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第40話 ダンジョン二日目(1)

 

 左の壁が飛んだ。


 その刹那の出来事に俺の脳裏に浮かんだのは、そんな突拍子もない一文だった。


「フェッロマジロだ!」

 運び屋のグループに属する誰かが叫んだ。


 『それ』は岩と土で構成される壁に完全に擬態していた。ごつごつした鋼のような鱗を持つ、鈍色の巨大アルマジロ。今は身体を丸めて自動車のタイヤのような姿をとっている。それが左の壁から飛び出してきたのだ。

 周りにいた冒険者が反射的に右の壁に逃げようとする。


「左の壁へ! 由比を庇え!」

 俺は無意識的に叫ぶのと、フェッロマジロが回転を始めるのは同時だった。


「わかってる!」


「ふえっ!」

 腰越は俺が言うより早く一歩踏み出していた。七里は狼狽したような声を漏らしながらも、俺の命令に従う。

 直後、俺たちに繰り出される体当たりを、俺は巨大針の柄で受け止める。腹に響くずしりと重い感触――大丈夫。ダメージはない。


 視界の端に映るのは、腰越と由比。腰越は見事に刀の鍔でフェッロマジロを跳ね返した。七里は槍の柄では敵を受け止めそこない胸に一撃を食らうが、俺たちよりも頑丈な装備なので問題はない。

 三人の背後に庇う形になった由比はもちろん無事だ。


 俺は瞬時に辺りを見回す。右の壁に逃げた冒険者たちは、フェッロマジロの強烈な体当たりを受けて面くらっていた。一方、俺たちと同じく敢えて左の壁に一歩踏み出した冒険者はほぼ無傷だ。

 理由は簡単。加速度のついた物質はそうでない物質よりも、運動エネルギーが多い。単純な物理法則である。

 切羽詰まった状況なのに、俺の頭には先日のテスト勉強で覚えた速度の公式が浮んできて、学校の勉強もたまには役に立つな、なんて場違いなことを考える。


「前へ走れ!」

 俺の命令に、パーティー全体が走り出す。


「なんで前なの!? 後ろに走った方が『石岩道』の人たちがいて安全じゃん! すぐ近くだし!」

 七里が息を切らして抗議してくる。


「ロックさんたちの邪魔になる!」

 俺は叫ぶように言った。


 狭い坑道内で、みんながロックさんの方に向けて走ったらどうなるかは自明だ。

 敵がいないところまで走り抜けた俺は、すぐに踵を返して武器を構える。とりあえず追撃はなさそうだ。

 俺たちより先にこちら側に逃げてきた冒険者たちは、先行者に救援を呼びにいったらしい。ならば、何人も行っても無駄だろう。


「七里は俺の隣で、敵の追撃に警戒。腰越は俺の間に由比を挟む形で後ろについて奇襲を警戒して。由比は念のためプロテクトの詠唱準備」

 三人が声もなく頷いた。


 俺たちの視線の先では予想通りの光景が繰り広げられていた。ロックさんたちがいる安全地帯にまで後退しようと殺到する冒険者たちが詰まり、渋滞を起こす。それらの無防備な背中に向けて、さらなる助走距離をつけたフェッロマジロの体当たりが迫った。


「湧出づる大沼(マーシュ・フォンテ)

 突如響いたのは、幼くも良く通る詠唱だった。一瞬でフェッロマジロたちの接地面を底なし沼と変えた彼女の魔法によって、モンスターはぬかるみにはまった自動車のように空回りする。


「兄さん、シールドバッシュからの案山子(スエアクロウ)。他 コマンド 参照」

 要点を絞った端的な命令が下される。


「これ、レキちゃんの声だよねー、本当に戦闘を指揮してるんだねー」

 七里が感心したような声で言った。


「ああ……口頭の命令とチャット機能を使い分けてるらしい。さすがだな」

 俺は彼女の命令から察した推測を口にする。

 差し迫った命令は口で発令し、時間に余裕がある命令はコマンドのチャット機能で文字として残す。そうすることで速攻性とミスの少なさを両立できるのだろう。俺もやってみたいが、そこまでの余裕はないだろうなあ、などと考える。

 そんな会話を交わしている間にも、戦場は動いていた。


「ごめんよっと! シールドバッシュ!」

 溜まった人の群れを強引に押し開いて、ロックさんの巨体が姿を現した。突き飛ばされた冒険者が壁にへばりつく。ロックさんが手にしているのは柔らかそうな布の盾で、冒険者たちに傷はつかない。

 そのまま他の冒険者たちを守るように前に出る。

 どうやら、騒動以後の経験からかこういうパニック状態の対処にも慣れているらしい。


「案山子!」

 ロックさんはすぐさま装備を金属製の大盾に切り替えて叫んだ。案山子は敵のヘイトを一身に集める、壁役としては必須のスキルだ。

 やがて、沼の効果が切れ、フェッロマジロたちは行動を邪魔された怒りをぶつけるように猛烈な回転を始めた。全力の助走で一斉にロックさんに襲い掛かる――


土くれ(テッレ)!」

 刹那、響く野太い魔法士の声。


 ロックさんの味方の誰かが詠唱した土魔法が出現させたのは即席の坂だった。それは緩やかなカーブを描いて、天井まで繋がっている。スノーボードのハーフパイプのごとく、フェッロマジロたちは坂の転がり登る。そして、猪突猛進な彼らは

 ――天井に思いっきり激突した。

 哀れなフェッロマジロたちは、弱点の柔らかそうな白い腹を天井に向けて、地面へと落下していく。

 その一瞬を――


無慈悲なる氷槍!(ドリリョート)


 見逃す馬鹿はいない。

 甲高い声と共に虚空に出現した無数の氷柱(つらら)が、躊躇なくフェッロマジロたちを、ただの経験値へと変えた。


「戦闘終了――アイテム回収!」

 どことなく嬉しそうなレキちゃんの朗々とした宣言が、俺たちに安堵をもたらした。


 ぅゎょぅι゛ょっょぃ。


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