
なのに何故彼女なのか。
その理由を知りたいということだろう。
「ママも見ただろ。ゴーレムによって起こされたあの惨劇。」
彼女は、あの場にいた。
自らの日常の崩壊を目の前で見た。
「俺がゴーレムの上空を飛び回っている時、逃げ惑う人々の中に飛び切り魔力量の多い人間を見つけた。それが彼女だ。」
あの騒動の中でも目につくくらいの魔力量があるのは確かだ。
でも、それ以上に俺の目を引くものが彼女にはあった。
「嬢ちゃんはさ、あの状況で笑ってたんだよ。」
追い込まれて、頭がおかしくなって笑ってたわけじゃない。
不安をかき消すために強がりで笑ってたんじゃない。
どう見ても、あの状況を楽しんでいた。
そんな笑いだった。
「おそらく本人はそんな事全く気付いてないだろうけど。」
「クラスメイトの死が楽しかったのか、自らが死ぬかもしれない状況が嬉しかったのか。それは俺にも分からない。でも、彼女の中になんらかの異常性は確かに存在する。」
その証拠に彼女は、ここに来てから友達の心配を一切しない。
俺が助ける直前、彼女は確かに誰かを呼んでいた。
きっと、あの場に友達がいて、その娘を呼んでいたんだと思う。
なのに使い魔からの中継を見ている彼女は、その友達がどうなったのか全く気にする様子はなかった。
「考えすぎなんじゃないの?笑ってたのだってアンタの見間違えでさ。」
「勘違いっていうなら、それはそれで良いよ。でももし、そうじゃないって言うなら…あの娘のような存在から目を離すわけにはいかない。」
「良いか悪いかは別として、彼女の存在はこの世界にとって、かならず大きな変革をもたらすと思うんだ。」
お得意の勘ってやつね。
ママはやれやれと言った感じで話に耳を傾ける。
「前の仕事の癖が抜けてないんじゃないの?」
そうかもしれない。
自分の勘を頼りにやってきて仕事。その癖が抜けずについ助けてしまった。
それだけなのかもしれない。
それでも俺が俺の意思で助けたんだ。
これも勘だが、彼女は明日俺からの誘いにイエスと答えるだろう。
答えないはずがない。
俺からの誘いは空腹の馬の前にニンジンをぶら下げた様なもんだ。
「幼気な少女を利用する大人の図に見えなくもないわね。」
ママはそんなことを言う。
「利用するかどうかは、これから次第ってとこさ。俺はむしろ利用されないように気をつけていかなきゃなって思っているところ。」
そう。
異質な彼女の存在に目を光らせるだけじゃない。
俺自身注意していかなきゃいけない。そんな気がするんだ。
「あの娘、ちょっと似てるわね。」
ママは【誰に】とは言わなかった。
でも俺には誰の事を言っているのかすぐに分かった。
だから惚けて分からない振りをする。
「お勘定、置いてくね。」
カウンターに小銭を置く。
また明日ね。
そう言うママの言葉を背中に受けて、スナックの出口に向かう。
建物の外は深夜に近いにも関わらず、昼日中からのような騒がしさだ。
今日まで潜伏していたあの町とは大違い。
「いよいよ明日からだな。」
物語は始まったばかりだ。
小さな決意とともに、新宿の夜が更けていく。




