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第26話 ダークナイト討伐へ

 ダークナイトの討伐―――


 その依頼はサイクロプスキングの討伐を超える難易度。ダークナイトの正体は謎に包まれているからである。闇の騎士、悪魔の黒騎士、魔王の懐刀(ふところがたな)、虐殺の戦士……通り名だけはたくさんあるが、能力も容姿もまるで知られていない。


 ギルドで使われている『魔物大全』にも「極めて危険。凶暴で残酷。剣気・剣技ともに魔族一。伝説級の強さ。対峙したら直ぐに退避すること」とだけある。一説では闇落ちした元勇者ともいわれているが、真偽のほどは定かではない。実際、冒険者の中でも対峙したことのある者はいないに等しい。ウワサだけが独り歩きする。そんな正体不明の魔物である。


◇◆◇◆◇◆


 カステルとソリティア、そして今回は完全にオマケキャラのブレンド。三人仲良く揃ってダンジョンの入口に立っていた。カステルのサポートを受けながら依頼を達成するためである。目的はダークナイトの討伐だが、ソリティアの魔法特性を見極めるという目的もある。


 とはいえ、相手はあのダークナイトである。どんな上級冒険者でも出会いたくない魔物だ。そんな相手とは知らず適当に選んだ依頼。カステルから詳しい話を聞くまでソリティアは“いくら強くてもサイクロプスキングよりは弱いから平気”とのんびり構えていた。


「カステルさん、ダークナイトって一体どんな魔物なんですか?」

「あら? 知らずに()けたのですか?」

「はい。どんなに強くてもサイクロプスキングよりは弱いでしょうし、アルテさん並に強いカステルさんがいれば大丈夫ですよね?」


 魔族であるカステルが、ダークナイトを知らないわけがなかった。かつては自分と同じくアルテの下で人間の軍隊と戦ったこともあった。その強さは群を抜いており、剣技だけでほとんどの魔族を負かすことができる。とはいえ、誰とも交流を持たず自らの正体を明かすこともなく、ある日突然アルテの下を去った変わり者だ。


「……ダークナイトは魔王軍の元騎士団長です。一人でレッサードラゴンを斃すほどの強さですから、サイクロプスキングよりも強いと思った方がいいでしょう」

「へ? レッサードラゴンを一人で?」


 冷や汗をかくソリティア。いつもの挙動不審さに、いっそう拍車がかかる。


「で、でもカステルさんの方が強いんですよね?」

「さぁ、わたくしも直接やり合ったことはないので……能力にも謎が多いですし」

「……やっぱりこの依頼、やめませんか?」

「何を今さら怖じ気づいているのですか。大丈夫ですよ、死にそうになってもちゃんと治療してさしあげますから」


 ニッコリと満面の笑みで答えるカステル。その自信たっぷりな表情のおかげで、挫けそうだったソリティアは少しやる気を取り戻した。


 ブレンドは、自分の世界に入り込んで戦いのシミュレーションを繰り返している。今回は相手が剣を使う魔族の騎士と聞いて、自分の力を試す絶好のチャンスだと思っているのである。


「ではダンジョンに入りましょうか」


 ダークナイトが出没するのは地下70階。かなりの上級者パーティーが潜っても二週間程度はかかるだろう。魔物達の襲撃も深いところほど激しさを増す。加えて地下深いほど集まる魔力が濃くなる。強い魔力が充満する場所では、人間は魔力に酔ってしまう。長時間の滞在は難しい。


 慎重派のブレンドは、道具屋で様々な物を購入していた。本格的に潜るために必要な“ダンジョン七つ道具”に加え、食料、水、魔力中毒防止薬……準備万全である。


 ダンジョン入口でせっせと装備チェックに勤しむブレンド。それに興味を持ったのがカステルだった。カステルは魔族の中でも生粋の魔法属性。ダンジョンだろうが砂漠だろうが水も食料も装備も必要としない。そもそも食料は人間の生命力や魂だし、装備が必要なら魔法で創り出せばいい。怪我や病気も治癒魔法で完治できる上に、困ったことがあれば生活魔法で大抵のことは解決できる。よって、大荷物のブレンドとは対照的に着の身着のまま、手ぶらである。


「随分と大荷物なのですね。……これは何ですか?」


 カステルは黒い丸薬(がんやく)をつまみあげ、しげしげと見つめる。


「……魔力中毒防止薬ですけど」

「魔力中毒? 何ですかそれ?」

「え……カステルさんは知らないんですか?」


 魔族にとって魔力は栄養源のようなもの。魔力が強ければ強いほどパワーも増す。普通の状態で中毒になるなどまず考えられない。


「ほら、濃い魔力に長い間晒されると体の調子が悪くなるじゃないですか。それを軽くするための薬ですよ」

「……へ、へぇ~ そうなんですね」


 事情がわからないカステルは、適当に返事をして話を合わせた。


「こちらの箱は何ですか?」

「これはダンジョン七つ道具といって、街の道具屋がダンジョン探索に必要な道具をまとめて売っているんです。この箱があれば最低限は揃いますから」

「何が入っているんですか?」


 ブレンドが得意げに箱を開ける。ダンジョン七つ道具はそれなりに高価な品だ。これを持ってダンジョン探索ができるということは、ある意味、初級冒険者を卒業したといってもいい。


「まずはランタンですね。油も長持ちするようダンジョン向けに作られた特別仕様なんですよ」

「凄いですね」


 適当な棒読みセリフを発するカステル。心の中では「これなら生活魔法の“灯”で十分だ」と思っている。


「次にダンジョンの地図ですね。先人の冒険者たちが命懸けで持ち帰った情報を基にコツコツと作り上げられたものです。地下80階までしかありませんが、それ以上は潜って戻って来た冒険者がほとんどいないんですよ」

「は、はぁ、そうなんですか……」


 ダンジョン―――元は魔王を守るための建築物である。最初に作った魔王の正体はわからないが、アルテのために1400年以上も前にくまなく探索済みのカステル。地図はすべて頭に入っている。地下1階から地下101階まで知らない場所はない。


「えーっと、次は罠を発見するための道具で……」

「あ、もう大体わかりましたから結構ですよ」

「そ、そうですか……」


 カステルは七つすべての道具をほとんど不要だと判断した。これ以上の説明を聞かされてはたまらないと話を(さえぎ)った。得意げだったブレンドはちょっとがっかりしたが、それでも彼は初めての本格的なダンジョン探索にワクワクしていた。


「ん? それは……何ですか?」


 カステルは装備を詰めたザックから、包み紙がはみ出ているのに気が付いた。上品で、それでいて濃厚な甘い匂いが(ただよ)う。


「ああ、これですか。アップルパイですよ」

「まさかこのアップルパイは! わたくしが街で最初に食べたアップルパイ?! ブレンド、これを一体どこで?」

「ち、父が持たせてくれたものですけど……」


 勢いよく迫って来るカステルに、タジタジになりながら答えるブレンド。自慢したかった七つ道具には淡白な反応しかなかったのに、毎日食卓に乗るアップルパイには過剰反応するカステル。ブレンドには理解しがたかった。


 カステルがスピネルの街に到着して初めて食べたのが、ブレンドの家のアップルパイである。自分が作るどのスイーツよりも遥かに美味しく、頬が落ちそうになった。絶品のアップルパイだ。それをこのブレンドの父が作っているという。


「ブレンド、あなたの父親は何者ですか?」

「パティシエです。しがない喫茶店(カフェ)が僕の実家なので、そこでお客さんに出してたりするんですよ。アップルパイは店の看板メニューです」

「その店は街の南から入って中央側の喫茶店ですか?」

「え、ええ……そうですけど、よくご存じですね」


 カステルは、奇しくもブレンドの実家のアップルパイを食べていたことに気が付いた。自分が偉そうに口を利いたコック帽を被った男こそブレンドの父だったのだ。


「もしかしてカステルさんはお店に来たことがあるんですか?」

「……ええ、スピネルの街で最初に」

「そういえばちょっと前に、銀髪で赤い目をした貴族の令嬢みたいなお客さんが来たって父が話してました。カステルさんだったんですね。銀髪はともかく、赤い目の人はあまりいませんからね。父も印象に残っていたみたいです」


 アップルパイの芳醇な香りに、切なく物欲しそうな顔をするカステル。刺さる視線が痛い。


「よ、よければお一つどうぞ……」


 そう言って包み紙を渡すブレンド。


「い、いいのですか?!!!」

「ええ、お世話になる身ですし、カステルさんは父の大事なお客さんみたいですし」

「ありがとうございます!!!」


 包み紙を受け取って物凄い勢いで握手をするカステル。満面の笑みだ。


 悪魔のくせにスイーツ大好きな彼女にとっては、魔力や人間の魂と同じくらい重要なものだ。


「そのアップルパイ、アルテさんも大好物なんですよ。ギルドに行くときは、いつもこっそりお土産にしてるんです」

「アルテ様が!? ……こ、このレシピって教えてもらえませんよね?」

「父は店の秘密だから門外不出だ、なんて言っていますけど大丈夫ですよ。手間暇がかかりますけど、レシピを見れば作れるようになります」

「ありがたいです!」


 スイーツマイスター魔族のカステル。食べるだけでは飽き足らず、自分で新たなスイーツを開発するのも大好きだった。これまでいろいろなスイーツを創作しては、アルテに食べさせていた。


 魔族の食事といえば人間の魂。元々スイーツなどに興味はなかったカステルも、エルフであり人間の食事しか取れないアルテを満足させるために、日々料理を工夫していた。


 この“料理”だけは他の魔族や魔物達には任せることができなかった。なぜなら、人間の味覚を理解できる者が他にいなかったからである。魔王アルテにとって日々の食事は大問題。解決できるのは、人に近い味覚を持つカステルしかいなかったのである。以来カステルにとって、スイーツ作りを含め料理の創作はライフワークとなっていた。


「あれっ? 何だかいい匂いがしますね。ブレンド、いつものアレですか?」

「ああ、ソリティアも一つどうぞ」


 最近行動を共にしているブレンドとソリティア。当然ソリティアもこのアップルパイのご相伴に預かることが多かった。


 モグモグとアップルパイを咀嚼するソリティア。それをみたカステルも、我慢できずに包み紙を広げてかぶりつく。ダンジョンの前でスイーツに幸せの笑みを浮かべる女子二人だった。


「……ま、まだありますので残りはダンジョンの中で食べましょうか」


 ブレンドは思った。女子の心を掴むには甘い物だと。そしてこれがダークナイト討伐にも役立つとはこの時、夢にも思っていなかった。


◇◆◇◆


 ダンジョン地下1階。潜ったばかりだというのに、カステルは焦っていた。そう、早くダンジョン探索を切り上げて、あのアップルパイのレシピを手に入れ、自分で作ってみたい。もはや居ても立っても居られなかった。


 一方のソリティアとブレンドは、地下70階という深部へ向けて、長期探索を覚悟していた。体力の消耗を抑えつつ、なるべく魔物と出会わないよう隠れながら慎重に進む。当然歩みは遅い。


 戦いは極力フロアのボス戦だけに絞りたい。ダンジョンの各階には必ずボスがいる。ボスと出会う前に他の魔物と出会い、体力を削られてしまっては攻略はおぼつかない。魔物との遭遇を避け、慎重にゆっくり進む。これが深部を目指す冒険者の基本だ。


「地下1階のボスは確か……ダンジョン地図の案内によるとコボルドマスターでしたね」

「はい、僕も出会ったことはありますので大丈夫です。地下1階は腕試しでよく来てましたし」


 ブレンドは腕試しとしてダンジョンへ単身で潜った経験がある。実力的には地下10階程度までなら十分対応できるが、ダンジョンでは戻りのことも考えなければならない。地下10階まで潜って体力を使い果たしてしまうと、復路で魔物に遭遇した際に対応できない。よって実力の半分未満の深さまでしか潜らないのが鉄則だ。


「……ソリティア」

「何ですか?」

「そこの角を曲がったところに何かいます。気を付けて」

「わかりました」


 ソリティアに注意を促しながら剣を抜く。地下1階レベルであればブレンド一人でも戦える。もちろんカステルの出番もない。


 剣を抜いたブレンドは慎重に角を曲がる。そこには犬ほどの大きさもある魔ネズミがいた。三匹だ。初級冒険者でも簡単に斃せる相手だ。が、今目指しているのは地下70階。派手に立ち回らず、最小限の力で戦う。カステルの治癒魔法が期待できるとはいえ、怪我も極力しないように注意する。


 飛びかかって来る魔ネズミの攻撃をかわし、ブレンドは剣を短く持って振るう。コンパクトに動かすことで、体力の温存を図るのだ。剣の大振りは禁物である。


 魔ネズミは数分後には三匹ともブレンドの剣によって斃されていた。


「魔ネズミはレベルの低い魔物ですが、噛まれると感染症を起こします。それに一匹逃すと仲間を次々と呼ぶので、結構面倒なんですよ」


 得意げに語るブレンド。それをフムフムと頷きながらメモするソリティア。


 カステルはそのやりとりを見て思った。


(このペースでは一年経っても70階に到達できません。困りました、早く帰ってアップルパイを作りたいのに!)


 二人ののんびりとしたやり取りを見て、カステルは苛立っていた。ダークナイトの件などさっさ済ませて今日中にでもギルドに戻りたい。アルテに絶品のアップルパイをお腹一杯食べさせてあげたい。その思いが募っていた。


「二人とも、浅い階で弱い魔物を斃していても実力はなかなか付きません。一気に70階まで行きましょう」

「えっ!? そんなことができるんですか? それにいきなり70階まで潜ったら危なくないですか?」


 慎重派のブレンドが疑問を投げかける。が、カステルからすれば自分の庭のようなダンジョン。地下1階程度で時間を取られるのはたまったものではない。


「大丈夫です。地下70階はそれほど魔物も多くありませんし、私の転移魔法で一気に飛べますから」


 カステルは1400年以上も前、既にダンジョン内を自由に行き来できるよう、各階に転移魔法の出入口を作っていた。もちろんアルテ護衛用に様々な魔物を配置するためだ。そして70階といえば、魔力もたっぷり集まっている。魔法の方もいつにも増して力強さが期待できる。


「で、でも……魔力中毒とかありますし」

「その点も大丈夫です。一時間もあれば終わりますから」

「いっ、一時間?! それじゃあ訓練になりませんよ!」


 ブレンドはカステルのあまりに雑な提案に、思わず声を荒げてしまった。


「ブレンド、いいですか? 実戦訓練は費やした時間ではありません。内容が大切なのです。薄い一日より濃い一時間の方が効果が上がります。アルテ様もそうおっしゃっていました」

「あ、アルテさんが……」


 カステルは適当に話をでっち上げた。もちろんアルテがそんな話をしたことは一度もない。早く帰りたいがための方便である。


「わかりました。少し危険な気もしますが行きましょう」

「ソリティアもいいですね?」

「私は闇魔法さえ修得できるならいつでもどこでもOKです!」


 正直、70階へ行ってもソリティアが闇魔法を使えるようになるかわからない。が、もしかしたら魔力の濃い場所へ行けば、どんな魔法に適性があるのかわかるかもしれない。魔法は地上の薄い魔力の中よりも、ダンジョン深くの濃厚な場所の方が、顕著に傾向が表れる。もし魔法が使える者がいれば、自分の得意分野の魔法力が増大するはずだ。実際、ソリティアの適性を観るには、良い機会なのは間違いなかった。


「では二人ともわたくしに捕まってください」

「「はい!」」


 カステルが短く呪文を唱えると、三人は淡く黄色い光に包まれた。そして気が付くと70階へと転移していた。


「こ、ここが70階ですか?」


 片手剣を抜き、盾を構えて警戒の姿勢を取るブレンド。ソリティアもいつもとは違う魔力の高まりを感じ、自然と杖を前に突き出していた。


「ええ、確かに70階です。まずは(あかり)ですね」


 カステルがそういうと、瞬く間に通路全体が明るくなった。魔力で通路の床も天井も壁も光っているのだ。ランタンで照らすのとはわけが違う。


「何だか1階とさして変わりないですね。あまり実感がないのですが……」


 ―――グルルル…… 


 その時だった。突然通路の奥から唸り声が聞こえた。


 三人の前に大きな犬が現れた。全身が黒光りしている。四つ足で立った姿勢で人間よりも上背がある。熊に近い大きさだ。そして何より、普通の犬と違うのは頭が三つあることだ。


「ケ、ケルベロス!?」


 魔界の番犬、ケルベロス。あまりにも有名な魔物である。さすがにブレンドでも知っている。強さは伝説級。上級冒険者のパーティーでも、万全な状態でなければケルベロスの相手はしたくないという。もちろん、地下10階程度しか潜れないブレンドの勝てる相手ではない。


「カステルさん……いきなりこんなに強力な魔物が出るなんて、やっぱり70階なんですね」


 ようやく自分が上級冒険者もおいそれとはやってこない地下深くに居るのを実感できたブレンド。剣を握る手が途端に汗ばむ。


「ブレンド、知っていると思いますけど、ケルベロスの吐く火は普通の火じゃありません」

「い、いや、知らないけど。どんな火?」

「ええと、私が読んだ本の知識ですけど……ケルベロスの炎は一度着いたら、その物を焼き尽くすまで消えないそうです」

「……危険ですね」


 今にも飛びかかろうとするケルベロス。後ろ足にためを作り、姿勢を低くしている。次の瞬間には炎を吐くかもしれない。ブレンドは盾を力強く構えた。


「ソリティア、僕の後ろに隠れてください」

「は、はい!」


 ブレンドは、まず一撃を何とか凌ごうと考えた。あれほど大きな体の犬である。懐に入って剣で戦うのが定石だ。幸い、ケルベロスの皮膚は普通の犬と同じく柔らかそうに見えた。剣を至近距離から突き立てればダメージが通りそうだ。


 ケルベロスの口から赤い炎がチロチロと見え始める。ファイヤブレスの準備態勢なのは明らかだ。緊張感が高まる。盾で炎を防げればいいが、防ぎきれない場合、ブレンドもソリティアも焼け死んでしまう。


「あ、そういえば……」


 ブレンドの後ろに隠れるソリティアが思い出したようにつぶやいた。


「……ケルベロスの炎って普通の装備だと防げないんです。神殿とかで聖なる祈りを付与(エンチャント)してもらわないと、あっという間燃え尽きちゃうらしいです。何しろ魔界の炎ですから……」

「そ、そうなんですか?」

「ええ……た、確かそう書いてありました、本には……」


 背中に冷や汗が伝う。この狭い通路だ。三つの首から炎を吐かれればかわす場所はない。ブレンドの盾に当たった炎は、勢いそのままに二人を焼き尽くすだろう。もはや絶対絶命である。二人は焦った目でカステルを探した。カステルはあくまで非戦闘要員。付添いである。安易に頼るわけにはいかない。が、この場はカステルにお出まし願うしかない。


 しかし、相手はあの魔界の番犬である。カステルの実力を以てしても厳しいのではないかと二人は思った。


 カステルは「はぁ」と面倒くさそうにため息をつくと、何の警戒もせずにツカツカと普通にケルベロスへ近寄った。そして右手を上げると大きな声で叫んだ。


「おすわりっ!」

「クウゥ~ン」


 凶悪な牙を剥いていたケルベロスは、途端に大人しくペタンと腰を落とし、カステルに頭を下げた。まるで飼い犬のように従順だ。


「へ? ……ケルベロスがおすわり? そんな馬鹿な……」


 二人はあり得ない光景に呆然としてしまった。あの凶悪で有名な伝説の魔物が人のいいなりになっているのである。


「ブレンド、ソリティア。コイツは大丈夫だから心配ありませんよ。ただわたくし達が突然現れたので驚いただけです」

「でもそれ……あの“魔界の番犬”ですよね? 心配ないわけがないと思うんですけど」


 当然ながらケルベロスが人に懐くなどあり得ない。飼いならせるとしたら上級魔族か魔王だけである。カステルは自分の正体が魔族とバレないよう、何とか誤魔化すことにした。


「え、えーっとですね……わたくしの特殊魔法に魔物使役っていうのがあってですね……」


 魔法オタクのソリティアはしつこく根掘り葉掘り聞いてきたが、何とかその場で誤魔化すことができた。ケルベロスはつまらなそうに大あくびをして、三人の話しを聞き流している。地下70階まで人が来ることは珍しい。普段はケルベロスも暇なのである。


「ん? 何やら騒がしいですね。ケルベロス、何ごとですか?」


 カステル達が話をしていると、通路の奥から人影が現れた。


「えっ!? カ、カステル???」

「現れましたか……ダークナイト」


 借りてきた猫のように大人しく座るケルベロスの横に騎士が立っている。……が、ブレンドもソリティアも大きな口を開けて驚きの表情のまま固まっている。


「こ、これがダークナイト? ウソ、ですよね? 人違い……いえ、魔物違いですよね?」


 ソリティアとブレンドが目を白黒させて尋ねる。


「残念ながらこれがダークナイトです」

「そんな! だってダークナイトっていったら謎と闇に包まれた暗黒の騎士ですよ?! クールで残忍な黒騎士ですよ! 姿を見ただけで屈強な冒険者達が逃げ出す剣技の持ち主ですよ?! それがこんな……」


 ダークナイトと呼ばれたその騎士の姿格好は、およそ世間が抱いているイメージとは違っていた。どう見ても防御力ゼロのビキニアーマーに茶色の髪。スラリと伸びた手足。戦いとは無縁のスベスベの白い肌。力仕事などしたことのない箱入り娘が、ド派手できわどい鎧を着て立たされている。そんなイメージだ。携えている両手剣こそ大きく立派だったが、冒険者達が耳にしている闇の騎士とは程遠いものだった。


カステルさんは何でも作れる料理人ですが、やっぱりスイーツが一番お好き。

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