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カロン・ファンタジア 『オフ』ライン――鎌倉住みの裁縫士――  作者: 穂積潜
第Ⅰ部 第四章 邪竜プドロティス編
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第72話 メンバーとの相談

 礫ちゃんに再び二階に上がって休んでもらうように言ってから、俺たちは再びリビングに集まった。


「……そういう訳で、まずは半日ほど、礫ちゃんの依頼を受けるかどうかについて、それぞれの考えをまとめる時間を取ろうと思う。石上には俺から連絡しておくから。現時点で何か異論とか質問はある?」

「あっ、大和、ちょっと待って。一つみんなに聞きたいことがあるんだけど」

 俺がそう問うと、瀬成が小さく手を挙げた。


「ん? 何だ瀬成」


「今回の件、引き受けるにしろ、引き受けないにしろ、もうウチらは関係者になっちゃてるじゃん。つーことは、ウチらも親へ何の報告もなしって訳にはいかないと思うんだけど、そこんとこどうするつもりな訳?」

 瀬成の真っ当な質問に、残りの俺たちは虚を突かれたように顔を見合わせた。


 そりゃそうか。普通、こんな命がけの自体に、親に相談なしなんてありえない。


 だが、残念ながら、人生の重要な決断はほとんど親なしでしてきた俺には、ナチュラルにそういう発想がなかった。礫ちゃんには親に連絡した方がいいと言っておきながら、それが自分のことになると、自動的に脳内から『親の許諾を得る』というプロセスはスキップされてしまう。


 そして、おそらくそれは俺だけじゃない。同じ親を持つ七里はもちろん、由比も親との特殊な距離感の中で育ってきたっぽいだけに、そこら辺の常識からは逸脱している傾向にある。今ここにはいない石上も、家庭環境に関しては俺たち側だろう。


 よくよく考えれば、ギルドメンバーの中でまともな家庭環境なのは瀬成だけなのだ。


「そうだな。それを報告するかも含めて、各自の判断に任せるしかないと思う……。ちなみに、家の場合は、たぶん連絡しようと思ってもつながらない可能性が高いけど……」

 俺は歯切れ悪く答えた。


 俺たちの親は、メッセージを送って一週間以内に返信がくればいい方で、下手をすれば一か月間や二ヶ月音沙汰なしということもざらにある。


「うん。お母さんたち、今、デバイスでも繋がりにくいような危険地帯に行ってるはずだからね」

 七里が頷く。


「あんな糞の許可を得る必要なんて微塵もないですし」

 由比が鬱陶しそうに吐き捨てる。


「え、え、ちょっと待って。あんたらマジ何言ってんの? じゃ、これまでの冒険も親とかの許可を取らずに行ってた訳? あの秩父のダンジョンに潜った時とか、ウチ親を説得するのむっちゃ大変だったんですけど?」

 瀬成が声を上擦らせ、目を丸くする。


「うん……。まあ、許可を取ってたら、クエストの当日をあっという間にすぎちゃうしな。あ、一応、報告くらいはしてるぞ?」

 瀬成のあまりの剣幕に、俺たちは気まずそうに視線を逸らした。


 俺だって、クエストを受諾した時点で、近況報告をかねて親に連絡をしてはいる。しかし、許可と言われると……、それは無理だ。


「呆れた……。マジありえないし」

 瀬成があんぐりと口を開けた。


「なに今更いい子ぶってるんですか? 別に親の許可を得なくたって、今までずっと兄さんをリーダーに、ギルドの運営も冒険も上手くいってたじゃないですか。それに何の不満があるって言うんですか?」

 由比が眉を潜めて瀬成を睨む。


「だから、そういう問題じゃないっしょ? 引き受けないにしてもいきなり警察とかがやってきて事情聴取受けたらどうすんの。ましてや、今回の依頼を引き受けたら、ウチら死ぬかもしれないんだよ。ウチらが何も言わずに出て行って、次の日に死んでましたって聞いたら、親がどんなに後悔して悲しむか、あんたらだって想像つかない訳じゃないっしょ?」

 瀬成が興奮したようにテーブルを叩いた。


「なんですか? あなたは。道徳の教師にでもなったつもりですか? 勝手に一般的な両親像を他人の家庭にまで当てはめないでください。逆にこっちが聞きたいですよ。全ての親が子どもの死を悲しむなんて幻想、本気で抱いてるんですか?」


「そ、そりゃ、ウチだって上手くいってない家庭があることくらいは知ってるけど、それはすれ違ってるだけで、実際に子どもが死んで悲しくない親なんていないと思う」

 俺は思った。


 ああ、本当に瀬成は幸せな家庭で育ってきたんだな、と。


 これじゃあ、由比と話が噛みあう訳がない。


 性善説と性悪説の平行線は永遠に交わることはないだろう。


 毒親の悩みはきっと経験した者にしかわからない。


 俺ですら少し瀬成に羨望にも似た感情を覚えてしまった。


「話になりませんね」

 由比が肩をすくめる。


「は? それはこっちのセリフだし。とにかく、このままじゃダメに決まってるじゃん! どうしても言いにくいっていうんだったらウチが代わりに伝えてあげるから、連絡先教えろや!」


「本当何様のつもりですか、あなたは」

 二人はテーブルから身を乗り出して、にらみ合う。


「まあまあ二人とも、落ち着けよ。一般論としては、瀬成の言う事が正しいと思うけどさ。現実問題、どうやって親に報告する? 普通の親なら、間違いなく通報されて終わりだと思うぞ。そうしたら、俺たちが決断する前に終わってしまうだろ?」

 俺は二人をなだめるように呟いた。


「そりゃそうだけど、このままなんて絶対良くないじゃん!」

 瀬成が救いを求めるようにこちらを見た。


「兄さん。無視しましょう。こんな無神経な人の言う事、聞くことはありません」

 由比がそう言って、瀬成に対抗するようにこちらを見た。


「……なにそれ。ふざけてんの?」


「私は至って真剣ですが?」


「わかったわかった。じゃあ、こうしよう。一応、各自が親に連絡を試みよう。ただし、その内容は『通報されない』程度にぼかす。これがぎりぎりの妥協ラインじゃないか?」

 一触即発の雰囲気に、俺は割って入る。


 はっきり言って、何の現状変更もないほとんど無意味な妥協案だ。瀬成は今まで通り親に相談するだろうし、俺たちは他のミッションと同じく、『もしかしたら命の危険があるかもしれない冒険に出かける』と報告するに留まるだろう。


 それでも敢えて口にしたのは、瀬成が礫ちゃんの依頼の内容を漏らし過ぎないよう釘を刺すためと、このままだと由比も瀬成も引っ込みがつかなくて話がこじれそうだったからだ。


「……わかった」

 瀬成が不承不承に頷く。


「じゃあ、一回解散しよう。集合は明日の正午に再びここ。俺の家のリビング」

 俺がそう取り決めると同時に、ようやく長い夜が終わりを告げる。


 瀬成は彼女自身の家へと戻り、俺たちもそれぞれの部屋を引き上げた。


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