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カロン・ファンタジア 『オフ』ライン――鎌倉住みの裁縫士――  作者: 穂積潜
第Ⅰ部 第四章 邪竜プドロティス編
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第79話 自己紹介

 目の前にいる人型の生物は、礫ちゃんから聞いていた獣人の特徴と一致していた。


 マオと呼ばれた方は、その語尾から想像できる通り、どことなく猫っぽい外見をしていた。目は釣り目で、鼻は丸い、普通にしてても笑っているように見える緩んだ口元からは八重歯がのぞいていた。小ぶりな耳が頭から生え、茶色と黒の縞模様の短めの尻尾が、ちょこんと生えている。胸は控え目だ。


 対するカニスと呼ばれた方は、いわば犬だった。大きく垂れた優しげな目と高い鼻、腫れぼったい唇をもった色っぽい顔立ちをしている。耳はマオのものよりもかなり大きく、動かせば軽く風がおきそうな程だ。尻尾もマオに比べるとずっと長い。体毛の色は、美しい銀色だった。胸は由比に負けないくらいの巨乳である。


 二人の着ている服は、ファンタジーというよりは、むしろSFじみたラバースーツだった。謎の素材で出来た光沢のある衣服が、彼女たちの身体にぴったりと張り付き、全身を肉感的に見せている。お尻から突き出た尻尾との兼ね合いが、何ともアンバランスな感じだった。


 身体のほとんどが服に覆われてるから詳しい所はわからないが、ぱっと見た所では思ったよりも獣感はない。コスプレした少女だと言われれば、普通に信じてしまうレベルだ。カロン・ファンタジアの獣人は、もっと明確に『獣』寄りだったから、ちょっと意外だった。


「にゃ。そうなるかにゃー」


「わふー。もちろん、カニスたち的にはー、あなた方こそが異邦人なのですけどー」

 七里の不躾な反応に、二人は困ったようにはにかんだ。


「マオさん、カニスさんいらっしゃってましたか」

 礫ちゃんが、俺たちと異世界人たちの間を取り持つように両者の中間に進み出た。


「にゃ。来てたにゃ」

 マオはそう肯定して、丸めた手で彼女自身の顔を撫でつけた。


「なら、お声をかけて欲しかったのです。一度、面識がある私はともかく、鶴岡さんたちがびっくりしてしまいますから」

 礫ちゃんが眉を下げる。


「にゃにゃ。マオは声をかけようとしたにゃ。でも、一応、カニスがレキの仲間が信用できるかどうか時間までは観察したいって言い出したから、そうしてたにゃ」


「はいー。レキさんはともかく、お連れの方がどうかまではー。全く分からなかったのでー」

 マオの視線を受けたカニスが、間延びした声とは対照的に抜け目なく瞳を光らせる。


「それは仕方ないですね。声をかけてくださったということは、一応は信頼して頂いたと考えてもよろしいですか?」

 礫ちゃんが確認する。


「信頼とまではいいませんけどー。少なくとも嘘をついている匂いではー。なさそうですねー」


「マオの勘的にも大丈夫にゃ」

 二人が頷く。


「では、お互いに自己紹介しましょう」

 礫ちゃんがちらりと俺を見た。


 言わんとしてることは分かる。協力してもらう立場である以上、俺たちの方から名乗れと言うことだろう。


「初めまして。俺は鶴岡大和。職業は裁縫士です。よろしく」

 シンプルにそう言って、会釈をする。もっとも、日本の作法がどれだけ彼女たちに通じるのかは疑問だったけど、何となく誠意は伝わるだろう。


「にゃにゃにゃ? どういうことにゃ? マオの人物測定器(プシュケーカウンター)には『高校生』って出てるにゃ」


「おそらくー、今この人が言ったのはー。彼らの世界のー、カニスたちで言うところの『精霊幻燈』の職業ですー。多分ー、『高校生』じゃカニスたちがわからないと思ってー。私たちの世界に合わせてー。くれたんですよー」

 カニスが正確に俺の思考を読んだ。


「そういえば、レキが言ってたにゃ。お前らにとっては勇者様が夢の姿で、別に『精霊幻燈』に似た本当の生活があるにゃと。本当だったにゃ。レキ一人の言葉じゃ信じられなかったにゃ。ごめんにゃ」

 マオがかわいらしく小首を傾げた。


「鶴岡さん。文化ギャップはありますが、マオさんたちは相当な程度、私たちの文化に通じているので、そこまで気を遣わなくていいですよ。『精霊幻燈』は割と地球に近い世界観のものだったようなので。逆に私たちも、マオさん基本的にはカロン・ファンタジアの世界観を前提に話せばスムーズにいきます」


「そ、そういうものなんだ。じゃあ、改めて。鶴岡大和です。高校生です。趣味は……、裁縫全般です。それが高じて、冒険者としても『裁縫士』をやってます。あ、それと、一応、礫ちゃん以外のメンバーのリーダーを務めてます」

 俺はそうやって、下手なお見合いのような言葉を繰った。


「私も、今回の作戦では鶴岡さんの指揮下に入ります。この中で一番偉いのは彼だと考えてください」

 礫ちゃんがすかさず言葉を差し挟む。


「了解にゃ。私はマオにゃ。アコニ族、ヒゴタの三番目の娘にゃ。趣味……っていうのはよくわからないにゃけど、狩りをするのは得意にゃ。『精霊幻燈』では、カニスと一緒に傭兵として各地を荒らしまわっていたにゃー。まさかそれが現実になるなんてびっくりにゃー」

 俺はデバイスを開くと、驚いたことにきちんとマオのステータスを確認することができた。スキルの構成は普通の『狩人』とさほど代わりないが、礫ちゃんが言っていた通り、ゲーム時代の『カロン・ファンタジア』の平均的なプレイヤーと比較すると、かなり見劣りする。初級冒険者に毛が生えた程度の能力だ。


 それにしても、彼女たちが遊んでいた『精霊幻燈』とは一体どういうゲームなのだろうか。話から想像するに地球を舞台にした未来的なFPS?


「では、私も自己紹介させて頂きますー。私はー、エシュ族のー、カニスですー。マオはー、傭兵をやっていたと申し上げましたがー。『精霊幻燈』での私の主な役目は折衝とかメカニックとかの裏方だったのでー、乗り物の操縦技術には期待しないでくださいねー」

 カニスがにこにこ顔で握手を求めてきた。


「よろしくお願いします」

 俺は両手でそれを握りかえす。おそらく、彼女が地球側の風習に合わせてくれたのだろう。


「ちなみに現実でのカニスはシャーマンにゃ。ホールム一帯の部族の中では一番賢いにゃー」

 マオが誇らしげにそう補足する。


 なるほど、言われてみれば言動とかが何となく頭が良さげな感じだ。少なくとも、彼女は向こうでは知的階層に属するのだろう。


「それほどでもー。ありませんよー」

 カニスは謙遜して首を振る。


「そうかー。シャーマンか。異世界人の教義は興味あるな」

 石上が興味深そうにカニスを見つめる。


「そういうあなたもー、呪術師の類ですねー。他の人間さんは肉の匂いが強いのにー、あなたからはそれがしませんからー」

 ものすごい嗅覚だ。


 俺たちが臭いと思われてないかちょっと心配になってきた。


「呪術師かー、ま、そんなもんだな。俺は石上 世附。高校生兼、仏教徒だ。俺の信仰は基本仏教なんだが、神道っていうアニミズムも含んでるから、あんたらがカロン・ファンタジアの世界観と同じような精霊信仰を持ってるんなら、価値観は割と似てるかもな」

 石上がややこしい宗教トークと共に合掌する。


「仏教徒ですかー。一応、『精霊幻燈』にもー、同じ名前の宗教がありましたよー。今度色々お話しましょうー」

 カニスが石上の見よう見真似で合掌してみせる。


「仏教徒ってあれにゃ? 『精霊幻燈』のモービルレースでぶつかれば即死のコーナーを『悟りの道は修羅の道』とか言って、いつもノーブレーキで駆け抜けて行く非アンドロイド系で最強のクレージーレーサーのことにゃ? すごいにゃ。マオでもあんなモービル捌きはできないにゃ」

 マオが恐れと尊敬の入り混じった視線で石上を見つめた。


「いや、俺、免許持ってないかならな」

 石上が苦笑する。


 異世界人の仏教観がやばい。おそらく、ハリウッドの描く仏教徒並の齟齬がありそうだ。


「む、無免許の非合法ライダーにゃ。さらに恐ろしいにゃ」

「マオー、大丈夫ですよー。たぶんー、あれはすごくデフォルメされてますからー」

 聡いカニスがマオを宥めるように言った。


「そうなのかにゃー。とにかく、これで自己紹介は終わったにゃ。さっさと行くにゃ」

 さらっとマオが話を打ち切る。


「ちょっ、何、ウチらのこと堂々とシカトしてんの?」

「本当にナチュラルに流しましたね」

「無視?」

 三人が一斉に突っ込む。


「にゃにゃ。お前らも自己紹介するのかにゃ? てっきり、ヤマトの嫁、一号、二号、三号かと思ったにゃー」

 マオが口をへの字にして、残った三人を順番に指差した。


「はっ? そ、そんな訳ないでしょ」

「ええ。『まだ』違います」

「私がお義兄ちゃんの嫁になれる訳ないよ」

 当然のごとく三人が否定する。


「にゃにゃー。こいつらヤマトの嫁じゃないにゃ?」

 マオが首を傾けて俺の方を見つめてくる。


「うん。違います。彼女たちは俺の仲間です」

 俺はそうはっきりと関係性を明示する。


「にゃー、そんなひっかけ勘弁してくれにゃー。だって、ヤマトがリーダーって言われて、その前に痴話喧嘩する姿を見せつけられてれば、誰だってヤマトの嫁だって思うに決まってるにゃー」

 マオがそう言って、顔を歪め、天を仰いだ。


 本当に表情が豊かだ。


「すみませんー。私たちの文化ではー、家父長制が基本なのでー、ヤマトさんが主人だと勘違いしたマオは、ヤマトさんの許可なしにー、御三方に話しかけられないと考えたんですよー。主人の紹介なしにー、妻に話しかけるのはー。無礼ですからー」

 カニスが慌てたように補足する。


「ごめんにゃー。カニスー。じゃあ、普通に話してもいいにゃ?」


「構わないでしょうー。どうやら、ここの世界観も『精霊幻燈』と同じく、一夫一婦制で男女同権の世界のようですー、よねー?」

 カニスが上目遣いでこちらに確認してくる。


「はい。地域によって差はありますけど、少なくともここの国ではおっしゃる通りです」

 俺はこくこくと頷く。


「おっけーにゃ。じゃ、気を取り直して名乗ってくれにゃ」

 マオが先ほどのことがなかったように、満面の笑顔を浮かべた。


 仕草の一つ一つに愛嬌があり、何とも憎めないキャラだ。


「ウチは腰越瀬成。高校生で大和と同い年。好きなものは鍛冶。これでいい?」

 瀬成がぶっきらぼうに自己紹介する。


「も、もちろんにゃ。肉食獣の目にゃね。次行ってくれにゃ」

 瀬成の視線に気圧されたように頷いて、マオが隣の由比に視線を向ける。


「私は由比です。中学二年生です。好きな者は兄さん。趣味も兄さん。職業は義妹です」

 由比が淀みなく言い切った。名字を言わなかったのはわざとだろう。


「な、なんか、こいつもやばい香りがするにゃ」

「人間さんの性的衝動はー。複雑なんですよー」

 マオとカニスが顔を近づけて、何かを囁き合う。


「ほら、お前で最後だぞ。七里」

 俺の背中に隠れた七里を二人の前に押し出す。


「鶴岡七里です。……よろしく」

 七里は小声で自らの名前を名乗る。


「にゃ……」

「わふうー」

 マオとカニスが、微妙な呟きを漏らした。


「気分を害したらすみません。こいつ、人見知りなんで」

 俺はぺこぺこと頭を下げ、七里をフォローする。


「にゃ。別に嫌な気はしないにゃ。ただ、何ていうか――」

「マオー。今はやめときましょうー」

 何かを言いかけたマオの尻尾を、カニスが摘まんで止める。


「では今度こそ、お互いの紹介も終わった訳ですし、そろそろ私たちを奥多摩に連れて行って頂けますか?」

 礫ちゃんが頃合いを見計らって、そう切り出す。


「おっけーにゃ。じゃあ、早速――」


「その前にー。本当にプドロティスの石化を解ける『オルスの雫』をー、人数分確保できたのかー。この目で確認させて頂けますかー?」

 カニスが、俺たちをどこかに導こうとしたマオの肩を掴んで制止する。


 カニスの口元には穏やかな微笑が浮んでいたが、目は笑っていない。


「……鶴岡さん。構いませんか?」

 礫ちゃんが俺の方を、仰ぐ。


「うん。もちろんいいよ。もし、俺たちが少ししか『オルスの雫』を確保できていなかったら、身内の救助を優先するかもしれないから、不安なんだろ?」

 俺は快く頷いた。


 彼女たちの第一目的は、俺たちと同じく、プドロティスに捕われた仲間を状態異常から回復させ、救出することなのだから、これくらいの警戒は当然だ。


「察しが良くて助かりますー。私たちにとってはー。『オルスの雫』はー。一生に一度お目にかかれるかっていうレベルの代物なのでー。千人以上のそれを確保したという話がにわかには信じられないんですよー」


「だろうね。そういうことだから。みんな、配分した『オルスの雫』を出して見せてあげて」

 皆が頷き、虚空に指を這わせる。


 深夜の公園に、透明な液体の入った小瓶が、ずらりと並んだ。


「うわっ。出たにゃ!」

 いきなり出現した小瓶に、マオが両腕を挙げる。


「すみませんー。一つー、蓋を開けて確認させてもらっていいですかー?」

 一方のカニスがしげしげと小瓶の列を眺めて、冷静に言った。


「どうぞ」


「それではー。失礼しますー」

 カニスは適当に小瓶の一つを摘まみ、蓋を開けて、手で仰いで嗅ぐ。


「カニス、本物を見たことがあるのにゃ?」


「小さい頃に、一度だけー。……はい。間違いないようですねー。水と風の精霊の清冽な祝福を感じますー」

 カニスは納得したように何度も頷いて、瓶を元の場所に戻す。


「ほえー。すごいにゃー。こんなにたくさんの『オルスの雫』を集めるにゃんて。本当に人間たちは英雄の集まりなんにゃー」

 マオが指を咥え、感嘆の声を漏らす。


「じゃあ、もう戻してもいいかな?」


「はいー。もちろんですー。疑ってすみませんでしたー。私たちもー、族長他、たくさんの有望な働き手を殺された上にー、仲間を大量に拉致されてー。このままだと種族が滅亡してしまうかもしれないからー。必死なんですよー」

 声こそ間延びしていたが、その声には確かに切迫感があった。


「それは私たちも同じですから。絶対に助けましょう」

 礫ちゃんが意気込む。


「はいー。これなら命をかける価値はー。ありますねー」

 カニスも力強く息を吐きだして答える。


「話しはまとまったにゃ! 今度こそ、本当にマオがみんなにゼルトナー号をお披露目にゃ!」

 マオが指を鳴らす。


 今度は俺たちが驚く番だった。


 俺たちの視線の数メートル先、何もない空間を、唐突に畳一畳分くらいの光が切り取る。


 それが入り口だと気が付いたのは数瞬後。奥には、俺たちには用途も分からないようなごてごてとした機会がのぞいている。


「もしかして、ずっとそこに乗り物があったんですか?」

 由比が口をぽかんと開ける。


「そうですよー。ステルス機能がついているのでー。視認はできなかったでしょうがー」

「何を驚いてるにゃ? これくらい普通にゃ。お前らは科学文明にゃ?」

 マオが首を傾げる。


「カニスがここに来るまで街並みを見た限りではー。どうやらー、ここの人間さんたちの日常の文明レベルはー。ゼータ地区相当なのですよー。レキさんのおっしゃる通りですねー」


「にゃにゃ。そうだったにゃ。みんな英雄レベルに強いのににゃー。『精霊幻燈』では訓練生レベルなんて不思議な感じにゃー。じゃあ、特別サービスにゃ。外装も見せてやるにゃ」

 マオが手を掲げると、これから俺たちが乗る物の全体像が露わになる。


 それは、全長十メートルほどの平べったいエイのような形の流線型で、ボディはメタリックなスカイブルーだった。


「マオー! 何のためにステルスがあると思ってるんですかー。人間さんたちはー、私たちに対して友好的な人ばかりとは限らないんですからー。今は目立たないことに越したことはないんですよー」


「にゃにゃ。ごめんにゃ」

 カニスに強めにたしなめられ、マオがすぐに腕を下げた。あっという間に乗り物の姿が見えなくなる。


「プドロティスはこれで陽動する訳?」


「違うにゃ。これじゃあ、小回りが利かないにゃ。中に二人乗り用のモービルがあるにゃ」

 瀬成の疑問に、マオは乗り物の中を指差した。


「長居はー。無用ですよー。誰かの目についてもあれですしー。早く中に入ってくださいー」


「そうだね。じゃ、みんな。行こう」

 こうして俺たちは、SFじみた未来の乗り物に、いそいそと乗り込んだ。


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