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カロン・ファンタジア 『オフ』ライン――鎌倉住みの裁縫士――  作者: 穂積潜
第Ⅰ部 第四章 邪竜プドロティス編
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第93話 チート

「原因とか、説明はどうでもいいよ。とにかく、その『可能性の束』とかいうのを手に入れられれば、七里を助けられるんだろ? どうすればいい? どうすればその『可能性の束』を手に入れられる?」

 俺はダイゴとアイカに催促するような早口で問うた。


「お義兄ちゃん! ダメ!」

 七里がそう叫んでも、俺は更なる情報を求めるようにダイゴたちに視線を遣る。


「どうするって、これまでも何も変わらねえよ。お宝が欲しけりゃ、ダンジョンに潜る。それが冒険者だ。ただ、これからはちょっと難易度が上がる。それだけだ。イージーモードはもうおしまいってことさ」


「ダイゴの婉曲な説明ではわかるものもわかりませんわよ。これから、プレネスは『可能性の束』を原動力に持った、モンスターを生み出す移動要塞(モンスタープール)を使って本格的に人類を滅ぼそうと画策しますわ。人類は生き残りたければ、その移動要塞を攻略し、最深部にある『可能性の束』を奪取しなければなりません」


「はっ。結局、俺の説明とそんなに変わらねえじゃねえか。結局、潜るんだろうが」

 ダイゴが鬱陶しそうに吐き捨てる。


「……わかった。とにかく、そのダンジョンを攻略すればいいんだろ?」


 それ以上の情報は今の俺には必要なかった。


「お義兄ちゃん。お願い。諦めて。移動要塞から出てくるモンスターはね。今までとは違うの。これまでとは比較にならないくらい凶悪で、ダンジョンだって、攻略されることを前提とした造りにはなってないんだよ。だから、裁縫士のお義兄ちゃんじゃ、絶対に無理なの!」


「何を言ってるんですの。N―30210。普通の人間では攻略できないからこそ、私やあなたが、こうやってセデルから遣わされたのではありませんか。人間の中から、移動要塞を攻略するに足る英雄を選別し、残り少ない『可能性の束』のリソースを選択と集中させるために。あなたは、ユニットの癖に、英雄のやる気を削ぐようなことを言って、一体何がしたいのか理解ができませんわ」


 俺に訴えかけてくる七里に、アイカがすかさず反論した。


「やめて!」

 七里が目を瞑り、耳を塞ぐ。


「……俺はアイカのようなアスペじみたことは言わねーけどな。同じ条件を達成したのに、報酬が違うっていうのは、ゲームとして許せねえ。おい、七里とか言ったな。英雄になった奴には、その功績に応じて、ぶっ飛んだ戦闘スキル(チート)を選択できる決まりになっているはずだ。事実、俺もボスをぶっ殺しまくって、大方の戦闘のスキルは収集し終わったしな。ルールは守れよ!」

 ダイゴが声を荒らげる。


 なるほど、だからダイゴたちはすでに桁外れに強いのか。


 いくら、ロールプレイで現実にカロン・ファンタジアの動きを再現することに慣れていたとはいえ、ゲーム時代にはBランクに過ぎなかった『首都防衛軍』が、他を圧倒していきなりSランクに踊り出たことに、違和感はあった。でも、おそらくダイゴたちは、『塔破壊』の名前がつく活躍をした頃に、既にチートを受けとっていたのだ。そう考えれば、彼らが今まで見せた常識外れの活躍にも納得がいく。


「黙って! あなたとお義兄ちゃんは違うの! お義兄ちゃんは、本当は冒険なんてしたくなかったんだから。ただ、身近にいる大切な人と、静かに幸せに暮らしていきたかったがってただけなんだよ!」


「……七里。いいんだ。そりゃ、確かに俺は、本当は臆病だし、平穏が第一の枯れた人間だけどな。『大切な人』の中には、お前も含まれてるんだよ。お前がいなきゃ、俺の日常は再開できないんだ」


「お義兄ちゃん……」

 七里が辛そうに顔をしかめる。


「何をぐずぐずしているのです――仕方ありませんわね。本来は英雄に特殊スキルを与えるのは、その担当ユニットの役目なのですけれど、N―30210はきっと消滅寸前でバグが来ているのですわ。緊急自体として、私がセデルに、スキルを代理付与できるように許可申請してみますわ」

 アイカが呆れたように言う。


「待って! 私がやる。私がやるから」

 七里が懇願するように叫んだ。


「なら、早くなさい。消える前に」


「プレイヤー、鶴岡大和が所定の条件を達成したため、報酬のスキルを付与します。以下の中から望むスキルを選択してください」

 七里が観念したかのような事務的口調でそう言う。


 そして、俺のデバイスにスキル一覧と残存習得ポイント、そして、制限時間が表示される。見たことも聞いたこともないような戦闘スキルの名前に俺は戸惑った。


 そもそも『カロン・ファンタジア』に詳しくない俺には、どれが効果的だか、さっぱりわからない。こんなことなら、廃人になっておけば良かった。


「……あのね、お義兄ちゃん。私の最後のお願い聞いてくれる?」

 そんな俺の様子を見かねたように、七里が静かに口を開く。


「なんだ?」


「スキル、私に選ばせて。いつかこんな日が来た時のために、私、考えておいたの。お義兄ちゃんにふさわしいスキルを」

 七里はまっすぐに俺を見つめて、重々しい声で呟いた。


「わかった。お前が選んでくれ。どんなスキルでも、それで俺はお前を助けに行くよ」

 俺は即座に頷く。


 七里の方が、『カロン・ファンタジア』には詳しいからとか、俺を戦闘職にしたがっていた彼女にはきっと、俺を英雄として養成する計画を密かに持っていたのだろうとか、そんな冷静ぶった思考もしたけれど、そんなのは結局、全部結論ありきの後付で、俺が七里の提案を承諾した本当の理由はもっと単純だった。


 俺は、七里が選んでくれたスキルを置き土産にして欲しかったのだ。彼女が選んでくれたスキルがあれば、それがいつでも俺と七里のつながりを思い出せるような(よすが)になる気がして。


「ありがとう。お義兄ちゃん――%#$*+‘&」

 七里が微笑みと共に、俺には聞き取れない謎の機械音を吐きだす。


 『プレイヤー 鶴岡大和に??スキルが、ガ、ガ、ガ、ガ――『建築lv99を取得し@ました』、『栽培 lv99を¥得しました』、『錬金術lv99を取=しました』、『料理#lv99を取得しました』、『+合 lv99を取得しました』


 目で追い切れないほどの速度で視界に流れる、所々文字化けした、スキル習得メッセージの嵐。


 その全てが戦闘職用のなどではなく、紛れもなく非戦闘職用のスキルだった。


「七里!?」


 俺は目を見開き七里を見つめる。


「えへへ。お義兄ちゃん。やっちゃった。生産スキル(クリエイティブ)オールコンプリート! これで、移動要塞の攻略なんてできませーん」


 七里は、いつもみたいな、はしゃいだダメな義妹の顔で、悪戯っぽく舌を出す。


 七里の身体はさらに薄くなって、今はもう吐きだす息と同じくらいの濃さしかない。


「まさか、一時的に移譲された権限を悪用してっ――。N―30210!  あなた、ユニットの分際でセデルの意思に逆らうと申しますの! こんなことに『可能性の束』を浪費して! ただではすみませんわよ!」

 アイカが鬼のような形相で七里を叱責する。


「おいおい。これはさすがの俺でも予想外だぞ。ちっ……、これから始まる各国の『可能性の束』争奪戦に向けて、少しでもアスガルド(日本)の戦力を強化しておきたかったんだがな。これじゃ使い物になんねーじゃねえか。移動要塞は装備だけがいい雑魚がより集まったくらいじゃどうにもなんねーんだぞ」

 ダイゴが舌打ちした。


「お義兄ちゃん。よく聞いて。これから、世界は大きく変わるよ。人類の生存領域の確保は、今までよりもずっと難しくなるし、それだけ、力を持たない人間は生きていくのが大変になる。でも、お義兄ちゃんは大丈夫。これだけの生産スキルがあれば、国も、世界も、誰も、お義兄ちゃんを軽んずることなんかできないから、何があっても一番安全なところに配置してもらえるよ」

 七里は、アイカたちの言葉を無視して、一気にまくし立ててくる。


「これが、お前の考えた、俺にふさわしいスキルって訳か?」

 俺は無表情で七里を見つめた。


「そうだよ。お義兄ちゃんは、私のあげたチートで政治的な力をつければ、きっと『ザイ=ラマクカ』のみんなを守ってあげられる。幸せにしてあげられる。世界が滅びるその日まで、お義兄ちゃんはみんなと幸福な日常を生きて」

 七里が何かを成し遂げたような微笑を浮かべる。


 まるで、俺と七里の物語は、ここで終わりだとでも言うように。


「わかった――」


 七里の気持ちは嬉しい。


 俺を危険な移動要塞に行かせず、なおかつ安全に暮らせるような解決策を、七里は一生懸命考えてくれたのだろう。


「よかった」

 七里が大きく息を吐きだす。


「俺は、お前のくれた生産スキルでその移動要塞とやらを攻略してやる」



 でも、そんなの大きなお世話だ。



「お義兄ちゃん! 私の話を聞いてなかったの!」


 七里が柳眉を逆立てて、声を荒らげる。


「聞いてたさ。もちろん、『ザイ=ラマクカ』のみんなは守る。でも、俺はお前も諦めない」


 俺は大きな声で、淀みなくそう言ってやった。


 七里に恵んでもらった、つじつま合わせのハッピーエンドなんてごめんだ。


 無理ゲーでも、確率が低くても、かっこ悪くても、足掻いて足掻いて足掻いて、俺は取り戻す。


 俺の完璧な日常を。


「バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! お義兄ちゃんのバカ! どうして、こんな時だけ、私の言うことを聞いてくれないの! いつもみたいに、『仕方ないなあ!』って笑って、私のわがままを聞いてよ!」


 七里が、俺の胸を叩いてくる。


 もはや拳は見えず、二の腕辺りまでしか見えないけれど。


「悪いな。七里。俺はお前の兄だからな。時には、わがままも言うさ。それに、さっき言ったばかりじゃないか。お前に貰ったのがどんなスキルでも、それで俺はお前を助けに行くってな」


「無理に決まってるよ。お義兄ちゃん。だって、生産スキルなんだよ。どんなにレベルが高くたって、戦うためのスキルじゃないんだよ」


 七里が必死にそう言い募ってくるけど、もう遅い。


 俺はもう決めてしまったから。


「そうかな? でも、初めてのチワワも、秩父のエルドラドゴーレムも、鎌倉の大仏も、奥多摩のプドロティスも、いつも俺たちのピンチを救ってくれたのは、生産スキルだったぞ? だだから、俺は諦めない」

 そもそものっけから、俺の戦い方は邪道だった。ならばいっそうのこと、邪道を貫くのも悪くはないだろう。


「……本気なんだね」


 七里はまた泣きそうに顔を歪めてから、堪えるように普通の顔に戻す。


「当たり前だろ? だから、ちょっと昼寝して待ってろよ。すぐに、お前を迎えに行ってやるから」


 俺は、日常の延長線上みたいな、さりげない調子でそう言い切る。




「お義兄ちゃんの馬鹿――――でも、大好き!」




 こうして、七里は消えた。





 俺が今まで見たこともないような、最高の笑顔だけを残して。


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