Side シルヴィア デレ?
私には才能があった。
お母様から受け継いだ才能。
魔法の才。
私の才能は魔力だけに留まらず、この若さで既に元素魔法を使うことができる。
若干七歳にしてスキルを習得した私は王族の中でも優秀な部類に入るらしい。
そんな私は優秀な兄姉たちに追いつきたくて、毎日魔法の訓練をしていた。
しかしスキルレベルが上がろうとも、神の加護の所為で自身のレベルは上がらない。
お兄様やお姉様はこの間にもどんどん上がっていっているっていうのに……。
おかげで魔力容量が増えずに新しい魔法を覚えても使うこともできない。
そのせいで最近はスキルレベルも伸び悩み、焦燥感ばかりが募っていく。
イライラが止まらない。
今日はもう下級貴族の男の子でも苛めてストレスを発散しようかしら。
私はダークエルフの例に漏れず、お母様から男の扱い方について手ほどきを受けていた。
正直あのお勉強は大好き。クスッ。
特に好きなのは男の子の困った顔と泣き顔。
それをお母様に伝えたら、お母様もお父様の困った顔と泣き顔が大好きだって言っていた。
私に似たのねと嬉しそうに話すお母様のことを尊敬している。
今日はあの子たちにしよう。
どうやって苛めようかしら?今日は気分を変えて道具でも使ってみようかな。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、正面から思いがけない人物が歩いてきた。
忘れもしない。お兄様たちを差し置いて初陣を飾った銀髪の女だ。
あり得ない出来事だった。
いや、王族同士が擦れ違うことはおかしいことじゃない。だけどこの女だけは別だ。
常にメイドが側に寄り添い、あらゆる者の干渉を拒絶し続けてきた。
王族同士のお茶会でも、舞踏会でも、パーティーでも見ることはなかった。
常に私たち王族全員の行動を把握しているのかと疑うほど、廊下で擦れ違った者がいるという話も聞かない。
訓練所も私たち王族は個別のものが用意されているため、会うことがなかった。
まさに秘蔵の子供。それがこの女だ。
それがどういうわけかたった一人で目の前を歩いてきた。
このまま真っ直ぐ歩けばぶつかってしまうだろう。
年は私よりも一つ上。でも私は道を譲るつもりはない。
それを主張するかのように大股になる。
すると相手は私の通り道を避け、何事もなかったかのように歩き去って行った。
いや、歩き去ろうとした。
思わずその腕を掴む。
掴んでしまった。
ど、どうしよう……。
「え……、な、なに?」
目の前の女が困ったような表情で伺いを立ててきた。
ありえない……。
ほとんど面識のない相手にいきなりこんな無礼な態度を取られたら、私だったらすぐに殴るか魔法で攻撃しているところだ。
私に対してこんな顔をするのはそれこそ明らかに格下な逆らうことのできない下級貴族か、商人なんかの平民くらいなものだ。
この女にプライドというものはないの?
お母様が言うには、この女が先の戦いで敗戦を巻き返したあのダークエルフの英雄シノブ様だという話だ。
しかし凱旋で見たあの凛々しくも美しいお姿と目の前のビクビクした女はどう見たって重ならない。
お母様の言うことを疑いたくはないけど、とても信じられるような話じゃない。
お母様も人の子。きっとお母様にも間違えることはあるのだろう。
気が付けば私は女の手を掴んだまま歩き出していた。
「ちょ、ちょっと!」
何やら喚いているけど無視。
この女がシノブ様じゃないってことを、私が証明してやるんだから!
私は女を引っ張って訓練場まで連れてきた。
「あなた、武器は?」
「え、ぶ、武器?サイズだけど……」
サイズか。変わった武器を使うのね。
シノブ様が使われる武器は普通の人では持つことすらできないような巨大な両手剣だったはず。
やっぱり別人なのね。
そしてにしてもこのオドオドした態度……シノブ様かどうか以前に、本当に王族なの?
凄く嗜虐心が煽られるんだけど……。
もしかして私誘われてる?
確かに王族の男の中にはお父様のようなマゾヒストもいるけど、女にマゾヒストはいない。
ダークエルフとはそういう種族なのだ。
でも唯一の例外として、シノブ様がもしも私を求めてくださるのなら苛められてもばちこい……、っといけないいけない。ついつい妄想の向こうへ逝ってしまうところだったわ。
今はとにかくダークエルフらしくも、王族らしくもないこの女をぶちのめしてお母様の目を覚まさせないと。
「取って来なさい」
「な、なんで?」
「あなたの頭は帽子の乗せるだけの飾りなの?訓練所にいて武器を用意するんだから戦う以外にないでしょう?」
「戦い!?」
何こいつ……さっきまでビクビクしてたくせに途端に目を輝かせて……、そんなに痛い思いをするのが好きなの?
どんだけマゾヒストなのよ……。
それから女は足早に訓練所の端にある武器庫へと行き、訓練用のサイズを取ってきた。
私は既に自分用に杖を取り出している。
「さぁ、やろう!今やろう!すぐにやろう!」
何でこいつこんなに滾ってるの?ちょ……気持ち悪いんだけど……。
気持ち悪いものはとりあえず焼却処分しなさいって確かお母様が言っていた。
リビングデッドのような腐肉にしろ、お父様のような変態男にしろ火を使えば浄化される……らしい。
理屈はよく分からないけど、気持ちはよく分かる。
だから……
「目の前の女を焼き尽くせ!フレイムアロー!」
ふぅ……、これで綺麗に……。
私の放った魔法がサイズで薙ぎ払われて消えていく。
え!?
し、信じられない!
私の魔法がこんな変態女に!?
しかも魔法を武器で迎撃するのは高等技術だったはずよ!
魔法を武器で防ぐためには、武器防御系のスキルを取得して放たれた魔法を武器で精確に攻撃しなければいけない。避ける方がよっぽど簡単だ。
でもそんな理屈なんてどうでもいい!目の前の変態を浄化できなかったことに比べたら!
「ひ、卑怯者!当たりなさいよ!」
変態は甘んじて浄化されるべきなのよ!
そもそもこの変態女は私に虐めて欲しかったんじゃなかったの?!
「え!その……ごめん」
は?ごめんじゃないでしょ?馬鹿にしているの?
「む、ムカつくぅ!死ね!死んで!死になさいよ!」
変態女に向かってフレイムアローを発動して連続で炎の矢を飛ばすと、今度は左右へひらりひらりと避けていく。
なんなのよこのムカつく変態は!
なんで平気な顔して避けてるの!
なんでピンポイントに人をイライラさせるような動きをするのよ!
「ちょっと!」
「は、はい!」
私が怒鳴りつけると、直立不動で手首を真っ直ぐと伸ばしたまま腕を曲げ、頭に手を持っていく。まるで返事だけ威勢のいい馬鹿を相手にしている気分になってきた。
「動かないでよ!」
「ご、ごめんなさい~~!」
その後放ったフレイムアローも悉く避けられていく。
何なのこいつ!会話が通じないの!?
私は動くなと言っているのよ?
動くなって言われたら、普通はイエスかノーでしょ?
嫌だって言いながら避けるなら分かるわ。でもごめんなさいって言いながら避けるってどういうことなの?馬鹿なの?死ぬの?いいかげん死になさいよ!
そうこうしているうちに私の魔力が尽きてしまった。
「う~~~~~~、もう!」
何なのよこいつ!一体何がしたいのよ!
じっと睨みつけると、また困った顔をする。
実に嗜虐心のそそる顔だ。どう見ても誘っているようにしか思えない。
なのにこいつは避けてばっかり。
「意味が分からないわ!謝るくらいなら最初っから当たって死になさいよ!」
「いやいやいやいや!その理屈はおかしいから!え!?なんで!?何でいきなり殺されそうになってるの!?これって訓練じゃなかったの!?」
「だってあなた変態でしょう?変態は炎で浄化しないといけないの!」
「ぇぇぇぇぇぇぇぇ……………………」
「こんなのダメよ!また明日仕切直しよ!」
「ま、まだやるの?」
「当たり前でしょう!あなたを浄化するまで続けるわ」
「いや、その前に変態という認識を訂正してもらいたいんだけど……」
何を言っているんだろうこの女は?
「どこからどう見ても変態でしょう?会話もまともにできないみたいだし」
一体どうしたんだろう?突然両手を地面に付いてこの世の終わりみたいな顔をして。
こみゅしょうがどうとかぶつぶつ呟いて気持ち悪いことこの上ない。
まぁ考えるだけ無駄よね。変態の考えることなんて理解できるはずもないし。
それから私はこの女……リアに向かって魔法を打つことが日課になった。
大量のマナポーションを携えて。
気がつけば伸び悩んでいた元素魔法のスキルがランクアップして火炎魔法になっていた。
変態だけど悪くないわ。
将来は私のハーレムに加えてあげてもいいかもしれないわね。
Q:主人公の正体は?
A:忘却の彼方です。




