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第56話 邪宗門の蜂起

 そして、八月も中旬、俺たちは家の庭にいた。


「くらえ! お義兄ちゃん! 走爆波!」

 安っぽくて赤い浴衣を着た七里が仰々しく叫ぶ。


 シュルシュルシュル!


 パン!


 俺の足下をのたくったねずみ花火が炸裂する。


「人に向かって投げるな!」


「いいじゃん! お義兄ちゃんのドS訓練に耐えてあげたんだから、これくらいストレス解消させてよ!」

 終業式の計画通り、俺たちはじっくり物事に取り組んだ。たかだか一カ月足らずの努力だが、それでも毎日本気で取り組んだので、それなりに力はついた気がする。ロックさんを通じた『石岩道』との防具アイテムの取引でギルドの資金も溜まり、装備もアイテムも充実してきたし、チームとしての連携も向上した。


 今日は、そのささやかな打ち上げという訳だ。


「ん」

 瀬成がぶっきらぼうに、火のついた花火を差し出してきた。


「おお、ありがとう」

 俺はそれを受けとり、瀬成と向かい合う形で花火をする。


 勢いよく吐きだされる金色の光に瀬成の横顔が照らされる。


 七里のような量販店で買った安物とは違い、瀬成の浴衣には風格があった。上品な紫色だし、生地も帯も上質そうだ。何より、着こなしが堂に入ってる。


 どこか憂いげに花火の炎を見つめる瀬成の姿は、日本画の一幅のようだった。


 それに比べれば、俺の甚平姿は何ともずぼらだ。


「兄さん。兄さん。一緒に線香花火をしましょう」

 由比がくいっと俺の袖を引いた。


「いいね。でも、まだ、今やってるのが残ってるから」

 俺は由比の方に顔を向けた。

 七里とおそろいの量販店製の安物だ。


 それでも由比が着ると少女らしくて愛らしいのだが、彼女はぶっちゃけ胸がでかいので、浴衣に関して言えば、瀬成の方が似合ってると思った。


「いいじゃないですか。腕は二本ありますよ?」

 由比がやや強引に線香花火を押し付けてくる。


「じゃ、じゃあありがたく」

 仕方なく俺は瀬成からもらった花火を左に持ち、由比からもらった線香花火を右手にもった。これじゃあじっくり楽しめない。


「おお、お義兄ちゃん! 二刀流だね! じゃあ、私は飛び道具!」

 七里はわくわくした様子でロケット花火に手を伸ばした。


「おい。もし、俺の方に向けたら、今年の夏中アイス禁止な」

「ちっ」

 七里が露骨に舌打ちした。


 そうこうしているうちに瀬成からもらった花火が終わる。


 水の入ったバケツにそれを突っ込むと、ジュっと音を立てて炎が消えた。


「ん」

 すると、瀬名が間髪入れずに次の花火を差し出してくる。


「いや、俺はまだ、線香花火が――」

「ん!」

 有無を言わせない調子で繰り返す。


 俺は気圧されたようにそれを受け取った。


「あー、兄さんと私が一つになっちゃいましたー」

 由比が甘えた声を上げる。


 何かと思って右手を見れば、俺の線香花火の玉が、由比のそれとくっついていた。


「初めての共同作業ですね!」

 由比が弾んだ声でそう言って、彼女の手を俺の手に重ねてきた。


「熱っ!」

 足に熱。


「ごめん。ちょっと、手元がずれた」

 瀬名が無表情のまま言った。


 何だこのギスギス感。


『新着メッセージがあります

件名:緊急クエストのお願い from 鎌倉冒険組合 』


 視界の端に通知が届く。


「おっ! 何かメッセージが来たぞ! みんなも見てみろよ!」

 俺はこれ幸いに二つの花火を同時にバケツに突っ込み、デバイスをいじる。


『いつもお世話になっております。

 鎌倉市役所の小田原です。

 ランクC以上のギルドを対象にした緊急クエストが回ってきました。

 依頼元は天洞宗寺社本庁で、丹沢山麓に出没するモンスター『ゴブリンシャーマン』の活動が急に活発になったため、増派の要員が欲しいと言うことです。カロン・ファンタジア時代の期間限定イベント『邪宗門の蜂起』に相当するものだと思われますが、詳細は不明です。

 報酬:ゴブリンシャーマンの討伐数×三万円 アイテムは冒険者帰属です。

 以下私見です。

 『ゴブリン・シャーマン』のモンスターとしてのランクはD~Fなので、今の『ザイ=カマクラ』なら、比較的に安全に狩れる敵だと思います。ノルマもなく、いざとなったら逃げても構わないので、条件としては悪くないかと。

                   以上です。

 もし、引き受けるなら私に連絡ください。


              鎌倉市役所 市民課 冒険組合窓口 小田原 』


「『邪宗門の蜂起』かー。そっかー、もう、お盆の季節だもんねー」

 七里が納得したように頷いた。


「それどんなイベント? なんか現実のお盆と関係あんの?」


「あると言えばあるし、ないといえばない。カロン・ファンタジアの日本サーバーではこの時期、死者の魂が世界に還って来るとされていて、『ゴブリンシャーマン』はその魂の力を悪用して、自らの崇める邪神を復活させようとするんだ。プレイヤーは、定められた数のゴブリンシャーマンを狩って、それを阻止する。報酬は、魔法使いようの素材アイテムとかだったな」

 まあ、ありがちな期間限定イベントだ。外国のサーバーでは、お盆の代わりにハロウィンがこれを担っていることもある。


「私たちでも余裕で参加できるレベルのイベントでしたよね」


「ふーん」


「正直、大したものが手に入る訳でもないし、純粋にギルドのことを考えれば、別に行くメリットはないんだけど……。丹沢山麓か。気にかかるな」

 俺は眉を潜める。


「ああ、石上のこと? 修行するって言ってたもんね」

 こちらの懸念を察した瀬成が呟く。


「そうなんだよ。だから、ちょっと心配でさ」


「とりあえず、連絡してみれば? もう、修行終わってるかもよ」


「いや、それが、修行のせいかしらないけど、デバイス断ちしてるみたいなんだよなー」

 いつもならすぐに返信が帰ってくるマメな奴なのに、もう二週間近く音沙汰がないということは、多分まだ山に篭っているのだろう。


「本当に本格的なんですね」

 由比が驚いたように言う。


「じゃ、久しぶりにクエスト受けようよ! じゃなきゃ、あんだけ厳しい特訓した意味ないじゃん!」

 七里がここぞとばかりに手を叩く。


「ウチもクエストに参加してもいいと思う。訓練の成果を確認するいい機会じゃね? 危なくなったら速攻で逃げればいいし」

 腰越が頷いた。


「じゃあ、そうするか。石上の様子も確認したいし。由比もそれでいい?」


「はい。もちろんです」

 由比がふんわりと微笑む。


「よし。じゃ、とりあえず、最後にでかい花火をやって終わりにしよう」

 俺はそう言って、花火のパックの目玉である、筒状の打ち上げ花火を手にとった。



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