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第143話 創造主

「な、なんとか間に合ったね」


「はあ。はあ。はあ。はい。ご主人様。制限時間のカウントも止まっています」


 礫ちゃんが荒く胸を上下させながら頷く。


「それにしても、何なんですか、この空間は。地に足がつかないというか、ジェットコースターの落下直前みたいな落ち着かなさです」


 由比の言う通りだった。


 床を踏みしめる感触は確かにあるのだが、そこに床は見えない。


 いや、それどころか、天井も、壁もない。


 代わりに俺たちを取り囲むのは、赤、白、青、色とりどりの星たち。


 プラネタリウムにも似た茫洋とした光のイルミネーションが、無限に瞬いている。


 それは、触れそうなほど近くて、永遠に思えるほど遠い。


 矛盾しているが、そうとしかいいようがない。


「綺麗だけど、なんだかとても寂しい感じがする所だね」


 瀬成がぽつりと呟いた。


「ああ。まるで宇宙空間を彷徨っているみたいだ」


 俺は頷く。


「テメーらのポエム大会なんてどうでもいいんだよ。それより可能性の束はどこだオラ! 出てこいクソ運営!」


 ダイゴが虚空にがなり立てる。


 次の瞬間、それはダイゴの呼びかけに応えるように、音もなく現れた。


「ようこそいらっしゃいました。選ばれし者たちよ」


 男でも女でもない中性的な美声が、俺たちに投げかけられる。


 その存在を一言で形容するなら、まさに『天使』だった。


 完全なる黄金比で構成された究極の美貌。


 ゆったりとした白のローブ一枚だけを羽織った、全長5メートルを超える人外じみた体躯には、威厳を通り越して崇高さが宿る。


 世界を包み込むがごとき二枚の羽の、片翼は黒、もう片方は白。


 穏やかなアルカイックスマイルを湛えているが、その瞳には何の感情も宿ってはいない。


「おう。テメーが運営か?」


「私は、『カロン』。彼方かなた此方こなたを繋ぐもの。生きとし生ける者を司る創造主にして、人類を進化へと導く、ナビゲーターです」


「そうかよ。微妙に答えになってねえが。まあ、名前はどうでもいい。ともかく、鍵を勝ち取ったのは俺様だ。だから、可能性の束を寄越せ」


 ダイゴは不遜に右の手の平を上に向け、カロンに要求する。


「良いでしょう。ここまで英雄プログラムを実行、観察した結果、プレイヤー・ダイゴは卓越した思考力・決断力・実行力を証明し、可能性の束を手にするに足る基準値をクリアした現人類における最高位の存在です。しかし、可能性の束を譲渡するにあたっては、最後にまだ一つの条件が設定されています。それをクリアしてください」


 カロンは無感情に告げる。


「条件? なんだ?」


「大したことではありません。あなたには進化した新人類である証明として、ここまで到達することができなかった全ての旧人類を処分してもらいます」


 カロンが両方の羽で床を撫でる。


 ダイゴの目の前に、俺たちにも見えるような形で、突如巨大なホログラムが出現した。


『※ 残り時間13m45s 


 カウントを再開しますか?


 YES or NO 』


 俺は自分のデバイスを確認する。


 間違いなく先ほど停止したミッションの制限時間だ。


「ほう。つまり、俺が今ここでYESを押せば、ミッションが時間切れになってモンスターが溢れ出し、世界はゲームオーバーって訳だ」


 ダイゴがにやりと口の端を歪めてつぶやく。


「ちょ、ちょっと待ってください。ダイゴさんが可能性の束を手に入れる権利の一番手だということは分かります! だからと言って、なんで世界を滅ぼさなくちゃいけないんですか!」


 俺は思わず口を挟む。


「今の地球のキャパシティに対し、人間が多すぎます。そして有史以来、人間の有する感情というものは、発展を疎外し、それどころか、度々進化を後退させてきました。可能性の束を手にし、世界を再編成する権利を得る者は、世界をアップデートするために、不要な感情を超越し、切り捨てられるような合理的な存在でなければなりません」


「そんな! 確かに感情がマイナスに働くこともあるでしょう。だけど、心があるからこそ人間は――」


「おい。今は道徳の時間でもねえし、そもそも俺のターンだ。だから、黙ってろ、道化なる裁縫士」


 ダイゴが気怠そうに俺を睨みつける。


「その通りです。――さあ、選ばれし者。ダイゴよ。決断を」


「ああ。そうだな」


 ダイゴは首を左右に振り、肩をコキコキ流しながら一歩踏み出す。


 まずい――ダイゴにカロンの提案を拒否する理由はない。


「だめです! ダイゴさん!」


「――あのおしゃべりが余計なことをしないようにおさえておけ」


 叫びながらダイゴに駆け寄ろうとする俺の前に、『首都防衛軍』のメンバーが立ちはだかる。


 臨戦態勢の面々は、俺が一歩でも動けば、今すぐ襲い掛かってきそうだ。


「大和!」


「兄さん!」


「ご主人様!」


 瀬成たちが加勢に駆けつける。


「くっ――」


 俺は歯噛みした。


 ダメだ。


 首都防衛軍と俺たちの戦力の差は明らかだ。


 俺一人ならともかく、みんなを伴った状況で無茶な戦いは挑めない。


「そうだ。それでいい。道化なる裁縫士。お前は黙って、俺様が選ぶところを指を咥えて見てろ!」


 ダイゴが勝ち誇ったように一歩踏み出す。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺の咆哮程度に彼を制止する力などあるはずもなく、ダイゴは躊躇なく、悠然とホログラムに手を伸ばし――


『NO』を選択した。


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