第9話 四才 戦争
母さんとボクとリーゼ、そしてメイドのテラとセフィリアを含む総勢二十七人が謁見の間へと集められていた。
ボクたち以外には第一から第三王妃とその子供たち……つまり腹違いの兄弟だちと、それに仕える専属メイドたちが並んでいる。
そしてボクたちは当然この集団の末席にいた。
形式に習って国王陛下である父さんに深くお辞儀をすると、父さんはボクたちをここへ集めた理由を説明しはじめた。
「よく来てくれた。現在我が国は……、いや、この世界は危機的状況に瀕している。先日魔族領からおよそ10万の魔物が人間領へ向けて進軍しているという情報が入った。人間たちは四年前の戦いでかなり疲弊し、用意できる軍勢は二万といったところだろう。俺たちは用意できても五千、ビーストたちは一万、ドワーフたちは八千、オークたちは五千、ドラゴンハーフは千、そしてエルフは千人しか出せないそうだ」
「エルフどもは例え魔物が侵攻してこようとも、自分たちだけはいつまでも森が守ってくれると信じているのでしょう。相変わらず愚かなことで」
第一王妃であるエカテリーナ様が嘲る様に言った。
母さんからも話に聞いていたが、やはりこの世界でもエルフとダークエルフの溝は深いらしい。
続いて第二王妃クリスティア様が口を開く。
「私たちをここへ呼んだということは…………」
「そうだ。全国家が集結したとしても戦力は約五万。そして人間領が占領されれば、次はビースト領、そして我がダークエルフ領へと進行してくるだろう。悪いが戦力の出し渋りはできない」
「では、子供たちも?」
最後に第三王妃リリエッタ様が父さんに尋ねた。
「いや、そのつもりはない。だがメイドは一組の兄妹に一人しか残せない。そして、ヴァレリア。お前にも今回の戦、出てもらうぞ」
「え、ボ、ボク!?」
マジで?せ、戦争だよね?
「そんな!ヴァレリアはまだ四才よ!」
母さんが必死に国王陛下……父さんに訴える。
そうそう!ボクはまだ四才ですよ?
「それは重々承知している。しかし僅か一才にしてスキルを習得できる才能。そして何よりヴァレリアのスキルは我々にとって大きな助けになるはずだ」
「でもスキルと戦闘技術は別だわ!」
「ならば問うが、ヴァレリアが俺たちの夫婦喧嘩の巻き添えを食らったことがあったか?」
「それは……」
母さんが言葉に詰まる。
ええ!!判断基準はそこなのか?!
「ヴァレリア、お前はどうだ?自分が戦えないと思っているのか?」
戦えないか戦えるかって聞かれたら戦えるとは思うけど、まだこの世界での戦闘を経験してないからどのくらい戦えるのかは自分でも分からない。
もしかすると肉体を得たことで、前のように音速を超えた動きを知覚できなくなっている可能性もあるし、この世界の人たちのプレイヤースキルに比べて自分がどのくらいの技術を有しているのかも分からない。
うーん。人間は割とどうでもいいんだけど、人間領って一番広いから魔族に滅ぼされたら魔道書がかなり紛失しそうな気がするんだよね。それにこっちの国にまで戦火が飛んできたら魔道書の捜索どころじゃなくなりそうだし…………。
それなら、少しでも手助けした方がいいの…………かなぁ?
「戦える、と思うけど」
「そうか、ならば……」
「わたしははんたいです!」
そう叫びを挙げたのは母さん……ではなく、第一王妃エカテリーナ様の次女シルヴィア様だった。
年の頃は俺たちと変わらない、藍色の綺麗な髪をした実にツンツンしてそうな女の子だ。
「なぜおねえさまやおにいさまをさしおいていちばんとししたのこどもがえらばれるんですか!」
「シルヴィア、これは父としてではなく国王としての判断だ。意を唱えることは許さない」
その口調は普段の父さんからはとても想像ができないほど威厳に満ちたものであった。
「でも!」
「シルヴィア、よく聞きなさい。ダークエルフは誰であろうと国王の指示に従わなければならない。そうでなければ私たちは国を成している意味がない。国王陛下の決定に逆らうということは国を滅びへ導くということ。それをよく理解しておきなさい」
「おかあさま……」
エカテリーナ様がシルヴィア様をお諌めになることでひとまずその場は決着した。
「話は纏まったな。ならばヴァレリア、少し早いが初陣だ」
少しじゃないだろう……。
でも今回手伝うくらいならいいけど、これからも宛にされるのはさすがに困る。
ボクの目標はあくまで性転換、人間擬態、時間操作、世界跳躍の四つの魔法を集めることなんだから。
そのことだけはしっかり伝えておかないと。
「父さん。戦うのはいいよ。ボクだって父さんの子供だから。でも、その代わりボクからもお願いがあります!」
「なんだ?無理を言っているのはこちらだ。可能な限りは聞こう」
「父さんはボクの夢を知ってるよね?」
「将来は旅に出て世界中を周りたい……と言う話だったな」
「うん、だから政治の世界にはボクを巻き込むようなことだけはやめて欲しいんだ。今回は仕方ないけどあんまり宛にはして欲しくないというか、国政に巻き込まれたくないというか」
「いいだろう。と、言いたいところだが、正直約束はできない。再び今回のような国の存亡に関わる侵略があれば国王としてなりふり構っているわけにはいかない」
「それはつまり今回みたいなどうしようもないときだけってこと?」
「ああ、後はお前が自分の力で将来を勝ち取ることができれば口出しはしない」
なるほど。だったらもう敵が攻める気力を失くすくらいの勢いで叩き返すことができればいいのか?
相手は十万……とてもじゃないけど難しそうだ。
そもそもその魔物を統括している魔族っていうのがどのくらいの知性を持ってるかも分からないわけだし…………。
そんなことを考えているとくいくいっと後ろから服の裾を引っ張られた。
振り返ってみると、リーゼが目を爛々と輝かせながらこちらをじっと見ている。
目で語るとはこのことか。何が言いたいのか丸分かりである。
はぁ…………っとため息をつくと、父さんにもう一つお願いをした。
「…………あともう一つ。リーゼロッテも連れて行っちゃダメ?」
「リーゼロッテを?なぜだ?」
「多分、リーゼのスキルも役に立つと思う。双子だから分かるんだ。リーゼにならボクの背中を任せることができるって」
もちろん全部はったりである。
正直リーゼがどのくらい戦えるかなんて全然知らない。
だけどリーゼだって足手まといにしかならないのに付いて来たいなんて言い出すほど馬鹿じゃないだろう。
それは長年生活を共にしてきたから分かっている。
こう見えてもリーゼは現実主義的な一面があるのだ。
ボクも見たことはないが、恐らく『竜化』っていうスキルがそれだけの力を秘めているのだろう。
「もちろんですとも!お姉様の後ろの処女は私がぶちぬぃっ……ごほん、私が守ってみせます!」
ちょっと待て!今お前何を言いかけた!
こわっ!
こいつは絶対背後に立たせちゃいけない……。
「……いいだろう。アンネリーゼ、すまないな」
「全くもう……仕方ないわね。せっかく守ってあげようとしたのに。でもこの子達が自分で言い出したのなら仕方ないわ」
母さんがやれやれという感じに首を振って言葉を続けた。
「その代わり……」
母さんの目が細まり、まるで捕食動物に狙いを定めるかのような目でボクたちのことを捉えた。
み、身動ぎすら許されない。
まるで蛇に睨まれた蛙状態のようにボクの…………、いや、ボクたちの心を締め上げる。
「言ったからにはそれ相応の働きをしないと後で『おしおき』よ?」
額から大量の汗が零れ落ちてきた。
ボクたちは母さんにとって愛する子供たち。
母さんはボクたちを守ろうとはする。しかし甘やかすようなことは決してない。
有限不実行はすなわち―――死。
おしおき……母さんのオ、オシオキ……。ト、トラウマが……がが……。
ボクたちは条件反射で直列不動になって震える声を無理やり張り上げた。
「「イ、イエスマム!自分たちの使命は魔族の蛆虫共を残らず刈り取ることであります!!」」
「私は厳しいけれど公平よ。だから差別はしないわ。魔物、魔族、エルフを、私は見下さない。すべて―――」
「「平等に価値がない!!!であります!」」
「よろしい。ならば戦の準備よ。あなたたちの初陣を紅い絨毯で染めましょう」
そう言って唇を吊り上げて嬉しそうに笑った。
母さんは以前言っていた。ダークエルフの好物は肉欲と殺戮であると。
母さんはボクたちが生まれてからずっと王城に篭っていたから、もしかすると本心では戦えることが嬉しくて仕方がないのかもしれない。
こ、この戦いで十分にストレスを発散してもらおう。ボクたちの生活のためにも……。




