†第二話† 招かれた騎士達~北からの来訪者~
漸く書けました。
【クイーン・アウト】が始まるまで後、一時間。
掌中の懐中時計で時間を確認して、マリエルは更衣室へ向かう足を速めた。
焦るあまり、周囲に気が回っていなかったマリエルは、廊下の角で誰かにぶつかり、大きく蹌踉めく。
体が後ろに傾き、やばい! と思い、目を瞑ったが、マリエルの背中は廊下に衝突する前に、何かに支えられた。
腰に回された冷たく雪の匂いを纏うそれが、人の腕だと気付く前に、マリエルの視界はは白銀に埋め尽くされた。
「わわっ! え? ユーリ!」
「大丈夫ですか? マリエル殿」
マリエルの目に映る足跡一つない日の光で煌めく雪原のような白銀の髪と、薄い氷が張ったような湖のような瞳。そして、見慣れた雪白の肌。
自分を支えたのが、『騎士』役であるユーリ=ロレンツだと知り、瞠目する。
ユーリも驚いた様子だったが、突然マリエルから目を反らした。北の住人特有の白い頬が何故かほんのり赤く染まっている。
マリエルはマリエルで体勢を整えて、謝罪の意で頭を下げた。
「ごめんなさい。急いでいたものだから、前方不注意だったわ。本当にごめんね?」
何度も謝るマリエルをユーリは手で制した。
「いえ、俺は平気ですから。お怪我はありませんか?」
「問題ないわ。貴方が支えてくれたから。ありがとう」
「大した事はしていませんので」
ユーリはやっぱり視線を反らしつつ、苦笑して、マリエルを支える際に少し乱れた衣服を整える。ユーリの纏っている服は、雪帽子と呼ばれる寒冷地に、咲く綿の花で作られた特殊な物だ。
薄手に見えるが、その実、防寒に秀で、更に特殊な加工が施されているので、ナイフ程度なら鎧なしでも通さない強度を誇る。金属製品を苦手とする雪国が重宝する品だ。
そして、胸元に銀糸で六花の装飾が施されたその服は、『アイスグラウンド』の領主に仕える星雪騎士団の団服である。
そう、ユーリ=ロレンツは正真正銘の騎士だ。
つまり、騎士が『騎士』役をやるというかなり風変わりな配役なのである。
「ところで、あの・・・・・・」
「ん?」
「えーと、ですね。そ──」
ユーリの言葉は第三者の声に阻まれた。
「ユーリ殿、それにマリーではありませんか。ごきげんよう」
「ルナ!」
白銀の髪を靡かせた黒いローブを纏った少女が、ユーリの背後から現れた。
少女はローブの下も黒衣で、抜けるような白い肌が一層映えて見える。
色素が薄いのは北の住人に多い傾向で、彼女──ルナ=シェーリッツも遊戯の国の北──『アイスグラウンド』出身だ。
ルナは『アイスグラウンド』にある『白月の森』の番人である月の魔女だ。
「来てくれて、ありがとう。いつもと雰囲気違うけど、黒もいいわね」
ルナは普段、白を好み、着るものも白を中心にしている。だから、マリエルからすると今日のような格好はかなり珍しい。
「今日の私は『新月の悪魔』ですもの。ふふ、普段黒いものを纏うことはないので、なんだか新鮮です」
月の魔女の名に相応しい金色の瞳を細め、漆黒のドレスの裾をほっそりとした指先で摘まんでその場でターンをする。
黒いローブがふわりと広がって、その上で白銀の髪がきらきらと輝く。息を飲むほど美しいコントラストだ。
「似合う似合う」
「お似合いですね。ルナ殿」
マリエルとユーリが揃って誉めると、ルナは恥ずかしそうに、けど嬉しそうにはにかんだ。
「ところで、ユーリ殿も此度の【遊戯】に参加されるのですか?」
ルナが話題を変えて、ユーリに訊ねる。
「はい。『騎士』役を賜りました。といっても、俺は元から騎士なんですけどね」
ユーリが苦笑しながら答えると、マリエルもルナもクスクス笑った。
「ある意味、適任ですわね。他には何方が参加されるのですか?」
今度はマリエルを見て問い掛けた。
ユーリも気になるらしく、一瞬マリエルを見たが、また慌ててそっぽを向いてしまう。
不可解なユーリの反応に疑問を抱きつつも、マリエルはルナに答えた。
「んー、配役の件はクロム──陛下にお任せしたから。当日のお楽しみとかで、招待客は私にも教えてくれなかったし。あ、でもさっきショコラに会ったわ。後は、主催者側は私とルナと陛下で──『騎士』は今分かっているのは、ラビ、ショコラ、ユーリ、それからフリークも呼ぶって言ってたわね。他は知らない」
指を折りながら説明する。
ラビの名前が出た時、ユーリがピクリと反応したが、口を開いたのはルナだった。
「ラビも参加するの? 珍しい──いえ、初めてでは」
「そ! 記念するべき初遊戯」
「ああ、だから──」
ユーリが合点がいったように手を叩いた。
不思議そうにルナが首を傾げる。
「ユーリ殿?」
「いえ、普段外に出たがらない我が主が、何故か今回は着いて来るとおっしゃったもので」
「私がクロムにユーリ呼んでって頼んで、予め連絡を入れておいたの」
「ラビが参加するなら、出不精なあの子も来たがったでしょうね。」
その様子を想像したルナが微笑ましそうに言った。
「で? 結局来たの?」
マリエルはあまり興味無さそうに訊いた。元々、アイスグラウンド領主とは折り合いが悪いのだ。それでも主催者としては確認しなくてはならない。
「いえ、ここ最近は城どころか自室に籠られてしまって──出発の時に出てきたところを補佐官殿に取り押さえられて、今は恐らく執務室に缶詰め状態だと思います」
「相変わらずねぇ。領主からの定期報告が来ないってライトが愚痴ってたわよ」
「・・・・・・伝えておきます」
自分に非があるわけでもないのに、深々と頭を下げるユーリに騎士の鏡と思いながら、マリエルがフォローを入れる。
「いや、私に謝ることでもないし。そもそもユーリが謝ることでもないでしょ。悪いのはあの職務怠慢領主なんだから。むしろ、来なくてよかった。ユーリは来てくれてありがとう。ラビは支度中だから、挨拶は後でね」
「はい。会うのは久しぶりなので、楽しみです」
「最後に会ったのって、去年ラビが里帰りした時だっけ?」
「そうですね。ラビ、また身長伸びましたか?」
「ええ、少し」
今回、ユーリを呼んだのはラビの為だった。ちなみにその理由は出身が同じだからではなく、二人が遠縁の親戚にあたるからだ。
ラビはユーリを兄のように慕っている。初めての【遊戯】参加に緊張する事や戸惑う事もあるだろう。身近な人がいれば、ラビも肩の力が抜けるだろうとマリエルは考えていたのだ。
ラビの話を楽しげにするユーリを見て、マリエルはため息を漏らす。それは当然、ユーリに向けられたものではない。
「ユーリはこんなにいいお兄さん然としているのに、あれはどうにかならないのかしらね」
あれ、というのはさっきまで話題に上がっていたアイスグラウンド領主だ。
「そういえば、最近は子供達を集めて、こすぷれというものをしているという噂を耳にしましたけど」
「げ! なにそれ? こすぷれってあれでしょ? 最近、南で流行っている──仮装よね」
「ええ、子供達に仮装させて、【遊戯】をするわけでもなく、ただ眺めているそうですわ」
マリエルが思いきり顔をしかめた。【遊戯の国】で仮装をするのは珍しくない。今回の【クイーン・アウト】だってそう。
本職のユーリを除けば、皆騎士の仮装をしている。
マリエルだってこれから『赤の女王』の衣装に着替えるところだ。
しかし、【遊戯】や祭事以外で仮装をするというのはあまり訊いたことがない。
「うわー・・・・・・」
それしか出てこなかった。
マリエルは半眼でドン引いた。
「今後、ラビとの接触禁止にしよっかな」
「そうすると本気で職務放棄される可能性があるので、お止めください」
マリエルの意見はユーリによって却下された。
勿論、ユーリも自分が剣を捧げた相手とはいえ、そんな御仁に妹のように可愛がっているラビを近づけたくはないというのが本音だが──今マリエルが言った事を実行に移せば、確実にアイスグラウンド城の政務が滞る。
ユーリの主であるアイスグラウンド領主はラビが昔からのお気に入りで、ラビがファンシー城で働く事になった際は、全力で止めにかかった。
それはもう、口外するのも憚れる程の苛烈さで、最後にはラビに怖いと言われる始末。その一言がショックだったせいか、その後は大人しくなったが・・・・・・。
その時の事を思い出して、マリエルがぽそりと。
「やっぱり、あの人ってロリ──」
「子供好きなだけなんです。あの方は」
主君の名誉を守るために、ユーリが間髪を入れずにマリエルの言を遮る。
あまりの勢いに、ずっと逸らしていた視線をマリエルへと向ける。
漸く目が合ったとマリエルが思った途端、ユーリの真っ白な頬が真っ赤に染まった。目を見開いて何か言おうとして、言葉が見つからないのか薄い唇が微かに震えている。
明らかに様子がおかしい。
マリエルは何か病でも発症したのでは、とユーリに近づいて確かめようとしたが、一歩歩み寄ったら、ユーリも逃げるように一歩後退した。
「ユーリ?」
何故逃げられるのか、全く心当たりのないマリエルは戸惑った。
「あ、いえ、その──すみません。マリエル殿の服装が・・・・・・」
「服装?」
その台詞に下を向いて、自分の現在の格好を確認する。
マリエルは着替えの途中で抜け出してきたので、今の格好は膝丈の薄いワンピース状の肌着のみだ。
しかし、マリエルは釈然としなかった。
肌着とはいえ、このデザイン的には外出──には不向きだが、部屋着くらいには見えるものだ。
それに王都や南方ではこのタイプのワンピースはざらにある。その証拠にここに来るまでこの格好でふらついていても誰にも何も指摘されなかった。
なのに何故、ユーリはここまで狼狽するのか?
困ったマリエルは目でルナに助けを求めた。
「まぁ、此方では普通の装いかもしれませんが──私達のような北の者だと少し大胆に見えますね」
ルナは苦笑しながらも、あっさりと答える。
ハッと思い出した。
『アイスグラウンド』は永久凍土の地と呼ばれるだけあって、一年中雪が溶けることのない寒さが続く土地だ。
なので、領民達は年中着太り状態。
ユーリの騎士服のような薄手でも防寒に秀でた布もあるが、それでも服装は詰襟、長袖、踝丈が常で、外では手袋もするので顔以外の肌の露出は全くない。
だからか、北の住人は貞節で肌を晒すという事を何よりも恥ずかしがるという。その風習のため、女子は夫以外に肌を見せるものではないと教えられ、また男子は女性の肌を見るものではないと教えられる。
生粋の北生まれ北育ちで、真面目な騎士であるユーリにとってマリエルの格好はあまり宜しくない。
「あ、そうか」
漸く答えに至り、納得する。
それを踏まえてユーリの顔を見ると、まだ赤い。いや、さっきよりも赤くなっている。熟れた林檎のようだ。
(つまり、私にとっては部屋着程度の認識でも、ユーリにとっては直視できない──これ一応肌着だし、もしかして下着と同じ? って!?)
「~~~~っ!!!」
ぶわわっとマリエルの顔がユーリに負けず劣らず赤くなる。
湯気が立ち上りそうな程の赤面っぷりだ。
ユーリは居たたまれなくなったのか、目を逸らすどころか後ろを向いてしまった。
「す、すみません。なかなか言い出しにくて──マリエル殿はそこまで気にしてないようでしたし、ルナ殿との旧交を深めている時に申し上げるのもどうかと思い──俺が見ないようにすれば良いかと思ったのですが、結果的にその・・・・・・マリエル殿に恥ずかしい思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません! この非礼は必ず──」
一気に捲し立てるユーリに、マリエルは益々顔を赤くし、動揺露に言った。
「やっ! いいから! そういうの本当にいいから! やめてっ!? ほんっとーに気にしてないから! むしろこっちこの方こそ、ごめんなさい!」
余りの気まずさにマリエルは思わず、ルナの背後に隠れた。
ルナの方がマリエルより少し身長が低いので、屈んで更にルナのローブを自分に巻き付けている。
奔放で明朗な領主と清廉で高潔たる北の騎士が狼狽する姿というのは中々レアだった。
滅多に見る事の出来ないであろうその光景を、ちょっとした好奇心で堪能していたルナは流石に二人が気の毒になり、そして重要な事に気付き、自分の後ろで縮こまっているマリエルに訊ねた。
「マリー、時間は大丈夫ですか? 予定ではもうすぐでは?」
「へ? あ、あーっ!!!」
手持ちの懐中時計を確認すると、時間は既に三十分前に差し迫っていた。
ルナの後ろから飛び出す。マリエルの上げた大声に思わず振り返っていたユーリがまた慌てて顔を背ける。
「じゃあ、私、着替えてくるね。二人は先に空中庭園に行ってて。場所は分かるわよね?」
「大丈夫ですわ。私は先に陛下と打ち合わせしたいのですが、空中庭園にいらっしゃるかしら」
「一番乗りして、一杯引っ掛けてたわ。全く、監視者とはいえ主催側なのに。程々にって伝えといて」
「分かりました」
「それじゃ、今度は【遊戯】で!」
二人に手を振り、踵を返す。
パタパタと走り出すマリエルは、もう一つの役である『白の淑女』の衣装の事を考えて、嘆息した。
(『白の淑女』の衣装って、この肌着と似たタイプなのよね。どうしよう・・・・・・)
先程のユーリの反応を思い出し、マリエルは人知れず頬を赤らめたのだった。
次話から、スタート・・・の筈です。
出来れば、まだ出てきていない登場人物を出したいです。