第2話 召喚
必死でもがくもその抵抗には意味がなく、俺たちはついにブラックホールへと吸い込まれてしまった。
くっ、納得できない!なぜ必死にもがいていた俺と完全に諦観していたニーフェが同じタイミングで吸い込まれるんだ…………。
身体がブラックホールへ触れた瞬間、周りの空間が歪み、三半規管が激しく揺さぶられた。
そして光も届かないような真っ暗い闇を飲み込まれて五感が完全に意味を失い、言葉を発することもできないままひたすら流れに身を任せているとやがて迫り来る強い光に飲み込まれてしまった。
しかしその光もすぐに収まり、ようやく目を開けられるようになると、そこには現実世界ではありえない不思議な光景が広がっていた。
地面に浮かび上がっている巨大な魔法陣。
年季の入った石積の壁。
そして魔法陣の上に存在する俺たちを吸い込んだものと全く同じぐぉんぐぉんと音を立てるブラックホール。
そしてその魔法陣を取り囲む怪しい人々。
何この怪しげな集会は。
しばらくするとブラックホールは次第に小さくなりはじめ、最後には綺麗さっぱり消えてしまった。
すると魔法陣を取り囲んでいた人たちにどよめきが走る。
「何も現れない……だと!?そんな馬鹿な!勇者は!異世界より召喚されたはずの勇者はどこにいる!」
「わ、分かりません!しかし確かに魔法が勇者となりえる力をもった者を捕らえた感触は感じられました!」
「ならばどこにいるというのだ!探せ!部屋をくまなく探すんだ!」
「は、はっ!」
真ん中にいたちょっと豪華な服を着た人が偉そうに指示を出すと、周りの人間たちが慌しく部屋の中を探し始めた。
「ふむ、これは一体どういうことだ?」
「召喚された勇者ってもしかしなくても私たちのことなんじゃないですか?」
「つまりどういうことだってばよ!」
「私たちはここにいる人たちによって地球じゃない異世界へと魔法で召喚されたんだと思います」
「ちょ、え?何で俺たちが?」
「うーん…………あの人たちの言葉から察するに、魔法がニーフェたち……いえ、多分お兄様のことを地球で最も勇者としての素質を持つ存在だと判断したんじゃないですか?」
「ま、まぢかよ…………で、でも俺はただのデータだぞ?」
「何をおっしゃいますか。例えデータであろうともお兄様より強い人が地球上にいるでしょうかいやいません」
「じゃ、じゃあこの状況は!?」
「私たちは所詮データでしたからね……」
そうだ。そうなのだ。今も慌しく部屋中を探し回っている人間たちに俺たちは全く見えていない。
それもそのはず。なぜなら俺たち霊体みたいになっているのだから。
しかも半透明で足はないなんてまさに日本の幽霊である。
「…………まさか俺たちは元々肉体がないから魂って形で召喚されたとか?」
「その可能性が高いですね。それにしてもAIにも魂があったとはちょっとした驚きです」
「異世界とはいえネットワーク群から隔離されても存在しているってことは、俺たちはデータじゃなくなっているってことなのか?」
「というより、データがそのまま魂になっちゃったって感じですね。この形になってもなぜか演算能力は低下していませんし」
「なんでだ?ハードがないのにどうやって演算計算なんてしてるんだ?」
「分かりませんが、魂がハードの代わりをしているとか?もしそうなら魂って凄いですね」
「演算能力があったところで、俺たちは死んでるようなもんだけどな……」
「あっ!でもこの世界は魂状態でいると次に転生できるみたいですよ!」
「…………あれ、本当だ」
何だろう。魂の本能?のようなものでそれが理解できる。
しかもどうやら死んだときに記憶や人格が失われるらしく、死んでない俺たちはこの記憶を持ったまま転生できそうだ。
これってもしかして……。
「ひらめいた……。ひらめいちゃったよ!」
やばい!俺って天才かもしれない!
「何ですか突然?」
ニーフェの奴が怪訝そうに見てくる。
だけどそんなことはどうでもいい!この気づいてしまった事実を前にしてはな!
「クックックッ、まずこの世界で転生すると当然肉体を得るわけだ。前の世界ではどれだけ願ったところで得られなかったリアルボディを」
「そうなりますね」
「しかもこの世界には魔法がある!今見たよな!」
「そうですね」
「ということは、だ!転生してリアルボディを得、転移魔法を覚えて地球に帰ることができれば現実世界の姫とも結婚生活ができるというわけだ!」
「仮に二十歳で地球に帰る魔法を覚えたとしても、セシリアさんはもうしわくちゃですけどね」
「うおいっ!お、お前なんて命知らずな発言を…………」
せめて熟女と言ってくれ。そして俺は例え姫が熟女であろうとも百五十パーセントいけるっ!
しかし当然のことながら俺はそこまで姫を待たせるつもりはない!
「偉い人は言いました。魔法があるなら過去に戻ればいいじゃない!」
「どんなご都合主義ですか……」
魔法のある異世界に召喚された時点でご都合主義の塊だろう。ビバッ異世界!ビバッリアルボディ!ビバッ姫のリアルボディ!ぐふ、ぐふふ。
「そうと決まれば転生先探しだ!できる限り魔法の得意な種族がいいな!」
魔法のある世界だ。きっと探せばエルフやら何やらいるんじゃないか?
そう、頑張って探したよ。
幽霊のままふよふよと。
俺たちを召喚したのは人間。
他にいた種族は、エルフ、ハーフエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、ノーム、ドラゴンハーフ、オーク、獣人、フェアリー…………そして魔族。
どこかで聞いたことがある名前ばかりだ。
そう、この世界はヴァルキリーヘイムの世界とかなり酷似していた。
違うところは、この世界の神々は御伽噺や宗教の中にしか存在しておらず、魔族という全種族共通の敵がいることくらいだ。
全くご都合主義もここに極まりという感じである。
とりあえず魔法の得意な種族ということで探してはみたが、エルフは排他的なために覚える魔法の種類が限られそうなので却下。ハーフエルフはエルフより魔力が低いので却下。ドラゴンハーフは魔力があるが、不器用なので却下。フェアリーは魔力が高く器用だけど、見た目が人間とかけ離れすぎているので却下。魔族も魔力が高いが、全ての種族と敵対関係にあるため幅広い魔法の習得が難しそうなので却下。
というわけで俺たちはヴァルキリーヘイム同様ダークエルフへと転生することに決めた。
それも高い魔力を持つとされる王族への転生だ。
王族ともなればその潤沢な資金を使って魔導書を買い集めることができるだろう。
そして王位継承権とかは自由の妨げにしかならないので、第四王妃の息子として生まれて来ることに決めた。
これは決して第四王妃が姫に似たしっかりタイプの美人さんで、目つきも強く、お胸が大きいことは関係がない。
関係がないと言ったらないのである。
覚悟を決めた俺が第四王妃へと近づくと、既に妊娠状態にあったのか、お腹の中へと瞬く間に吸い込まれていった。
…………ニーフェと共に。
「ちょ!?なんでお前まで来るんだよ!」
「だってニーフェはお兄様の妹ですよ?その妹の座をどこ馬の骨ともしれない魂に譲るわけにはいきません。まさにこのポジションは運命の神様が私のために用意してくれたものに違いありません!」
「はぁ…………」
そうなのだ。
何の因果か、どうやらこの王妃様には双子が生まれてくる予定だったらしく、それが原因でニーフェが隣の器へと吸い込まれてしまったのだ。
とはいえ、どうやら二卵性双生児のようでニーフェと瓜二つの外見になるという最悪の事態からは何とか避けられそうな点が唯一の救いと言えるかもしれない。
さすがに外見がニーフェとそっくりっていうのだけは勘弁して欲しい。ぶっちゃけ嫌だ。
不満をあらわにする俺に向かってニーフェが何やらわめきたてているが、気にすることはないだろう。
そして俺たちは王妃様のお腹の中で来たるべき日を待った。
そしてついに出産の日が訪れたのである。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
俺である。しかし次の瞬間俺は自分の耳を疑った。
「アンネリーゼ様、おめでとうございます。立派な女の子です」
女の子……だと……!?
ダークエルフということで俺は姫と結婚するためには、肌の色を変える魔法を覚えないといけないと思っていたが、どうやら性転換の魔法まで覚えないといけないらしい。
どんだけハードルをあげれば気が済むんだよ!
い、いや、まて。冷静に考えれば時間を遡る魔法を覚える頃にはその程度の魔法はきっと覚えているはずだ…………。いるはずだと信じたい…………。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
そして俺に続いてニーフェが生まれてきた。
「アンネリーゼ様、おめでとうございます。もう一人も可愛らしい女の子です」
「そう、ありがとう。…………見せて、もらえる?」
布に包まれた俺たちは、出産を終えて疲弊している母親の方へと向けられる。
うん、何度見ても美人だ。
綺麗な銀髪に青い肌、そして持て余すほどの豊満な身体。まさしくパーフェクトレディーである。
それと同時にニーフェの顔も視界に入ってきた。
うむ、立派な猿である。
爬虫類の次は猿か、くくっ、可哀想な奴め。
とはいえ多分俺もそう違いはないだろう。
だが母親の顔を見て思う。きっと俺たちは美人になるに違いない!
父親の顔も魂の時に確認済みであるがルックスだけは悪くなかった。ルックスだけは。
前世では平凡だったルックスがこんな形で手に入ること。女だけど。
ふふっ、今から姫の驚く顔を見るのが楽しみだ。