第4話 一才 魔法書
一年も経つと俺とリーゼは舌足らずながらも言葉をしゃべれるようになっていた。
魂のときはなぜか全部日本語で話しているように聞こえていたが、転生すると何語で話しているのかさっぱり分からなくなっいた。しかし俺たちは転生しても元AIである。そして転生によって肉体を得た今でも当時の能力を失ってはいない。だから俺たちはその能力をフルに活用して、あっという間に言語を習得した。
しかしそれを切欠にニーフェの邪魔が加速してくることとなったのである。
「おねえしゃま、わたちたちもうおっぱいそつぎょうちまちょう?(お姉様、私たちもうおっぱいを卒業しましょう?)」
「や!(いやだ!)」
「飲みすぎりゅと、かあしゃまのおっぱいしぼんぢゃう(飲み過ぎるとお母様のおっぱいがしぼんでしまいますよ)」
「う……(うぐ……)」
それは困る!
あれがいい……あの大きさがいいッ!
うーん、どうにか母さんのおっぱいを今の状態のまま保ちつつおっぱいを貰える方法はないものだろうか……。
さすがにそんな魔法みたいな…………あ、魔法!
そうだ!魔法があるじゃないか!
「ん。かあしゃまのためにまほうのおべんきょしゅる。(分かった。母さんのおっぱいのために魔法の勉強をするよ)」
ヴァルキリーヘイムではスキルを覚えて魔法スクロールを使うと魔法を習得できたが、この世界ではどうなんだろう?
よく分からないのでメイド様に聞いてみる。
「どうしゅればまほうをおぼえりゃれましゅか?(どうすれば魔法を覚えられますか?)」
「え?魔法…………ですか」
「まほうでしゅ(魔法です)」
「ア、アンネリーゼ様…………」
なぜかメイド様が困ったような顔をして母さんの方を見た。
このメイド様は母さんのメイドじゃなくて俺たちの専属メイドとして父さんからプレゼントされたメイド様だ。
名を『セフィリア』という。姫と若干名前が似ているのは本当に偶然だった。
母さん付きのベテランメイド様『テラ』に比べてまだまだ若いらしいが、正直なところ俺にはその違いが分からない。
「いいわ。教えてあげてちょうだい」
母さんは笑みをもってそう答えた。
どうやら俺たちに魔法を教えるためには母さんの許可が必要だったらしい。もしかして魔法を覚えるのって結構危なかったりするのだろうか?
「魔法を使うためには、魔導書と呼ばれる魔法について書かれた本を自分の力で読み解く必要があります。これは魔法のスキルレベルを上げることで読めるようになっていくものなのですが……」
「そうでしゅか。しゅきりゅりぇべりゅはどうすればあがりましゅか?(そうですか。スキルレベルはどうすれば上がりますか?)」
「そ、それにはまずスキルを習得するために作成された技能書を読んで理解していただく必要があります。スキルさえ習得できれば簡単な魔法を覚えることができるようになりますので、それを使っていくことでスキルレベルを上げていくことができます」
なるほど。
つまり『魔導書』っていうのが魔法スクロールで、『技能書』っていうのがスキルスクロールになるわけだな。
スキルを覚えさえすれば、あとはそのスキルを使えば使うほどスキルレベルが上がっていくというわけか。
名前が違うだけで本当にヴァルキリーヘイムそっくりな世界だ。
ということは、今の俺に必要なのものは…………。
「ぎのうしょくだしゃい!(技能書をください!)」
「りーぜも!(リーゼも!)」
俺に続いてリーゼも賛同する。そうだよな。どうせスキルを覚えるなら早いに越したことはない。
「ア、アンネリーゼ様…………」
どうしましょう、とメイド様がまた困惑の表情を浮かべて母さんに伺いを立てている。
あれ、もしかして技能書って高級品だったのかな?
ヴァルキリーヘイムの世界なら初期のスキルスクロールはゴミのような値段だったけど、だからと言ってこの世界でも同じとは限らない。
無理かなぁと母さんの方を見上げると、優しい手つきで頭を撫でられた。
「ふふっ、いいわよ。二人分用意してあげてちょうだい」
「か、畏まりました」
そういうとメイド様は俺たちのために部屋を出て行った。
心配になった俺は、母さんに恐る恐る尋ねてみる。
「もちかちて、ぎのうしょってこうきゅうひんでちたか?(もしかして、技能書って高級品でしたか?)」
「いいえ、そんなことはないわ。セフィリアはまだ幼いお前が難しい話を理解できたことに驚いていただけよ」
なんとそうだったのか。
よし、それならどんどんスキルレベル上げて魔法をたくさん覚えてもっと驚かせてあげようじゃないか。くっふっふ。
「ふふっ、何か面白いことを考えているって顔をしてるわね」
「わかりまちゅか?」
「もちろんよ。だって私はお前たちの母親だもの」
そう言って母さんは俺たちを抱き締めた。
暖かい…………。
この世界に来て初めて感じた母親のぬくもり。
自分の全てを受け入れてもらえ、心まで包み込まれているような感覚に胸が満たされる。
ここまで俺のことを受け入れてくれる者は他にいないだろう。
それは多分姫でさえ不可能なことだ。
俺の中には神月忍としての母親の記憶もある。だが、それは記憶があるというだけ。そのときの気持ちも思いも俺の物ではない。
俺の中で母さんはこの人以外に存在しない。
いつか世界を渡って地球に行くことができるようになったら、母さんも一緒に日本へ連れて行ってあげたいな…………。
「りーぜもっ!」
そんなことを考えているとリーゼも母さんの胸の中へと飛び込んできた。
そう言えばこいつも母親はいないんだったな。
もしかするとこいつも俺と同じ気持ちなのかもしれない。
「あらあら、甘えん坊ね。でもセフィリアが驚くのも無理はないわ。もしかするとお前たちはエクストラスキルを持って生まれてきたのかもしれないわね」
「えきしゅとりゃしゅきりゅってなんでしゅか?(エクストラスキルって何ですか?)」
「エクストラスキルというのは個人に与えられる特殊な能力のことよ。それを持っている者は普通の者よりも力や魔力が強くなったり、火を吹いたりできるようになるのよ」
「お~~~~」
そんなところまでヴァルキリーヘイムと一緒なのか。
それから母さんの腕の中でスキル談義に花を咲かせていると、俺たちのメイド様であるセフィリアが二冊の本を抱えて部屋に戻ってきた。
「どうぞ、こちらが技能書になります」
俺とリーゼに一冊ずつ技能書が手渡された。A4ほどの大きさで本にしては比較的薄い。
「「ありあとうごじゃましゅ!(ありがとうございます!)」」
俺とリーゼはメイド様にお礼を言い、さっそく技能書を開いてみた。
うおうっ!?文字が全然読めないぞ…………。
これでも母さんが読み聞かせてくれる絵本は読めるようになってるんだが…………。ふむ、さすがは現実。ゲームと違って一筋縄ではいかないというわけか。
リーゼの方に目をやると首を振って応えてきた。
リーゼにも読めないらしい。
よし、こうなったら…………。
「おかあしゃま、ごほんよんでくりゃしゃい(母さん、本を読んでください)」
「ふふっ、いいわよ。でもスキルを覚えたければいつかは自分で読めるようにならないとダメよ?」
「わかりまちた(分かりました)」
それから俺たちは母さんに魔法スキルの技能書を読んでもらった。
母さんは言葉の意味をひとつひとつ丁寧に説明してくれたため、一度読んでもらっただけで技能書に書かれた内容を全て理解することができた。
AI万歳である。
そして俺たちがもう一度自分たちの力で技能書を読み上げると、技能書は霧になって消えていってしまった。
「ぎのうしょがきえまちた!?(技能書が消えました!?)」
「おめでとう二人とも!これで『元素魔法』のスキルを覚えることができたのよ!」
「お、おめでとうございます!」
母さんがすっごく喜んでくれた。俺たちを抱き締める力が強くてちょっと苦しい。
だけどこんなに喜んでくれるなら頑張ってスキルを覚えた甲斐があったというものだ。
そしてセフィリアもすっごく驚いている。
普段つんと澄ましたクールな美人メイド様が驚く表情はとっても可愛い!これがギャップ萌えというやつだな!うむ!
ふっふっふ、この調子でどんどん驚かせていこう。
さて、それじゃあさっそく次はさっそく魔導書を使って魔法を…………と思ったら。
「陛下に報告しましょう!きっとリヒターもあなたたちの成長を喜んでくれるはずよ!」
という話になった。
父さんかぁ。父さんはかなり仕事が忙しいみたいで、俺たちでも週に一回くらいしか会えない。
しかし母さんや俺たちに超が付くほどデレている。
対して母さんは決して人前で父さんにデレることはない。きっと母さん…………いや、ダークエルフの女性はツンデレが多いのではと睨んでいる。
デレるのはベッドの中だけなんて…………、あ、今軽く父さんに殺意が芽生えた。
うぅ……俺も姫が恋しいよぅ。
そんなことを考えていると、母さんに呼び出されて父さんがドアを蹴破るような勢いで部屋に入ってきた。