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カロン・ファンタジア 『オフ』ライン――鎌倉住みの裁縫士――  作者: 穂積潜
第Ⅰ部 第四章 邪竜プドロティス編
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第84話 逃走

「ごめん。礫ちゃん。作戦に失敗した」

 再びプドロティスのヘイト管理が一巡し、七里に移った後、俺は沈んだ声で礫ちゃんにコンタクトをとった。


「はい。映像で拝見しました。しかし、鶴岡さんのせいではありません。……まさか、『首都防衛軍』が妨害してくるなんて」

 礫ちゃんが愕然とした声で呟く。


「……これからのことを考えよう。真紅の牢獄がどんどん狭まってる。この調子だと、その内に礫ちゃんたちの所に戻るはめになると思う。……そっちの状況を教えてくれるかな?」


「救出した数は、全体の五分の一ほどです。一応、『石岩道』とマオさんとカニスさんの関係者は救出できましたが、残りの皆さんはまだです」

 礫ちゃんが悔しそうに事実を告げてくる。


「うん。そりゃ、この時間ならそれくらいが限界だよ。なるべく蛇行して時間を稼いでみるけど、『臭い袋』は次で切れちゃうから」

 本当は、俺としてももっと『臭い袋』を用意したかった。でも、最優先すべきはどうしても『オルスの雫』(石化解除アイテム)で、千人分ものそれをかき集め、命を守るための装備やアイテムを揃えたら、その時点で残っていた『臭い袋』に割けるギルド資金は、本当にごくわずかだったのだ。


「わかりました。それで、今後の方針ですが、どうしましょう。作戦が失敗した場合、逃亡を優先する予定でしたが、これでは……」

 礫ちゃんが言い淀む。


 その先は言わなくても、誰にとっても自明だろう。


 このまま打開策を思い浮かばなければ、俺たちを待ち受ける運命は全滅以外にありえない。


「カニス。君たちの超技術で何とかならない?」

 わずかな希望にすがるように問うた。


「うーん。分かりませんけどー、厳しいんじゃないでしょうかー。プドロティスに私たちの武器が効かないようにー。モービルも魔法の壁を通れる気がしませんよー」

 カニスが尻尾をヘタらせて、静かに首を振る。


「……カニスはこう言ってるけど、一応、『精霊幻燈』とやらの超技術で脱出できないか試してみてくれる? それに、もしかしたら、『真紅の牢獄』がクールタイムで途絶えるかもしれないし」

 俺としてもその二つの可能性に勝算があると本気で思っている訳じゃない。


 ダメ元だ。


 百戦錬磨の『首都防衛軍』がクールタイムの計算をミスるようなヘマをすることは考えにくいし、都合よく壁を通り抜けられる可能性はもっと低いだろう。


 それでも、今は他にできることが思い浮かばない。


「試してみます。それが失敗した場合はどうしましょう」


「さすがにそれは俺もわからない。礫ちゃんでも、他のみんなでも、何かいいアイデアがあったら教えて」


「すみません。私も、思い浮かびません」

 礫ちゃんが申し訳なさそうに呟いた。


「お義兄ちゃん! そろそろ交代! 『案山子』はしばらく使えない! 『臭い袋』ももうないよ!」

 七里の大声が響いた。


「じゃあ、礫ちゃん。俺も最後の『臭い袋』を使うよ。この後、プドロティスがどういう行動に出るかは断言できないけど、おそらく、巣を守るためにそっちに行く可能性が高いと思う。……ごめん。こんなことしか言えなくて」

 情けないけれど、それが今の俺が伝えられる精一杯の情報だった。


「大丈夫です。鶴岡さんはご自身の安全を最優先で行動してください。私は、解決方法を、兄さんや他の皆さんと相談してみます」

 礫ちゃんは気丈にも俺を気遣い、そんなことを言ってくれる。


「よろしく」

 俺はそう言って、歴ちゃんとのコンタクトはつないだまま、最後の臭い袋を発動する。


 真紅の牢獄のせいで、七里と十分な距離がとれない。


 すぐにプドロティスが俺たちに接触する。


「わふっ! わふっ!」

 カニスが必死の形相でハンドルを切る。冬だというにも関わらず、彼女のうなじに一条の汗が流れた。冷や汗と言うやつかもしれない。


「わふっ!?」

 間一髪だった。


 急に速度を上げたらしいプドロティスの顔が、モービルの真横に並ぶ。


 悪くなった魚のような腐臭が鼻をついた。


 決して、カニスの腕が落ちた訳ではない。


 真紅の牢獄のせいで、モービルの稼働領域が先ほどよりも制限されているのだ。


 例えば、高度だけとってみても、先ほどまでは雲の上まで飛ぶのも自由自在だったのに、今は、せいぜい山の頂上から数メートルの所までしか、機体をあげることができない。


「わふうううううううううううううううう!」

 尻尾の棘が――、俺の腕をかする。


 風圧が俺の肌と肝を冷やした。


 大丈夫。前の由比ヶ浜で毒毒うみうしにくらった時のような痺れはこない。


 対毒装備をつけていて良かった。


「臭い袋の効果が切れる!」

 俺は、七里と礫ちゃん、両方への警告の意味を込めて叫んだ。


 意味を失った臭い袋が、一瞬の光のエフェクトだけを残して消滅する。


 プドロティスが、あっという間に回頭し、自らが作った巣に向けて羽ばたいていく。


 俺たちのことなどは振り返りさえしない。


 『活きのいい餌』


 きっと、プドロティスにとって、俺とカニスはその程度の脆弱な存在であるに違いない。より多くの餌がいる巣に比べれば、何の価値もない木端なのだ。


 グオ!


 プドロティスの小さな一鳴きが、まるで俺たちを嘲笑うかのように響く。


「鶴岡さん。申し訳ありません。私の魔法の溶解(マジックキャンセラー)も、岩尾兄さんたちの物理攻撃も、真紅の牢獄には全く歯が立ちませんでした。アイカのスキルレベルが高すます。獣人たちの試みも、全て不発に終わったようです。直接、真紅の牢獄を突破するのは不可能だと言っていいでしょう」

 礫ちゃんの冷静な報告が、希望をガリガリと削り取る。


「了解。カニス……何か、直接、真紅の牢獄の触れずに脱出する方法はないかな。例えば、ワープとか」


「あるにはありますけどー。この世界にはー、ワームホール等を利用するための専用の施設がないから無理ですねー。そもそも『精霊幻燈』でもー、ワープが使えるのはー。両手の指で数える程しかいませんでしたー。つまりー。私たちではー。当然手の届かない代物ということですねー」

 苦し紛れにすがったSF的解決策は、カニスに完膚なきまでに叩きのめされ、俺は世界に奇跡がないことを知る。


 満天の星空に、雲もなく雪が降る(風花)


 そして、絶望が始まった。


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