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第29話 お宅訪問

「うー、やっぱり、やだー、ウチのギルドに入りたいっていうなら、向こうの方から顔を出すのが筋でしょー」


「まあいいじゃん。歩くのは健康にいいんだぞ」

 俺はむずかる七里の手を引きながら、俺は鎌倉の路上を歩いていた。


「それで、歩いて行ける範囲の所にあるんですよね?」

 俺とは反対側の七里の手を握った由比が問いかけてくる。


「うん。大丈夫。腰越から教えてもらった住所によると、歩いて行ける範囲」

 俺はデバイスで表示した地図アプリに従って、道を辿る。腰越の家は、小町通りなどの主要な観光道を外れた場所にあった。


 鎌倉駅からは徒歩で20分くらい。ちょっとした散歩だ。


 古美術品を扱う店がならぶ、渋めの通りに腰越の家はあった。縁側がついているような和風の住宅の横に、ガレージみたいな工房が付属している。重々しい槌の音が、外にまで響き渡っていた。


「今の時間は工房の方にいるらしいから、顔を出して見るか」


「本当に鍛冶師さんなんですね」

 由比が驚いたように目を見開く。


「うー、怖い。絶対、気難しいよー」


「もう、ここまで来たんだから腹をくくれよ。――すみませーん」

 ガレージの外から声をかける。反応はない。


「すみませーん」

 繰り返す。また、反応はない。


「返事がありませんね」


「ほらー、やっぱり、これは帰った方がいいっていう神様からの思し召しだよー」


「ちょっと、中見てくるから、二人はここで待ってて……失礼しまーす」

 そう声かけしてガレージの中に入る。むせかえるような熱気が俺を包んだ。一歩奥に向かうほどに、その熱気は密度を増していく。


「腰――」

 見覚えのある背中に声をかけようとして俺は息を飲んだ。


 ガンガンガン。


 赤銅色に熱せられた真金が腰越の槌で延べられていく。灼熱に照らされた腰越の顔は刃のように研ぎ澄まされて美しかった。


 そんな真剣な腰越を見ていると、声をかけるのは躊躇われる。少なくとも俺の掛け声は聞こえないくらい、彼女は集中しているのだから。


 俺は腰越の視界に入らないくらいに下がって、じっと作業が終わるのを待った。


 やがて、腰越は打った金属をでっかいペンチのようなもので水桶に突っ込む。水が瞬時に蒸発する耳に残る音が空間を支配する。


 やがて水桶から上げたそれを様々な角度から眺めて、腰越は大きなため息をついた。金属製のフックがついた箱にできたてほやほやのそれを立てかける。


「それ……包丁か?」

 俺は頃合いを見計らって声をかけた。


「っつ……鶴岡!? あ……ごめん、もう時間!?」

 電撃を食らったような動作でこちらを振り向いた。


「ああ、うん。ちょうどくらいかな」

 余裕を持ってここに辿りついたから、待っていた時間を合せるとぴったしだ。よくよくみれば、工房内に時計はない。熱にやられるのを恐れてか、携帯デバイスも外しているのかもしれない。


「ちょっと、待って。すぐに片付けて、案内――あっ、でも、ウチ今こんな格好だし――」

 腰越は工房に、自分の服に、次々に視線をさまよわせる。今の腰越は、工事現場の人が使うような薄汚れた作業服を着ていた。


「まあ、落ち着けって。俺も何か手伝おうか?」

 俺は腰越に一歩近づく。


「ま、待って。近づくな! その、ウチ、今、汗かいてるし」

 腰越は首をしきりに振って後ずさる。さっきの凛々しい表情とのギャップがなんだかおもしろかった。


「そりゃ、こんだけ暑けりゃ汗をかくだろ」


「いや……だから、そういうことじゃなくって――ああ、もう。とにかく、30分くらい待ってろ!」

 腰越は照れ隠しのようにそう怒鳴って、俺を押しのけて、ガレージの外へと走って行く。


「わかった。色々、準備終わったら連絡くれー」

 去って行く腰越の背中に俺は声をかけて、ゆっくりと七里たちの下へ戻る。


「お、お義兄ちゃん! なんか、今、物凄い美人が飛び出してきたんだけど! もの○け姫みたいなの」

 七里が昔のアニメ映画を引き合いに出して、腰越が去って行ったであろう方向を指差した。


「ああ。あれが腰越だよ。なんか、準備があるらしいから30分くらい待ってろってさ」


「じょ、女性だったん……ですか?」

 由比が焦ったような声を出して、頬をひくつかせた。


「あれ? 言ってなかったけ。うん、腰越は女だよ。だから、二人とも馴染みやすいと思って誘ったんだけ……ど?」


「あの、ボンクラのお義兄ちゃんが、女の子をすけこますことができるなんて……成長したね。お義兄ちゃん。私は嬉しいよ」

 七里がめっちゃ上から目線でそう言って、目尻をぬぐう仕草をした。


「兄さん……ちょっと、詳しく話聞かせてください」


「ちょっ、由比?」

 由比が手を伸ばしてくる。俺の腕が万力のように締め付けられた。


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