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カロン・ファンタジア 『オフ』ライン――鎌倉住みの裁縫士――  作者: 穂積潜
第Ⅰ部 第四章 邪竜プドロティス編
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第83話 英雄のルール

「だ、ダイゴさん! 今すぐ、真紅の牢獄を解いてください!」


「ああ!?」

 ダイゴが呆けた顔で、小指で耳をほじる。


「俺たちがプドロティスを陽動して自衛隊の方と戦っている間に、別働隊が捕われの冒険者たちを救う手筈になっているんです!」

 俺は必死にそう訴えかける。


「なんだ? 聞こえないな? アスガルド語で喋ってくれ」

 この後に及んでも、ダイゴはそうふざけたことを言って、耳に手を当てて見せる。


 一瞬で俺の頭に血が昇る。


 さすがにこの切迫した状況で、いい年をした大人の厨二に付き合うほどの余裕はなかった。


「こんな時までロールプレイしている場合じゃないでしょう! 人の命がかかってるんですよ!」


「何を言ってるかわからないな。寒さで頭がイカれたか?」

 俺が声を荒らげるも、ダイゴは素知らぬ顔で首を振った。


 くそっ、また、あのアホらしい演技を繰り返さなきゃいけないのか。


「『閃光のダイゴ』……あなたが、小物になるのは勝手だ。だけど、今、救える千人の命をミス捨てるのはもはやただの悪だ。あなたは、振る舞いではなく心まで闇の精霊に染め上げられてしまったのだろうか」


「おいおい、自らの行いを棚にあげて、俺を悪呼ばわりするか。俺は至って忠実に与えられた役目を果しているだけだぜ。この奥多摩ダム()の管理室(中枢)にプドロティスを近づけるなっていう任務をな。むしろ、客観的に見れば、ふざけてるのはお前らだろうが。それとも、国が定めた禁断の地に異世界人(モンスター)と共謀し侵入し、忌まわしき邪竜を強制的に覚醒させ、無理に戦を起こそうとしている貴様が、まさか正義だとでもいうのか!」

 ダイゴはそう言って、俺を指弾する。


 完全な正論だった。日頃は、非常識な振る舞いをする癖に、こういう時だけは公の常識を持ち出してくるからたまらない。


「そ、そうかもしれないけど、あんたら『首都防衛軍』と国軍の第一線の戦力が共闘すれば、プドロティスを倒すことだって可能だろう! なぜ、その力を世のために役立てようと思わない!?」


「ふっ。貴様こそ、何世迷言を言っている? 冒険者ならば、仕事にかける労力と得られるものを天秤にかけるのは当然のことだろう。国が支援物資の代金を負担してくれる訳でもないのに、なぜ、俺たちが途方もなくアイテムを浪費する上に危険な邪竜を相手どらなければいけないんだ。そんな愚かなことをするのは、『英雄』だけだ」

 ダイゴが皮肉っぽく言った。


 もしかして、彼は『英雄は報われない』というカロン・ファンタジアのストーリーを再現しようとでもいうのだろうか。


 とにかく、だめだ。


 これは説得できない。


 説得する材料もないし、何より向こうの方にも理はあるのだ。無理を通そうとしているのは俺たちの方だという負い目がある。


「……お願いします。もし、俺との秩父ダンジョンでの因縁を気にして、こんな振る舞いをしているんだったら、あなたの描くどんなストーリーでも受け入れますから――」

「それは関係ない」

 ダイゴは、俺の懇願の言葉を聞きたくないとでも言うように途中で遮って、しかめっ面で首を振る。


「なら、なぜ?」

 プドロティスの討伐コストと報酬が見合わない。それは確かにあるだろう。しかし、ゲーム時代と違って、もし、プドロティスを討伐できれば、そこからとれる素材は、装備品以外としても科学的な研究材料としての多大な価値を持っている。ゲーム時代は人気のなかったストーリーだけに、かなり希少なはずだ。利益が出るとは言わないが、少なくとも、大損というほどのデメリットはないように思える。


大体、この規模の『真紅の牢獄』を維持するには、いくら高レベルのスキル保持者とはいえ、精神力を回復するポーションをがぶ飲みしているはずだし、どうせだったらその分を戦闘に回しても浪費度はそんなに変わらないだろうに。


 何より、ダンジョンをどんどん踏破していくような積極的な彼らが、高クラスの冒険者でも更なるスキル経験値の上昇を臨める希少な機会(ラスボス討伐)を逃すというのが解せない。


「なぜ? そんなの決まってるだろう――」

 ダイゴはそこで一瞬だけ素の顔に戻ると、『そんなこともわからないのか』と言わんばかりに大きなため息をつき――

「MPKは『カロン・ファンタジア』における重大なマナー違反だろうが! 自分で始めた狩りは自分でケツを拭く! 余所様のギルドに迷惑はかけない! 当たり前だ!」

 真顔で言い放った。


 まさか、彼がこんなことをした理由は、俺が気に食わないからでも、採算が合わないからでもなく、ゲーム的なルールを破ったからだというのか?


 決定的な決裂を感じる。


 彼の中に通底するのは絶対的なゲーム的倫理。


 彼は本当にゲームの延長線上でこの現実を捉えているのだ。ここ一年の騒動も、日本という国家も、法律という制約も、人間の命も、きっと彼にとってはゲームに追加されたコンテンツに過ぎない。


 それは、日常の延長線上に『カロン・ファンタジア』を置いている俺たちとは、対極にいる存在だ。


 秩父ダンジョンの一件で、薄々悟ってはいても、心のどこかでは同じ人間なんだから話せばば分かるんじゃないかという淡い期待を抱いていた。


 でも、それが無駄な願望だと確信できたのは、たった今だ。


「お義兄ちゃん! ごめん! もう、『案山子』も『臭い袋』も効果が切れちゃう!」


「にゃにゃにゃ! 逃げ場が塞がれてちょっとやばいにゃ! 一瞬でいいから交代頼むにゃー!」

 七里とマオの悲鳴に近い報告が響く。


 くそっ、もう。これ以上、交渉している時間はない。


 俺は、残り少なくなりつつある臭い袋の封を切った。


 プドロティスの翼が水面に立てた波が、俺たちに目標を変える。


「さあ、タイムリミットだ! 俺らが用意した最高の舞台、無駄にしてくれるなよ! 道化なる裁縫士(ウェスティトール・クラウン)!」

 ダイゴがいつものロールプレイの顔に戻って、喜色も(あら)わに叫ぶ。


「くそっ!」

 俺はダイゴを睨み付けて、腹立ち紛れに真紅の牢獄を殴りつけた。


 あるのに!


 この人たちにはみんなを救う力があるのに!


「いいぞ! その目だ! 悔しければ、拾ってみせろ! 俺が捨てた『英雄』をな!  ――さあ、喜劇の幕開けだ(レッツプレイ)

 ダイゴが、いつか俺が口にした架空の設定を引き合いに出して、気取った宣言をする。


 それ合図とするように、真紅の牢獄が、怒涛の勢いで縮小し始める。


 カニスの操るモービルが、元来た道へ全速力で逃走を開始した。



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