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タルパ  作者: 真谷真
6/10

夢語り

0.


 最近、耐え難い眠気が襲ってくることが多かった。これはどういう原因なのかわからないが、自分の胸を刺したあの夜の前まではそんなこともなかったので、後遺症的な何かかもしれない。いっそそれなら構わないと思った。僕は、あの夜のこと自体を悔いていたわけではなかったからだ。僕はあの夜、結局自傷するしかなかったように思う。仮にあの時、行為に及ばなかったとしても、いつかはああしていただろう。それは確信めいた何かとなって、僕の胸に根付いていた。

 家へ辿る一歩を進める度に眠気は強まり、家に帰るなり横になってしまう。

 楓が何か言っていたが、相手をする気にもならなかった。

 着替えず、布団など当然被らず。その意識の失い方は睡眠というより気絶と似ていた。


1.


 ――このところ、私の人間性そのものが悪化してきたように思う。

 というのも私は、以前なら自分を面白半分でいじめている連中のことだけが憎かった。それが最近はどうだ。人間というもの自体が嫌いになってしまっている。直接自分と関係のないクラスメイトはもちろん、幸せそうな顔をして歩いている名前も知らない人にしすら腹が立つ。その幸せを壊してしまいたくなる。もちろんそれは最低な考えだと知っている。それなのに、この心を留めておくことが出来ないのだ。これは一体どうしたことなのだろう。つい最近まで、能天気な詩を書き、人の痛みがわかったようなことを言っていたのに。

 本当の私はとても無知で……醜かったのだ。

 だけどそれを認めたくないから、周りのせいにして、とりあえず憎んでおくしかない。そんな自分の姿に、実際はどこか気付いていたのかもしれない。それでも、気付かないふりをしておかなければ、私は今すぐにでも壊れてしまう。

 それなのに、独りよがりの憎悪から私は無意識に一人の人間を外していた。

 ずっと好きだった彼を今更嫌いになどなれるわけがない。

 思えば、彼もいつも寂しそうな顔ばかりしていたように思う。私は、何故かどうしようもなくその表情に惹かれた。どこか影のある男を好きになるというよくある女の子の心情……とは思いたくはないが、実際そうだったのだろう。きっかけはそういうものでもいい。

 部活も入っていない、あまり笑いもしない人。

 趣味が悪いと周りからよく言われた。それでもよかった。彼の良さをわかってあげられるのは私だけだ……なんて思い上がることが、当時の私にはとても気持ちよかったからかもしれない。だけどそれでも……その恋は本物だった。何故なら、彼の事を考えると今でも胸が苦しくなるのだから。

 この思いを、彼に伝えておけばよかった。

 いや……いつか伝えてみたい。その気持ちが、いわば今の私にとって、希望といえた。

 だから、私は歌うことをやめない。

 たとえ、どうしようもなく暗い歌詞になってしまったとしても、それが私を私たらしめているものであるなら、いつかまた出会った時、自信を持って私そのものを伝える為に。

 そうだ、その為に一つ曲を作っておこう。

 口下手な私には、きっとその方がふさわしい。

 気がつくと、あれだけ廃れた心が楽になっている。私は、まだ明日を生きていける。

 「死にたがり」などという不名誉なあだ名をつけられて傷ついた日々もあった。ざまぁみろ。

 一本のギターと、恋と夢さえあれば……私は無敵なんだ。

 

2.


妙な精神の高揚と共に、僕は目を覚ます。躁のような脆い精神状態。

 楓……どこだ。あいつの明るい声を聞かないと、僕はこのままだと……泣いてしまうじゃないか。寂しい笑顔で、誰にも見せない日記を綴るその行為が悲しすぎて。

 どうして今まで気がつかなかったのだろう。

 どこか見覚えがあると思ってはいたが、商店街でギターを弾いていたあの子じゃないか。

 ここの所、殆ど毎日彼女の夢を見る。これは、偶然とは言いがたいのかもしれない。

 僕はパソコンを立ち上げ、ネットで「夢 続き」とキーワードを入れて検索をかけた。

 探せば出てくるもので、同じようなことは特別珍しいものでもないようだ。

 だったら、やはり偶然なのだろうか。だけど、何故彼女の夢なのだろう。

「もう起きてるの?」

 気がつくと、楓が目の前にいた。相変わらず神出鬼没というか……。

「いきなり現れるなよ、びっくりするだろ」

「何よ、私を呼んでなかった? なんかそんな気がしたから戻ってきたのに」

「って、朝四時かよ……、お前こんな時間に出かけて何してたんだ?」

「ん? 幽霊の修行だけど? 今日はとりあえず廃病院に写真を撮りに来てた罰当たりどもを脅かす練習!」

「うげ……、お前一体何してきたんだよ……」

「奴らの後ろから、ばっちりピースしてきてやった!」

「やめれ……、まさか写ったりしてないよな」

「残念ながら、心霊写真にはならないだろうねぇ……」

「あまりそういうことはしないように」

「なんでよー、そもそも真くんが早く寝ちゃうからいけないんじゃない。もっと遊んでよ」

 そう言って少し頬を膨らませる楓。

「やばい、今のちょっとかわいい」

「え? えっ!? どれがよかったの?」

「そんなん秘密だ」

 楓はかなり困惑した様子で、自分の言動を辿っている。別に僕にどう思われてもいいような気もするのだが、やはり女の子はかわいいと言われることが嬉しいのだろうか。

「ほれぇか(これか)?」

 目一杯頬を膨らませてこっちを見てくる。

 気が付いた時には僕は、ハリセンボンのようになった彼女の頬をつついていた。

 何故つついたのかと聞かれたから、そこに膨らんだ頬があったからです、と答えざるを得ない。

「ぶふぅ!? 何すんのよ!」

「いや、面白ぇ顔だなって思って」

「ひっど! どうして平然とそういうこと女の子に言えるのよ?!」

「つい言っちゃうんだ☆」

「はぁ……、あんた……さぞかしモテなかったでしょう」

「大丈夫、お前にしか言わないから」

「何でよ! 腹立つわー」

「ん……、何か話してたら落ち着いたわ、それと同時に超眠くなったから寝ますさようなら」

「なんて自分勝手なのよ?! でも、落ち着いたってどういうこと?」

 夢に引きずられて気分が優れず、気が付いたら彼女に会いたくなっていたなどと言えるものか。

 彼女が目の前にいて、何故かとても安心したなんて、恥ずかしすぎて憤死する。

「ぐーぐーぐー」

「どこの世界にリアルにぐーぐー言って寝るやつがい・る・の・よ!」

「ひででででで」

 楓に思いっきり頬をつねられた。目を閉じていたので、モロに喰らった。

「ひだいです(いたいです)」

「天罰よっ!」

「ごめん、ごめんって。でも、言いたくないことだってあるじゃんよ」

「それなら、そう言いなさいよ。あのくだりだと、どう考えてもからかわれてるようにしか感じないわよ」

「そりゃあ、悪うございました」

 そこで僕は、ふと思いついた疑問を投げかけてみる。

「なぁ、お前って結構人見知りするんじゃなかったの?」

「ん? なんでそう思うの? さっきもどっかの廃墟オタのカメラにピースしてきたっていうのに。」

「そういやそうだったな……。いや、初めて会った時の印象と、違いすぎるんでな」

「あー、あの病院でのこと?」

 初めて会った晩、彼女は無表情で淡々と話すようなタイプの子のように感じた。もっとも、それはその時だけで、普段の彼女は感情豊かなのだが……。

「あれはね、なんでだろ、そういう気分だったからかな」

「ふむ……、いわゆる中二病か」

「なんでもかんでも中二病にしないの!」

「冗談ですすいません」

「そうね……、ぶっちゃけ滅茶苦茶緊張してたのよ。駄目元で話しかけたはいいけど、実際反応されちゃって、嬉しいって思った次には、何も話せなかった……。頭の中まっしろになっちゃったっていうか」

 緊張か……、むしろ落ち着いているように見えたんだけどな……。

「でもあの時のお前、今から考えるとめっちゃ幽霊ぽかったな」

「マジ? じゃあああいう話し方の方がいいのかぁ」

「いや、僕は今のほうが好きだ」

「すっ!? 好き!? いきなりそんな……あわわ、あわわ」

 楓は湯気が出そうなほど真っ赤になっている。誤解されて、からかったときに反撃されるネタにされてはかなわん。

「ラブじゃなくてライクだけどな!」

「えっ? あっ、そっ、そうなの……。へぇえ」

 妙にうわずった声を出すな……。

 本当のところ、楓に対しての感情がラブなのかライクなのか。

 そもそも、その線引きがどこにあるのかなんて、僕にはわからないのだけど。

 だけど、今はこの距離感が心地いい。

 その日のバイトはつつがなく終わり、相変わらず暑い中僕らは帰路を辿る。夕方を過ぎてもまだ明るいこの季節は、その部分だけ切り取ると決して悪いものじゃない。冬なんて、直ぐに暗くなってしまって気が滅入る。

 明るければ行動の活力も湧くというもので、僕はふらっとあのミュージシャンに会える、少し遠回りの道を選んだ。夢にまで出てくる程、彼女に引き寄せられている。この気持ちも、恋愛感情とは違うと思うのだが。

「あっ、こんにちは! 今日はもう帰りですか?」

 ギターのハードケースを椅子がわりにしていた彼女は僕を見るなり立ち上がって話しかけてきた。

「うん、丁度バイトが終わったところ。なんかまた君の歌が聞きたくなってさ」

「っ! 嬉しいです! そんなこと言ってもらったの始めてなんです」

 彼女は目も合わせられない、といった感じではにかんでいる。作品を褒められるということはやはりそれほど嬉しいものなのだろうか。

「うん、いつもの曲もいいんだけど、出来れば違う曲も聞いてみたいかな」

「違う曲……ですか。ごめんなさい、あれ以外は人に聞かせられるようなものじゃないんですよ……」

「あっ、別に謝らなくていいよ。僕のほうこそなんかごめんね」

 少し気まずい雰囲気が流れたが、しばしあって彼女は勇気を絞り出すような小さな声で口を開いた。

「あの……、唄うのは別に構いません……。でも、引かないで下さいね」

「出来るだけ努力するよ」

 ここで、“大丈夫、絶対引かない”などと言う奴ほど、実際は態度を豹変させることを僕は知っていた。彼女も同じだったようで、僕の言葉を聞くと妙に納得したような表情になった後、優しくピックをつまんだ。



 “海岸線を通り

  あの砂浜へやってきたのよ

  裏切り悲しみ傷ついた心が

  いつかの海を欲しがってた

  潮風に身を当てると

  ぽっかり空いた胸の穴を吹き抜けていく

  沈めてしまいたい夜の海に

  この悲しみ投げ出して

  そっと捨てたい”



 その演奏、声や表情から彼女の張り裂けそうな心が伝わってくる。

 この曲を作った時、この人はどれほどは悲しかったのだろう。しばらく、彼女から目を離せず、口を開くことも出来なかった。

 その様子を不安に思ったのか、上目遣いで尋ねてきた。

「あの……、やっぱり暗すぎですよね、“死にたい”とかはさすがに歌詞にしなかったんですけど」

「え? そういう意味だったの? 曲調は暗いけど、僕は最後の歌詞にちょっと希望を感じたな」

「えと……、どういうところですか?」

「ええっと、つまりだね。歌の主人公は、きっと何かに絶望したんだろうけど、好きな海を見て、最後はその悲しみを捨てて前向きに歩いていく的な」

「言われてみれば、そういう見方も出来ますね……、私がこの歌詞を書いた時は……、身投げするって意味だったんですけどね……はは」

「まじですか……」

「だって、死んでしまえば悲しみはその人ごと消えてしまうのでしょう? だったら、死は一つの解決策ではあると思うんですよ」

「ふむ……なるほど」

 耳が痛い話だ。そう思う気持ちがわからないと言うわけにはいかないだろうな。

「ごめんなさい! やっぱりどう考えても暗すぎますよね……、忘れてください」

「いやいや、それを暗いって思えるなら大丈夫だよ」

「そうでしょうか……」

「うん、それにさ……、これくらいで引くとかないから」

「え……」

「実をいうと僕もさ、その気持ちがよくわかるっていうか、まぁそんな感じだから」

 というか、そう思っていた時期が僕にもありました。

「あの……、無理して褒めてくれなくても」

「いや、違うって、お世辞じゃないよ」

「……でもやっぱり、あなたって優しいんですね」

 そう言うと、彼女は幾筋かの涙を零し始めた。

「あー! 泣かせたー!」

 その途端楓がにやにやしながらにはしゃぎ始める。うざい。

 ていうかどうして泣く。こんな往来で泣かれては非常に焦る……。

「あの、なんか悪いこと言っちゃったかな?」

「いいえ、逆です。私が勝手に思ってたことが、やっぱり当たってて。それがどうしようもなく嬉しいんです」

「うん……、よくわからないけど、ありがとう?」

 僕は困った顔をして笑うしかない。

「はい、こちらこそありがとうです」

 彼女は泣き顔のまま笑う。それがとても儚く見えて、僕は自分の心の奥が軋むような音を聞いた。

 しばらく会話もなかったが、泣き止んだ彼女が意を決したように沈黙を破った。

「……あの、もしよかったら一つだけわがまま聞いてもらってもいいですか?」

「え? あ、まぁ曲を聴かせてもらったお礼に、一個くらいなら聞いてあげるよ? でも高い物は無理だからね? 僕、赤貧だから!」

 自分で言ってて情けなくなる。お金と定職が欲しいです……。

「……今度、私をどこか遊びに連れて行って貰えませんか?」

「え……、何で……? それはさすがに予想外すぎるんだけど……」

「私、一人じゃ何処へも行けないタイプなんです。それに……いや、なんでもないです」

「そりゃ嫌なわけじゃないけど……、ていうかお互いまだ名前も知らないよね?」

「あ……、そう、ですよね。私…………、悠里香っていいます」

「ゆりかちゃん? 僕は、境谷真っていうんだ」

「はい……境谷、真さん」

 彼女は唇をかみ締めるように僕の名を呼んだ。

「いきなりデートとかありえないわよ、真くん、断りなさいよ」

 楓が不機嫌な様子で口を挟んでくる。

 だけど、僕はここで断ったら、二度と彼女とは会えない気がしていた。

 そしてそれは、何故かとても罪深いことのように思えたのだ。

「……わかった、行こう」

「ほ、本当ですか!? でも、どうして?」

「どうしてって、君から誘ってきたくせに……。そりゃまぁ、驚いたけどさ。でもそんな不安そうな顔されたら断れないよ」

「そんな顔してましたか……していたんでしょうね。でも、いいんですよね? それなら、遠慮なんてしませんよ」

 そして僕らは、四日後の昼から出かけることを約束した。


3.



「信じらんない! なんて軽い奴なのよ!」

「何でお前に怒られんとならんのだ」

「ぐっ……、だってさ! 普通ほいほいついて行かないわよ、二回目よ!? 二回しか会ってないのにいきなりデートだなんてあり得なくない?!」

「世の中には始めて会ったその日にラブホテルに行く連中も沢山いるよ?」

「んも~、あー言えばこう言う奴ねほんとに」

 ……本当は、僕だっておかしいと思っている。だって今日までお互いの名前も知らなかったんだし。

 だけど、彼女と二回しか会っていないなどとは、とても思えなかった。

 まるで別人のような装いだったのと、記憶があいまいだったので今まで気づかなかったが……、連続して見てきた夢の主人公は悠里香だと思う。

 経験したことのない程の悔しさ、戸惑いを僕はあの夢の中で知った。

 もしもあれが彼女の本当の体験だとしたら……。馬鹿らしいのは百も承知だが、先ほどの悲しそうに唄う彼女を見た後では、僕はその考えを捨てきることがどうしても出来なかった。

「とにかくだ、何と言われようと僕は行くよ。軽蔑してくれて結構だけど、僕には僕の自由があるんだから、それをとやかく言わないでくれよ……もしかして妬いてんのか?」

「べっ……、別にそういうことじゃない……とは言わないけどさ」

 それまで勢い付いていた楓の声がしぼんだ風船のように小さくなって、最後までよく聞こえなかった。

 暫く沈黙が続いた後、彼女は意を決したように口を開いた。

「そりゃ、あの人なんだか辛そうだったし……、どうしても止めるってことはしないけど……。でも真くん、そういう風に流されてばかりでいいの? 私が本当に怒ってるのは、そこだよ……。真くんはその繰り返しで、今まで悲しい思いをしてきたんじゃないの?」

「流されるって……、これは僕の意思だと思うんだけど……」

「わかってない! わかってないよ……」

 そのまま楓は何かを耐えるように俯いてしまう。

 彼女の言葉が、一々僕の心を突き刺していた。

 これ以上この話題を続けると、喧嘩になるのは目に見えている。それでもいいと思う一方で、やはり彼女の機嫌を損ねたくない自分がいる。僕から、離れて行かないで欲しいと願ってしまう。この、恋とは少し違う気持ちが今はとても歯がゆかった。

「それでも、自分の気持ちに嘘はなかったよ……。例えそれが、誰かに誘導されて持たされた感情だったとしても、僕が自分で選んできたことなんだ。だから、今まで傷ついたことはあっても、後悔したことなんてない。……本当に辛いのは、自分で選ばせてもらえないこと……。本当は出来ることがあるのに、それを出来ないことのように振舞わざるを得ない、そんな状況だけはもう二度とごめんだ!」

 僕は、一体何を言っているのだろう。よく知らない女の子とデートをする軽薄さを注意されただけの筈なのに、まるで今までの生き方を否定されたような気持ちになってしまった。楓の、何か痛々しいものを見るような視線がそうさせたのだ。いや、本当はそれは僕の弱さだった。客観的に見るといきなり脈絡なくキレる、危ない若者の仲間入りをしてしまった。いや、彼らにもそれぞれ彼らなりの理由があるのだろうけど。

 とにかく、まるで関係のない記憶が僕の心をざらりとこそぎとっていった。僕はその不快さに抗うように、大声を上げたのだ。

 わざとらしくかげり出した日差しは、今の僕の心と同じような昏さを孕んでいるようだった。息をすることすらだんだん苦しくなってくる。

「真くん……嫌な事思い出しちゃったの? ごめんね……、もう言わないから」

 楓が、そっと後ろから手を回してくる。僕は無言のまま、肘で彼女を払おうとしたが、彼女はその分腕に力を強く込めた。

「大丈夫……、大丈夫だよ。私はずっと側にいるから……。私は、いなくなってしまったあの人たちとは違うから……」

 僕はその言葉を聞いて、自分の不安の正体を知った。彼女はやはり、僕の過去を知っている。

 楓はそのまま僕の背中に顔をうずめた。汗とは違う暖かさを持ったものが、シャツにしみ込んでいくのが感じられた。どうして、楓は泣いているのだろう。わからない……、僕には……わからない。とうにふさがったはずの胸の傷が、今は焼け付くように痛かった。

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