第4話−1〜真夏の空に数字がびっしり〜
夏もすっかり本番を迎えた七月の終わり、ファトシュレーンでも他の魔法学校や普通学校と変わらぬ終業式が行われていた。
魔法学校といえど、所詮は学校なので終業式でやることは普通の学校とほとんど同じ。長時間、校庭に立たされて校長先生の長話を延々と聞かなければならないのだ。
校長の若い頃の自慢話など聞いたって僕達に生きることはほとんどないと思うんだけどね。
まぁ、そんなことを言ったら雷属性の魔法の一発や二発落ちてきそうだから誰も言わない。しょうがないから結局最後まで聞いてしまうんだ。そして、校長の長話メインの終業式が終わった後は各クラスの教室に戻って恒例のあれが返ってくる。二ヶ月前の事件があったため授業自体が割と飛んでしまったことが多かったから多少甘めにつけられているかと思ったが、実際のところそうでもなかったというのが現実だ。数回あるかないかの授業は一回一回の小テストの点数などが如実に成績を物語るだろう。
(うん?)
僕は通知表の下の担任からのメッセージのところに視線を落とす。
『最近のセシル君の活躍は非常に好ましいものです。事件前まではあまり積極的に人と関わることがなかった君も遅ればせながら少しずつクラスに馴染んでいく様子にホッとしています。賢者になることは魔法使いとしての最終目標です。勉強だけでは学べないものをどんどん吸収していってください』
(ロバート先生…)
僕は教壇の上で夏休みの説明をしているロバート先生に小さく頭を下げた。
「それで、飛び級生セシルの成績はどんなものだったんだ?」
一学期最後のホームルームが終わり、待っていたかのようにウェスリーやその他のクラスメート達が集まってくる。
「どれどれ……」
ウェスリーを筆頭に、ほぼ全員が僕の通知表に見入っている。何がそんなに珍しいんだか。しかし、そんな僕の周囲では数秒ごとに「おぉー」だの「はぁー」だのといった歓声が聞こえてくる。
「予想はしていたけど、やっぱり完璧だな。成績平均が九点弱って変態だろお前」
「変態はないだろ。それにしても九点きっていたか。やっぱり、途中からドクターの特訓を受け始めたのが大きかったかな」
「何?じゃあ、お前その前まではもっと成績よかったっていうのか?」
「自慢じゃないけど、だいたい成績の平均は九.五点は言っていたと思うよ」
僕のその一言にクラス内にまた歓声が起こる。
「お前、やっぱり変態だわ」
そんな中、ウェスリーただ一人がずっと僕に変態と言い続けていた。
「それは変態だね」
スパゲッティを食べながらマリノちゃんが吐き捨てるように言う。
クラスメート達と別れた僕とウェスリーは、いつものようにマリノちゃん達と食堂に集まっていた。
「だろぉ」
ウェスリーが他の皆にも僕の通知表を回す。
ノエルちゃんはあまりの次元の違いに目眩を起こし、ギルバートは少し見た後、無言でリプルちゃんに渡し、そのリプルちゃんは目を輝かせて「すごーい!」と嬉しそうに笑う。
「ねぇ、リプルちゃんの通知表も見せてよ」
「そういえばリプルも飛び級生だったっけな」
「えー?私はそんなに成績よくないよぉ」
リプルちゃんは自分の通知表を大事そうに胸の前で抱きかかえたまま見せようとしなかったが、マリノちゃんの巧妙なテクニックによってあえなく奪われてしまう。
「うわ、これまたすごいものを見ちゃったわ」
最初に見たマリノちゃんが驚きの声をあげる。続いて見たウェスリーも「こりゃ次元違いだな」とため息混じりに答える。
「リプルちゃん、いつの間にこんな勉強していたの?」
もはや反応する気力すら残っていないノエルちゃんが眼鏡のずれを直しながらつぶやく。
「まさに月とスッポンであるな…」
ギルバートももはやまともなコメントをする気力はないようだ。
「どれどれ…」
最後に僕もリプルちゃんの通知表を見る。
「こ、これは…!」
見事なまでに並ぶ十点の判子。左から数字を見ていくと、十点、十点、十点、九点、十点、十点……九点、十点。
平均成績点はなんと……九.六点!!
「うっわぁ…」
流石の僕でもこんな平均点を見るのは久しぶりだな。でも、リプルちゃんも条件は僕と同じはずなのにどうしてここまで差がついたんだろう?
「基本的な真面目さの違いじゃね?」
なんてコメントしているウェスリーは放っといて、と。
「若さの違いではないだろうか?」
ギルバートが難しい顔をしながらつぶやく。
「やだなぁ、ギルバートったら。あたし達とリプルちゃんってそんなに年齢差ないじゃんか」
マリノちゃんが笑ってギルバートの説を否定する。
「馬鹿にしたものではないぞマリノ。幼い頃のうちのほうが覚えはいいというからな」
負け惜しみかもしれないけど、結局のところ僕も敗因はそこだと思う。
「でも、二人ともすごく成績がよくて羨ましいな」
そういうノエルちゃんの成績も決して悪くない。ただ、やはり戦闘訓練の科目が足を引っ張っていることは確実なようだが。
「マリノはその逆だな。戦闘訓練科目はトップクラスなのに、その他が並だな」
「並とか言わないでよ。マジでへこむじゃない」
マリノちゃんは期末テストの試験はよかったのだが、それまでの小テストなどがちょっと響いていたようだ。
「まぁ、ドクターの特訓もあったことだし致し方ないだろう」
そう言うギルバートの成績は、編入生として何とか面目を果たせただろうというギリギリの成績だった。
「まぁ成績の話は置いといてさ」
マリノちゃんが通知表を鞄にしまいながら言う。
「少し街に遊びに行こうよ。ここ二週間ずっとテストとテスト勉強ばっかりで体がおかしくなっちゃいそうだよ」
「賛成だ。特訓もしばらくおろそかになってしまったわけだし、勘を取り戻さねば」
「よし、じゃあ食事が終わったら皆で街に買い物に行こうか」
「わぁーい、さんせーい!」
リプルちゃんが手放しで喜ぶ。
考えてみれば全員揃ってどこかに行くのはずいぶん久しぶりだった気がする。