第78話 邂逅
告白のことは省き、瀬成の不参加の可能性をメンバーに伝えたから、俺はすぐに床に入った。四時間程の仮眠を取った俺たちは、目覚めると同時にそそくさと準備を整え、丑三つ時に家を出た。
寒風が頬を刺す。
「寒いね」
七里が時折爪先立ちになり、身体を小刻みに上下させながら、ぽつりとこぼした。
「奥多摩はもっと冷えるかと思います。山が冠雪しているかもしれません」
礫ちゃんが白い息を吐きながら答える。礫ちゃんに与えた七里のお下がりの防寒着は、さすがにちょっと丈が余っていた。それでも、中二の服が小学生にも普通に着られてしまうのは、やっぱり七里が小柄だからだ。
「でも、私は温かいですから大丈夫です。だって、兄さんから貰った手袋がありますから」
由比はそう言って、手袋をつけた手で、握ったり開いたりを繰り返した。
「有効活用して貰えて嬉しいよ。それじゃあ、行こうか」
そうして、俺たちは出発した。
道中は無言。
余裕を持って出たおかげで、集合時刻の十五分前には目的地の公園につくことができた。
広場にて残りのメンバーを待つ。
LEDライトが、俺たちの影を長くする。
「よお。さすがに早いな」
五分後に石上がやってきた。この寒空の下、着衣は紺色の僧服一枚のみなのにも関わらず、全く寒がる様子もない。むしろ、見ているこっちが冷えてきそうな装いだ。
「……後は、腰越さんだけですか」
礫ちゃんが現状を確認するように呟いた。
「そうだね」
俺たちは、言葉少なに瀬成を待つ。
俺はデバイスを開いて、止まらずに時を刻み続けるデジタルの時刻表示とにらみ合った。
二分、五分、七分、九分。
もうだめかもしれない。
カッ、カッ、カッ。
俺が諦めかけたその時、鋭い靴音が耳朶に響いた。
俺の心臓が早鐘のように脈打つ。
「来ましたか」
由比がどこか嬉しそうに口元を歪め、音の方を見る。
「さすがに速いな」
石上が感心したように言った。
「はあ、はあ、はあ。間に合った? ぎりぎりセーフ?」
全速力で俺たちの下に駆け寄ってきた瀬成が、肩で息をする。
よっぽど余裕がなかったのか、上着などは羽織っておらず、石上ほどではないが寒そうだ。
「うん。セーフだよ! これで全員揃ったね」
七里が俺たち全員を見渡して頷く。
「親御さんの方は納得されたんですか?」
礫ちゃんが瀬成に心配そうな視線を遣る。
「ううん。多分、今頃むっちゃぶちきれてる。結局、説得しきれなかったんだけど、じいちゃんがウチを逃がしてくれたから。『男にも女にも、一生に一度は命をかけて勝負しなきゃいけない時がある』って」
瀬成は、礫ちゃんの質問に首を振ってから、俺の方に意味ありげな視線を送ってきた。
確か、瀬成が鍛冶屋を目指したのも祖父がきっかけだったはずだ。どうやら瀬成は、両親以上に、祖父との結びつきが強いらしい。
「瀬成。とにかく、間に合って良かったよ」
「う、うん」
そう俺が声をかけると、瀬成はぎこちなく頷いた。
「え、っと。寒いだろ。とりあえず、これ上着。俺、厚めに着てきたから」
「……ありがと」
俺が脱いだコートを、瀬成が袖を端を掴んで受け取った。
それきり、俺たちの間に微妙な空気が流れる。
さすがに今、ここで告白の返事をする訳にはいかない。と、いうより、今はこれから実行する作戦のことで頭が一杯でそんな余裕はない。
「な、なんなんですか。このラブコメ的な雰囲気は。あなた! 兄さんとの間に何かあったんですか! 答えなさい!」
目ざとくその雰囲気を察した由比が、すっと俺の腕を取り、瀬成を詰問する。
「ひ、秘密」
瀬成が顔を背ける。
「そんなの認めません! 最終決戦を前にメンバー同士で隠し事なんか許されると思ってるんですか?」
由比が瀬成に詰め寄る。
「今回の作戦とはなんも関係ないことだから。大丈夫だし」
「ふざけないでください。なお悪いです!」
由比はそう叫びながら、瀬成の肩を揺さぶった。
「や、やめろし!」
「こんな時に痴話喧嘩にゃんて、さっすが勇者様たちご一行は違うにゃ。大物にゃね、カニス?」
「わふー、仕方ないのですよー、マオ。人間さんたちはー、私たちと違ってー、年中発情期なのですからー」
突如割り込んで来た二つの声。
「だ、誰!?」
「な、なんなんですか!」
由比と瀬成は諍いを止め、俺たちは一斉に飛び退く。
その二人は闇に紛れ、音もなくいつの間にか俺たちの近くに立っていた。
「異世界……人」
七里が神妙な声で呟き、俺の背中に隠れた。