それでも僕は君を想う。
若年性アルツハイマー病
脳の細胞が萎縮して起こる記憶障害。老人痴呆等と症状は似ているが、アルツハイマー病はその症状の進行が速い。
「………だそうです。」
「だから何よ?さっきから訳わかんないよ。」
「………いや、だからつまりね?………オレこの病気になったみたい………。」
「………マジ?」
「………うん。」
病院の帰り道、大学終わりの彼女と………、早苗と一番最初に交した会話はこんなにあっけなかった。
「それで?良ちゃんは何がしたいの?」
「えっ?」
「その事を私に話して、良ちゃんはどうするつもりなの?」
「……えっと………。」
そうだった。
早苗はこんな性格だった。
早苗と俺は、物心がつく前からいつも一緒にいた。
まぁ、簡単に言うと幼なじみってヤツだ。
保育園、小学校、中学校、高校と、全てが一緒。おまけにクラスもずっと一緒だった。
「くされ縁」
というヤツか。
だが、
早苗はいつも俺より一歩前を歩いていた。
早苗いつも俺より大人だった。
小学生のとき、俺達はおつかいをたのまれて、二人で近所のスーパーマーケットに行った。その帰り道。
少し格好をつけて、
「早苗ちゃん、重そうだから、僕が持つよ。」
「いいの?本当に重いよ?」
「大丈夫だよ。僕だって男なんだから。」
これがいけなかった。荷物は、俺が思っていた以上に重く、当時の俺は、直ぐに疲れて、道に座って泣き出してしまった。
「………早苗ちゃん。もぅ歩けなぃょ………。」
「ほら、だから言ったのに。いいよ良ちゃん。今度は私が持つよ。」
「……嫌だよ。」
「どうして?」
「………だって早苗ちゃんは女の子じゃないか。………女の子には優しくしろってお父さんが言ってたもん。」
「でも、重くて歩けないんでしょう?」
「………でも、嫌だ。」
そしたら彼女は、少し怒った声でこう言った。
「じゃあ良ちゃんは、何がしたいの?」
小学生の僕は、酷くバカで。
小学生の早苗は、酷く大人だった。
結局、荷物を二人で半分ずつ持って帰った。
この時から彼女の口癖は、
「何がしたいの?」
になった。
そんな俺達が付き合い始めたのは、高校一年生の時。しかも、告白したのは早苗のほうだった。
八月の暑い日だった。
その頃の俺達は、部活に生徒会と忙しく、一緒に帰った試しがなかった。
………まぁ、恥ずかしさもあったのだが………。
それなのに、この日はどうしてか、一緒に帰る事になった。
久しぶりに並んだ二人の背中。
無言で歩く夕暮れ。
少し気まずさを感じたその時、早苗が唐突に俺に話しかけて来た。
「良ちゃんとこうして帰るの久しぶりだね。」
「ぁ、うん。」
「良ちゃん、いつの間にか私よりずっと大きくなったね。」
「まぁ、男だからな。」
「何か聞いた事ある言葉だね。」
「………何が?」
「『男だから』ってヤツ。ねぇ、覚えてる?」
「………あれは、………忘れてくれ。」
「ぁはは。………あんなに小さかった良ちゃんが、もう大人の男になるなんてねぇ。」
「まだ、俺なんてただのガキだよ。」
………
再び二人に沈黙がおとずれた。
なんとなく横を向いてみると、
なるほど確かに、早苗は俺よりもずっと小さかった。
久しぶりに並べた肩は、高さが不揃いで、なんだかおかしかった。
しばらくして早苗と目が合った。
慌てて目を反らした俺に、早苗は緊張した面持ちで話しかけて来た。
「………ねぇ、良ちゃんってさ、………彼女とかっているの?」
なんとなく『告白』だと感じた。
「いや、いないけど?」
「そうなの…………。」
「だから何だよ?」
わざとジラして見た。
そうしたら早苗は、顔を真っ赤にしながらこう言った。
「良ちゃん………。私と付き合ってくれない?」
「えっ?」
一応、驚く。
そして、まだ真っ赤なままうつ向く早苗を見た。
小学生の頃を思い出し、早苗に守られてばかりだった自分を見た。
今の早苗の身体は酷く小さくて、
今の俺なら、今度こそ守れる気がして。
気が付いたら、早苗に抱きついていた。
驚いた早苗の顔は、恥ずかしさで、もう蒸発しそうな位、赤かった。
「ちょ、ちょっと、良ちゃん!?」
「早苗、お前いつの間にかこんなに小さかったのか。」
「良ちゃん!?何がしたいのよ!?」
「早苗。俺は今度こそ守りたい。お前の事を守りたい。」
「………良ちゃん。」
「………早苗、俺もお前の事が好きだ。こっちこそ、よろしく頼む。」
「………ありがとう。………良ちゃん。」
八月の帰り道。
もう日はとっくに落ちていたけど、八月の夕暮れは十分に暑く、
汗もかいて、制服はもうベトベトだったけど、それでも俺達は、ずっと抱き合っていた。
あれから、七年。
今まで、本当に色々な事があった。
大学に入り同棲を始めた。結婚生活みたいで、楽しかった。そりゃあ喧嘩もした。でもその後に抱き合って、でもまた喧嘩して………二人で一緒に歩いて来た。
本当に楽しい七年間だった。本来は大学に入れた事すら奇跡の俺だが、
早苗の助けもあり、無事に卒業できる。
そう思っていたのに………。
「………良ちゃん?聞いてるの?」
「ぁ、あぁ。」
「それで、良ちゃんはどうしたいの?」
「…………。」
どうしたいの?
と、言われても困る。
早苗の今後の事を考えると、俺達は別れたほうが良いだろう。
俺はこれから、全ての事を忘れ始める。
学校、友人、父さん、母さん、そして…………、早苗の事も。
早苗には俺と違って未来がある。
この先、俺よりもずっと良い人を見つけるかもしれない。
だから、
「別れよう。」
そう言いたかったのに、
頭では解っていたのに、
無意識に馬鹿で自分勝手な俺は、
「早苗、俺はお前とずっと一緒にいたい。」
と、言ってしまった。
そしたら早苗は、こう言ってくれたんだ。
「………よかった。別れようとか言われたらどうしようと思ってたよ。」
予想外だった。
早苗は俺が間違って言ってしまった言葉を待っていたようだ。
「ど、どうして?」
「何が?」
「どうして早苗は、そんなに笑えるんだ?俺はもうすぐ、お前の事を忘れてしまうのに!?」
「………良ちゃん、私は、たとえ良ちゃんに忘れられても、良ちゃんの事が好きだよ。だから、………好きだから、良ちゃんの事をずっと想っているから、大丈夫なの。」
「………で、でも。」
「でも、じゃないの。大丈夫だよ。二人で頑張ろう。」
「早苗………。」
―――いくら、
「忘れない」
と心に誓っても、忘れる時はやって来る。
でも、
「早苗が好きだ」
という気持ちは、忘れないでいよう。
二人でも、
辛いかもしれない。
悲しいかもしれない。
苦しいかもしれない。
でも、俺は君が好きなんだ。
僕が世界を忘れて、
世界が僕を忘れても、
それでも僕は君を想う。
皆さんこんにちは。来々です。今回は久しぶりに恋愛物を書いてみました。如何だったでしょうか?これからも色々なジャンルを書いて行きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。次回も、ご期待下さい。