不思議が池の幸子さん・・・・・第十話その2
「ちょっと待ちなさい!!」
消えてゆこうとしていたヘレナリアに、マムル医師が叫びかけた。
「あなた、人を殺したのよ。判ってるの? 殺人者なのよ、あなた。」
ヘレナリアはほとんど消えた状態で答えた。
「先生、お判りでしょう? ここはタルレジャ王国の北島なのです。違いますか? それに彼らは、別の新しい存在の形態を得ただけです。その『鬼』をよく御覧なさい。」
ヘレナリアは、そのまま消えてしまった。
「ううん。あなた理解できる?」
医師は『彼女』に問いかけた。
「あの、いえ。でも、私の知識ではこの王国の北島は、国王の意向が最終的には全てだとは・・憲法の、さらに上にあるとは・・・。」
「そう。でも、国王は影のような存在で、世俗とは一切かかわらない。北島の実権はすべて第一王女様が握っているの。一七歳の、ほんの高校生がね。しかも火星人の襲来で『国王大権が』発動されているから、今はこの王国の全てが彼女の手の中に入ってしまった。そうして、今のヘレナリアの話が本当なら、地球は火星人に占領された。あなたも、『リリカ』という火星人の演説は聞いたでしょう?」
「はい、ホテルで無理やり。」
「そう、みんな嫌でも聞かされたみたいね。でもね、北島は例外。そんな情報からもここは遮断されていたのよ。おかしいわよね。世界中の人々が無理にでも聞いたのにね。私たち職員は、録音か何かで聞かされたけど。そうして、何故かこの王国の第三王女様が地球の皇帝になって、地球全体を支配すると。第二王女が、つまりルイーザが総督閣下になると。」
「地球人全員が火星人の奴隷になったなんて、信じられないわ。」
「まあ、そうでしょう、私もそう思う。でも、あり得ない事じゃないの。ヘレナは・・・これは北島の外部には極秘事項で、もし話をしたら私は死刑ですが、まあここまできたら、いいんじゃないでしょうか・・・人間の意志を自由に操る装置を、実際すでに開発して実用化していたの。世界中の人間の意思をまとめて改造する装置だって、突飛だけど、作っていても、さほどおかしくはないわ。」
「まあ・・・あの、タルレジャ教の教義では、タルレジャ王国人の祖先は火星人だとされていますよね。」
「ええ、まあそれは宗教上の考え方であってね。そうそう、むかし、木星出身だと主張していたジャズプレイヤーもいたわね。いい音楽だった。私もまだ若い頃だったわ。まあ、それは置いといても、タルレジャ王国政府がそんな事を公式に認めた事はない。あくまで信仰上の問題です。でも、もし本当に王家が火星と関係があったなら、今起こっているらしき事は、筋だけは通るようにも思えるわね。でも、私は宇宙人の存在の可能性は認めますが、現実に地球に来ているなんてお話は、宗教とお金儲けと趣味以外に、それを主張する根拠があるとは思えなかった。これまではね。わたしはちゃんとタルレジャ教徒ですけどね。でも、こうなってくると、困ったわね。大体、ヘレナは一体何なの?もう訳が分からなくなってきました。あなたは信じる? 宇宙人。」
「いえ、全然。でも、地獄に行って以来、わたしも訳が分からないのです。それに、この、『彼』が、こうなって、ここにいるし。」
鬼化してしまった『彼」は、三人からはかなり離れたあたりで突っ立っている。手には本当に棍棒のような物を握っているが、あれは何だろう?
話は聞こえているはずなのに、まったく無関心だ。
「ママムヤムさんは、どうなの?」
医師が再び尋ねた。
「私は、教会の職員です。ですから・・・・」
「ですから?」
「王女様のおっしゃる事が全てです。他には、ありません。」
「じゃ、王女様が火星人に従えと命じたら?」
「当然、おっしゃるままにお従いいたします。生まれた時から、そのように育てられました。他にはありません。」
「まあ、そうですね。それが北島のみなさんの普通の意志なのよ。あなたのような日本の若者には、理解できないわよね。」
「あの、先生。」
「はい。」
「もし、私たちが、ママムヤムさんの提案に従って、北島で生活する事になったら、わたしたちも、いつかは、そうなったのですか? あのママムヤムさんには悪いかもしれないですが。」
「そうね。この方は気を悪くしたりしないから大丈夫。そうでしょう?」
「はい、全然。」
「そう、じゃあ話してあげる。まあ、確実にそうなるわね。強制しないとは言われたかもしれないけど、でも事実上はそうなる。タルレジャ教の信者に自然になって行くし、王女様の忠実な信奉者になる。でも、ここではそれが自然なのよ。その方が幸福だし。」
「病院では、そうした施設があったりするのですか? 先程のお話のような・・」
「ああ、分かります。あなたが入った検査室では、とてもまろやかにですが、気持ちを変えてゆく事が出来ますよ。まあ、洗脳と言えばその通りね。でも通常はそれぞれブロックごとにある集会所で、時間もかけて、自然に人間が変わってゆく。それって、社会の中では『適応』だし『郷に入ればなんとか』なのよ。おかしなことじゃない。まあ、ちょっと厄介な方は病院で扱うし、より危ない、急を要する精神状態の方は、病院の隣にある隔離病棟施設で対応、そっちに入院ね。そちらにはより強力な、人間改造装置がある。そちらの先生は、別の方だけれど。」
「はあ・・・・・」
「私が信じられなくなったかな? まあ、私もこの北島の、国家的集団カルト団体の一員なのだから。」
「いえ、先生は助けようとして下さっているから。」
「そう。じゃあいい? 早速だけれど、出口を探しましょう。こんなところまっぴら御免でしょう?とりあえず危険かもしれないから、私が動いてみますね。あなたの彼が、どう動くのかちょっと見てやりたいから。お二人は座っていなさい。いい? 動かないで。」
マムル医師は、指で”内緒”の格好をしてゆっくり立ち上がった。
そうして、まず周囲を慎重に見た。
それから、医療バッグの中から小さな何かを取り出して、椅子を支えにしながら、体をその場でゆっくりと回してみた。
『鬼の彼』は、動かなかった。
医師は、椅子から手を慎重に離した。
鬼の方を見たまま、一歩、二歩、後ずさってみる。
手を後ろに回して、見えない壁を目指す。
奥行きは、全く分からない。
天井だってまるで見えないのだ。
一旦マムル医師は止まった。
それから手を後ろに組んだまま、何食わぬ顔で、座っている二人を中心とするように、ゆっくりと回り始めた。ただし月のように裏側は見せないようにして。
『鬼の彼』はまだ動かない。
まるで観光地の彫像の様に、あるいは応援団の団旗を支える隊員のように、固まったまま、微動だにしない。
医師は次第に『鬼の彼』に接近して行くが、その軌道はぐるっとそのちょうど向こう側を回る形になっている。
二人から見て『彼』の向こう側に一直線になった瞬間、『彼』がマムル医師の方を向き、持っていた『棍棒』を振り上げたのだ。
「きゃー!」
『彼女』が援護射撃のように叫んだ。
それを見たママムヤムも同じように大声で叫び出した。
鬼の『彼』は少し混乱した。
けれども、すぐに判断をしてマムル医師の方に素早く・・・本当に信じられない速度で・・・まるで瞬間に・・・移動して、棍棒を振り上げたまま、彼女の目の前に立ちふさがった。
ところが、この医師はまったく只者ではなかったのだ。
平然とこう言った。
「お手洗い、どこなの?あなた、答えなさい。」
『彼』が手を振り下ろしたら、医師は瞬く間に叩き潰されそうに見えた。
『彼女』は本当に凍りつくように、叫び直した。
まったく、そのほんの瞬間だった。
医師は猛烈な速度で、『彼』の急所を蹴りあげるとともに、手の中に持っていた四角い小さな長方形の物体を『鬼』の体に押し当てた。
まるで、あり得ないものを目にしたように、大きな目を見開いたまま、『彼』は倒れ伏した。
「ルイーザがね、護身用にって言って作ってくれてたの。仕組みは教えてくれなかったけど、スタンガンとも違うようね。八時間位は普通の人間なら、自分の意志で体を動かせなくなる。会話は、間もなくできるようにはなるでしょう。さっき洞窟の中では選択を誤ったかもしれないけど。」
「先生、すごく強いです。空手とかなさるんですか?」
「タルレジャ拳法をやっているの。世界中で師範と言われる人は五人いるけど、私は準師範。ちなみにヘレナとルイーザは五人の師範の中の二人、第三王女は準師範だけど。」
「はあ・・・・」
「まあ、あの双子と喧嘩なんかしないようにすべきね。男十人位、いっぺんに片づけてしまうのなんか、へっちゃらな子たちだから。さて、この方、私の椅子に座らせましょうか。手伝って、けっこう重そうだし。」
『彼』を座らせた後、それから医師は、何やら他の小さな機械を取り出して、このおかしな空間を調べていたようだった。
「先生のかばんは、何でも入っているんですね。それ何ですか?」
彼女が尋ねた。
「壁までの距離を測っているの。でも、機械が壊れたのか、どの方向も、下以外は測定不能だって。困りましたね。」
「それはつまり、ここは室外だと言うことなのではありませんか?」
「なるほど。でも、これが室外に見える?」
ママムヤムは言ってみただけ、と言う感じで手を広げた。
「いいえ。」
「でも、それっていい線かもしれませんねえ。周囲も上もない、このさいどこまでも歩いて行ってみるかな。」
「『彼』に聞いてみましょう。先生。」
『彼女』が言った。
「まあ、そうね、そろそろ話が出来るようになるでしょうし。じゃまず、もう一度みんなでよく考えてみましょう。いま、何がどうなっているのかを。それから、『彼』も交えて、対応策をひねり出しましょう。まず、だって、おかしいでしょう? ここにいる三人の立場を考えてみましょう。ママムヤムさんは、今ご本人がおっしゃったように、もともとヘレナに忠実な方で、あの子が命じれば、別に改造なんかしなくても、火星人にも従うと言っている。ヘレナだってそれは先刻ご承知でしょう。第一北島の住民には火星人のメッセージさえもあえて伝えてられいなかった。火星人はその必要性も認めていなかったし、かえって邪魔位に思ったのかもしれない。私は、あの子達が、母上様のお腹の中にいる時からずっと面倒見てきたし、世俗に関われない王妃様の替わりに、母親役をやってきた。まあ、胡散臭くなって、放り出そうと言う魂胆なら、解らない事はないけれど、私が独自の立場でいる事が、彼女たちに役立っているとずっと思ってきたし、なんでこんな対応するのか、多少不思議なの。あなたに関しては、もっと不思議。どうしてこんなメンドクサイ事にわざわざ付き合わせるのかしらね。ヘレナは自分にとって意味のない事は、普通やらない。一見、本当にわがまま『プチ不良』王女様のお遊びのようにも見えるけれど、何かこうしたほうがよい理由があったはず。ヘレナリアの話では、地上から切り離しておいて『あげるのよ』みたいな事だったわね。本当にそれだけの事なのか。ここにいる三人、いえ四人には、どこかに共通点があるのじゃないかしら。答えは出ないかもしれないけど、まずそこから考えてみましょう。このまま、じっと黙ってお膝を抱えていても、仕方ないから。で、その鬼さんも加わってくれないかな、あなた聞こえていますか?」
椅子に座らせられていた『鬼の彼』は、意識が戻って来たようだった。
目をしょぼしょぼさせている。
そうして一言だけ呻いた。
「おゥー~~~。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあて、どういたしましょうか。女王様に直接聞きたいところではありますが、なんだか前のようには会って下さらない感じだしい。問題があれば、ヘレナリア様にお伺いするようにって、言われたような気がするわね。では、物は試し、通信機が回復してるかな。ええと、アヤ湖、ヘ・レ・ナ・リ・ア、と。」
幸子さんは、古代からずっと使っている通信機で、タルレジャ王国のアヤ湖に連絡を入れた。
ヘレナリアの顔が、ふっと浮かび上がった。
第一王女様、つまり今の女王様と同じ顔だ。
「もしもしー。あ、幸子ですう。ヘレナリア様ですか?あ、よかった。お話していいですか?」
幸子さんは、いつものように、事情を相当かいつまんで説明した。
アヤ姫様なら、いきさつをご存じなのだが、引き継ぎしてくれているのだろうか?
それにしても、女王様と、まったくおんなじお顔、おんなじ話し方だなあ、と思いながら。
「なのですう。お饅頭も欲しいけど、ちょとやりにくいのですう。」
「なるほど。幸子様、まずやはり、利用者様の個人情報は大切にしてあげなければだめよね。でないと、神様の信頼性と言うものが、損なわれますわ。」
「はあ、確かに。」
「でも、この場合、その男の方のご希望を、ただ無視してしまうと、これもまた、お池の評判が、”がくっ”と落ちるかもしれません。逆に、『幸子さんって、さすが! 私も相談に行こう』と、他の方まで思ってくれることに、なるかもしれませんよね。」
「なるほど、なるほど。」
「お役所や企業ならば、『個人情報に関する事には、お答えできません』で、つっぱねるのが正解です。」
「はあ、やっぱり。」
「でも、不思議が池やアヤ湖は、機能が少し違います。」
「はあ、、、、」
「単に人の命を救ったり、人助けするのが、池の役目ではありません。この前、女の子を誘拐して勝手に後継ぎにしようとした時に、ご注意いたしましたでしょう? 覚えてますか?」
「あの、はい、・・・多分。」
「ふうん。ま、いいか。いい、幸子さん、その方、もし、拒絶したら、自殺しそうなの?」
「え?」
「自殺してくれそうなの?」
「あの、いえ、お断りしても、たぶん相当通い詰めるのではないかなあ、と・・思います。」
「そう。自殺はしないタイプだと、思うの?」
「すぐには、多分しないだろうかなあ、のような、と。」
「どっち?」
「あの、すぐに思い詰めて飛び込んだりはしそうにないです。深刻だけれど、楽観的なおぼっちゃまではないかと思うのですが・・・。」
「ふうん。パパが出て来そう?」
「ああ、さあ? それはどうかなあ。おしゃべりは上手そうだし、意外と世渡りは出来るかもしれないです。」
「なるほど。まあ、ベテランの幸子さんがそう言うのであれば、そうなのでしょうね。じゃあね、その方、自殺させなさい。」
「え? え?」
「いい、幸子さん、今、地獄は再構築中、復興作業中なの。前の地獄長様が、大勢引き連れて出て行ってしまったでしょう。」
「はい・・。」
「なので、人手が必要なの。でもね、ここで地球上は、リリカ様達の為もあって、それにちょっと未来の構成の事で、問題が生じる事が判って、まあとにかくも、すでに完全に支配してしまったのよ。わかる?」
「はい・・・それはおめでとうございました。」
「うん、まあ、ありがとう。でもね、幸子さん、おかげで地球上での殺害行為、つまり戦争や紛争の犠牲者や、犯罪行為や、自殺や病気によって亡くなる方とかは、この先大幅に減少する事になるの。」
「はい、素晴らしく良い事です、さすが女王様です。」
「うん、まあ、ありがとう。でもね、つまり、お池の利用者は減少するだろうし、地獄の人員は減ったままになってしまうの。すると、コスト的にいろいろとね、維持できなくなって、地獄の大幅縮小とか、お池の縮小とかも、あるかもしれないの。」
「え、えー!! じゃあ、幸子がクビになったり、とかもですかあ?」
「幸子さんには、私、すごく思い入れがあるの。ここだけのお話よ。他の方には絶対言わないでね。それにね、不思議が池はわたくしと深い縁もあるし、そう言う事にしたくはないのよ。でも、地獄が無くなったら、ここは意味がなくなるの。わかるでしょう?」
「はい、それは、まあ・・・。」
「まあ、少し極端なお話でしたが、まだそこまで切羽詰まってはいないけれど、でもね、この機会だから言うけれど、何時の日か、あなたにも『永遠の都』に移っていただく日は来るわ。それは解っておいてね。」
「はい、それはもう、聞いていましたから。」
「うん。でも、今はそこまでは考えていないの。で、少し地獄の人員が欲しいのよ。その方、自殺させなさい。ああ、そうだ、なんだったら今回も生きたまま送ってくださっても、この際よろしくてよ。この間の方みたいに。で、是非その際のお願いが、あるんだなあ。」
「あ、あ、ヘレナ・・リア様、あの人、どうなってるのですか?あの二人。」
「そうか、本当のところは、あなた知らないんだったわね。」
「はい。」
「まあ、それでよく相手に、思わせぶりな事を言うわね。」
「あの、だから女王様にお伺いしてからと・・・・・・。」
「なるほどね。わかったわ。あの二人は、いま王国にいる。まだね。でも、実はね、ちょっと怪しい事が起こりかけているの。地獄と王国でね。でも、いまいちはっきりしないのよ。それで、カギをこれから握りそうな方は、順次タイミングを見ながら隔離しているの。あの二人もそうしたわ。」
「あの?それって何ですか? 革命とか。」
「鋭い。さすがね。幸子さんの目は、なぜかごまかせないのよね。まあ、そうなのよねえ。まだ確証はないのよ。でも、どうやら、アヤ姫様が地獄と王国の乗っ取りを企んでいるようなの。」
「え?え?えー!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、ここに来て今日は三日目だね。まさかこんなことが起こるとは予想していなかったが、私にはなぜか、何の変化も感じられないのは不思議と言えば不思議だ。君はどんな気持ちかね?」
「とてもすっきりしました。わたくしは、あなたのご命令にのみ、従う事に決めました。」
「本当にかな?」
「勿論です。」
「じゃ、もう一度復習しよう。」
『取調官長』は自分の席に座ったまま確認した。
「君は、どこの組織に属していたのかな?」
「『タルレジャ王国宮廷情報機構の第三分会』です。表向きは。」
「実際は?」
「『太陽系地球人類平和維持機関』です。」
「それはどこにあるのかな?」
「本部は地球です。ただし五千五百年後ですが。」
「君は未来人なのかね。」
「まあ、その通りです。」
「本当に?」
「勿論です。事実です。」
「ふうん。それを信じろと?」
「あなたのご自由ですが。私はもうあなたに忠実です。」
「ふうん・・・・。で、何をするつもりだったのかね?」
「このままでは、五千五百年後に地球はほぼ破滅します。火星人たちに喰いつくされて。それを防ぐために、歴史の修正をします。」
「どのようにして?」
「まず、地球皇帝となった第三王女を殺害します。」
「ほう?」
「彼女は火星人に改造されて操られています。元には戻せません。殺してあげるのが彼女の為です。次に、第一王女を皇帝に即位させます。」
「またそれはどうして?」
「次に、第二王女に第一王女を暗殺させるためです。第二王女こそは、われわれの創始者であり、地球最後の希望なのです。さらに実は火星人には、内部に対立勢力があります。」
「ほう。」
「リリカです。彼女らと協力して、無謀な火星の支配者であるダレルとその仲間を放逐します。しかし、彼らには良い面もあります。つまり、高い技術力を持っているのです。これは吸収する価値があるのです。ですから少し時間をかけながら、行う必要があります。そのために、あなたが必要なのです。」
「ほう?」
「歴史上、あなたはパブロ議員と協力してタルレジャ王制の打倒を目指していました。違いますか?この施設を利用して、仲間を密かに増やしていました。」
「ほう。」
「しかし、あなたは火星人の支配以後、皇帝によって処刑されています。議員もね。」
「一つわからない事がある。私は、火星人の行った人類の”改造”の影響を受けていないように思う。議員もだが、それはなぜかね?」
「まずあの議員は、強固な不感応者であった事が解っています。」
「フカンノウシャ?」
「はい。体質的に生まれながら、女王達の精神感応の影響を受けないのです。」
「ほお。」
「でも、あなたは違います。あなたの場合は、ある種意図的で、偶然です。つまり、これは歴史上証明はされていなかったのですが、女王は北島だけは”改造”の範囲から外していたのです。ここに来てそれがはっきりしました。ついでに、私がこの建物にはバリヤーを張りました。いずれにしても、あなたは精神改造の適用対象外だったのです。つまりは、北島の住民は基本的に元々洗脳済みだから、なのでしょう。ただ、本当にそれだけだったのかは、まだ十分には解りませんが。いずれにせよ、あなたも私も、このたびは、適用除外となったわけです。で、話を戻しますが、今後あなたには地球帝国政府の要人になっていただきたい。議員とともに。」
「要人?」
「そうです。第三王女殺害後、第一王女が皇帝、そうして第二王女を首班とする地球政府を立ち上げる。あなたとパブロ議員には、その中で大臣になって欲しい。歴史が変わるのです。やがて皇帝を暗殺して、さらにダレルを放逐する為に。」
「俺が殺されるのは何時だ?」
「歴史上なら、三ヶ月後です。」
「それは困るな。」
「だから助けて差し上げます。お互いさまで行きましょう。これは元々の計画からは、多少違ってきますが、あなたの為ですから何でもいたします。結果が同じならいいのです。地球を救いましょう。いっしょに。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ああ、びっくし。でも、女王様、いえあのヘレナリア様。私、思い当るの。」
「と、言うと?」
「この間、女神様集会のあと、ここに帰る前にお会いしたアヤ姫様、普通じゃなかったの。」
「あら、それって、わたくしが、抜けてから後の事ね。」
「たぶん、そうです。ヘレナ・・様がアヤ姫様から出て行ったあとすぐです。なんか、ややこしいな。でも、アヤ姫様とっても変な感じで、つまり、とっても、エッチな感じの女になったような、やたら胸に手を当てて、なんかくちゃくちゃ、したりとかしていたの。気持ち悪かったの。」
「ふうん。なるほど、そうか。なら、もう犯人は確定ですわね。」
「え?」
「あのね、いい? 幸子さん、そう言う事もあるだろうと思って、大事な人とかを隔離したりしたのだけれど、あなた今後当分、池の女神様達とは接触禁止よ。他の女神様はここには入れないようにします。表向きは、あなたのお仕置き。」
「ええ~?」
「地獄とも、勿論同じようにするわ。ここは隔離。」
「じゃあ、あの男は?」
「まあ、そこよ。あのね、その男やはり自殺させなさい。ただし、生きたままよ。殺さずにね。上手いこと言ってね。地獄であの女に会わせるとかでいいわ。ほら、スタンプ。」
通信機から、以前地獄の人事課長が、特別ゲストの体に押すのに使っていたスタンプが出てきた。
「それ、本当に?ですか?」
「いえ、うそ。とりあえず。でも、その後、本当にしてあげる。」
「幸子さっぱり、わからないですう~~。」
「まあまあ、でね、幸子さん、いい、あなたに、まずこれあげる。さあ飲んで。」
「え?」
通信機の下から、こんどは、ぽろっと錠剤が転がり出てきた。
「予防薬。これ飲んだら悪魔が近づかないはず。さあ早く。」
「はい、じゃあ・・・飲みました。」
「オーケー。では、こんどは、いい、その男にも、これを飲ませて、それから地獄に行ったらこいつを、外でしゅっしゅっしゅっ、と三回散布させなさい。着いたらすぐよ。その一回だけ、あなたに地獄との接触を許します。でもそれだけよ。あとは、当分接触できなくするから。今回は地獄には事前通告なしで送れるようにしてあげる。地獄での迎えは用意するわ。」
「はい、わかりました。でも、その後は?」
「まあ、当分様子を見ましょうよ。相手が焦って動くわよ。特に主犯格の人が。その男には、焦らないように、言い聞かせるのよ。必ず助けるからっ、て。隠れ家も提供してあげるから。」
「あの、その悪魔って、何ですか?」
「ブリューリよ。宇宙怪物。宇宙悪魔。宇宙の屑。宇宙の敵、わたくしの仇、女の敵、よ。」
「はあ?????」
「あいつはね、相手に取りついて、皆、人食い悪魔にしてしまうの。アヤ姫様も、他の女神様も、みんなもう悪魔になっちゃってるわ。地獄長さん達もね。まあ、わたくしも、似たような魔女だけどね。いい幸子さん、しばらくは、通常の手段では、外からあなたに連絡できなくなるから、もしかしたら女神様とかが、人間を使って、連絡してくるかもしれないから、その男以外とは、一切接触禁止、営業停止よ。いいわね。」
「えー! 営業停止? それって重い処分ですよね?」
「まあね、でも、前の時の池から暫く追放! よりましよ。わかった?今回は、地獄や新しい世界の平和のための偽装作戦なのだから、慎重にやってね。地獄や世界を救うお仕事よ。幸子さんだけにしかできないの。」
「はい、それはもう、まかせてください。でも、アナ様も悪魔になっちゃったの?」
「そうか、仲良しだものね。大丈夫、女神様たちについては、ヘレナリアが対処します。きっと助かるわよ。お薬があるから。」
「はい・・・。わかりました。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
地獄は、すでに大方宇宙の悪魔の手に落ちていた。
地獄の責め苦は、猛烈な共食いの修羅場に陥って来ていた。
ブリューリにとっては、当初想像していなかった位に、ここは魅力的な場所のように、(初めは)思われた。人間食べ放題、だと。しかし、それは、ほんの少しの間だけだった。
なにしろ、どんなに食べても、すぐに骨から復活してしまう。
「むむむ、これこそ魔術以外の何だろう。やはりヘレナは、俺なんか足元にも及ばぬ大悪魔だ。これじゃあ、ここは滅亡させられない。それじゃあ面白くない。ヘレナに、何の打撃も与えられないじゃないか。くそ。」
アヤ姫様の姿のままでそう呟くと、地獄長を呼びだした。
「副地獄長殿、何かご用でしょうか?」
元人事課長は、すでにブリューリ細胞に侵されてはいたが、そのおっとりとした雰囲気は、相変わらずだった。
「悪いですが、今夜も良い男と女を用意してくださいね。」
「ああ、はいそれは勿論。何人ずつ必要ですか?」
「そうね。今夜はゆっくりとしたいから、三人ずつでいいわ。」
「わかりました。」
「あのね、地獄長様。」
「はい、何でしょうか?」
「食べてしまったら、生き返らないようにはできないの? 食べ甲斐がないのよ。あなたもそうじゃないかしら?」
「それはまあ、できないことはないですが、基本的には規則違反なんですよ。繰り返し永遠に反省してもらうのが、地獄の良いところなのですから。」
「でも、今は、わたくしが規則なのよ。変えなさい。」
「それには、女王様の許可が必要ですが。」
「私がそうしろと言ってもかしら?」
「ああ、いえ、あなたには逆らえません。でも、それだと地獄の亡者たちが、すぐいなくなってしまいますよ。再生産できないとまずいです。食料が枯渇します。」
「どのくらい持つの?」
「いやこの勢いで行けば、食べる方がどんどん多くなってしまいますから、まあ一年程度かもしれません。」
「それは、ちょっと早すぎるかな? いいわ、じゃあ当面私が食べる分だけでいいから。あなたもそうしなさい。食べ甲斐と言うものが出来るわよ。」
「はあ、あなたがそう言うなら、そうしますが。」
「じゃあ、そうしなさい。」
「わかりました。」
新地獄長は出て行った。
「やれやれ、さてちょっと今後の方針を確立しなくては。あいつは少し軟すぎるな。ヘレナが欲しいな。あんな良いコンビは、宇宙広しと言えども、他にないからな。地球人を食べ尽くすのが俺の夢だ。ついにその機会がやって来ていると言うのに、何をわざわざ手間取っている。くそ、あいつと契約したからな。でなきゃあそこから逃げられなかった。俺に約束を守る習性はないが、さすがに今回はまだ大人しくしている方が得策か。まあ、焦る必要もないな。それにしても、この女、よくヘレナに似ている。やはりとてもいい体だ。」
◆◆◆◆◆◆◆◆
不思議が池は、再び夜に帰った。
昨夜より少し遅く、その男はまたやって来た。
同じ自動車に、今日も山盛りの貢物を積んでいるが、どうやら内容が昨晩とは違っているようだった。
「あれあれあれ、来ましたねえ。また、山ほど積んで来てくれたわねえ。中身が気になるなあ。よいしょ。では、行きますか。むむ、なんかいやな臭いが・・・・・。」
「女神様あ、来ましたよー。今日は清酒『大豪族』と『さくら塩饅頭』ですよお!」
「『なに! こいつはまさに永遠の仇、『さくら塩饅頭』ではありませんか。とんでもない。冗談じゃあないわ。池の中に入る事さえ許し難い!』 こらあ、ばかものめ! 『大豪族』だけ置いて、今日はさっさと帰りなさい! 『塩饅頭』をイッコでも池に入れたらもう絶交、破門、以後出入り禁止にします。さっさと帰って! お塩嫌い~~! 明日出直しなさ~~い!!!」
「え、え、?でも。」
「でも、でもストでもないわ。それ以上近づくなあ! 塩は厳禁なのじゃ。帰れ!帰れ! 神はわがままなのじゃ! 出直し~ !! ¶ΔΠΠΣ?<*>‘@”◎❍Ф‡€ !!」
幸子さんは頭の上を少しのぞかせただけで、再び池の中に沈んで行ってしまった。
「あ、あ、あ、最後なんて言ったんだろう? おこらせちゃったかな。まずいなあ。『お気楽饅頭;限定巨大版』も、持ってきてるのになあ。」
『なに『お気楽饅頭:限定巨大版』とな。それは不定期に親父さんの気分で作られる希少品ではありませんか。年に一回あるかないかという、幻の巨大お気楽饅頭。ううん~~。それ絶対欲しい!」
男が見ていると、池の中から、再び幸子さんの頭が、上半分だけ現れたのだ。
「女神様! おいで下さいましたか!」
「そなた、わしをおちょくっておるのか?」
「とんでもございません。あの、お塩がお嫌いとは、リサーチ出来ておりませんでした。申し訳ございません。」
「大きなミスじゃ。致命的なミスなのじゃ。回復不能のミスじゃ。しかし、その巨大版のお気楽饅頭は、ミスを補ってお釣りがくるぞ。『塩饅頭』は車から出すでないぞ。あと、ほら『清酒 大豪族』と巨大版お気楽饅頭と出してならべなさい。早く。で、自動車は藪の中に入れる!はい、さっさとする!」
「はい、はい、すぐに。」
男はさっさと動いて、崖っぷちにお酒と、大きな饅頭の入った箱を積み上げ、乗って来た高級自動車は傷が付くのも恐れずに、藪の中に突っ込んだ。
「少し無理言って、巨大版お気楽饅頭は、ありったけ買い上げて来ました。」
「それは、なによりじゃ。」
幸子さんは機嫌を直して、池の中から全身を現した。
「おお、お美しい!」
「あらま、それはありがとう。うん。正直でとってもいいわ、あなた。」
「はい。おそれいります。」
「こほん。実は、一晩、いや、一昼かな、考えてみました。わたくしにも、利用者様のプライバシーを守る責任があります。したがって、あの女がどこに行ったかを、気安く教えてはならないと、やはり思いました。しかし、そなたの立場も十分に理解はできます。そこでじゃ・・・・・」
「はい、女神様。」
「どこに行くかは一切聞かずに、ある場所に行ってもらいたいのじゃ。」
「ある場所とは?どちらでしょうか?」
「こらこら、それが秘密なのじゃ。」
「はあ・・・・。」
「そうして、何時までかかるかも、確たる約束はできぬが、そこであの女と会えるように、わしも努力するゆえ、それが、二日、一か月、十年、二十年、あるいはさらにかかっても、それでも、あの女を慕う気持ちがあるのならば、行くがよいぞ。そこまで、そなたに覚悟があるのじゃろうか?あの女を求め続ける事ができるか?まあ、余計な事ではあるが、人間の命は短い。出来ぬ事は出来ぬとあきらめ、次のチャンスにかけることこそが、正しい選択のあり方ではないか? ん?」
「行きます。ぼくは行かなければならないのです。」
「そなたには、家業を継ぐ使命があるのではないのか?」
「弟がおります。僕が戻らなければ、あいつが後を継ぐでしょう。」
「ほう、たった一人の女の為にか?しかもあの女には、そなたも言うたように、すでに別の男がおるようじゃったぞ。会ってみるだけ、意味のない事ではないのか?無用の争いごとになるだけじゃ。」
「いえ、彼女の真意が確かめられれば、それでよいのです。」
「みなそう言うが、結局話し合いの積りが、殺しあいになるのじゃ。それが生き物の哀しさじゃ。止めた方がよいぞ。」
「いえ、行かせてください。」
「ふうむ。わかった。では、ゆくがよい。しかし、そなたには、そこでまずやらねばならぬ事がある。」
「はい?」
「これじゃ。」
幸子さんは、ヘレナリアから預かった小型のスプレーを差し出した。
「目的地に着いたら、かならず外で、これをシュッ、シュッ、シュッ、と三回吹かせるのじゃ。よいな。」
「はあ・・・・。わかりました。」
「必ずじゃ。それを怠ると、彼女には会えぬぞ。」
「了解です。」
「それから。これを飲みなさい。病気の予防薬じゃ。」
「伝染病ですか?」
「さようじゃ。非常に危険な病原菌がおるのじゃ。」
「はい。」
男は、抗ブリューリ用の薬を即座に飲んだ。
「よろしい。では、これから、わしがそなたを食べる故、覚悟なされよ。あ、ええと、その前にお饅頭少し食べます? せっかくの限定版よ。お酒もいかが?」
「あの、いえ、早くやりましょう。時間が惜しいですから。」
「はあ、さすがそのあたりは男の子ね。わかった。こほん・・・では、まいる。わしの姿を見て、仰天しないように。よいか、いずれにせよ、これから行く先の世界からは、いつかは助け出して差し上げる故、あせらず待つがよいぞ。隠れ家も見つかるであろう。彼女と早く会える事を祈っておりますぞ。では!」
男の目の前で、幸子さんはあっと言う間に恐ろしい鬼の姿に変わりつつ、巨大化していったのだった。
男が考える間もなく、彼女は男をつまみ上げ、口に放り込んで、そのまま呑み込んだ。
あっと言う間の出来事だったが、幸子さんはすぐにしゅーっと縮んで、池の中に消えて行った。
その直後には、崖っぷちのお饅頭やお酒も、引きずり込まれるように『不思議が池』の水中に消えて行った。
やがてアルベルトは、霧の深く立ち込めた林の中に現れた。
ここは、地獄の中心と、無限寮の中間にある、広大な森林地帯なのだ。
しかし、気の毒なアルベルトには、そうした情報が与えられていなかった。
「ここは、どこなんだろう。富士山の樹海かな。にしては、地面が平坦な様な。」
彼は線は細いが、意外に律儀で、約束は守るタイプだった。
幸子さんから頼まれたスプレーをポケットから取り出すと、言われたとおりに、シュッ、シュッ、シュッ、と三回勢いよく噴射させた。
そこから発生した不思議なガスは、目には見えないが、地獄の大気内で猛烈な速度で増殖し、あっと言う間に広大な地獄中に広がって行った。
「さて、約束は果たしたが・・・。どうしよう?」
ふと見ると、何やら小さな光が二つ、彼の廻りを飛び回っている。
「おや? 虫かな。蛍かな?」
「こいつ、予想外に根性すわってるぞ、なのであるぞ。」
「ふつう、びっくりしたりしますわよね。どきどき!、とか、おわ! とか言いそう、かな。」
「おいおまえ」
小さな光の一つが声をかけて来たのだ。
「はあ、いやあ、蛍がしゃべった?」
「蛍ではない。我々は、れっきとした人類である。」
「じんるい? 何人?」
「えと、そう言われると、困るのだ。」
「あらあなた、知らないの?かな?」
もう一つの光がしゃべったようだった。
「いや、知らないようなのだ。であるのだ。」
「そう、まあ、いいじゃないの。人類なので、かな。」
「あの、君達は、つまり、いったい何?」
「だから、人類なのであるのである。ぼくはアレクシス。こっちは妹のレイミである。」
「はあ・・・・・。ここは、そもそもどこなの?」
「どこと言われると、困るのだ。」
「あら、あなた知らないの? たぶん、かな。」
「ここは、ここである。それ以外のどこでもないからなのであるのである。」
「他に、行った事ないものね。かな。」
「うん。そうなのだ。お前、ヘレナの友達だろう?であるであるか?」
「ヘレナさんって、誰? 不思議が池の女神様には、さっき会っていたけど、呑み込まれてしまって、いつの間にかここにきちゃったんだけど。」
「不思議が池? ああ、幸子さんであるのか。」
「それが、あの女神様の名前かい。」
「そうである。幸子さんは、我々の仲間である。ヘレナは、その友達で、どうやら偉い奴らしいが、まあ、そこは気にしないのであるのであるからなのである。幸子さんの友達なら、ヘレナの友達であり、したがって我々の仲間と言うことであるのであるのだ。お前、家を探しているな。」
「ああ、確かに女神様が、つまり、幸子さんが家を用意してあるような事を話していましたね。」
「うん。それでよい、話が通じたのである。こっちに来たまえ。案内するのであるのである。ヘレナに頼まれていたのであるからであるのであるのである。」
「そうなの。ヘレナは怖いけど、どちらかと言えば、罪人よりは鬼よりなの。かな。」
「は?より?より?」
「すなわち、ヘレナは怖いけど、よい魔女である。魔女としては、であるが。」
「はあ。」
「まあ、よいのであるのであるのだ。こちらに来たまえ。」
二つの光は、アルベルトを、林のより深くに案内しながら、ふらふらと飛んで行った。
薬の効果は素早かった。
「む、なに、この臭い。うわ、これはたまらない。これはだめだ。クソヘレナめ。なにをやった。」
アヤ姫様は、激しくもだえながら毒づいた。
やがて彼女の体から、黒い煙のような物がもわもわと浮かび上がって来た。
「残念だが、一旦退避だ。」
その気体なのか、液体なのか、よく判らないものが床から壁、そうして天井と移りながら出口となる場所を探して行き、やがて換気口から外に消えて行った。
一方で、地獄の中は苦しそうにのたうち回る亡者と鬼たちで、異様な光景に包まれて来ていた。
「地獄に地獄を見たぞ。」
新地獄長も、そう言いながら中央指令室の中で、苦しそうに転げ回っていたのだ。
これは、ブリューリ細胞が崩壊する際の禁断症状なのだった。
ブリューリの本体は自ら逃げ出す事が出来るが、奴隷たちの細胞は、まだ自立できていない。
数日かけて崩壊して行ってしまう。
その間、宿主は、激しい苦痛に見舞われる事になる。
おかげで、地獄内のほとんどの機能は停止してしまった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
地球の征服事業を見届けたヘレナは、母船アブラシオから東京に戻ろうとしていた。
アニーが報告してきていた。
「あ、メールは以上ですが、あとそれから、地獄は、文字通りの地獄状態です。ブリューリは給水塔に隠れました。」
「やはり、そうなのか。他の女神様たちは?」
「ヘレナリアが除菌剤を散布して回りました。みんなのたうちまわっています。」
「ふうん。なんなんだかねえ。」
「は?早く対応したので、結局良かったのでは?」
「いやいや、なんか変じゃない?」
「そうですか?」
「絶対変よ。何でこんなドジな事するのかなあ。でしょう?あまりに見え透いているもん。」
「つまり?」
「これって、薬を使わせて見たんじゃないかしらね。わざと。意図的に。ううん。うまく騙されたかもしれないわね。」
「はあ、でも、こちらはブリューリの本体を確保しました。周囲を隔離。閉じ込めました。もう逃げられません。」
「アニー、そいつ本物かしら。よおく確認しなさい。ほんの少しの違いも見逃さないで。あやしい、わ。絶対。」
「わかりました。」
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テレビでは、ずっと、”新しい世界の始まり”特集をやっている。タルレジャ王立公共放送局(TBC)も、民放各局も、皆同じように”地球の歴史上初めて、全地球統一国家”が生まれる、そうして火星のダレル将軍が地球の最高顧問となり、タルレジャ王国のヘネシー第三王女様が地球の皇帝陛下となり、ルイーザ第二王女様が総督閣下となる。ヘレナ第一王女様は、王国の職務に専念されることになる、と。王国民はみな心を合わせて、『火星の女王様』を最高権威として信奉し、新しい地球皇帝陛下と総督閣下に忠誠を尽くして、新世界の平和を築こう。戦争や紛争や貧困、差別や病気、障害などによって苦しんできた人々を苦悩から解放しよう、これまで誰も達成できなかった永久平和を、今こそ全人類で実現しよう!・・・・と訴え続けていた。
著名人や学者、芸術家やアスリート達が次々に出演していたし、日本や世界各国との中継も行いながら、地球規模での意思確認を行おうとしていたのだ。そこには、国連の事務総長も出演し、ロロシアの首相、中大国の首相、北部アメリカ国の大統領・・・・・と次々に世界の指導者たちが同様の演説を行っている。
「では、まとめて見ましょう。」
マムル医師が横目でテレビを睨みながら言った。
「まず、ママムヤムさんは、タルレジャ王国北島生まれの北島育ち。北島で高校に行き、北島で大学を卒業し、北島でタルレジャ教会本部に就職した。」
「それだけです。本当に。」
「そう。でも確か、あなたのお父上は国王陛下の従姉妹ですよね。」
「はい、そうです。確かに。」
「そう、王室の範囲でしょう?」
「ぎりぎり。」
「しかも、幼い時期の王女様の遊び相手をしていた事もある。私も子供時代のあなたにお会いした事がある。」
「はい。」
「中身は言いにくいけれども、なにやら、王女様にびっくりさせられることも、多々あった。」
「ええ、はい。」
「うん。さて・・・そうしてあなたは、日本の北海道生まれ。北海道で高校を出て東京に行き、大学を出て就職した。」
「はい。」
彼女が答えた。
「で、就職先では外国の地形や、その他色々情報を集めていた。しかもここ最近はタルレジャ王国、特に北島を担当していた。ま、制約は多かったけれど、でも一般人が知らない情報も持っていた、多分ね。内容は業務上の秘密だけど。」
「はい、まあ。」
「おまけに、『地獄』を直接体験した。この鬼さんと一緒にね。」
「ええ。そうです。」
「で、鬼さん?あなたはどう、彼女が話してくれた事、否定しない?」
鬼となった彼は、椅子の上に座らされていた。
口はきかなくてもよい。でも合図だけはしなさい。とマムル医師から言われている。
もし、協力しないなら、北島の医師長である自分としては、それなりの権力を行使しますよ。
たとえばこの薬、ひと吹きで全員絶命。おわかり?・・・・・と。
女王ヘレナから、いざという時はそうする許可をもらっているのだけれど・・・と・・・。
「この方、うなずいた。日本の方だから、これはイエスなのよね。この方は、日本の東京で生まれてこの国で最高の学府を卒業して就職したけれど、融通がきかないというか、周囲の雰囲気がよく読めないというか、ちょっとへそ曲がりなのが社会では災いしてか、転職を繰り返し、今は無職、いえ失礼、ここで今回、北島の『鬼』として就職できたようだから。」
『彼女』がうつむいてしまっている。
「さて、このマムルは王国の南島で生まれ、タルレジャ王立大学で医学を学び、その後博士号を取り、王立大の医者になって、間もなく王立・教会立北島病院に引き抜かれて現在に至っている。現国王夫妻の担当医となり、三人の王女の出産にも立ち会い、母親代わりとして面倒を見てきた。東京に留学していた事もある。詳しくは言えないけれど、王国の北島内では、かなりの力を持たされている。医学的な面では第一王女様でさえ一目置かなければならないほどね。」
医師は、一息置いて続けた。
「何が共通点なのでしょうか?」
「北島繋がり・・・でしょうか?」
『彼女』が小さく言った。
「そう、そこは間違いがないわ。でも、どうつながっているのか、ね。」
「第一王女様、でしょうか。」
ママムヤムが言った。
「そうね、私とあなたは、明らかにそう。でもこのお二人は事情が違う。王女様にはお目にかかった事もない。」
「ええ、まったく。」
「一方、私たちは地獄になんか行ったこともない。見たこともない。聞いたこともなかった。」
「はい。そうです。」
「そう。でも、どうやらその『地獄』を作ったのは、王女様、特に第一王女様らしい、と。鬼さん、そうなのね。」
鬼がうなずいた。
「そう。そこでやはり第一王女様との繋がりはあるらしい。全員、直接、あるいは間接的ではあっても第一王女様に関わっている事は確かね。そうして、ここに我々を閉じ込めたのはヘレナリア、第一王女様の複製という変な女の子。まあ、こうした事情から見て、この事態の首謀者は第一王女様であるのは間違いなしと思う。問題は、どうして閉じ込めたのか? さっきも言ったけど、ヘレナリアは火星人の地球征服の方法は、地球人の心を直に支配してしまう事、と、ほのめかしたでしょう。それもすでに実行済み。その首謀者は、どうやら火星の女王様と言われる謎の存在。でも、では、その火星の女王様とは、いったい誰なのか? はっきりとはしない。けれど、どうやらヘレナ第一王女様と大いに関係ありそうでしょう。」
「もしかして、同一人物なのでしょうか?」
ママムヤムが言った。
「ええ、皆そう考えるでしょう。でも、上二人の王女は東京で生まれて、十七年間王国と東京と行き来しているわ。その行動はきちんと公式に記録されていて、私の知る限り、火星に行ったり、火星人と会ったりしたような記録は一切ないと思うの。」
「でも、『複製』とかがいるとすれば・・つまり影武者と言うかですね。でも、消えたり現れたり、絶対変ですよね。あり得ない事ばかり起こってしまっていますよね。」
『彼女』が、自信はないが・・・という感じで言った。
「ええ。そうね。漫画じゃやあるまいし、壁抜け人間が目の前に現れたら困ってしまうのは当たりまえですよ。ただ、こうした状況から見て、ママムヤムさんはどうお思いになります? つまりなぜ我々はここに監禁されているのか?」
「そのヘレナリアにとっては、社会に出て、余計な事を、話されたられたら困るから、でしょうか?」
「なるほど。確かに。でも、そんな状況なのだったら、私たちがそんなに影響力があるのかしらね。」
「あなたは、あるでしょう?」
『彼女』がやや恐る恐る、マムル医師について言った。
「先生には、少し嫌な言い方かもしれませんが、王女様は先生を保護しておきたかった。私たちは、もののついで、というか、まあ、そんなところなのでは? あ、ママムヤムさんは、先生と同じなのかもしれませんが。ごめんなさい・・・」
「いえ、自分で言い出しておいて、こちらこそ申し訳なかったかと思います。ただね、あのヘレナという子はね、どれだけはしゃいで見せていても、どうもまったく感情が入っていない感じがするの。小さい頃からそうだった。上手く表現するのが難しいのですが、さっきのピアノコンテストでもそうなのね。でも、まれにそうじゃないと思わせる事もある。信じられないほど感情豊かな事もある。その不思議な落差が説明が付かない。ただ、今回この場合でも、元々感情的に誰かを守りたいとか、そういうモノではないような気がするんです。」
「あの、先生の言われる事、良く判ります。何か、個人的な感情ではない動機があると。」
「ええ、そう。さあ鬼さん、あなたの知っている事、話してほしい。どこから逃げたらいいの?まだ八時間までは大分ある。言葉は忘れてないんでしょう。鬼語しか出来なくなったのですか? 大事な彼女を、このまま放り出してしまうの? 後悔するわよ。あとあとになって。よおく思い出して。考えてご覧なさい。鬼に変わる前の自分のことを。彼女のことを。ゆっくりとでいい。地獄での出来事もね。それで、知っている事を話して欲しいのです。何でもね。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
地面がググウーっと 持ち上がった。
「うわ地下なのかい?」
「そうなのであるぞ。女王様の特製なのであるぞ。」
そう、兄の光が言った。
「それは、それは・・・・・すごいな。」
「地面の上では目立つのであるのであるからなのであるからである。」
「見つかっちゃうのですか。かな。」
妹の光の方が言った。ただし区別は全くつかないのだが。
「それはそうだね。」
「お前は当分ここで暮らすのであるのであるぞ。」
「どのくらいだろうか?」
「待ち人が来るまでである。」
「それは何時ごろの事なのだろうか?」
「そんなことは、我々の興味の対象外なのであるぞであるのだ。」
「そうだね。あの……。」
「なにか用か?」
「ただ待つだけ?」
「他に何があるのか?お前が現世でやるべき事をしたのなら、あとはもう待つ以外の何物でもないものなのであるところのものであるぞ。」
「いや、その、つまりこちらから働きかけるとかが出来ればとー。」
「贅沢を言うものではないのであるのだ。」
「そうよ。ちょっと可愛そうでもありますか?かな。」
「そうであるか。少しだけ可愛そうであるのかもしれないのであるのである。」
「そうよ、『待てば介護の日よりあり』なのですか?」
「違うのだ。『家内は寝て待て』、なのである。」
「そうです、うそです。そうでしたか?かな。」
「ああ、うん、わかったよ。」
仕方なく彼は、片手を上げながら言った。
「焦るのではないことなのであるのであるのだ。食事は運んであげるものなのである。」
「メニューは、おまかせですか。かな。」
「君達にはどう連絡すれば、いいの?」
「壁を五回叩くのだ。」
「『たたけよ、さらばひらかれむ』、ですか。かな。」
兄妹コンビは、フラフラと舞いながら、部屋のどこかから、引き上げて行った。
「来てはしまったが。いったい、ここはどこなのかなあ。ふうん。」
アルベルトは、部屋の中を見回しながら、深くため息をついた。
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田舎の元副署長は、俄然、偉くなっていた。
なにしろ、この国全体の特殊警備本部長になったのだから。
異例の出世である。
いったんは自己退職して、それから再就職したうえの話であるから、なおさらなのだ。
時の権力というものが、いかに物凄いものなのか、という実例でもある。
「本部長殿、さきほど渋谷で不感応者の男が暴れていたようです。」
秘書官長が、書類のごっそりと詰まった決済箱を持って来て話しかけた。
「ほう、それで?」
「確保されて、出来たての、代々木保護センターに送られました。」
「そうか。今日は何人目だ?」
「東京では十人目です。全国では五十七人目。」
「それは、通報も入れてか?」
「はい。そうです。」
「通報が、まだまだ少ないな。」
「ええ、確かに。」
「各家庭に、不感応者や不適応者、背徳者、あるいはミュータントと思われる家族を、きちんと通報するように、再度徹底的に指導しろ。」
「わかりました。実は・・・」
「うん?」
「その渋谷の男ですがね。」
「ふん。」
「本部長殿が以前勤務しておられた署の、署長だと主張しておるようです。」
「ほう?写真あるか?」
「はい、出します。」
壁の一角に、大きな映像が浮かび上がった。
「こいつですが。」
「ふん。」
「いかがなのでしょうか?」
「ああ、確かにそうだな。顔は。しかし、かなりやつれたな、少しの間なのに。」
「まあ、あちこちで、ぼこぼこにされたようです。精神的に相当参っておるやに思います。」
「そうか。ではタルレジャ王国の王立北島病院に送れ。東京の施設はまだなのだろう?」
「もう少しかかります。」
「しっかり治療してやれ。あそこなら、物理的な『治療』も可能だろうから。よい王国人になれるだろう。日本にはもう、二度と帰すな。」
「家族は?」
「一緒に送ってやれ。」
「わかりました。では・・・」
「ああ。」
元副署長は、今は人間の姿をしている。
「鬼の方がよいのだがな。そのほうが俺本来の姿なのだから。」
机の上には、奥方の写真が飾られていた。
勿論、幸子さんの。
第十話 その2・・・・終わり
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