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カロン・ファンタジア 『オフ』ライン――鎌倉住みの裁縫士――  作者: 穂積潜
第Ⅰ部 第四章 邪竜プドロティス編
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第68話 礫の知らせ(1)

「……ん。ここは――」

 礫ちゃんが目を開けたのは、俺らが礫ちゃんを親父の部屋に運び込んでから一時間のことだった。


 上体を起こすと長い睫毛を瞬かせ、周囲をキョロキョロと見渡した。


「俺の家の二階にある部屋だよ。良かった。大丈夫?」


「はい。ご迷惑をおかけしました――あの警察や救急には」

 礫ちゃんが警戒するように目を細め、身体をこわばらせる。


「連絡してないよ。『まだ』ね」


「そうですか。ありがとうございます!」

 礫ちゃんが小さく息を吐きだした。


「大したことはしてないよ。正直、事情を教えて貰えないことには、通報しないとは断言できないから」


「はい。それでも、話を聞いて貰えるだけで私にとってはありがたいのです。とんだ粗相をした上で図々しいことを申し上げるのは恐縮ですが、どうしても急がなければならない事情がありまして――」


 グウウウウウウウウウウ。


 相変わらず子どもらしからぬ堅苦しい言葉遣いと共に早口で喋り出した礫ちゃんのセリフを、彼女自身の盛大な腹の音が遮った。


 礫ちゃんが俯き、頬を朱に染める。


「とりあえず……話はご飯の後にしようか。リビングのみんなにも聞いてもらった方がいいだろうし」


「ご、ご馳走になります」

 礫ちゃんは身体をプルプルと震わせながら、小さく頷いた。



                 



 由比がおかゆを作ってくれる間も待てずに、礫ちゃんはクリスマスパーティーの残り物であるチキンやケーキをむさぼり始めた。


 礼儀とか体面を気にするタイプっぽい礫ちゃんが、ここまでがっついた振る舞いをするということは、相当にお腹が減っていたのだろう。


 俺たちはその光景を目を丸くして見守った。


 最終的には、ホールのケーキ三分の一に加え、骨付きチキンを三本、おかゆを三合ぺろりと平らげた礫ちゃんが満足そうに腹をさすった。


「お恥ずかしい所をお見せしました。三日間、ほぼ水しか口にしていなかったもので……さきほど醜態を晒してしまったのも、おそらく血糖値の低下による貧血なのです」

 礫ちゃんが言い訳するようにぼそぼそと呟いた。


「んで? 何があった訳? 三日も飯が食えなくてぶっ倒れるなんてどう考えてもまともな状況じゃないっしょ?」

 瀬成が険しい顔つきで礫ちゃんを見つめる。


「はい……。率直に申し上げます。私たちのギルド、『石岩道』は壊滅しました。そして、未だ千人の人命が失われる危険に晒されています」


 礫ちゃんの口から飛び出た言葉に俺たちは絶句した。


「詳しく、順を追って説明してくれるかな?」


「はい。私たちを含め、ある程度の人数を擁したBクラスのギルドは、最近、政府依頼の一つのクエストを受けました。それは、『奥多摩周辺の山狩り』という、ランクでいえばC相当の、手堅く稼げる依頼のはずでした」


「へえー、そんなのがあったんだ。でも、他にも山はあるのに何で奥多摩だけ政府がお金を出してモンスターを狩るの?」

 七里が首を傾げた。


「奥多摩には首都の重要な水源である奥多摩ダムがあります。あそこが汚染されると東京周辺への水の供給が滞るので、優先的にモンスターを狩って、その増殖を防ぐ必要があるのです」


「ふむふむ」

 七里が頷く。


「話を戻します。Bクラスのギルド千人という大戦力の連携で、クエストは何事もなく進みました。大方の敵を狩り終え、後は戻るだけ。その時――、突如して『それ』は現れたんです」


「それ?」


「……邪竜プドロティス(希望を喰らうモノ)です」

 礫ちゃんが目を閉じて、重々しく呟いた。


「嘘だろ?」


「表のラスボスじゃないですか!」

 由比が声を荒らげた。


「……そんなに強いの?」

 瀬成が眉をひそめる。


「ああ。Aクラスのボスだからな」

 カロン・ファンタジアにはプレイヤーの選択次第でいくつかのストーリーに分岐し、それに従ってラストダンジョンも用意される。邪竜プドロティスは、その内の一つ『深淵の闇虚』の最後に君臨するボスだ。確か特徴は、全ての状態異常を使ってくることだったか。


「でも、おかしいですよ。それ。ねえ、お姉ちゃん!」


「うん。確かに、カロン・ファンタジアでは、邪竜プドロティスは、洞窟の最下層に潜んでいる設定になっているからね」


「ええ。私たちとしても、全くの不意打ちでした……もし、どこかの洞窟から出てきたのなら、邪竜の巨体が私たちに襲い掛かる前に観測されないはずないのですが」

 礫ちゃんが悔しそうに唇を噛みしめた。


「じゃあ、当然、『帰還の宝珠』も?」


「ええ。使えませんでした。当然、ボス戦扱いです。こんなの、もはや『カロン・ファンタジア』とは呼べません」


「……ごめん。おちょくるつもりじゃないんだけどさ。ウチらは、前、でっかいゴーレムに奇襲かけられたじゃん。あれと同じ状況だったってことじゃないの?」

 瀬成が遠慮がちに口を挟んだ。


「確かに、奇襲をかけられたことは同じかもしれませが、今回の件は秩父ダンジョンのゴーレムとはかなり状況が異なります。秩父ダンジョンの奇襲は確かに、苦戦しました。ですが、洞窟に出てくるモンスターとしては『ゴーレム』というのは、一般的なものです。すなわち、『想定の範囲内』ということです」


「どういうこと?」


「ちょっとは察してくださいよ。『カロン・ファンタジア』はゲームなんですよ。敵がいつ出てくるのか、私たちが予期することは難しくても、『何が出てくるか』はある程度予測がつく。それくらいのバランスじゃないとゲームとしては成立しないでしょう?」

 由比が呆れたように説明した。


 トライ&エラーを繰り返して、ダンジョンとそこに潜む敵の情報を探り、それに合わせて装備を整えて、攻略に挑む。それができるのがゲームだ。


 言い換えるなら、『プレイヤー』と『製作者側』の間に存在する最低限のお約束と言い換えてもいい。


「おっしゃる通りです。私たちとしても山のフィールドですから、竜系のモンスターへの対策はある程度してあったんです。それでも、よりにもよって嫌らしいバッドステータス使いのプドロティスでは、対処しきれませんでした」

 陰鬱な洞窟の闇の中に潜むはずの竜が、白昼堂々外に出て破壊を尽す。それは、ゲームのデザインを放棄し、『カロン・ファンタジア』の世界観を破壊する暴挙だ。


「奥多摩湖のダムの重要性から考えると、Aクラス相当の自衛隊員が配置されているはずだけど、救援は求めた?」

 自衛隊員の中でも特に有能な人材には、『カロン・ファンタジア』の上位ユーザー(七里みたいに廃人だけど筋力とかが足りなくてジョブを使いこなせない)から買い取ったアカウントが、強力な装備と共に与えられているはずだ。


「ええ。もちろん求めました。ですが……『安全に討伐するのに十分な戦力を持っていない』と拒否されました」


「なにそれ! ひどくない!? 国民を守るのが自衛隊の仕事っしょ?」

 瀬成が憤慨する。

 山へと通じる整備された道は、何本もある訳じゃない。まともな道は、当然、日頃からそのメンテナンスを含め、管理している自衛隊の人が使っている訳で、その道を使うな、ということは、逃げるなということとほぼイコールだ。


「……仕方ありません。それも含めて未知のリスクに対する自己責任が求められるのが、『冒険者』という職業ですから」


「でも、だったら、すぐに国が救援を寄越せばいいっしょ!?」


「そんな戦力に余裕がないんだよ。……瀬成の気持ちはわかるけどな」

 自衛隊や警察などの公的な戦力と、俺たちのような冒険者の戦力は、明文化されている訳ではないが、住み分けがなされている。いや、住み分けせざるを得なかったというべきか。


 強力なアカウントや装備には限りがあるので、それを配備されているのは、自衛隊の人の中でもごく一部だ。彼らは、電力施設等、国民生活に必須なインフラ設備の防衛、主要都市の警護、海運の安全確保など、国の根幹を維持するための定まった任務をこなすので精一杯だ。つまり、自由に動かせるような『カロン・ファンタジア』プレイヤーとしての戦力はほとんどない。隊員が死ねば、マスコミにも非難されるし、国としても体面が悪いから、無茶はできない。


 極端な話をすれば、『絶対に勝てる戦い』以外は許されないのだ。


 それに対して『死んでもいい』戦力こそが、『冒険者』だ。自らの意思で、高給と引き換えに危険を冒す道を選択した者たち。少なくとも、世間ではそういうことになっている。


「死んだの?」

 七里が単刀直入に切り出した。


 無神経かもしれないが、今の場合は仕方がない。いずれ、聞かなきゃいけないことだ。


「……何十人かは。――でも、岩尾兄さんも含め、大半の人間は『まだ』生きています。プドロティスの習性のおかげで」

 礫ちゃんは大きく瞳を見開いて、力強い口調でそう言った。


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