勇者は胸に希望を抱いて
王都ヴァレイ
元々はただでかいだけの街だったが20年ほど前から街の者達に呼びかけ外壁を作り魔王の配下から皆でその身を守るべき街へと変わった。
出店を開くもの、工場を開くもの、この王都ヴァレイには多種多様な人物が自由に謳歌している。
それらを全て取り締まっているのは王都の真ん中にある城に住みこの街が王都へと発展させた王である。
その王は今全身をマントで包みお忍びでとあるバーへ向かっている、バーの看板には「境界線上の¦天国」と書かれている。
店内に入り周りを一瞥した後まっすぐとカウンター席の端に座る。
「なににしますか?」
真っ白なドレスシャツを着たリザードが言う。野蛮だと言われるリザードが接客業をやっているのもここで珍しくない。
「レッドアイのトマト抜きを大至急」
王はかすかに聞こえる程度の声でリザードに言う、リザードはカウンターのドアを開け奥の厨房へと促す。
王は小綺麗な厨房の奥にあるでかい冷蔵庫の下の扉を開けるとそこには梯子が掛かっており地下へと繋がっている。
梯子を降りると人間が三人テーブルを囲んで座っていた。
「お疲れさん王様」
短い金髪を剣山のように立てた眼帯を付けた男がヒラヒラと手を振りながら言う。
「ツヴァイ、王様に対してなんだその言葉遣いは」
綺麗な黒髪でシュッとした感じの爽やかさを感じる青年が注意する、どうやらさきほどの男の名前はツヴァイというようだ。
「アインもツヴァイもやめてよ、王様が困ってるよ」
おどおどとしたショートボブにヘアバンドをした女性がか細く仲裁に入る。
「いいんだドライ私たちは仲間なのだから、こういうことは城の中では味わえないからね」
目深に被っていたフードを脱ぎニッコリと笑う王、でかくしわくちゃな鼻に立派な髭はドワーフそのものだが他のドワーフに比べて背が高いようである。
「しかし王様に貰ったこの指輪の力はすげぇぜ、魔王の手下なんてこれで一発だ」
ツヴァイが左手を広げ皆に見えるようにしている、転移者三人それぞれ指輪をしているが模様や填められた宝石の色が違う。
「街の周りにいるのは魔王の手下を自称しているだけにすぎん、五重殺と呼ばれる者達こそ真の手下と呼べるだろう」
王はツヴァイに優しく窘めるように言う、ツヴァイはでもと反論しようとしたがアインの言葉に防がれる。
「クエンの街の転移者はどうなりましたか?」
「部下に早急に街へ向かわせたが着いた頃にはもう仲間を集め魔王を目指してしまったらしい」
俯き沈んだ声で王は告げる、魔王を倒しに行くことがどういうことかわかっているからだ。
「そんな……」
ドライが口元に両手を当て涙を浮かべる、ドライ含め三人も王の言葉が何を意味しているのかわかっているのだ。
「悪い知らせはまだある、もしかすると魔王にこちらの思惑がバレているかもしれん、昨日魔王の手下五重殺の一人シュタインハイムがこの街をかぎまわっていたらしい」
ツヴァイはガタッと立ち上がり王に掴みかかるように言う。
「バレたってどういうことだよ、俺たちがどれだけ身を隠してがんばってきたと思ってんだよ」
王は抵抗することもなく胸ぐらを掴まれたまま壁に押しやられる。
「やめろツヴァイ、王様これから一体どうするんですか?」
アインが二人の間に入り引き離す、ドライは涙を浮かべオロオロと困った様子だ。
「もっと多くの転移者を集めたかったが作戦を決行するしかあるまい、今日までに秘密裏に集めた兵士はおよそ300、君たちだけでも元の世界に返す」
アインは黙って王の目を見つめツヴァイは300という言葉を小さな言葉でオウム返ししドライはポカンとした表情であまりの展開についてこれてないみたいだ。
「王様、僕と初めて会った時のことを覚えていますか?」
王の目を真っ直ぐと見つめ問いかける、王はフッと笑い答える。
「もちろん覚えているよまるで昨日のことのようにね、ただその時の君はそんな風に真っ直ぐ僕を見てくれなかったけどね」
アインと王が出会ったのはこの世界に迷い込んできてすぐのことだった、ただでさえ強面のドワーフなのに長身なのだ、その時のアインは恐怖で震えて顔を見ることができなかった。
「ではあの時と同じ質問をします、なぜあなたは僕に力を貸してくれるんですか?」
ドワーフであり王でもある者が転移者に財力も惜しまず手助けするメリットなどあるわけがない、アインは昔と同じ質問をしたがその時と意味合いは違うであろう。
「ならば私も同じ答えを、私はこの世界に迷い込んで哀れに死んでいく者を見たくないのだ」
王も真っ直ぐとアインの目を見つめ答える、そこに嘘偽りはなかった。
「決行日時は兵を使い追って知らせる」
王は踵を返し梯子を上っていく、冷蔵庫のドアを閉める音が聞こえた後ツヴァイは椅子に座り二人に言う。
「たしかに俺たちの指輪の力と300人の兵士がいれば勝てるだろうけどよぉ、今一納得できねぇんだよなぁ」
椅子の前足を浮かせブラブラとしながら気だるそうに言う。
「納得いかないってなにがだ?王様はあんなに僕たちに手助けしてくれてるじゃないか」
アインも椅子に座りツヴァイに言う。
「たしかに王様には感謝してるけどよぉ、物語は魔王を倒すとハッピーエンドって言われて参加したけど本当に魔王を倒したら俺たち元の世界に帰れんのかなぁ」
「たしかに私もそう思います、疑いと言うより不安ですけど」
ドライもツヴァイの言葉に一理あるようだ。
「そんなこと言っても他に出来ることなんてないじゃないか、僕はこの世界で悠々と暮らすなんてまっぴらごめんだ、それにツヴァイは魔王を倒すのなんて楽勝なんだろ?」
「そ、そうだけどよ」
どもるようにツヴァイは言う、アインは続けて言葉を吐いていく。
「ヴァレイも他の街のみんなも魔王に怯えながら暮らしているんだ、だったら僕たちがたとえ帰れなくても意味はあるじゃないか、倒した後にまたみんなで元の世界に帰る方法を考えようよ」
「うん、そうだよね、やってみなきゃわかんないし誰かが喜ぶなら絶対やったほうがいいよ」
ドライが明るく言う、三人の決意は固まったようだ。
元の世界に帰るため転移者と王都が力を合わせ魔王討伐に向かう決意が。