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GO TO END ~女神は才能を逃してくれない~  作者: しぐれのりゅうじ


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7話 誕生日

 六月十九日。

 俺達は今日も変わらず放課後に同好会の活動をしている。花は主人公について学ぶべく漫画を読んでいて、三葉は集中して執筆活動をし、天堂さんは弟の写真をニヤニヤしながら眺めていた。

 最近だとあまりにも馴染みのある光景だ。もはや安心感まである。

「天堂さん。サッカーのモチベーションはどうだ?」

「うーんと……まぁまぁですかね」

 浮かない顔をする。彼女ともサッカーをし始めて何度かやっているが、あまり進展はなかった。

 ちなみに姉と比べて弟は出来すぎなくらいに成長している。俺とやっているというのが自信になっているのか、クラブでもどんどん名を上げているらしい。

「あ、そういえば。そろそろあんた、誕生日よね」

「そうだったな」

 ふと、唐突に三葉が顔を上げてそう告げてきた。

 まず彼女からそう言われて驚く。覚えているとは思わなかった。それにこの場でこのタイミングなのもそうだ。聞いた二人がばっと顔を上げて視線を浴びせられる。嫌な予感がした。

「師匠、どうして言ってくれなかったんですか!」

「いや、わざわざ言わないだろ」

「そ、そうですけど……ボクと師匠の仲じゃないですか」

「そういう仲だからだろ」

「ひどい!」

 プンスカと怒る花を適当にあしらいながら、もう一人の方の様子を見ると、そちらの方は悔しそうにプルプルしていた。

「あ、あたしが……先輩の誕生日を失念していた……なんて」

「おーい、正気かー?」

「あぁ……もう駄目だ……おしまいだ」

「これはしばらく会話は無理そうね」

「だな。それで、何で急に誕生日とか言ってきたんだよ」

 とりあえずショックを受けてる二人は無視だ。混乱を巻き起こした元凶を尋ねる。

「小説の中で、誕生会をやるシーンがあるのよ。丁度時期も近いし、実際にやってみたいと思って――」

「嫌だ」

「やりましょう師匠!」

 花も参戦してくる。

「嫌だ」

「じゃあ、やりません」

「嫌だ……あっ」

「ふふん」

 花がしてやったりという顔をする。とても腹立つ。

「そんなにやりたいなら仕方ないですねー。うんうん」

「おいふざけんな」

 そう抗議するも、軽い微笑みで受け流される。

「あ、あたしもお祝いしたいです。忘れてたのを取り返さないと」

「いや、俺は気にして――」

「あたしは気になるんです!」

 聞き入れて貰えそうになかった。俺の誕生日なのに、こちらの意見は考慮されないらしい。

「私からもお願い」

「三葉……」

 真剣な眼差しでそう願ってくる。非常に面倒、なのだが。三人から求められている状況で否定し続けるのも、それ以上疲れそうで。

「……わかったよ」

 そう肯定すると、三方向から歓喜の感情が向けられる。

「それじゃあ、その日に英人の家に集合ね。時間とかもしっかり決めて――」

 高いテンションのままメモをしだす三葉を見ていると廊下から足音が聞こえてきた。それは確実にこの教室に向かってきており、少しすればその人物が姿を見せた。

「やっほー! みっちゃん、お姉ちゃんが来たよー!」

「はぁ!? な、何でここに!」

「先生に教えて貰ったからねー」

「そうじゃなくて……!」

「だって、気になるじゃん。今まで機械みたいに真っ直ぐ帰ってきてた妹が、急に同好会に入って、毎日のように活動しているんだもん」

 双葉さんは制服だらけの部屋の中へ大人びた私服で入ってくる。三葉には直行せず俺の後ろに回ってきて、口元を楽しそうに歪ませると。

「それに、そこに幼なじみの君がいるっていうのも気になるしねー?」

「な、何もないですけど」

「別に私は気になるって言っただけだよー? 心当たりでもあるのかなー?」

 俺の顔を覗き込んでくる。その深い瞳が俺の目を映していて、それはこちらの根幹を見通しているかのようでもあり、同時に飲み込んできそうでもあって。目が離せない。

「や、止めて。というかもう帰って!」

「もう、引っ張らないでー」

 だがその停止したような時間は妹によって引き離されて、終止符を打たれた。

「本当は嬉しいくせにー。恥ずかしがり屋だなー」

「嬉しくなんか、ないから!」

 一生懸命否定しているが、やはりどこか喜びが見え隠れしている。

 双葉さんは、無理矢理服を掴まれて退出させられそうになっている中、今度は花に狙いを変えた。

「あなた、前に会ったみっちゃんの友達でしょ! ええと」

「後藤花です」

「花ちゃんね! とても良く似合っている可愛らしいお名前!」

「あ、ありがとうございます……あはは」

 無邪気な言葉で切り裂かれ、何とか取り繕っているが頬が引きつっている。

「妹と仲良くしてくれてありがとうね。しっかりと活動出来てる?」

「はい! ちょっと変わった同好会なのに、入ってくれて、ほぼ毎日来てくれるので、ボクの方こそありがたいです」

「ふふっ。あなたのおかげで妹に居場所が出来たみたいだね」

「ちょっと! お母さんぶらないでよ!」

 花と双葉さんの会話は、さらに顔を赤らめた三葉に止められる。そして次に訪れたのは天堂さんだった。

「紗奈ちゃんもいたんだねー」

「双葉さんと、知り合いだったんですか?」

「たまに『天堂』で食事してるからさ。紗奈ちゃんとはあんまりお話はしなかったけど」

 意外な繋がりだ。天堂家絡みは今回の周回が初見だから予想がつかない。

「それで、何を見てるのかな?」

「弟との写真です。どんどん成長してるなって……」

 ブルーライトを浴びている天堂さんが作る微かな微笑みは、素直な嬉しそうとは違うような感情に見えた。どこか眩しそうで、目を細めないといけない、そんな様子で。

「弟君のこと好きなんだ」

「……大好きです」

「私も妹がスーパー好きなんだ! 一緒だね!」

「は、はい。そう、ですね」

 また一つ、違和感。それは、十綺くんと関わってからそう感じる事が増えているような気がする。

「早く帰ってって!」

「わ、わかったよー」

 見た目通り三葉があまりに非力なのか、もしくは力を抜いているのか、長い時間をかけて、双葉さんを教室の入口に。

「ほら早く」

「はいはーい。皆、お邪魔しましたー。ばいばーい」

 妹に押されながら、変わらないテンションで手を振ってそのままフェードアウトしていった。少し、姉妹のやり取りをしてから双葉さんの足音が遠のいていった。

「はぁ……やっと帰った……」

 あからさまなため息と疲れ切った顔を見せながら椅子の背もたれにもたれかかる。

「霜月さんのお姉さん、凄く優しくて妹想いの方ですよね。羨ましいです」

「鬱陶しいし、色々奪われるし……姉なんていいものじゃないわ」

「奪われるって、どういう事です?」

「な、何でもない。とにかく憧れるのは勝手だけど、現実はそうじゃないって事よ」

 三葉の言葉はきっと本音だろう。でも、俺から見ればそれが全てとも思えない。

「あたし、結構仲よさげだなーって思ったんですけど」

 俺と似たような感覚は、天堂さんも抱いていたらしい。

「ど、どこが?」

「だって、あんなに感情を表に出してるし」

「……!?」

 そう指摘されると、まるで証拠を突きつけられた犯人が自供するように、顔を真っ赤にして、手をあたふたと動かす。

「あ、あなたが姉だから、そういう色眼鏡で見えてるだけよ」

「じゃあ、八鬼先輩はどう見えます?」

「黒だな」

「黒って何!? み、認めないから」

 撤回しろと睨みつけてくるが、この状況になればまるで怖くない。

「本当に嫌なら、もっと強く拒絶して強引に出すだろ。それをしなかった時点でな」

「そ、それは……」

 何か反論しようと口をムニムニとするが、言葉は出てくることはなく、プルプルと震えるだけになる。

「ほらー、先輩もそう言ってるじゃないですかー。ここは諦めて認めるべきです」

「私、どうして追い詰められているのかしら?」

「素直にならないからだろ」

「霜月さん、もう楽になって良いんですよ?」

「……今なら犯人の描写がとても上手く書けそうな気がするわ」

 俺達の生暖かい視線の集中砲火を浴びたからか、とうとう凍らせた一つの心の声が溶け出した。

「仕方ないでしょ……あんなに熱烈な純粋の好意をぶつけられてるんだもの。嫌いになりきれるわけない」

 前髪を弄りながら、机に向かって消えそうな声量でそう心境を開示した。

「やっぱ、愛は伝わるものなんですね、三葉先輩。あたしもとうくんにきっと……」

「それは私達のケースなだけで……って今、三葉って」

 唐突な名前呼びに三葉は天堂さんの方にばっと顔を上げる。

「そろそろ良いかなって。だ、駄目ですか?」

「別に構わないわ。私も名前で呼ばせて貰うから……その」

 こういう人間関係には久しぶりなのか、名前を呼ぶという単純な事に少し手間取る。

「……紗奈」

「はい、三葉先輩」

「ボ、ボクも花ってお願いします……三葉さん!」

「わ、わかったわ。ええと、花」

「えっへへ。ありがとうございます、嬉しいです!」

「名前を呼んだくらいで……大げさよ」

 孤高な存在ではあったが、人の繋がりをどこかで求めていたのだろう。三葉は満更でもなさそうに、緩みそうになる表情を何とか抑えていた。

 幼なじみだからだろうか、彼女が幸せそうにしていると、自分の事のように同じような気持ちを感じれられた。腐れ縁とは不思議だ。

「何、ニヤニヤしてんのよ」

「随分と楽しそうにしてるなと思ってな」

「他人事みたいに言っているけど、この状況になったのあんたのせいだからね」

 人聞きの悪い事を言ってくる。まぁ、俺きっかけで同好会に参加することになったのは事実だが。

「覚悟していなさいよ。誕生会であんたも同じような目に合わせてあげるわ」

「お手柔らかにお願いしますよ」

「……その減らず口を叩けなくするから」

 一応、祝ってくれるんだよな。何か恐ろしい事を仕掛けてくるんじゃないだろうな。

 一抹の不安がよぎるものの、俺はこの温かな空間に浸り続けた。こんな風に仲の良い友人といるというのはループ生活の中でも幾度もあったが、三人といる状態はそれらとは違うように感じれる。色で例えると紺青だろうか。明る過ぎず、良い塩梅の暗さがある、そんな感じで。

「……っ!」

 思わず脳裏に浮かんだ言葉を俺は押し込めた。こんな想いを持ってはいけない、そう言い聞かせる。

 ――今ある俺達の関係の先を見たいだなんて、求めてはいけない。それはサッカーを始める事に繋がってしまうから。



 六月二十四日、土曜日。ついにこの日が訪れた。誕生日となれば、高校生くらいでも少なからず誰しも特別な感覚を持つだろう。ただ、俺の場合は、高校生活の三年間を既に七回繰り返して、現在は八周目の二年目に突入しているため、ある程度の年を重ねた大人のように、年齢に対する興味は埋没していた。

 しかし今回は久しぶりに、スマホに表示されている日付が印象的に映っていた。そしてその日を迎えて、誕生日なんだとはっきりと認識してもいて。まぁ、正確に何歳になったかは数えない。そうするときっと頭がバグる。

 起きたのは十時くらいで、いつもよりも早めだった。花達がやってくると意識したせいだろう。

 それから通常通り生活しようとするも、そわそわしている自分がいて。友人に祝われるというのは何度かあったが、こんな風になるのは、初めての時くらいだ。それほどに新鮮で不安が渦巻いていた。

「……来たか」

 約束の午後四時となる。最近は日が長くなっているからかまだまだ明るさが残っていた。そんな中、家のインターホンが鳴らされる。ドアを開けると、そこには花がいた。

「来ましたよ師匠!」

 花は白のブラウスにデニムのショートパンツで、カジュアルな格好をしている。リュックを背負っていて、手にはケーキ屋らしき袋を手に持っていた。そしてさらにその視線を下に向けると、健康的な色をして少し肉付きのある足が伸びている。

「それ、ケーキか?」

「はい。三人でお金を出して、約束通り師匠が好きなチョコレートケーキ買いましたよ」

「ありがとな。じゃあ入ってくれ」

「お邪魔しまーす!」

 花は俺の案内を待つことなく、靴を脱ぎ捨てて部屋の中へと入っていく。追いつくと、すでに彼女は冷蔵庫にケーキを入れていて、そこからお茶を出しコップに注いで、机に正座で座って寛いでいた。

「お前、適応力高いな」

「師匠のお家なので、第二の家みたいなものですから」

「いつからお前の家になったんだ」

 その言動にツッコミつつ、先に飲み物を用意すべく、コップを食器棚から取り出す。そして、机の上にあった麦茶をそれらに注いでいると、またインターホンが鳴った。

「二人目だな」

「ボクが出てきますね」

「あ、ああ」

 軽やかな足取りで玄関に行き、扉が開かれると天堂さんの声が聞こえてきた。

「ようこそ」

「姉弟子、もう来ていたんですか」

「ふふん、ボクが一番乗りなんです。ささ、上がってください」

 まるで家主のような発言をして天堂さんと挨拶をする。言葉通り花は、自分の家と認識しているらしい。

「八鬼先輩、お邪魔しますね」

「これ、麦茶な」

「あ、ありがとうございます」

 天堂さんは花と打って変わって少し顔色に緊張が残っている。無理もないだろう、異性で先輩の家なのだからそれが普通だ。

 格好としては、英語のロゴが書かれた灰色のシャツに、下はゆったりとした黒のワイドパンツを履いていて、非常にラフな感じだ。スポーティな青色の帽子を被ってもいて、見慣れた私服姿だった。花の右隣に座ると、帽子を膝の上に置いて、麦茶を一口飲んだ。

 三葉が来るまで二人とダラダラと雑談して待つことに。しかし、会話が途切れ途切れになっていく段階になっても、中々来る気配がなくて。

「三葉、遅くないか?」

「どうしたのでしょう。もしかしかして迷ったり?」

「それなら連絡してきそうだけどな。というか、お前ら一緒に来ると思ったんだけど」

「三葉さんが、遅れるからってメッセージをくれて。二人だけだと、仲間はずれみたいで嫌だったので個別に来ることになったんです」

 きっと花が発案の気遣いなのだろう。彼女らしい優しさだ。

「ちょっと電話してみます」

 天堂さんがスマホに耳を当てて、数秒した後にドアの向こうから着信音のような音が微かに聞こえた。それから狼狽える三葉の声も聞こえて。

「ちょっと見てきます」

「ボクも行きます」

 二人でパタパタと玄関へ三葉を迎えに行った。すぐに扉が開いた音がすると、次に二人の黄色い声が響いた。

「師匠、来てください」

「いや、ま、待って……」

 そう呼ばれて、三葉に何かあったのかと気になり、俺も様子を見に行くと、それを認知した瞬間に全身が硬直した。

「……まじかよ」

「うぅ……わ、笑いたければ笑いなさい」

 目に飛び込んできたのは、ツインテール姿の三葉だった。服は清楚な水色のワンピースで同色の小ぶりなバッグを手に持っている。その可愛さ全開という普段と真逆の印象を与える姿をしていて、そのギャップは凄まじいものだった。

「そんな事ないですよ。とーっても可愛らしいです」

「あたしもそう思います。八鬼先輩もですよね?」

 俺にまで感想を投げかけられてしまう。何と答えるべきか、バグった思考を巡らせていると、三葉は顔を真っ赤に染めながら不安そうに俺の答えを待っていた。

「まぁ悪くない……というか良いと思う。似合っている」

「そ、そう。別に、あんたの意見とか気にしてないけれど……一応ありがと」

 素っ気ない言葉だが、顔には露骨にホッとしたと書かれている。

「それにしても意外です。三葉さん、こういう感じが好きなんですか?」

「ち、違うわ。あいつ……双葉に強引に変えさせられたの。本当は死ぬほど恥ずかしいのよ」

 まだまだ羞恥は拭いきれないようで、ずっと下を向き続けている。

「だから遅れて、玄関前にいたのもそういう理由か」

「……そうよ」

 今の自分の姿を見せる勇気が無かったのだろう。髪型を戻すという選択もあっただろうに、それをせず頑張って来てくれた事にいじらしさを感じてしまう。

「サンキューな三葉」

「べ、別にあんたのためじゃないから。お邪魔します」

 三葉は靴を脱いでから、全員の分の靴を揃えてから家に入っていく。

「ふふっ姉妹で本当に仲が良いんですね」

「あたしも羨ましいです」

 その間に二人はツインテール三葉に喋りかける。

「紗奈も仲良いでし〜」

「ああー……そうですね」

「どうしましたか?」

「いえ、何でもないです」

 三人は各々の位置に座り、出された麦茶を飲みながら談笑する。しばらくすれば全員リラックスモードになっていて笑顔も多く出ていた。

「そういや、何食べるか決めてなかったな」

「ボク、ピザがいいです! デリバリーの!」

 花はすぐにスマホでそのピザの商品ページを出して見せてきた。準備してきたのだろうか、すぐにそれが出てくる。

「二人はどうだ?」

「私は別になんでも構わないわ」

「あたしもオーケーです! この店、色々サイドメニューもあるし、美味しいんで」

 満場一致ということで、俺達は花の選んだピザ屋で注文することにした。食事代は割り勘という事になり、各々が好きなものを頼んだ。そして、それまでは何気ない時間を一緒の空間を過ごして、少し日が傾いてお腹が減った頃にそれが届いた。

 商品を開けると美味しそうな香りと全員の喜びの声が溢れ出す。そしてそれらを目の前に広げて。

「「「「いただきます!」」」」

 和やかなムードのままその合図と共に誕生会が始まった。




「「「ごちそうさまでした」」」

 あっという間に、机いっぱいにあったものは空になる。代わりに三人と一緒に食べたことで、腹も気分も満たされて。友人と食を囲むというのは、ループの中で何度もやってきたが、彼女たちとの食事は新鮮で食傷感は全く無かった。

「それでは、そろそろメインディッシュの時間ですね」

 花が一人だけ結構な量を食べ、三葉は少なめで、俺と天堂さんはそれなりに食べていたのだが、その中の一番が食後にすぐそう言い出した。

「正確の意味的にはメインディッシュはピザじゃないかしら」

「そ、そうですけど、細かい事を気にしちゃいけません。早速ケーキ取ってきますね!」

「いや、ちょっと休憩させてくれ」

「むむ……わかりました」

 花は素直に冷蔵庫に向かおうとしていた足を止めて座った。

 それから、少し間を置いてからデザートの時間へと移行していく。既に皿は片付けており、空き容量が増えた机の上に花がケーキを冷蔵庫から持ってきた。俺は、小皿を食器棚から取ってきて、フォークと共にそれぞれに置く。

「それじゃあどうぞ師匠」

 箱を開けて取り出すと、甘い香りと共に丸いチョコレートケーキが姿を現した。中にはロウソクも付いていてそれも出し、空箱は床に避けてそれを机の真ん中に。

「美味そうだな」

 チョコのスポンジの生地の上には生チョコレートとイチゴ、そして誕生日を祝うチョコプレートが乗っかっている。

「はいはーい。これを刺していきますねー」

 花はロウソクをケーキの外周部分に丁寧に突き刺していく。最終的にそれは俺の年齢の十七本で。

「火はどうするんだ?」

「あたし、マッチを持ってきました」

 天堂さんはマッチ棒を一本出して、箱の側面にそれをこすり付ける。が、先端に火は点かなくて何度かチャレンジするも燃えない。俺は危うさを感じ止めさせる。

「貸せ」

「けど」

「いいから」

 半ば強制してマッチを貰う。一度擦っただけですぐに点火。そのままロウソクに火を与えていく。

「って、何で俺がやってるんだ」

「すみません。あたし、慣れてなくて」

「師匠凄いです。ボクも怖くて出来ないんですよ」

「私も花に同じく」

「お前ら……」

 全てに火をつけて、装飾されたケーキを眺めていると、ついつい家族に祝われていた頃を思い出してしまい、少ししんみりした気持ちになってくる。

「電気消してきますね」

「ボタンはあそこな」

「はい!」

 花は俺に指さされた方向に早歩きで向かい、そして照明のボタンを押した。部屋は暗闇に包まれるも、その中でケーキが仄かなオレンジに照らされ、綺麗に揺らめく姿が浮かび上がっている。天堂さんはスマホのカメラをそれと俺に向けてきた。

「綺麗ですね」

「また撮ってるのか」

「はい! 先輩との思い出なんで!」

 天堂さんは無邪気にそう言い放つのだが、そのキラキラ発言は聞いているこっちが恥ずかしくなる。

「後でボクにもそれ下さい」

「参考にしたいから私も欲しいわ」

「了解でっす」

 残念ながら撮影は止める事は出来そうになかった。

「じゃあ皆で師匠のハッピーバスデーを歌いましょう」

「いや、そこまでしなくても」

「必要よ。誕生パーティーの儀式みたいなものじゃない」

「恥ずいんだが……」

「私達三人でお金出したのよ。それくらいの要求しても良いでしょう?」

 それを言われてしまうと何も言い返せない。求めてはないが、祝ってもらっているというのもある。

「……じゃあどうぞ」

「ありがとうございます。では皆さん、歌いましょう。せーの!」

 花の掛け声から、三人が俺へのハッピーバスデーを歌ってくれる。息はぴったりで、歌も手拍子もタイミングがバッチリだ。

 死ぬほど恥ずかしい。女子三人というのも少なからず高鳴るものがあったが、やっぱり全身が熱くなってしまう。

「「おめでとうございます」」

「おめでとう」

「……ありがとう」

「では師匠、火を消しちゃってください」

 歌の次はロウソク消しだ。俺は昔からこれを苦手としている。息を吹こうとすると、緊張なのか照れくさいせいか、口元が緩んでしまう。今回ももちろん同じだった。

「師匠、一撃で全部吹き飛ばしちゃってください!」

「は、ハードル上げんな」

「八鬼先輩、ちゃんと撮ってますからね」

「お前らわざとやってんのか」

 プレッシャーをかけられてしまい、さらにニヤけそうになる。このままではまずい。俺は何度も深呼吸を繰り返し、頬を両手で叩いて顔をシャキッとさせる。揺らめく火に狙いを定めて、大量の空気中の酸素を腹へとリロード。そして口元をすぼめて一気に吐き出した。火はたちまち消えていき、部屋はブルーライトの光のみとなった。

「しゃあ!」

 勝った。いつもはいくつか残ってしまうが、今回は完璧だ。逆境でもありその喜びは一入。さながらゴールを決めた時のような感覚だった。

「い、意外ね。そんなに嬉しいの?」

「……い、いやこれは違うんだよ」

 今日は何だかおかしい。やはり、無意識下で浮かれてしまっているのだろうか。頭を抱えていると、ぱっと部屋の明かりが点灯する。花が点けてくれたようだ。

「あたし、そういうギャップ大好きです! ありがとうございます!」

「ボクも可愛らしくて良いと思います。わんぱくな感じも主人公っぽいですし」

「止めてくれ……」

「ふふっ。たじたじね」

 今すぐ暗闇に戻して欲しい、顔が熱いから。どうして誕生日なのにこんなにメンタルをくすぐられなければならないんだ。

「は、早く食べるぞ」

 俺はケーキを切るナイフを取りに緊急離脱する。そこで一旦気を持ち直して、再び戦場へと赴いた。

 まずは誕生日のプレートを抜いてから、食べやすいよう四等分に。それから、それぞれの皿に置いていった。特段、示し合わせる事なく俺達はケーキを口に運んだ。

「おいひーです……!」

「上品な甘さね」

「飽きずに食べられそうです」

 俺も三人と同様な感想を持った。甘すぎて途中でキツくなる事が結構あるのだが、これは良い塩梅で、しかもいちごがリフレッシュとなって食べ続けられそうだ。

 ピザと同じで味わってはいるが、ケーキもあっという間になくなってしまった。

「もう七時二十三分か」

 まるで時間が溶けたような感覚に陥る。窓を見れば、外は完全に夜となっていた。

「そろそろ帰らないといえないんじゃないか?」

「ですね。では、最後にボク達からプレゼントがありまーす!」

「そう……だったな」

 誕生会を計画の時に、プレゼントを渡してくれるという話になった。遠慮したのだが、絶対に必要だと三人が譲らなかったのだ。

「ふふん。びっくりしちゃうかもですね……」

 女性陣はそのプレゼントをバッグから引っ張り出し始めた。その中で花が一番自信に満ちた笑みを浮かべている。何だか嫌な予感がする。

「先誰から出します?」

「主人公は遅れてやってくるのでボクは最後で」

「何なのその理由は。まぁ、私からにするわ。はいどうぞ」

 先鋒は三葉だ。彼女は手のひらサイズのプラスチックで紅白のラインが入った袋を手渡してくる。掌に乗せると柔らかな感触がした。

「開けて良いか?」

「もちろんよ」

 少なからず胸を躍らせながら中身を確認すれば、そこには三つ葉のクローバーが十本くらい詰め込まれていた。

「ふふっ、驚いたかしら? 私が集めた中で、良い感じのを厳選したのよ」

「ああ驚いてるよ。お前がそんなに堂々とこれを出して、やりきった感を持っていることにな」

「え、嬉しく……ないの?」

 本気でありえないといった表情をする。嘘だろ。どうやら三葉は冗談ではないみたいだ。段々と不安そうに瞳を揺らして、しょぼんと落ち込んでしまう。胸が痛い。

「い、いや……結構嬉しい……かな」

「ほ、本当?」

「三葉の大切な物を送ってくれたんだ。最高の……最高のプレゼント……だ」

 顔が引きつってしまうが、何とか笑顔を作った。そうすると徐々に三葉の顔色が戻ってくる。

「良かったわ。英人、言ってくれたものね。そういうの好きって」

「あ、ああ。ありがとうな三葉、大切にする」

「ええ!」

 そういう意味の好きではなかったのだが、伝わってなかったのだろうか。

「じゃあ次はあたしですね。これをどうぞ」

 中堅は天堂さんだ。彼女は三葉のくれた物よりも小さなプレゼント用の紙袋を手渡してくれて、許可を貰い開ける。頼む、良い物であってくれと中を確認するとそこには黒のUSBメモリーが入っていた。

「おおっ。結構良いじゃん」

「先輩、喜ぶのは早いですよ? まだあるんですから」

「まじかよ! 一体何を?」

「……ねぇ英人? 私の時と反応が違わないかしら?」

「気のせいだ、気のせい。それよりも早く見せてくれ」

 先鋒が出したものと比較すると、このプレゼントが神レベルに見えてきて、さらに追加であるとなると、もう何でも喜べる気がする。

「実はそれに入っているんです。パソコンありましたよね」

「あ、ああ」

 途端に危険信号を感じ取る。食事のためにどかしていたノートパソコンを勉強机の下から引き出し、床に置いて早速それにUSBを挿してデータを見た。どうやら動画ファイルらしい。

「……」

「どうですか? これがあたしのメインです」

「何だ……これは……」

 映像には俺が映っていた。主に同好会として活動する姿や日常を所々隠し撮りしているようなシーンだった。それらはしっかりと編集されていて、繋ぎの部分も自然に切り替わっていたり、音楽もネットで良く聴くような日常感のあるフリーBGMがかかっていたり、シーンに合わせて雰囲気に合うような映像効果を使っていたりしている。労力はかけられている事だけは確かだった。

「あたしなりのプレゼントです。やっぱり思い出ってエモいですし、これを作れるのはあたしだけなので作りました」

「……これ三十分もあんのかよ」

「はい。本当はもっと入れたかったんですが、長すぎてもあれなんで、まとめました」

「……お、俺のために頑張ってくれてありがとう。後で、ゆっくり見る」

「感想待ってます」

 一旦映像を止めてパソコンを閉じた。そして俺は力なく天井を見上げる。

「……」

 俺を想って長い時間をかけてくれた事は伝わってきてしまって、否定する事はもちろんの事、ツッコむ事すら出来ない。その歯痒さにおかしくなりそうだ。まさか想像の斜め下の物を渡されるとは思わなかった。三葉のプレゼントと良い勝負だろう。このレベルで拮抗しないで欲しい。

「では最後はボクですね」

「ああ……頼むぞ……花」

「な、何だか期待の眼差しが凄いです……」

 現状オマケのUSBが一番という類を見ない次元でのプレゼント渡しが行われている。普通に喜びたい。もう、花に縋るしか無かった。

「こ、これをどうぞ!」

 花がくれたのはリュックいっぱいに入っていた大きな薄ピンクの箱だった。赤リボンで閉じられていて、両手で持ってみると意外に重量はなく、とりあえず正座している膝の上に乗せる。

 箱の見た目としては一番誕生日プレゼント感があって期待感が持てた。開けるよう促され、丁寧にリボンを解いて慎重に箱を開けていく。

「……こ、これは!」

 蓋を取り外し、その中身を認識した瞬間だった。

 ……俺は力を失い仰向けに倒れ込んだ。

「し、師匠!? どうしたんですか?」

「花……これってもしかして」

「はい! 師匠が欲しがっていた限定ベルトを真似してダンボールで作ったベルトです!」

「はは……」

 これは現実なのだろうか。悪い夢なんじゃないか。いやもう夢であって欲しい。これを誕生日プレゼントで出されてどう反応すればいいのか。

 あのベルトのメインの部分は四角なっていて、複雑なデザインでもないから、それっぽく作るのは難しくはないのだ。俺も、とても高クオリティなら興奮し喜びを爆発させていただろう。しかし、残念ながら小学生が作ったような出来栄えで、当然ギミックを動かすような仕組みもない。小さな子供が親に渡す状況で許される物だ。

 三葉はこちらの様子をスマホでメモしていて、天堂さんは相変わらず撮影していて、花の出した物に反応は無い。もしかして、俺の感覚がおかしいのかと疑いたくなってしまう。

「あの、師匠?」

 花は立ち上がり、こちらに寄ってきて座り、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「お前、凄いよ本当に」

 この女にはいつも鈍化していたはずの感情を動かされる。こんな事、しばらくループしてからはほとんど無かった。

「えへへ……褒められちゃいました」

「これ巻けるのか?」

「もちろんです。師匠の事をよく見ている紗奈ちゃんと相談して作ったので」

「はい。あたし達、弟子コンビの結晶です!」

「ちょっと怖いんだが……」

 つまり俺のウェストを測らずに推測したという事だよな。もう警察に言ったら動いてくれそうな事をしてないだろうか。エスカレートしたら相談しよう。

 花のプレゼントにリアクションが無かったのは事前に相談していたからみたいだ。なるほど、これなら納得出来る。いや、知らされた上で止められていないのだから、より悪い気がしてきた。

「ふふっ。花らしいプレゼントよね」

 腹筋の力で少し上半身を少し起き上がらせ、三葉を見ると、手で隠して上品に笑っていた。どうやらこいつは、俺と近い感覚を持っていたようだ。それはイラッとするよりも、俺は異常ではなかったと安心させてくれた。その心持のまま、再び寝そべる。

「ボク、沢山考えて調べたりした結果手作りが良いんじゃないかって思って。それで師匠が好きな物であるベルトを作ったんですけど……どうでしたか?」

「花のおかげで面白い思い出になったよ。ありがとな」

 そう返答すれば笑顔を見せるかと思えば、花は少し複雑そうな神妙な面持ちになって。

「……えと、その。ボクは、師匠が心を預けられる人に近づけていますか?」

 なんて、俺の耳元でそう聞いてくる。すぐに顔を離した彼女の顔は少し緊張気味だった。

 答えずうやむやにしたいのだが、それをした先の彼女の姿を想像してしまい、その道が閉ざされた。

「まぁ……前よりはな」

「えへへ、良かったです……! 師匠、ボクともっともーっと仲良くなりましょうね!」

 花の無邪気な笑顔は天井の照明と相まって、とても眩しかった。思わず目を細めてしまうほどに。

「師匠……」

 俺は思わずその光を隠すように、その光を掴もうとするように、左手を伸ばしてしまう。すると花の小さく滑らかで柔らかな両手に包まれる。無理矢理解く事は出来なくて、その心地の良い温もりはしばらく繋がれたままだった。



「じゃあな三葉」

「ええ。今日はありがとう、私のわがままに付き合ってくれて」

「気にすんな。まぁ、俺も良い経験が出来たから」

「そう、良かったわ。それじゃあまた明日」

 三葉は手を振ってから、確かな足取りで駅の改札を通って行った。

 誕生会が終わったのは八時頃。一応完全な夜になっており、女の子三人だけで帰らせるのも不安と思い全員を送る事に。まずは天堂さん、次に花、最後に三葉という順だ。

 そして最後の一仕事を終え、俺は一人で静かな夜道を歩いた。街灯の薄明かりは儚く心許ない。周囲に人の気配はなく足音と風の音だけだった。直近まで騒がしい彼女達といた落差のせいで、より静かに感じていた。

 そんな道中、左手にコンビニの明かりに照らされ、人の姿も確認出来ると、一安心する。

「……英人?」

「おお、純か」

 丁度コンビニから出てきたのは純だった。夕飯だろうか、袋には弁当や飲み物が入っていた。

「三人の送迎は終わったのかな」

「聞こえてたか」

 彼は俺と同じアパートの下の階に住んでいる。互いに積極的な人間でもない上に、今まではサッカー部と帰宅部ということで時間が合わなくて、近所に住んでるとはいえ、そこまで交流はしていなかった。

「たまたま家を出る時が一緒でさ。そこで三人を送ってる姿を見てね」

「うるさくなかったか?」

「あのくらいなら大丈夫だと思うよ」

 俺達は自然に横並びになって同じ帰路を歩いていく。

 不思議なもので、純が隣にいるというだけでさっきまでの心細さから開放された。何だか花達と関わるようになって、一人という状態に対しての抵抗力が下がっている気がする。

「そういえば言うのを忘れてたよ。誕生日おめでとう、英人」

「おう」

 俺としては誕生日というものに対して価値がなくなりつつあったのだが、それを覚えて貰えているというのは少し嬉しいなと考えを改めた。あいつらのもしっかり記憶しておかないといけない。

「彼女達にも誕生日を祝ってもらったんだよね」

「まぁな」

「そっか……安心したよ」

「安心?」

 意味がわからない感想だった。高校生くらいなら羨ましいとか妬ましいとかリア充爆発しろとでも言いそうだが。

「高校生になってから、急に全てに無関心で、生気が薄い感じになってて心配してたんだ」

「お前、そんな奴をサッカーに誘ってたのかよ」

「いや、サッカーをすればまた戻るかなって思ったからさ。だって、サッカーをしてた頃が僕から見たら一番キラキラしていたから」

「……気のせいだろ」

 純の視点では高一になった瞬間での大きな変化だ。違和感を持たれるのも当然だろう。言い訳は色々作れるが。

「でも、後藤さん達と仲良くなってから段々と目に光が宿った。そして今の英人は僕の知ってる姿に近づいてる。これが幼なじみオブザーバーの観測結果かな」

 まぁ、当初予定していた立ち振舞からは大きくズレているのは確かだ。オブザーバーを自称しているだけはある。

「怖い怖い。そんなに見られるなんて俺は愛されてるんだなー」

「そうだね」

「え」

 冗談が肯定されてしまい素っ頓狂な声を出してしまう。純の顔を見るといつも通り穏やかな表情でいた。

「英人は愛される人だと思うよ。皆が知らないだけでさ。だから、後藤さん達みたいな人が増えて嬉しいんだ」

 そんな風に思っててくれていたなんて知らなかった。どれだけ近くにいても言葉にしなければわからないものだ。

「……そうだ。僕も誕生日プレゼントを渡さないとだね」

「いいよ。気にすんな」

 これ以上優しくされると今後サッカー部の誘いを断りづらくなってしまう。

「そうはいかないよ。まぁ何かあるわけじゃないんだけどさ。……あ、じゃあこれにしようかな」

 そう言って指差したのは闇の中に淡く光を放っている自動販売機だった。それはアパート近くにあるもので、学校帰りに使う事がたまにある。

「プレゼントとしては相応しくて悪いんだけど。選んで」

「そんな無理にしなくてもいいんだが。まぁ、そうだな……コーラにでもしようかな」

 何となくパーティー感があるものを頼む。普段はあまり飲まないというのもあるし、この自販機の中ではトップレベルに高い。奢ってもらえるなら高額の方が得だ。

「はい、どうぞ」

「サンキュー」

 ボタンを押してガチャガチャと音を立ててコーラが落ちてくる。純は取り出して俺に手渡してきた。受け取りそれを胸に抱いてもうすぐそこのアパートへと再び進む。

「やっぱちゃんと用意しておくべきだったなぁ」

「いや、このプレゼント割とマジで嬉しい」

「そんな訳……って何でそんなに大事そうに抱えているのさ。そ、そんなにコーラ飲みたかったの?」

「違うんだ。今日色々な物を貰ったせいで、これが神レベルのプレゼントに見えるんだよ」

 ただの自販のコーラなのに、超高級飲料水のように見える。俺はその想いを伝えたく、純に今日の出来事を教えた。

「あはは! それは凄いね。英人が喜ぶのも理解出来るよ」

「だろ? もうおかしいんだよあいつら。ありがたいんだけど、そのポジティブさを上回ってくるんだよ」

 言いたいことを溜め込んでいたせいで、純に話して共感してもらえると、救われたような気持ちになる。

「けど、普通じゃ体験しょうがない良い思い出にはなったんじゃないかな」

「まぁそれはそうだな」

「それに、僕の見立てだと英人は普通じゃない方が合ってる気がするしね」

「おい、それはどういう事だ」

 まるで俺が変な奴みたいな言い草で聞き逃がせない。

「そのままの意味だよ。おっと、もう着いちゃったね」

 そうこうしている内に純の部屋の前まで来てしまう。やはり人と話しながらだとあっという間だ。

「そうだ、せっかく英人がもとに戻りつつあるみたいだし一応聞いておくね。サッカー部に入らないかい?」

 いつもの定型文の勧誘をしてくる。今回も本気という訳じゃないだろうが。

「前向きに考える事を善処する」

「もはや一周回って露骨な否定になってるよ」

 当然、純はすぐに引き下がって苦笑を浮かべる。

「それじゃ僕は帰るよ。おやすみなさい、英人」

「おう、おやすみ」

 別れの挨拶を交わし、純はドアを開けて中に入り、俺は二階へと上がり自分の部屋へ。

「ただいま」

 そう言っても誰もいないため言葉は返ってこない。電気を点けるといつもの俺の部屋が照らされた。一人になったせいか、少し広々としているなと思ってしまう。

「飲むか」

 コーラの蓋を開けると、プシュっと音を立てる。そしてそれを喉に流し込むと、中で炭酸が弾けて軽い痛みと甘さと爽快感が脳を震わせた。

「はぁ……疲れた」

 一人でいるのは楽だ。そして、誰かといると疲れてしまう。でも、今の俺は後者の方が魅力的に見えていた。感情を刺激され、砂糖を食べたような多幸感を得て、一人になり爽やかな静けさを浴びる。

「……」

 こういう時間が続けば良い。無意識にそう願っていた。その先にある事を考えもせず。俺はコーラを味わうように目を閉じて、飲み続けた。

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