その2
テレビに映し出された私の学校と巨人。
この映像はさっきまでここにあったホルマリン漬けのコウモリが撮影しているらしい。
同じ俯瞰からの視点でも、実際にその場にいるのと、数百キロ離れたスナックでお茶を飲みながら見るのでは見え方が全然違う。
巨人から感じるプレッシャーや風圧と、人々の悲鳴。
画面越しに見てもそれらが感じられることはない。
「もっとお金出してくれれば白黒じゃなくてカラーで音声もついたんだけどね。」
ママさんが画面を見ながら呟く。
白黒だから分かりづらいが、グラウンドには沢山の死体と崩れた校舎の瓦礫が溢れている。
もしこれに色がついていたら…あたりに飛び散る血と臓物。それらがハイビジョン画質で鮮明に見えていたら。
「嬢ちゃんには刺激が強いから、こんくらいの画質で丁度良いのさ。」
男の言う通り、だと思う。こんな恐ろしい景色を私は見たいとは決して思わない。
なのにテレビから目が離せない。
白黒の画面の中で、崩れていく私の日常を見続けたい。
それは、恐怖心で身体が固まって目が離せなくなったからではなくて、私の中に恐怖とは異なる感情があるからに違いない。
破壊される校舎を、死にゆく友人を、崩れ去る日常を。
私は余すことなくこの目に収めたい。
巨人は学校での暴虐の限りを尽くし満足したのか、敷地の外へと歩き出す。
このままでは人口が10万に満たないこの町はあっという間に滅んでしまう。
その時、巨人の歩みが止まる。
立ち止まったように見えたが、そうではない。巨人はその歩みを進めようとしているのに何かに阻まれているようだった。
「何が起きてるんですか?」
私は男に尋ねるが、男は無言のままテレビを見ている。
良いから黙って見てろと言われているようだった。
画面の中の巨人は自らを阻む見えない何かに必死で抗っている。
そこに6つの影が現れ、巨人の周りを回り始めた。
丁度私を助けた男のような6つの影。
空中を凄まじい速さで飛び回る。
影が巨人の周りを周回する度に巨人への見えない束縛は強まっていく。
やがて巨人は膝から地面へと崩れ落ちた。
飛び回っていた6つの影は徐々に減速し、倒れこんでいる巨人を6点で囲むように浮いている。
旋回をやめたことで、6つの影がヘルメットに防護服を着用した、機動隊のような格好をしていることが分かった。
その見た目から魔法という言葉からは縁遠い存在に思えたが、翼もプロペラも持たずに空を飛び回るんだから、彼らも確かに魔法の世界の住人なのだろう。
6人が両腕を前方に突き出すと、巨人の体に紙ナプキンに描かれたような模様が浮かび上がり、シュルシュルと収縮していく。
巨人は人程度の大きさになり、更に縮み続け、そして全く見えなくなった。
その後6人の機動隊員は、巨人の消えた中心地に降り立ち、何かを確認しているようだった。
私の場所どころか学校はもうメチャクチャで、私以外に生き残ってる人がいるとは思えない。
その原因となった巨人は、空飛ぶ機動隊員にあっという間に消されてしまった。
なぜ男は私にこの光景を見せたかったのか。
疑問を投げかけようとしたその時、画面に映る機動隊風の一人がこちらを指差した。
すると他の五人も一斉にこちらを見る。
しまったな。男が声を漏らす。
最初にこちらを見た一人が野球の投球フォームのような動きをする。何かをこちらに投げたようだ。と思うとほぼ同時に、画面は暗転、その後砂嵐しか映さなくなってしまった。
はぁ…男はため息をつくと立ち上がり、テレビのチャンネルを変更した。
次にテレビの画面に映し出されたのは見慣れた国営放送のニュースで、見慣れたキャスターが中継をしている。
頭にはヘルメットを被り、危険な事故があった現場の近くから中継を行っているようだった。
キャスターは、興奮した様子で現場の様子を伝え、ワイプにはスタジオのキャスターが深刻な顔してその話に耳を傾けている。
『事故現場の学校はここから1キロほど離れており…』というキャスターの言葉でようやくピンときた。
これは、私の町からの中継で、破壊された学校の事を中継しているのだと。
「それじゃ、あの巨人が全国に放送されたんですか!?」
私はつい、興奮気味に聞いてしまう。
だってそうだろう。いままで、その存在に気づくことができなかったものが、こんな風に全国にお茶の間に中継されていたのでは、わけがわからない。
男は黙ってテレビを指差す。
良いから見てろって事か。
キャスターは中継先から事故の様子を伝える。
その中で出てくる言葉は、学校でのガス爆発、生徒が多数死傷、行方不明者も相当数いるという事だけで、どこにも巨人も魔法も出てきていない。
スタジオのキャスターから、現場へと質問がされるが、それのどこにも非現実に関わるようなものはなくて、あくまで、私の学校で起こったことは全てガス爆発が原因ということらしい。
私は首をかしげる。数分前まで、使い魔から見ていたリアルタイムの映像では巨人が暴れていた。
しかし、今見た国営放送の中継では巨人のきの字も存在しない。
思わず私は立ち上がり、自らの手でテレビのチャンネルを変える。
だが、結果はどのチャンネルでも同じ。
田舎の町の学校で起きたとんでもないガス爆発。
それが私の見てきた事の真相だったのだろうか。
「さて、説明を続けようか。」
男は私の動揺など御構い無しで話を始める。
「魔法の世界の存在と、それが秘匿されなきゃいけないということは説明した。んで、今見てもらったのが魔法を秘匿する事とはどういうことなのかと言うことなんだ。」
「一応確認するけど、嬢ちゃんが見たのはガス爆発なんかじゃないし、巨人は現実に存在する。」
「嬢ちゃんが知っている世界には政府が存在して、様々なルールを決める。そしてそのルールを守りながら生きていく。中にはルールに従わない者がいるから、そういった奴らは取り締まわれる。」
「そうやって秩序ある世界が保たれる。」
「魔法の世界にも同じようなものが存在するんだ。そりゃそうだろ、魔法なんて非現実なもの、嬢ちゃんの世界以上に秩序を保つための様々なルールや存在が必要になる。」
「それが魔法管理機関だ。通称機関。こっちの世界で機関と言えば、まず魔法管理機関を指す。」
「嬢ちゃんの世界と違うのは、秩序をもたらす存在がこの機関しかないって事だな。ルールを作り、違反者を取り締まり、裁く。」
「それじゃ、さっきのテレビに映ってた6人の人達はその…機関の人間っていう事なんですね。」
「そう。あの6人は機関の人間だ。実際に現場に出て違反者を取り締まる組織に属する。嬢ちゃんの町で言えば、その6人の他に、町に住む人間と報道関係者に偽りの記憶を植え付けた機関の人間も来ているはずだ。」
「そうやって、魔法の存在は隠されてきた。凄いだろ?それを見た人間だけじゃなく報道機関まで騙すんだ。」
おそらく、巨人を鎮めた以上の人数が情報を隠すために機関から来ているのだと思った。
いくら田舎と言えど、あの巨人を見た人数は一万人くらいはいたのではないか。
それら全てに偽りの記憶を植え付けるなんて、一体どれほどの魔法を使ったのだろう。
「そして、俺の正体と東京まで移動した理由だが。」
ようやく男は私の疑問に答えてくれるようだ。
「俺はいわゆる賞金稼ぎでね。魔法の世界には機関とは無関係に悪人に懸賞金がかかる事がある。そういった奴らを捕まえて生計をたててるんだが、機関の人間からすれば悪人も、その悪人を勝手に捕まえる俺たち賞金稼ぎも同じく取り締まりの対象でね。」
「今回もとある悪人を追いかけて嬢ちゃんの町まで追い詰めたところで、あの巨人《綱木のゴーレム》を召喚されちまった。」
「さっき見たとおり、俺なんかより相当優秀な機関の人間6人がかりで押さえ込むような相手だ。俺一人じゃ敵いっこないから、トンズラさせてもらった。」
「東京って町と魔法についてはさっき話した通りだ。この町に居着く魔法使いは一部の凄腕だけだ。」
「美魔女な。」
ママさんからの無駄なツッコミはスルーされる。
「よって、機関の人間も東京にはそんなに目を光らせてはいない。魔法の存在を明らかにする事で得をする魔法使いなんて存在しないんだ。秘密が漏れてしまうのは必ずと言って良いほど、未熟なやつか悪意を持ったやつからだ。そして今現在東京に住む魔法使いに悪人はいない。ただ一人、ママを除いてな。」
「美魔女な。」
またママさんからの無駄なツッコミ。というか突っ込むところはそこで良いのか。
「俺もまだ捕まるわけにはいかないからな。以前から準備していた方法でこのスナックまで逃げてきたってわけさ。」
以上で質問に対する答えは終わり。わからない事があったらまた聞くように。
東京でこそ、あんな巨人が暴れ出したらそれを隠し通す事が難しいのだから、田舎以上に監視の目が厳しくなる様な気がするのだが、質問してみようか。
「そんなことよりさ。」
ママさんが、またお茶を注いでくれる。
いつの間にか私のグラスは空になっていた。
「あんた、なんで連れてこられたのか分かってるの?」
言われて気づく。
確かにそうだ。男の正体は魔法使いで賞金稼ぎ。
追いかけてた悪人のせいで私の日常は崩壊。
それは分かった。
でもなんで私を連れてきた?魔法の世界の事を知る事が出来るのはよっぽどの事があった時だけ。確かそう言っていた。
私を連れてくるだけのよっぽどの理由があったのか。
「それを言うのを忘れてたな。」
「ていうか、嬢ちゃんも真っ先にそれを聞くべきじゃないのかい。」
男は笑う。
私としてはそれこそ、連れ去った張本人から話すべきだと思ったかだ、気にもかけていなかったのも事実なので言い返す事はしない。
「嬢ちゃんを連れてきた理由。それは、嬢ちゃんの魔力量が人並みはずれて多かったからだ。」
男が言うには、魔力量ってのは魔法を使う事が出来るキャパシティを数値化したものらしい。
それが人より多いという事は、つまり魔法使いとして優秀という事なのではないか。
それでも、これまで自分が魔法や魔法のような何かを使った記憶なんてない。どれほど魔力量が多くても偶然魔法を使う事は無いのだろうか。
「魔力量がどれだけ多くても、魔法を使うには知識が必要なんだ。魔法式と呼ばれる数式や化学式のようなもんを理解して初めて使う事ができる。だから、嬢ちゃんが偶然魔法を使うような事は絶対にない。」
「一目見て分かるくらいの膨大な魔力量だ。ここで死なすのは惜しいと思ってね。」
「そこでちょっとした提案だが。」
「俺の弟子にならないか?」
突然の提案だ。
「嬢ちゃんなら超一流の魔法使いになれる。俺が保証するぜ。」
「見返りはなんですか?命を助けて、更に弟子にしてくれるなんて、あなたに何か得があるんですか?」
男はフフフと不敵に笑う。
「勿論ある。魔法使いにとって弟子を取るという事はそれだけで一つのステータスだ。師として仰がれるだけの実力があるあるという事だからな。加えて、魔法の研究に関しても、弟子と協力して行うことで新たな発見もあるわけだ。そのどちらにおいても弟子は優秀であればあるほど良い。そして嬢ちゃんにはその見込みがある。」
男の私を見る目はマジだ。
「やめときな。魔法使いの弟子なんて師匠のモルモットみたいなもんよ。」
ママさんが口を挟む。
「もちろん、あんたが自分で決めたのなら止めはしないけど、一晩くらいゆっくり考えなさい。」
とりあえず今日はもう遅いんだから。
そう言ってママさんは私と男のグラスを下げる。
時計の針は23時を指し示していた。
「そうだな。突然叩き込まれた非日常だ、頭の整理も必要だろう。明日もう一度訊く。それまで考えておいてくれ。」
二人にそう言われ、私は頷く。
「分かりました。一晩考えさせてください。」
「それで、私はどこに泊まれば良いんでしょうか?」
まさか今更家に帰れとは言わないだろう。
「ここの二階に空き部屋があるからそこで寝なさい。寝まきなら貸すわ。」
「それじゃ、後の事はママに任せるよ。夜の新宿に繰り出したいって気持ちもあるかも知れないけど、きょうは大人しく休んでくれ。」
そう言うと、男は立ち上がり、お手洗いに行ってしまった。
私はママさんに案内され、二階へと向かう。
スナックの階段はものすごく狭く、人一人通るのがやっとで、薄暗い照明に照らさせた木造りで不気味に見えた。
もしかするとこの階段にも魔法がかけられていて、登ったら高級ホテルの一室に繋がっていたりして。
なんていう事はなく、階段を登りきったらそこには、蛍光灯に照らされた明るい廊下と、三つの扉があった。
そのうち、一番手前にあった扉の前に案内され、今日はここで寝なさい。と言われ扉を開けるママさん。
中に入るとそこは、殺風景な部屋で。ベッドとちいさな机だけ。他にはタンスもテレビも何もない。
ベッドの上にはスウェットが丁寧に畳まれて置いてある。
知り合ったばかりの人の服を借りる事に多少抵抗があったが、流石に制服で眠るわけにもいかないので着替える事にする。
ブレザーとブラウス、それにスカートを脱ぎ、スウェットに着替える。
スウェットからは樟脳の匂いがした。
脱いだ制服を綺麗にたたみ、机の上に置く。
最後にソックスを脱ぎ捨て布団に入る。
テレビが無いからスマホの電源を入れる。
ニュースサイトではさっき見た事故の記事ばかりだった。
謎の爆発事故
奪われた学生の命
戦後最大の被害者数
きっと今ごろ各局のニュースで、ガス爆発への造詣が深い大学教授とかが事故について語っているのだろう。
事実は全く違うのに。
ガス爆発なんて起こっていない。
不思議な巨人が暴れていたのだ。
でも、誰もそれを知らない。
SNSでも始めて、そこで全てをバラしてしまおうか。
でもきっと証拠が何も無いから誰も信じてはくれないだろうな。
私は男の言葉を思い出す。
明日から私はあの人の弟子になるかもしれない。
それとも、これまでと同じ日常に戻る事になるのか。
どちらを選ぶかはこれからよく考えなきゃいけない。
でも本当は決まっているんだ。尋ねられた時に即答しても良かった。
一晩考えても、それが覆る事は無いと確信している。
明日から。
ニュースサイトのコメント欄には様々な意見が飛び交っている。
亡くなった子供たちがかわいそう
学校側の管理責任を問うべきだ
田舎モンが何人死のうがどうでも良い
皆、本当の事を何も知らないのに好き勝手言っている。
私はスマホを見るのをやめて天井を見つめる。
明日の返事は決まっている。それなら、その後の事を考えようとおもったが、急速に睡魔に襲われてきた。
もしかして天井の木目にもママさんの魔法がかかっていて、見つめると眠くなるようになっているのかも。なんて、なんでも魔法がかかっていると考えてしまう自分に少し笑ってしまう。
明日から。
そのまま深い微睡へと落ちていった。




