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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

えぶりでぃ☆百合

天使がささやく夜

 雪と森に埋もれた山の奥。

 それは最果てよりもさらに遠く、人の訪れを語らずに拒む場所であった。


 ある時、その未踏の地に来客が訪れていた。

 明らかに山登りに適さない格好だ。冬の制服とダッフルコートという格好の少女は、雪の上で何時間も仰向けになっていた。ふもとの学校に通う女子高生で、周りからはニイナと呼ばれている。


 ニイナの体力はもはや限界にあった。雪は止み、空の青は濃くなり、夜が近づきつつある。マイナス10度を下回る低温は確実に少女の体力を蝕んでいたが、ニイナは死を恐れたりはしなかった。むしろ、死神が手を差し伸べてくれるのを心待ちにしていた。


 意識が遠のく。まぶたが重くなり、目の前に銀の粒子がちらつくのを幻視した。

 それは、あまりにも幻想的で美しい星々の集い。現実での絶望など思わず忘れてしまいそうなほど。


「おほしさま きれい……」

「これは細氷よ」


 突然の声。ニイナは驚いたか、その驚き具合に見合った反応を示すことができない。

 目だけを動かすと、白い薄衣を身につけた少女が見下ろしているのに気づく。銀色の長い髪と、水色の切れ長の瞳にニイナの視線は釘付けになる。


(きれい……)


 まるで銀色の点滅たちを従えているかのよう、あるいはそれらを人間の形に落とし込んだ風にも見えた。明らかに寒そうな格好の少女にニイナは声をかけた。


「あなたは……?」

「私は天使。細氷の訪れとともにこの世界に降りてきたの」

「さいひょう……?」

「あなたの目の前にちらついてる光たちのこと。この国ではダイヤモンドダストとも呼ばれてるわね」


 その単語なら、聞いたことがある。だが、細氷の天使とはあまりにも非現実的な。

 ニイナがそう思ったのも一瞬のことだ。意識のほとんどを向こう側へ投げ出したせいか、その非現実的な存在を受け入れる余裕ができたのであった。

 むしろ、死に際に敵意を持たない人に会えたのが嬉しくて、もっと会話をしたくなってきた。


「すてき……」

「そうね。お持ち帰りしたいくらい」


 一瞬、自分のことかと思い、ニイナはドキリとした。そんなはずないのはわかっているのに。でも、天使さまにまっすぐ見つめられると、ついそう誤解したくなる。


「あなた、どうしてここにいるの? 人間がこんなところにいたら命を落とすわよ」

「そのために きたんです……」


 天使の水色の瞳が驚きに見開かれる。

 ニイナは細々と説明した。自分は志望校に落ちて、家族に見捨てられ、学校にも自分の居場所がなかったことを。半年以上は耐え抜いたが、もはや精神的に限界であったことを。


「さいごに すてきなもの みれました。てんしさまにも あえて しあわせです……」

「悪いけど、あなたの命をこんなところで落とさせやしないわ」


 きっぱりと天使はのたまった。救わないで、と反射的に言い返そうとした瞬間、ニイナの顔が驚愕に染まる。

 天使の白い薄衣の背中から、透き通った白い羽根が現れる。羽根はそれ自身が光っているかのようで、地表をさすらう糠星ぬかぼしの中、自身の羽根の逆光を受けて天使は優しく微笑んだ。


「落ちる前に、私が拾うから。そして、あなたを連れてってあげる。どこよりも遙かに遠いところへ」


 ニイナの心が溶けた。ほとんど身体の自由の利かない状態で、涙だけが静かに流れる。彼女に会えただけでも、自分のろくでもない人生にも意味があったような気がした。


「あり がとう」


 かすれた声で言い、ニイナはまぶたを閉じた。

 消えゆく意識の中で、唇に柔らかいものが当たった感触があった。


(あたた かい……)


















 雪と森に埋もれた山の奥。

 そこには人はなく、音もなく、地を這う銀のささやきたちもとうに姿を消していたのであった。


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