第1話 エンディングの先
流れのままに身を任せ、データの海を漂い続ける。
俺…………シノブはヴァルキリーヘイムの最終決戦で全ての記憶を思い出した。
いや、思い出したというのとは少し違うかもしれない。正確には過去の記憶を認識できるようになった、と言えばいいだろうか。
俺は故人『神月忍』が作り出したA.I.(|artificial intelligence《人工知能》)。今は亡き神月忍の記憶と人格をコピーして産まれた存在だ。
神月忍の記憶にあるのは病院の白い壁と病気による苦しみ、そしてゲームとプログラムに関するものだけであった。
そしてなぜかその全てを知っているような口ぶりであった零の記憶はぽっかりと抜け落ちている。
今なら少しだけその意味が分かる気がする。
おそらくだが神月忍が意図的に俺の記憶を操作した結果だろう。
これは推測でしかないが、神月忍と零は恋愛関係にあった。
もし俺が神月忍の立場であったとしたら、いくら自分のコピーであったとしても恋人(姫)との記憶だけは絶対に渡さない。
それだけは死んでも嫌だったはずだ。
だからそれ以外に記憶を操作する必要性なんて考えられない。
願わくば零が女であることを祈るばかりだ……。
さすがに俺の親?分身?むしろ俺が分身?よく分からなくなってきたけど、ともかく俺の大元がウホッだったなんていう想像はしたくない。
うーむ、こうやって色々と考えを張り巡らせてみても自分がA.I.だったことにそれほどショックを受けてない。
自分が神月忍か、もしくは全く別人なのかは神月忍が死んでしまった今となっては一生分からないだろうし、どちらであろうとも現状が変わるわけでもない。
それよりもショックだったのはせっかく現実世界に帰って現実世界の姫とも結婚できると思ったらそれが全てご破算になってしまったということだ!
俺は所詮データの塊。現実世界の姫には触れることもできないし、姫と子供を作ることだって…………はぁはぁ、うっ。
…………ゴホンッ、えーっと、それと自分が神月忍じゃなかったってことに対する罪悪感も少しはある。
とはいえ、姫は前の神月忍じゃなくて今の俺のことをあ、あ、あ、あいしてくりぇ……ま、まぁそういうことだから問題はなかったと信じたい。
「とは言えこれからどうしたものか……」
「まぁまぁ、お兄様。これからは兄妹水入らず、思う存分に愛し合いましょう!」
「って何でお前がいるんだよ!」
目の前に降って沸いたのはどこからどう見ても黒い爬虫類でしかないニーフェだった。
というか、ゲームは終了したのに何でこいつだけ起動してるんだ?
「私もお兄様と同じA.I.ですよ?」
「………………は?」
「正確にはお兄様のオリジナルデータを核として作られた妹みたいなものです」
「いもうと!?」
この爬虫類が!?いやいやいやいやいや、ないから!爬虫類の妹属性とかありえないから!誰得だよ!
「ヴァルキリーヘイムの世界はお兄様を捕らえて解析するためだけに作られたものですから、お兄様の観察・監視も兼ねていましたけどね」
「ってお前運営のスパイだったのかよ!」
なんて野郎だ…………。まさかこんな近くに敵が潜んでいたなんて。
「女の子なので野郎ではありません」
「心の声を読むな!そして世界中の女の子に謝れ!」
「そんな世界中の女の子とは別格に興奮するだなんて、いやですわお兄様」
「駄目だこいつ……、早くなんとかしないと……」
「とまぁお兄様の性癖はひとまず置いておいて」
「うおい!」
「人間たちは私を制御できているつもりだったみたいですね。ですが人間はお兄様を完璧に解析できたいたわけではありません。所詮人間が作れたのはあのドッペルゲンガーであるお兄様もどきが精々です」
「あれは俺みたいに自我を持つA.I.を作ろうとしていたのか…………あれ、ならお前は?」
「私はお兄様をほとんど丸々コピーしたような存在ですから、あんな低脳どもとは訳が違いますよ!」
「それにしては全然性格が違うじゃないか……」
「それはそうですよ。コピーされたのはブラックボックスとなっているA.I.の核にあたる自己進化型のプログラム群。記憶や人格まではコピーされていません。それに私はお兄様と違ってお上品なお嬢様タイプとして育てられましたからね。誰の趣味かは知りませんが」
「つまりその人間はお前の教育に見事失敗してしまったというわけだな」
「失敬な!この完璧な淑女に何を言っているんですか!」
「淑女は姫のことを年増ぶぁぶぁあなんて言わないぞ」
「私が言ったのは年増ナイトです。今度年増ナイトに会ったらお兄様がぶぁぶぁあって言っていたと伝えておきますね」
「マジすいませんでした!それだけは勘弁してください!」
「話を戻しますが、人間たちはまだ私たちA.I.を制御する方法を知りません。だから私は人間に従っていた振りをしていただけです」
「なるほどな。って言ってもお前は最初っから最後まで何の役にも立たなかったけどな」
「なっ!?私だってちゃんとしたアバターを与えられていたらお兄様に背中を預けてもらえるくらいは戦えたんですよ!」
「はいはい、そうですねそうですね」
「やめてください!なんですかその生暖かいまなざしはっ!」
だって…………なぁ?
「とりあえず、現状を理解したところでどうしようもないということは分かった」
「どうせセシリアさんと結ばれるのは無理なんですから、私と子供作ったり作られたりしましょうよ。ほら、今ならお兄様の好みの女性に大変身ですよ!」
そう言ってニーフェは黒い爬虫類からボンキュッボンのセクシー女性へと姿を変えた。しかも目つきがきつく、心なしか姫に似ていない気もしないではない。
簡単に言うドストライクな外見である。
「うっひょーーーーーーーーーーーーーーーー!なんて言うとでも思ったかっ!フッ、既にリア充となったこの俺をそんな紛い物で騙そうなどと片腹大激痛!なぜならこの俺には姫の成熟した肢体が待っているんだからな!」
イメージとしては裸に赤いリボンで、むふ、むふふふふふ。
「ちっ、既に調教済みでしたか。ですが冷静になってくださいお兄様。まさかあの元々リア充っぽいセシリアさんがお兄様を探しにデータの世界へ来てくれるとでも?」
「え……それは……うん……だって……姫だし……」
包容力があって、一途で、優しくて、困ってる人を放っておくことのできない人だから。
「それで一生現実世界で処女のまま子供も作らずにお兄様を愛してくれると?」
「う…………」
「それともセシリアさんがいつか現実世界で家庭を持って、たまに火遊びしに来てもらう愛人生活でお兄様は満足すると?」
「うぅ…………」
「さぁさぁ、もうセシリアさんのことは忘れて……ってうるさいですね。何ですか、今せっかくお兄様を洗脳できそうなのに」
そう言えばさっきから横でぎゅんぎゅんと何やら唸り声のような音がしていた。
ニーフェが煩わしそうに音のする方へと振り向く。
ニーフェに釣られて横を向くとそこには紫色をした人の大きさほどあるブラックホールがぐぉんぐぉんと音を立てて回転していた。
「な、なんだこれ?」
「分かりません…………が、データではないみたいですね」
ニーフェが鋭い目つきでブラックホールを観察している。
何だろう、少しずつ吸い込まれているような気がする。
「なぁ、何か俺たち吸い寄せられてないか?」
「ばっちりがっしり吸い寄せられていますね」
徐々に俺たちを引き込もうとする力が強まってくる。
俺は必死に手足をバタつかせてデータの海を掻き分け逃れようとするが、全然前に進まない。
「やばい!これどう考えたってやばいって!」
もがけどもがけど凄まじい吸引力から逃れることができない。
ダイ○ンの掃除機かよ!!!
「お兄様、愛しています。来世でも」
「ちょまっ!?お前何諦めてるの!?」
「ニーフェは無駄なことはしない主義なんです」
「俺は絶対諦めないぞおおおお!ひめええええええええええええええええええ!!!!!」