第75話 結論
半日は瞬く間に過ぎ、あれこれ考えていて眠れぬ内に、あっという間に朝はやってきた。
刻限にリビングのテーブルに集まったのは四人。
意外なことに、瀬成が遅れていた。
皆で待つこと数分、玄関のチャイムが鳴る。
「俺が出る」
そう宣言して俺が立ち上がる。
インターホンを押して見知った顔を確認してから、俺は玄関に向かった。
「ごめん。遅れた」
鍵を開けると瀬成が、急ぎ足で駆け込んでくる。
「何かあった?」
「ちょっと……。それより、会議はもう始まっちゃった?」
瀬成は答え辛そうにはぐらかすと、リビングの方を覗き込む。
「まだだよ。瀬成で最後だから、早速始めよう」
「うん」
瀬成を伴ってリビングに戻る。
「みんな遅れてマジごめん」
瀬成が深々と頭を下げてから席につく。
「……じゃあ、早速だけど、一晩考えた皆の結論を聞かせて貰いたいと思う。まずは、一応、ギルドリーダーの俺から、その後は時計周りで意見表明ってことでいいかな?」
俺はおもむろに口を開いた。
皆が頷く。
「ありがとう。じゃあ、俺から。俺は、礫ちゃんの依頼を引き受けるつもりだ」
俺はきっぱりとそう言い切った。石上が微笑み、瀬成が眉をぴくりと動かした。由比と七里が目を見開く。
「よしっ、じゃあ、次は俺だな? 俺ももちろん、その依頼受けさせてもらうぜ」
石上はあっさりとそう言う。
「石上、もし、お前が俺たちに助けて貰ったということに負い目を感じてこの依頼を引き受けるっていうんなら――」
「それは関係ない。苦難にある衆生を救うのは坊主の宿命さ。例え、これが初めて会った知らない人間の頼みだとしても、俺は引き受けたぜ。だから、気を遣ってくれるな。アミーゴ」
石上ははきはきとそう答えて、白い歯を見せる。
キザ過ぎるセリフ。でも、この男にはそれが憎たらしいほど似合っている。
素直にかっこいいと思ってしまった。
もし、英雄というものが本当にいるのなら、それはこういう男だと思う。
「じゃ、次はウチだね。……ウチもあの子の頼みを聞いてあげたいと思う」
「それはどうしてですか? まさか、あなたも石上さんみたいな坊主だとは言い出しませんよね」
由比が冗談っぽく問うた。
ひたすらに重かった場の空気が少し弛緩する。
「そんな訳ないっしょ。ウチは石上と違って、そこまで悟った考えはできない。ウチが引きうけるのは、その上手く言えないけど、ここであの子を見捨てたら、これから先、生きるのキモくなっちゃうと思うから。ただそれだけ」
瀬成は照れくさそうに呟いて、ぷいっとそっぽを向く。
俺には、瀬成の気持ちが分かる気がした。
きっと、瀬成も昨日の俺と同じようなことを考えたのだろう。
瀬成の拙い言葉から、俺はそんなことを推測する。
「じゃあ、次は私ですね。私は、兄さんの決断に従います。初めからそう決めてましたから」
由比はきっぱりとそう言って、俺に意味ありげな視線を送ってきた。
俺は小さく微笑んで頷く。
「さっ、最後はお前だぞ。七里」
しばらく経っても喋り出さない七里を、俺は急かす。
「……うん。私も、妹ちゃんと同じ。お義兄ちゃんが望むことに従うよ」
七里は由比とは対照的に歯切れの悪い声でそう呟いた。
「本当にそれでいいのか? 俺たちがみんな引き受けるという選択をしたからって、お前までそうする必要はないんだぞ」
「いいの。私は引き受ける。それでいいの」
今度は力強い調子でそう言う。七里のその言葉は、どこか彼女自身に言い聞かせるような響きを持っていた。
「よし。じゃあ、満場一致で礫ちゃんの依頼を引き受けるってことでいいんだな。言うまでもないことだとは思うが、この依頼を受けたら、おそらく、もう二度と『ザイ=ラマクカ』として――いや、冒険者として活動することはできなくなるだろう。それどころか、前科持ちになってしまうかもしれない。それでもいいんだな?」
俺は皆に念押しするように言う。
自衛隊にMPKを決めようというのだ。失敗しても成功しても、冒険者組合への登録は抹消されるだろうし、民間の組合も国に目をつけられているような人間をわざわざ登録したいとは思えない。MPKがどんな罪に当たるのかはわからないが、事と次第によっては、法の裁きを受けることになるかもしれない。
「ああ、構わないぜ。俺が従うのは刑法でも民法でもない。仏法だからな」
「ウチも、国にびびって人助けが出来ないなんてダサい真似できないし」
「私にとっては、兄さんが法律ですから」
「法律なんて所詮は人間の作った小さな枠組みだよ」
皆はそれぞれの言葉でそう答え、頷く。
「みんなの決意はわかった。よし。じゃあ、早速、俺が皆を代表して、礫ちゃんに会議の結果を伝えてくる」
俺はそう宣言して、椅子から勢いよく立ち上がった。
今は礫ちゃんに滞在してもらっている親父の部屋の扉を三回ノックする。
「はい」
中から静かな礫ちゃんの声が返ってくる。
「入るよ」
俺はゆっくりドアを押し開く。
礫ちゃんが立ち上がってこちらに一礼した。
「そんな気を遣わなくていいから。座ってよ」
「は、はい」
礫ちゃんは緊張した面持ちで再びベッドに腰かけ、拳をきつく握りしめ、膝の上に置く。
「……結論からでいいかな?」
「ええ。お願いします」
礫ちゃんがごくりと喉を鳴らす。
「うん。『ザイ=ラマクカ』は会議の結果、今回の礫ちゃんの依頼について、満場一致で引き受けることを決定しました」
「え?」
俺のあっさりとした報告に礫ちゃんは信じられないとでもいうようにぽかんと口を開ける。
「聞こえなかった。もう一度言おうか?」
「ほ、本当でしゅか? 本当に私を助けてくれとおっしゃるのでしゅか?」
緊張の糸が切れたのか、礫ちゃんは相好を崩し、気の抜けた幼児口調になる。
「うん。みんな色々と考えた結果、そういうことになったみたい」
俺は苦笑して言う。我がギルドながら、底の抜けたお人よしだと思う。
「わ、わたしゅ、岩尾兄さんがいにゃくて、一人でやらなきゃって思って、でもみんなに断られて、もう誰も頼れないって思ってたにょに」
「……うん」
「ありぎゃとうございしゅ! このぎょ恩は一生忘れみゃせん。 ありがとうございましゅ」
「気が早いよ。お礼は俺たち全員が生きて帰ってきてからにしてくれると嬉しいな」
俺はそう言って笑い、何度も頭を下げる礫ちゃんの髪をぽんぽんと撫でた。
「ふぁ、ふぁい」
礫ちゃんはやっと顔を上げて、年相応の幼女の顔で笑う。
「じゃ、早速、下に降りて、具体的な話を詰めようか。石化解除のアイテムや装備を買ったり、人員の配置を決めたり。やることはまだたくさんあるからね。頼りにしてるよ。礫ちゃん」
「ま、任せてください。これでも、ゲーム時代は何十回もの遠征をこなして来た身です。カロン・ファンタジアの司令塔としての腕は、日本サーバーで十本の指に入ると自負していますから!」
礫ちゃんは必死に平静を取り繕い、大人ぶった口調で元気よく叫んだ。