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第3話 一段落

 コマンド・『解体』を実行すると、光の粒子と共にモンスターが消滅し、後には黄ばんだ一本の牙と一房の毛束が残された。狩人とかの専門職には、おそらくMNモードの解体スキルがあるのだろうが、俺は死んでも習得したくない。

 俺が脳内でアイテムボックスをイメージすると、それらが消失し、無機質なアイコンに代わった。


「お義兄ちゃん! 生きてる?」


「お兄さん! 大丈夫ですか?」

 装備を解除した七里と由比ちゃんがこちらに駆け寄ってくる。


「まあ、何とかね」

 俺は力なく手を挙げて応えた。念のため、装備は解除しない。


「あ、あの、私、焦っちゃって、いっぱい迷惑かけちゃって、本当にごめんなさい」


「気に――」

「気にしなくていいよー、本当無事でよかったあああああ」

 かっこつけてイケメンなセリフを繰り出そうとした俺を遮って、七里が由比ちゃんに抱き着く。

 疲労のため、もう突っ込む気も失せた俺は、小さなため息を吐きだした。


「とにかく、ここにいてまたモンスターに遭遇したらやばい。さっさと家の中に入るぞ」


「え……でも、庭にもキモいモンスターがいるじゃん。どうすんの?」

 きもいモンスターと聞いて、由比ちゃんが肩をびくりと震わせた。先ほどの恐怖がフラッシュバックしたのかもしれない。


「ばーか。お前、ギルドリーダーだろうが。リーダー権限で、ギルド本拠地を俺たちの家に設定すればいいだろ」

 俺は顔にべっとりついた地を拭いながら言う。早く風呂に入って血を洗い流したい。


「あっ、そうか! お義兄ちゃんの癖にやるね!」

 七里が虚空を見つめて、数秒指を動かす。


『管理メッセージ ギルド本拠地が鎌倉市 鶴岡邸に設定されました』


「あ、そうか。居住区域は戦闘禁止の安全地帯ですもんね」

 由比ちゃんがはっとしたように手を叩く。


「そう。これでカロン・ファンタジアのシステム的には、俺の家は安全地帯のはず。だけど、どこまでが自宅判定されているかはわからないから、一応、警戒はしといて」

 場合によっては居住区の建物のみが対象で、庭はフリー地帯ということもあり得る。

 俺は二人を先導して、玄関前のしょぼい金属の門を押し開く。左右を確認して、何もいないことを確かめると、自宅のドアノブに手をかけた。


「大丈夫そうだ。さっ、入って」

 俺は由比ちゃんを中に促す。七里は俺が勧めるまでもなくさっさと中に入ってる。


「お邪魔します」

 由比ちゃんが頭を下げて、中に入って行く。靴をきちんと揃えるところもやはり好印象だ。

 俺も素早く中に入り、ドアを閉めて鍵をかける。


「ふうー」

 俺は大きなため息をついて、ほっと胸を撫で下ろした。


「悪いけど、俺は風呂に入ってくるから、七里と適当にくつろいでてね……っていってもこんな状況じゃ無理かもしれないけど」


「いえ……あの、お兄さん」


「ん、なに?」


「命を助けて頂いて、本当にありがとうございました! このご恩は一生忘れません」

 由比ちゃんが深く頭を下げる。


「そんな大げさだよ……まあ、礼なら七里に言ってやってよ。あいつの方が、君を守ろうと必死だったから」


「はい。でも、実際に機転を効かせて私を助けてくれたのはお兄さんですから」

 由比ちゃんが、何か思いの籠った目でこちらを見つめてくる。てっきり、「はい。七里ちゃんにお礼を言ってきます」と素直に頷くと思っていただけに、ちょっと意外な反応だった。


「うん。みんな無事でよかったよ。ごめん、身体がべたべたして気持ち悪いから」

 俺は由比ちゃんに向けて、曖昧に微笑んだ。


「あ、そうですね。お風呂ですよね。引きとめてすみません。失礼します」

 由比ちゃんが顔を真っ赤にして、階段を駆け上がって行く。

 俺は一階の奥にある風呂場へと、ゆっくりと歩いて行った。





「ふうー、すっきりした」

 俺は自作タオルを首にひっかけ、リビングへと続くドアを開けた。さっき身体を動かしたために、喉は乾いている。


「あ、お兄さん。キッチンお借りしてます!」

 奥からハムを焼く香ばしい匂いが漂ってきた。

 我が家の狭いキッチンを縦横無尽に動き回って、由比ちゃんがフライパンを振るう。作ってるのはチャーハンだろうか。確か、残り物の白米を冷凍庫に放り込んであったし。

 出来合いのもので、料理が作れちゃう由比ちゃんマジ俺の嫁。


「すごいよ! 由比の手料理だよ! 学校で売ったら一万諭吉はかたいね! カロン・ファンタジアなら十万デュール」

 一方、我が義妹七里は、一切それを手伝うことなくソファーにふんぞり帰り、テレビを見ながら炭酸飲料を煽っている。残念過ぎて小言を言う気も失せた。


「ごめんね……由比ちゃん。余計な気を遣わせて」

 俺はキッチンの側にある冷蔵庫へと歩みよりながら、家族の情けなさにうなだれる。


「い、いえ! むしろ、勝手に冷蔵庫の中身を見たり、貴重な食材を使っちゃったりして大丈夫でしたか? 一応、七里ちゃんには確認したんですけど」

 由比ちゃんがフライパンを返しながら、そう確認してくる。


「ああ。全然問題ないよ。むしろ、消費期限のあるものと、ライフラインは使えるうちに使い倒しておいた方がいい」

 俺は、賞味期限が残り三日に迫った牛乳をパックから直飲みし、一気に使い切る。

 今はまだ普通に電気も水道も使えるが、今後はどうなるかわかったもんじゃない。一応、震災用の食糧の備蓄はあるが、それでも持つのはせいぜい一週間といったところだろう。


「はい。そう思って、生鮮食品の卵とレタス、ハムも後、一日で賞味期限のやつを使いました」

 由比ちゃんがほっとしたように小さなため息を漏らして頷く。


「本当に由比ちゃんは優秀だなあ。保存のきく缶の飲料を何も考えずにがばがば飲み干すうちの愚昧と交換して欲しいくらいだよ」

 俺は肩をすくめて、そう冗談をこぼす。


「本当ですか!? 私を妹に!?」

 突如、フライパンを放り出した由比ちゃんが、異常なほどの目の輝きを放ちながらこちらに迫る。


「う、うん……」

 俺は若干引き気味に冷蔵庫に背中をくっつける。


「はっ! もう、お兄さん。そんなこと言ったら七里ちゃんがかわいそうですよー。さ、もうちょっとでできますから、テレビでも見て待っていてください」

 天使モードへと回帰した由比ちゃんが、繕うようにそう言って、慌ててフライパンに手を伸ばす。


「わ、わかった」

 俺は気圧されたように頷いた。

 なんだ今の反応は。

 まさか、そんなに俺の妹になりたいというのだろうか。それとも、まさか、由比ちゃんは俺のことを――。

 俺は妄想で膿んだ脳みそを抱えてリビングへと舞い戻った。


「見て見て! お兄ちゃん! 自衛隊が総がかりで、オークを駆除してる! 攻撃全然効いてない。ざっこ! 自衛隊ざっこ!」

 七里がテレビに映るLIVE映像を指差して嗤う。


「お前、お国のために命をかけて戦ってくださっている人たちになんて言い草だ!」

 俺は七里の頭を小突いた。


「あうっ。だってー、あまりにもコスパ悪いだもーん。これだったら私たちみたいな、カロン・ファンタジアユーザーをかき集めた方が早いよー」

 七里は頭を擦りながら唇を尖らせる。


「私たちって、お前はただ潰れたただけだろうが。それに、俺たちが考えつくことくらい、当然上も把握しているだろ。今はただの避難のための時間稼ぎじゃねえか? っつーか、本当に現代兵器に対してノーダメなの?」

 俺は現実を確認するためにテレビに視線を移す。


「ううん。一応、全く効かないっていう訳でもないみたい。でも、オーク一匹倒すのに、小隊の一斉射撃で小一時間。しまいには戦車とか出してきてんだよー、さすがにないよー。どうなってんだろうねー」

 テレビには、ヘリコプターから鳥瞰する形で、レインボーブリッジの中ほどに築いたバリケードを頼りに、自衛隊の皆さんが攻防を繰り広げる映像が流れていた。自動小銃が何百発もの銃弾を浴びせかける。オークの一団は、一匹を弾除けにする形で縦に隊列を組み、じわりじわりと間を詰めていた。


「うーん……これはあれだ。チート補正とチャネル移動補正、両方のマイナスの補正がかかってんじゃね?」


「んー? どういうこと。げふっ」

 七里はおっさんみたいなゲップを漏らして、首を傾げた。


「チート補正はわかんだろ?」


「うん。チートっていうか、現代兵器補正でしょ? プレイヤーが生産職の部品から、強すぎる現代兵器作っちゃうとゲームバランスとか世界観がぶっ壊れちゃう。そのための調整」


「ああ。そうだ」

 カロン・ファンタジアは『何でも作れる』オンラインゲームだった。全体の設備の科学文明としてのレベルは中世だが、魔法の技術も含めて本気を出せば、自動小銃くらいは余裕で造れる。だが、それはファンタジーっぽい作品の世界観とは反するし、あんまり簡単すぎてもゲームとしておもしろくないので、装備の発展の方向性を誘導する目的で、あんまりチートな現代兵器は実用性のないレベルまで性能を落とされていた。そのため、こんなアホな事態が起こる前、現代兵器系の装備はコスプレのネタのような扱いだった。装飾アイテムと同じような扱いだ。


「でもチャネル補正は? あれって、先行者有利っていう状況を防止するための救済策じゃん」

 カロン・ファンタジアは全世界に普及しているが、当然、サーバーの開設時期は同じではない。インフラの整った先進諸国では早く、逆に途上国では今も満足にプレイできない所もある。

 ユーザー間のコミュニケーションを推奨するゲームだけに当然、サーバー間の行き来はできる。しかし、先に開設したサーバーの進んだ廃人装備を持ちこんで、後発のサーバーで俺tueeeeeされては、新規のユーザーはたまったものじゃない。そこで、先発のサーバーの人間が後発のサーバーに移動した場合、帳尻を合わせるためにマイナスの補正がつくシステムになっているのだ。逆の場合は、もちろん、プラスの補正がつく。


「ああ。だから、世界の誕生、という概念で考えて見ろよ。カロン・ファンタジアがこの世に誕生してからはせいぜい五年だ。それに対して、地球の文明の誕生は? ジーザスの誕生を起算点にするとしても2000年を軽く突破してんだぜ? 俺たちの住む世界は、カロン・ファンタジア換算でいえば、ぶっ飛んだレベルの先行サーバーってことになる」


「えー、なんかオカルトっぽくてキモい」

 七里は飲み終わった缶を額に当てて、身体を冷やす。


「いや、そんなこと言ったら、この状況の方がよっぽどオカルトだろ」


「お兄さん。七里ちゃん。できましたよー」

 俺たちが確証のない推測を繰り広げているところに、由比ちゃんのほんわかした声が投げかけられる。


「やったああああああ」

「お疲れ様―」

 俺たちは話を切り上げて、テーブルへと向かい、四人掛けのテーブルに腰かける。

 俺の隣には七里が、対面に由比ちゃんが座る。


「お口に合えばいいですけど……」

 由比ちゃんが不安そうに目を伏せた。

 目の前では皿にお椀型に盛られたチャーハンが、こちらを誘うような湯気を立てている。


「いただきます」

 俺は手を合わせてから、スプーンを取る。


「これ、めっちゃ美味い! お義兄ちゃんの料理が豚の餌のよう!」

 既に、摂食を始めていた七里が、手を突き上げて叫んだ。


「うん。すごくおいしいよ。お世辞じゃなくてマジで。そして、七里は太って死ね」

 俺も一応、この家の料理担当なのだが、編み物や裁縫に比べれば、料理の腕がかなり劣る。正直、このパラパラ感のあるチャーハンは作れない。


「そうですか! 良かったです。いつか、私の料理を食べてくれる人に出会えたらってずっと思っていたんです」

 由比ちゃんがほっとしたような微笑を浮かべて、こちらに意味ありげな視線を送ってくる。


「うん。食べる食べる。何なら、ずっとここにいて!」


「七里ちゃん……ありがとう。でも、ご迷惑ですよね?」

 由比ちゃんが上目遣いでこちらを見てくる。なにこれ反則級にかわいい。


「いや、俺も由比ちゃんにはここにいてもらった方がいいと思う」


「本当ですか!?」

 由比ちゃんがテーブルから身を乗り出した。


「うん。少なくとももう少し状況が判明するまでは、ここに引きこもっていた方がいい。本当は、由比ちゃんの家まで送ってあげたいけど、不意にモンスターに遭遇したら、今の俺たちじゃたぶん対処しきれない。あまりにも危険すぎる」


「あ、ああ……そういうことですか。はい。私もそう思います」

 由比ちゃんが肩を落とす。やっぱり、自分の家が恋しいのだろうか。


「同意してくれて良かった。あ、親御さんにはちゃんと連絡した?」


「あんな人たち、どうでもいいんです。それより、お兄さんたちのご両親はご無事ですか?」

 由比ちゃんは一瞬、きつく目を細めてから疑問を口にする。


「ああ……俺たちの両親は無事だよ。しばらく帰ってこないと思う。今頃、稼ぎ時だって大興奮してるんじゃないかな」

 出版関係に勤めてる俺たちの両親は、基本的に家を空けることが多い。だからと言って、家族仲が悪い訳でもないのだが、ニュースバリューがあれば戦地にも平然と飛び込んでいく性格のあの人たちは心配するだけ無駄だ。さっきも、ショートメールを送ったが、『メシウマ』の一言がかえってきただけだった。


「そうですか……なら、是非ご厄介にならせてください。生活費はきちんと振込ませて頂きますし、家事もお手伝いします」


「由比―、そんなかたくるしくならなくていいよー。家事なんか全部お義兄ちゃんに任せ解けばいんだから。自分の家だと思ってくつろいでー」

 七里が満足そうに腹を擦りながら勝手な宣言をする。だが、まあ、確かに由比ちゃんに気を遣わせるのは心苦しい。


「うん。七里の言う通りだよ。どうせ俺たちしかいないし、誰にも気兼ねなんていらない」


「はい……ありがとうございます。お兄さん、七里ちゃん」

 由比ちゃんはそう頷きながらも、七里の食べ終わった食器を流し台へと運ぶことをやめようとはしない。こういうタイプは何か仕事を任せた方が、かえって居心地がいいのかもしれない。

 たぶん、下着のこととかもあるし、洗濯くらいを任せる感じで落ち着くのだろう。

 そんなことを考えながら、俺は残りのチャーハンを掻きこんだ。


「うおおおお、なんかわくわくするね! チェンジ・ザ・ワールドだね」

 一人だけ家事をするという発想が微塵もない七里が、興奮気味にそう口走った。


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