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GO TO END ~女神は才能を逃してくれない~  作者: しぐれのりゅうじ


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2話 主人公同好会(仮)

 昨日の雨が嘘のように翌日は、青空が澄み渡っていた。気温の変化に体が振り回されつつも、学校に登校し、いつも朝の会の開始十分前くらいに教室に入ると、中にはもうほとんどクラスメイトが揃っていた。

 俺は後ろのドアから入り、誰とも言葉を交わさず席に座る。室内には話し声で満たされており、特に耳に入ってくるのは、昨日のこともあって純と花の声だった。入口付近の席は空いていて、そこが三葉の席であり恐らく休みだろう。

「今日の授業は……と」

「おはようございます、師匠!」

 リュックから教科書を出していると、頭の上から元気な挨拶が飛んできた。

「師匠呼びは……おはよう」

 いちいちツッコんだらきりがないと思い俺は諦めた。ただ、せめて人前では恥ずかしいので止めて欲しいが、言っても無駄だろう。見渡すと、純がこちらを興味しんしんという様子で観察していた。

「師匠ってあのベルト買いました?」

「まだだな。買う予定ではある」

「すっごいオススメです。音声が豊富で、塗装もいっぱいあって高級感がありますし、何よりギミックが最高なんです!」

 朝からテンション高く早口にそう語った。もしループしていなかったら同じ熱量でいれたかもしれないが、何回も買って遊んでいるためそれにはついていけない。

「随分楽しんでるんだな」

「はい! もしすぐに遊びたくなったら言ってくださいね。……実は今日も持ってきているんです」

「おい、委員長」

 主人公を目指しているとは思えない悪い顔をして、耳元で囁いてくる。

「えへへー。でも、ちょっと隠し事がある方が主人公っぽくないです?」

「わからなくはない」

「ですよね。師匠もそうですし、秘密は主人公の嗜みです」

「いや俺は別に秘密にはしてないけどな」

 目立ったり、奇異の視線を向けられたりするの面倒だから言わないだけだ。

「……ってもう時間ですね。今日もお昼、一緒しましょうね」

「りょーかい」

 彼女ははにかみながら、ワタワタと自分の席に戻っていった。それから前方の入口から先生がやってきて朝の会がスタート。先生からの連絡や話は聞き流してそれが授業開始五分前くらいに終わると、束の間の自由時間に純が話しかけてくる。

「驚いたよ、後藤さんといつの間に仲良くなったの?」

「昨日ちょっと話してな。そこまで仲いいわけじゃないがな」

「そうかな。僕には楽しそうにしてるように見えたよ」

 純の感想に返答するための言葉は俺にはなかった。

「……というか、どうして師匠って呼ばれてるの?」

「知らん。それに俺は認めてない」

「はははっ。やっぱり楽しんでるみたいだね」

 どういう理屈でそう確信したのか。俺のサッカー復帰に可能性を感じていることといい、幼なじみでも何が見えてるのかまるで理解できなかった。



 昼休み。座りっぱなしで固くなった体を伸ばし開放感を味わっていると、すでに弁当を持った花が目の前にいた。

「師匠、行きましょう!」

「はいはい」

 俺も弁当を持って、先へ先へ行こうとする彼女についていく。ふと三葉の席が視界に入り、大丈夫かなと考えてしまってついそこで立ち止まってしまう。

「その席は……霜月さんのですね」

「お休みらしいですけど心配ですね……もしかして何か悩み事があるのかも」

 あいつはほとんど人と関わらないから、花がそう思うのは無理ないだろう。それに、委員長という立場からも気になるのかもしれない。

「風邪だよ。最近は気温の変化が激しいからな」

「し、知ってるんですか!? どうやって、あの孤高でクールでミステリアスな霜月さんの情報を?」

 その事について、いつもの教室への道中に雑談代わりに話した。

「昨日帰りにばったり会ってさ。熱出して今にも倒れそうになってるのに一人で帰宅しそうだったから、家まで送ったんだ」

「い、家まで……!? 一体どういう関係ですか? もしかして、主役的な人同士は引かれ合う的な感じですか?」

「三葉も主人公に見てるのか……」

「名前呼び……もしかしてこ、恋人!?」

 これ以上はあらぬ方向に誤解されかねない。広がる前に止めなければ。

「ただの幼なじみだ。実家の方が隣なんでな。まぁ、最近はほとんど口を利いてない。だから、そういう関係ではないからな」

「霜月さんとお、幼なじみだなんて……流石は師匠です。教室の席の位置もですけど、主人公属性いっぱいですごいです」

 相変わらず誰もいない教室に入り、入口近くの中央の席に隣り合って着席して弁当を広げた。花も同じく藍色の二段弁当箱を開けて、色々な食材が混ざった香りをほとばしらせている。

「うぅ。お母さん、トマト入れないでって言ったのに……」

「嫌いなのか」

「はい、もうじゅわっとくる酸っぱさとか青臭さが苦手なんです」

「俺も昔は好きじゃなかったな」

 俺のも蓋を開けて、昨日とほとんど同じような組み合わせの中身に箸をつついた。違いとすれば今日はそぼろご飯にしているのとおかずを唐揚げにしているところだ。

「いただきます」

 手始めに米を口に入れて、それから野菜類、そして唐揚げ。

「唐揚げ美味しそうですね」

「そ、そうか」

「……いいなぁ」

 弁当を覗き込んで、こちらへと物欲しそうに訴えかけてくる。

「やるよ、まだ手をつけてないし」

「ほ、本当ですか! ならこちらも交換を……ええとですね」

「トマトでいいよ」

「いやいや、それじゃあ釣り合わないです。せめてこのシャケとかじゃないと」

 彼女の弁当にも焼き魚や卵焼きとか、魅力的なものはあったが、選んだのはトマトだ。

「気にすんな、今は嫌いじゃない。残したらもったいないだろ。それに作ってくれた人ももやっとするだろうし」

「……師匠ってそういうところしっかりしているんですね」

「多少自分で作ってるからそう思うんだろうな」

「それ、師匠お手製のお弁当なんですか!?」

 弁当箱と俺を何度も交互に見て、繰り返し繋がりを確認する。すると、切羽詰まったような表情になって。

「どうしましょう、師匠」

「な、何だよ」

「ボクの中で師匠の好感度がずっと上がり続けているんですけど!」

「上がっちゃ駄目なのかよ。俺の好感度は血圧か?」

 俺にどうしろというのか。勝手に上昇させて困らないで欲しい。

「そうです、血圧みたいなものです」

「あっ、そうなんだ」

 普通に肯定されてしまった。

「他人への好きって気持ちは高すぎず低過ぎずちょうどいいバランスがいいんですよ」

 過去にそういう失敗があったのか、花の顔に影がかかる。

「……それは同意するが、花からそんな本質的な話が出るとは思わなかった」

「ボクの事、ちょっと馬鹿だと思ってました?」

「うん」

「ありがとうございます、おかげで好感度を少し下げられました」

 そう花は胸をなで下ろす。

「でも元々主人公っぽい師匠なので、初めから印象が凄く良いんですよね。何かありませんか」

「じゃあ、お前と真反対で主人公キャラは好きじゃなくて悪役が好き」

「そういう捻くれた感じ、主人公っぽくて好きです」

「……なら、部活入ってなくて学校終わったらさっさと家に帰ってダラダラ過ごしてる」

「そういう主人公もいますよね。実は能力が高いんですけど、過去の影響で能力を発揮できないみたいな!」

 自分でも言ってて主人公っぽいと思ってしまったが。もう何を言っても肯定されそうだ。第一印象のせいで主人公フィルターがかかってしまっている。

「あの、これ以上続けると高血圧になりかねないので止めていいですか?」

「そうだな、俺も殺人犯にはなりたくない」

 話し過ぎて全然箸が進んでいないかった。それを取り返すべく手を加速させた。

「それにしても、師匠は運命の人ってレベルで主人公属性持ちですよねー」

「……運命の人に出会ったなら花も主人公属性が付いたんじゃないか」

「……ほ、本当ですね。ボク、主人公に近づいてる?」

 花は信じられないといった様子で自分の両手を眺めて。しかし、段々と飲み込めてきたのかじんわりと笑顔になり。

「師匠! おかげで一歩主人公の道を進めました! ありがとうございます!」

「よし、それならもう師匠じゃなくなるよな。同じ主人公同士よろしくな」

 これで取った覚えのない弟子がいなくなる。

「まだですよ、師匠。一歩目と言ったじゃないですか。百万歩先にいる師匠は師匠なんです」

「それなら俺に追いつくのはいつになるんだよ」

「大丈夫です、頑張って追いついてみせますから。そこまでは師匠でいてください」

 理解してやっているのか、祈るように両手を合わせて上目遣いに頼み込んでくる。だが、その手には負けない。

「出来の悪い弟子は破門する」

「そ、そんな! お願いです、見捨てないでください。ボク、これを逃したらずっと主人公になれず、希望のない一生暗い人生を歩んでしまいます」

「いや、大袈裟な」

 流石に過剰に表現しているのだろうが、悲痛な面持ちで縋り付いてくる。

「ボク、すぐにまた一歩進みます。もう今日の放課後に予定もあるので……お願いします」

「わ、わかったから。とりあえずそんな目で見るな」

 どうやら俺には悪役になりきる力は無さそうだ。花の悲しむ顔より明るい顔を見ている方が心の平穏が保たれる。

「……それで、何をするんだ?」

「同好会を作ります!」



 放課後、俺は帰ろうとしたのを止められて無理やり花に連れられて廊下を歩いていた。

「全く、約束したのに帰ろうとするなんて」

「悪いな、気が変わったんだよ。ということで帰ってもいいか?」

「その我道を行く感じもすごく主人公みたいで、最高ですね! でも駄目です!」

 こんな調子だからつい力が抜けてしまって花のされるがままだった。

「それで、どこに行くんだ」

「生徒会室です。同好会の申請書を貰いに行くのです!」

「同好会って何をするんだ?」

「よくぞ聞いてくれました。その名も主人公同好会です!」

「……何だそれ?」

「ふふん。何か主人公っぽい事したり主人公を研究したりする感じ……みたいな」

 どうやら深くは決まっていないらしい。せめてもう少し中身を決めて欲しかった。

「というか同好会作るって、この高校は緩い方だが顧問は必要だろ? まずはそこからじゃないか」

 俺はループの中で生徒会メンバーだった事もある。この高校では、部活にするには六人以上が必要で、同好会なら顧問と二人以上のメンバーがいれば作れる。色んな同好会や部活動があり、割と緩めに作れるが、顧問をやってくれるような先生に空きはほとんどなく、それを見つけたとしても今度は生徒会員の目というのがちゃんとあり、ある程度のハードルがあった。

「だいじょーぶです! 顧問は担任の佐藤先生がしてくれることになったんです! ほとんど顔は出せないと言われましたけど」

 佐藤先生は、厳しく真面目な人ではあるものの、ある程度の柔軟性を持ち合わせている先生だ。

「花さんならって信頼してくれて。照れちゃいますよね」

流石は成績優秀な委員長だ。先生からの信頼は厚い。でも、もう少し中身を考えて欲しかったが。

「でも、顧問がいても流石にそんな同好会、生徒会のやつから認められて申請書を貰えるかどうか……あ」

 そう言ってて気づく。うってつけの奴がいたと。

「七海か」

 それをあてにしているのだろう、花は自信たっぷりだ。

 しかし正直、花と二人きりと状態で会いたくなかった。俺は高一の頃から七海嫌われており、それはどの周回でもほとんど変わらない。根本的に相性が悪いのだろう。その上、あいつは花に気があるのだ。非常に面倒な事になりそうで、帰りたくなる。

「え、師匠って七海くんの事、知ってるんですか?」

「当たり前だろ、同じクラスだぞ」

「意外ですけど……。実は、七海くんと基準を満たせば申請書をくれるって約束も取り付けてあるんです」

 この行動力とそれを可能にする信頼には舌を巻く。俺としては厄介でしかないが。

 そう話しているうちに生徒会室の前に来る。他の教室とは少し造りが違いがあり、豪華さがあった。花はその扉に緊張も感じさせずノックして呼びかける。

「ということで連れてきましたよ、七海くん。同好会メンバーです」

 俺は無理やり花に連れられて生徒会室の前にいた。そして花が呼び出すと、生徒会メンバーの男子生徒であり、花の求めていた人物である七海出雲(ななみいずも)が顔を出した。

「本当に入る人がいたのか……」

「はい! そうなんです」

「俺は別に承諾してないけどな」

 顔つきは、いかにも真面目な優等生といった感じで、そこにフレームの大きいメガネをかけているから、まさしく生徒会の一員という見た目をしている。性格的な方は見た目とは真逆で、口が荒っぽかったり気が強かったりする。ただ、花に対してはそんな姿は見せないが。

「二人以上いれば同好会は作れるんですよね?」

 花が自信満々にそう確認すると七海は薄く微笑みながら頷く。

「さぁ、前に話した通り主人公同好会を作るので申請書を下さい!」

「主人公同好会か……まぁ花さんが作る同好会だし、顧問の先生もいるし、人数も満たしている。内容は……話を聞く限り、要は主人公について研究するでいいのかな。オカ研もあるし、それと同じようなものだろう……」

 ブツブツと呟いて思慮を巡らせているが、露骨に聞かせて、その内容は前向きなもので、花の表情は期待にみるみる明るくなる。それを七海はチラチラと見ていた。

「それに約束もたし……わかった。じゃあこの申請書を書いて。出してもらえば俺が通しておくから」

「わーい! ありがございます、七海くん!」

「……どういたしまして」

 子供みたくはしゃいで申請書を受け取る花に七海は少し表情を崩した。

 本来ならこんな訳の分からない同好会、顧問がいるとはいえ申請書を出す前に却下されそうなものだが、七海を選んだのは正解だったな。

「それにしても、八鬼が花さんと関係があったなんて知らなかった」

 一旦同好会の話が終わると、七海は花から今度は俺へと視線を向ける。その温度感は花とは全くの真逆のもので、明確に気に食わないと目が雄弁と語っていた。

「……まぁ、ちょっとした理由があってな」

「何だよ、それは」

 俺に対しては微かにだが嫌悪を隠さない。こちら側としては、そこまで嫌な訳ではないが、一方的に悪意を向けられれば流石に少しは返したくなる。やはり根本的に相性が悪いのだろう。もちろん純は七海とも関係を構築していて、真逆の性格の奴とも仲良くなれるコミュ力には尊敬してしまう。

「ふふん、ボクの師匠になってもらったんです」

「し、師匠……!? へーそれは、おもろしろいな」

 それを聞くと七海顔が引きつる。花を気にしてか、大きな感情は出さず拳を強く握りしめて抑えようとしている。

「言っておくが花が勝手にそう呼んでるだけで、認めてないからな」

「呼び捨て……随分仲が良いんだな」

 ぎろりと睨まれる。もはや慣れたものだが、気持ちの良いものではない。

「別に、最近まともに会話したばっかりだけどな。お前と違って」

「そ、それだけで師匠なんて」

「本当ですよ? えへへ、実はですね師匠って凄い人で、ボク、ひびっときたんですよ! これが運命の出会いなんだって!」

「うん……めい」

 追撃のような花の余計な一言で、この回が一番嫌われる事が確定してしまう。だが、ダメージを受けてよろける七海に少しスカッとした自分もいた。

「もう用は済んだし、戻らないか?」

「ですね。七海くんありがとうございました。また明日」

「あ、ああ……また明日」

 呆然としている七海に背を向けて、クラスへと引き返す。廊下は放課後の疲れと浮ついたような空気感で満たされていた。

「師匠って七海くんと友達だったんですか?」

「あれを見て何故そう思うんだ。」

「普通にお話してましたし、七海くんがいつもと違う表情をしていたので」

「そうでもないし、仲良くなれる気もしない」

 そうは言ったが、俺は唯一仲良くなれた周回を思い出していた。それにはこの後藤花が関連している。

「……ボクの顔に何かついてます?」

 七海は花に片思いをしていただけでなく、ほとんどの周回で恋人関係になっていたのだ。花と関係を深められなかったのもまた七海の影のせいでもあった。そして、七海と上手くいった回は、七海の恋を全力でサポートした事が理由だ。と言っても、そこまで親密になれたわけでもないが。

 そんなわけで俺は、七海の前で花といると寝取ったような妙な罪悪感があった。

「それで、これから二人で活動していくのか?」

「いえ、ボク的にあと二人くらい欲しいんですよね。四人って主人公パーティみたいで良くないですか?」

「わからんでもないな」

 花の言っている事を理解できてしまうのは微妙な気持ちになる。

「なのでまずは、メンバー探しです! それもまた主人公っぽいですしね!」

 全何をするのかいまいちわからない同好会に人が来るのだろうか。決まっているよりかは飽きなさそうではあるが、非常に面倒だ。

「……やっぱり、俺も参加しなきゃか?」

「もちろんです! さぁ、すぐに申請書を出して、早速まだ見ぬ仲間を探しに行きましょう! まだ仮の状態ですけどね!」

 入ってしまった以上、何もしないわけにもいかないので、とりあえず参加する事にする。断っても無理やりさせられるだろうし。

 放課後の活動が始まると合図するように、運動部の掛け声や吹奏楽部の音が、廊下を反響していた。



「見つかりません」

 暫定として同好会で使用している、五階の空き教室で花は力なく机に突っ伏す。すでに二日経ったが成果はゼロ。声をかけれる人にはかけたようだが全敗北。人望があるといったのは撤回しようと思う。

「いっちーときゅーちゃんもだめだなんて……もう駄目です、おしまいです」

「まぁ、元気出せよ」

 花の友人である一ノ瀬さんと宮藤さんにもふられたのは予想外だったらしい。彼女達はいつも一緒にいる仲良し三人組で、関係性としては末っ子の花と二人の姉といった感じだろう。まともな感性をしているため、こんな同好会には入らないのは当然だった。

「師匠はどうですか?」

「悪いな、成果なしだ」 

「うぅ……どうしましょう……主人公同好会、早速大きな壁に激突です」

 俺としても困った展開だ。他に人がいれば、フェードアウトしやすいのだが。

「ぐぬぬ。……あっそうだ良い案が浮かびました」

「ほう、聞かせてもらおうか」

「オカ研あるじゃないですか。何か悪役っぽいですし、主人公同好会としてそれを倒せば注目してくれるんじゃないですかね」

「お前は何を言ってるんだ。もはやそれは主人公同好会じゃなく悪人同好会だろ」

 少し期待した俺が馬鹿だった。というか俺よりも花の方がよっぽど悪役っぽい思考をしている。

「じゃもうどうすれば……」

「とりあえず今日は諦めないか。考えててもしょうがないだろ」

「そう……ですよね……はぁ」

 渋々といった感じで花は活動終了を告げたので、俺達は帰り支度をして校舎を出た。すると、運動部の活気の声が聞こえてくる。しかし、隣を歩く沢山の人から断られて希望も見えない状況に、いつも明るさを咲かせている花も、今はしぼみきっていた。

 かなり落ち込んでいる花をほっといてこのまま別れる、なんて事はできそうになく、どうするか頭を回している中、無意識にポケットに手を突っ込むと入っていた紙に触れる。それを取り出すとそれは天堂さんに貰った店の割引券だった。

「それ……『天堂』のじゃないですか」

 俯きがちだった花が顔を上げて食いついてくる。

「知ってるのか?」

「もちろん。家からも近くて何度か行った事があります。師匠は行ったことは?」

「ない。何かそこの店の天堂紗奈っていう、一年の子に渡されたんだよな」

「ああ、たまにお店のお手伝いをしている子ですよね。あんまり話した事はないですけど、凄い子って事は知ってます」

「そうそう。行くか迷ってんだよなー」

 その味に関してとても興味がある。だが、明らかにあの女神が関わっていると考えると足が重くなる。天秤が定まらず、何かもう一つ背中を押す一手を求めていたのだがちょうど良いかもしれないな。

「なぁ花。気晴らしに一緒に食べに行かないか?」

「い、いいんですか?」

「暇だし、少し興味があったからな」

「い、行きます! 師匠と一緒にご飯……嬉しいです!」

 花はそう表情を華やがせた。それにどこかホッとしている自分がいて嫌になるが、深くは考えないようにした。

 俺達はいつも別れる道を一緒に歩いて天堂へと向かう。花との帰り道はいつもよりも景色が新鮮に見えた気がした。



「ここです」

 高校から徒歩十五分ほど。駅前を通ってしばらくして住宅街に入るとその店があった。二階建てでその外観は個人店といった素朴な感じで、周りの家々に溶け込んでいる。ただ、店前に出された看板でここがお店の『天堂』だとわかる。

「緊張してます?」

「い、いや? そんなわけ……」

「ふふっ。師匠、意外と臆病だったり?」

 弱点を見つけたというようにいたずらっぽく目を細めて微笑んでくふ。

「ちげーよ。……ここはもしかしたら宿敵の手に落ちているかもしれなくてだな」

 ここは確実にあの女神が関わっている。俺にどういうアプローチをしてくるかわかったもんじゃない。

「えーと、もしかして熱でもあります?」

「ねぇよ! 何でお前は主人公になりたいとか夢を語っておいて、俺がそれに近しい事は言うと冷静に常識的な反応を見せるんだ」

「だって……変な事言ってますもん」

「ブーメラン刺さってんぞー」

 こいつは本当に賢いのか頭がお花畑なのかわからない。

 やいのやいの店先で話している中、ふと店の入口がガラガラとした音を立てて開いた。

「あ、八鬼先輩」

 出てきたのは天堂紗奈さんだった。制服の上に白いエプロンを身に着けている。

「来てくれたんですね」

「ま、まぁな」

「どぞ、入ってください」

 店内に案内される。内装も実家に来たような親しみのある感じ。窮屈さを感じない程度の広さがあり、点々と木製のテーブルの二人掛けが四つ、四人掛けが三つ設置されている。奥には暖簾がかかった出入り口があり、その先が居住部分になっていると推察できた。

「好きな席に座ってください」

「どうする?」

「うーん、それじゃここにしましょう」

 入口に一番近い左の二人掛けの席を選び座った。机には一つの文字だけ書かれたメニュー表があり、早速花がそれを眺める。その間に天堂さんは奥へと下がっていった。

「やっぱり前に食べた天堂定食にしようかな。……でもこの期間限定のも気になるなー」

 花は楽しみを内包して悩みながらメニューを目で追っていく。そんな様子をスマホをいじりながら横目で見ていると向こう側から足音が迫ってきた。

「期間限定のって何だ?」

「えーとですね――」

「ふっふっふ。それはねシークレットなんです!」

「なぁっ……!」

 頭の上から人の神経を逆なでするふざけたような笑い方とその嫌というほど聞いたその声が降ってくる。バッと顔を上げるとそこにはオレンジの服の上にグレーのエプロンを着ている女神がいた。

「いえーい。どう? びっくりしたでしょ」

「何故、あんたが……?」

「もちろん、君をサッカーに引き戻すためだよ。今回は長くこっちにいるためにこの世界の人として来たんだー」

 見た目は相変わらずの美形で、ポニーテールの髪型はやかましい女神に相応しい。

「随分と手が込んでるな」

「ふっふっふ。流石に何度もループさせられないからね、今回はマジのマジだよ」

 おちゃらけたようにそう言うが、その丸い大きな瞳には強い光が灯っていた。どうやらこの高校二年生のここからが始まりのようだ。

「だが俺は変わるつもりはない。何があろうとも」

「すでに未知のルートに入ってるんだ。今まで通りとはいかないよ?」

「あのーお二人はどういう関係性なんでしょうか。お知り合いみたいですけど」

 おずおずと花が話に割って入ってくる。完全にこちらの話をしていたから困惑気味だ。

「因縁の宿敵だ」

「大切な存在だよ」

 互いに言っていることが真逆だったためか更に困惑を深めたように眉を潜める。

「ねぇ母さん。もう他にお客さんいなくなったし、もう手伝いはいいよね」

「うん。最後に英人くん達の事が終わったらもう大丈夫。ありがとうね」

「はーい」

 天堂さんがお冷を戻って来る。二人の顔を見比べるとやはりその面影が見え隠れしていて血の繋がりを感じた。ただ、女神の見た目が二十代くらいに見える若々しさを持っているせいで、親子というか姉妹っぽいが。

「なぁ、ちょっといいか?」

「何かな。やる気になったとか?」

「んなわけねぇだろ。……マジで娘なのか?」

 俺は手招きで女神を呼び寄せて気になっていた事を小声で耳打ちする。

「もちろん」

「なるほどな」

「ただ勘違いしないで欲しいんだけど、紗奈は私が女神だって事は知らないし、女神パワーで操って動かすみたいな事をしてないよ。彼女には普通の親として干渉して、ちゃんと意志も尊重してるの。そこだけは覚えておいて」

 天堂さんの事を話す女神の表情はまさに親そのもので、その言葉には真実味を帯びていた。

「それじゃ紗奈、後はよろしくー」

 一緒で適当な態度に戻り、娘にやるべき事を託して奥に下がっていった。

「……先輩決まりましたか?」

「期間限定のって、結局何なんだ? シークレットとか言ってたが」

「母さんの遊び心で、期間限定品の名前は書いてないんです。お楽しみ要素ってやつです」

 いかにもあの女神がやりそうな事だ。

「でも、他のよりも安くなってて質も量もしっかりあるので、あたし的にはおすすめかな。評判もいいし」

「……じゃあそれにしようかな。花は決まってるか?」

「はい。ボクもそれでお願いします」

「わかりました。それじゃしばらくお待ち下さーい」

 天堂さんは注文を伝えに下がっていった。俺はメニュー表を端っこに寄せて、水を一口飲んだ。

「師匠って、店主さんと仲が良いんですね。大人の人とあんな風にお話出来るなんてカッコいいです」

「そんな関係じゃない。言っただろ、宿敵だって」

「ふふっ、そうですか。それなら更に師匠に主人公属性が付いちゃいますね。主人公嫌いなのに」

 こいつ絶対信じていない。察していますよとその微笑みがそう言っていた。

「本当迷惑してるよ」

「そんな不憫なところもまた主人公的で素敵です」

「止めてくれ。これ以上増やすな」

 この流れで会話していると無限に付与されてしまう。

「……ボクとしても困ってるんですよ? どんどん主人公度合いが高まるし、優しくて良い人ってわかってきて、師匠ポイントが上昇し続けるんですもん」

「何だそのポイントは」

「一定まで行くと推しになってしまいます」

「推しってこの関係性でも発生するのかよ」

 花はあまり好きになり過ぎることを危惧しているからその状態は好ましくないのだろう。一応好感を持ってもらってはいるのだが、喜んでいいんだか悪いんだか分からない。というか師匠と推しだと後者の方が上なのか。

「持ってきましたよ先輩」

 そんな風にダラダラと会話を繰り広げていると、注文の品が運ばれてきた。

「おっ、サンキュー。ってこれ」

「わぁ……」

 天堂さんによって置かれたのは丸い皿に入ったカレーライスだった。しかし、それはただのカレーではなく、皿全体にカレーの海が広がっていてその真ん中に島のように一つのサッカーボールの形をしたライスがある。しっかりとノリを用いてサッカーボールのデザインになっていた。

「サッカーボールカレーライスです」

「一応聞くが、今日からのメニューじゃないよな」

「このカレーライスは今月からのですけど」

「そうか……ならいい」

 どこまで女神の力が及ぶのか分からないため、何とも言えないが今は偶然だと片付けておこう。

「いいですね、これ」

 花はスマホでカレーの写真を何度かパシャパシャと取る。

「注文は以上ですよね」

「ああ」

「それじゃごゆっくり」

 天堂さんは再び下がっていき、店内には俺と花だけになった。ふと横にある窓を見れば夕日に照らされた静かな住宅街が見えて、少し郷愁感が胸を突く。

「いただきます」

 早速スプーンでカレーのみを掬って口に運んだ。すると、それは一瞬で舌の上で溶けて口内に濃厚な甘さが広がった。文字通り頰が落ちてしまいそうになる。次にライスと一緒に食べれば、モチモチな米の食感とカレーの甘みが混ざり合って舌の上で極上のダンスが行われた。それを味わいたいと思わず手が動き出して、間髪入れずに二口目三口目を食す。ノリのシャキッとした味わいがまた良いアクセントになっていて、飽きずにスプーンが進む。

「おいひ〜!」

 花は頰が落ちないように手を添えてながら味を堪能している。一口入れるたびにその美味しさに声をあげて、表情筋がとろけたような幸せな笑顔で食べ進めている。

 その顔を見るとこちらにもその幸福感が伝わってきて、より自分が食べているカレーの味が良くなっていった。

「「ごちそうさまでした」」

 その美味しさに会話をする余地もなく、お互い短時間で平らげてしまった。

「師匠、すっごく美味しかったですね!」

「だな」

「えへへ、師匠の顔ゆるゆるでしたよ」

「……そっちもそうだろ」

 前評判通り、何度も通いたくなるほど美味だった。流石は神なだけはある。認めたくはないが。

「もう食べ終わったんですか」

 天堂さんがまた俺達のテーブルに顔を出す。あまりに早い完食に少し驚いている。

「すっごく美味しくてつい早く食べ終わっちゃいました。ね、師匠」

「まぁな」

「あの……ずっと気になってたんですけど、二人はどういう関係なんですか? 特殊なカップル?」

「ち、違うぞ!」

 本格的に関わり始めて二日目の女子とカップル認定は気まず過ぎる。

「ただのクラスメイ――」

「いえ、師匠と弟子の関係です」

 俺の答えにそう被せてくる。それを否定しようにもタイミングを逃してしまって。

「師匠って何の?」

「主人公です」

「は?」

 だろうな。俺だってそうなる。天堂さんの頭の上には大量のハテナマークが浮かんでいた。

「師匠って、主人公属性をいっぱい持っているんです。天才的なサッカー選手だったり、ちょっと性格が捻くれてたり、でも意外と良い人だったり」

「確かに」

「ボクは主人公になりたい夢があるので、師匠に弟子入して主人公になれるよう学んでいるんです」

「認めた覚えはないけどな」

 呼ばれて大した時間も経っていないが、恐ろしい事に何度もそう言われているともう慣れてしまっていた。

「ならあたしも八鬼先輩の弟子になりたい」

「……は?」

「良いですよ! 仲間が増えるのは大歓迎です!」

 まさかの弟子入り希望者が現れる。花は立ち上がり天堂さんに近寄った。

「いや、何でお前が許可出すんだ?」

 まるで弟子入りの面接官のような態度で許可を出してくる。

「大歓迎なんですけど、どうして弟子入りを?」

「あたし、昔から八鬼先輩に憧れてたんです。それでサッカーも始めたりして。だから、先輩に近づけるように、そしてあたしがサッカーをし続けるために傍で学びたい」

「なるほど。それじゃあ共に師匠に追いつけるよう頑張りましょう!」

 本当に面接官のつもりか。もう採用までやり出した。

「よろしくお願いします、姉弟子」

「あ、姉弟子……! 聞きました、師匠! 姉弟子ですってー!」

 存在しないはずの弟子がふたりに増加した。だがツッコんでも労力を浪費するだけと判断し、俺は適当に返事した。

「八鬼先輩もよろしくお願いします」

「……まぁいいんだが、俺はもうサッカーをやってないから学べる事なんてないと思うぞ」

 諦めてくれないかと一抹の期待を込めてそう忠告する。

「普段の生活の中でも学べる事は沢山あります。それに」

「……それに?」

「前に言いましたよねあたしは八鬼先輩にサッカーを再開して欲しいと思ってるって。だからそのために、先輩を知る必要があると考えているので」

「それで弟子入りね……」

 そういう事は隠せば良いのに、はっきりとそう語る。そうはっきりしているのは気持ちが良い。弟子入りと認める気はないし、今後もそうするつもりもないが。

「それって夢を諦めた人を再起させるみたいな事ですか?」

「そんな感じですかね」

「めっちゃ熱いですし、人助け系の主人公みたいで最高ですね!」

 花は瞳をキラキラと輝かせる。それは俺を師匠扱いしだした時と同じような光を宿していて。

あれ、もしかしてこれやばいか。

「ちょっ――」

「ボクもサッカーを再熱させる協力します! 主人公っぽいですし!」

 どうやら、とうとう俺の周囲には敵のみになってしまったようだ。窓からは強い夕焼けの光が差し込んでいた。

「七百円丁度ですね。これがレシートです」

「サンキュー」

 食事を終えて少ししてから俺達は席を立ち会計を済ませる。互いに食べた分を出して俺がまとめて支払う形だ。期間限定品の値段は四百円だが、割引券を使って百円安くなったことで合計が七百円となった。

「八鬼先輩、弟子になったので連絡先交換してください」

「認めてないけど、わかった」

「あっ、ボクもお願いします」

 俺はスマホでアプリを開いて、二人と連絡先を交換。数少ない名前欄に二人のアイコンが追加される。

「意外、まだ連絡先交換してなかったんですね」

「そりゃ、まともに会話して数日くらいだしな」

「マジですか? あんな変なカップルみたいな雰囲気だしておいて?」

「そ、そんな風に見えますかね……普通に話してただけなんですけど」

 天堂さんは信じられないという様子で、反対に花は当然といった口調でいる。恐らく師匠呼びが親しげな関係性を演出してしまっているのだろう。それに、花の積極的で明るい感じもその一因かもしれない。

「……師匠呼びとだと変な噂が立っちゃうかもしれんから、人前では普通に呼ばないか?」

「嫌です。だって特殊な呼び方をするのも主人公っぽいですし、人の目がある所で平然とそうするのもまた主人公なのです!」

「はぁ……そうですか」

「これから主人公同好会をやっていくのですから、恥ずかしがってる場合じゃないですよ、師匠!」

 そうだった。カレーの美味しさで忘れてたけど意味のわからない同好会に入れさせられるんだった。

「姉弟子、何ですかそれ?」

「主人公を研究する同好会なんですよ……ってメンバー集め! 完全に忘れてました。紗奈ちゃん、ボクの作った主人公同好会に入ってくれませんか?」

 花は天堂さんが妹弟子となったということで、親しさの証として名前呼びになっていた。

「八鬼先輩も入ってるんですよね。ならそのメンバーになりたいです」

「やったぁ! ついに一人入部ですよ師匠!」

 花は喜びのまま、ハイタッチを求めてきて、俺はそれに応えた。しかし、フェードアウト作戦のために人数が増えるのは良いのだが、天堂さんというのはさらに面倒な事になってた気がする。

「まだ正式には決まってないけどな。でも、大丈夫なのか。サッカーか何かやってるんだろ?」

 そう尋ねると天堂さんの表情に影がかかり、視線も揺れ動いた。

「今は少し休んでるんで大丈夫です」

「安心してください、この同好会は兼任可の予定ですので。再開しても暇な時に来てくださいね」

 主人公になるため毎日来いとでも言われるかと思ったが割とゆるいらしい。それならもう一人くらい来てくれたら幽霊になろう、そうしよう。

「そんじゃ、そろそろ帰るか」

 もうすぐで辺りも暗くなってきそうで、空が藍色に侵食されつつあった。

「また来てください」

「時間があったらな」

「必ず行きますよ! 師匠も連れて」

 味は最高でまたリピートしたくなるが、やはり女神がいると思うと億劫になる。

「ばいばーい」

「じゃあな」

 俺は軽く手を上げて、花は大きく手を振って別れを告げて店を出た。外に一歩出た瞬間に夕方の色褪せたような香りと冷気が肌を撫でる。

「家まで送るか?」

「お気遣いありがとうございます。でもすぐ近くなので大丈夫ですよ」

「そうか……なら行くか」

 俺達は一人分空けてさた距離感で一緒に歩く。学校帰りの高校生や仕事終わりの大人にすれ違う。するとより一日の終わりを感じさせる。

「何だかこういう出会いって物語みたいで、ちょっと主人公になった気分です」

 渇望していたものが手に入った喜びからか花のテンションはまだまだ高い。

「ようやく一歩前進しましたし、天堂さんにも協力してもらいながら最後の一人を探しましょうね、師匠!」

「ああ」

 一個の壁を突破したからか、数時間前とはまるで違う自信に満ち溢れた顔つきをしている。なんとなく、これからもこんな風によろめきながらも進んでいく、そんな想像をしてしまった。もしそうなるのなら、本当に意味で主人公だ。

「じゃあボクはこっちなので」

「おう」

 大通りに出た辺りで彼女がそう切り出した。俺は駅の方面に戻り、彼女はその逆側へと帰る。

「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです!」

「あ、ああ」

 元気よくペコリと頭を下げてお礼を言われてしまい、どう反応すればいいか分からなくなり、思わずこちらも頭を下げた。

「同好会の事も含めていっぱいお話しましょうね師匠!」

「……了解。また明日」

「ばいばーい!」

 子供っぽい可愛らしい笑顔で、しばらく手を振ってから、ぴょんぴょんと帰っていった。少し見送ってから俺は家へと歩き出す。

「……」

 帰り道、カレーの味と花に向けられた好意の感覚が胸の中に残り続けた。



 ホームルーム開始十分前くらいの教室には、ある程度クラスメイトが埋め尽くしている。ただ、今日は金曜日ということで心なしか浮ついた雰囲気に満ちていた。

「……あっ」

 後ろの入口から席に向かうと、入ってすぐの所で三葉と目があった。

「お、おはよう三葉」

「……おはよ」

 三葉は、マスクはしているものの顔色は悪くなさそうに見えた。何だかご機嫌は斜めな気がするが。

「大丈夫なのか」

「別に。あの日がおかしかっただけ。すぐに熱下がったし、本当なら昨日も行けた。あいつに止められたけど」

「そりゃあ止めるだろ。あのお姉さんじゃなくてもさ」

「ふん……」

 不機嫌なのはきっとお姉さんと朝に言い合いでもしたのだろう。

「師匠、おはようございます!」

「あ、ああ。おはよう」

 さっきまで友人と会話していた花が俺を見つけるなりすぐに駆け寄って話しかけてくる。その師匠呼びでクラスの視線が集まったような気がした。

「師匠……?」

「霜月さんもおはようございます。お体は大丈夫ですか?」

「……別に」

 親切に声を掛けられるも三葉は冷たく突き放す。花はその対応に苦笑で済ませて俺の方に向き直した。

「メッセージ送りましたけど、今日の放課後もメンバー探しお願いしますね」

「はいはい」

 俺と花、そして天堂さんが入ってる『主人公同好会(仮)』グループの方に今朝そのメッセージが送られていた。天堂さんは体育委員の仕事が放課後にあり来られないため二人で行うことになるだろう。

「お昼も一緒に食べましょうね」

「はいほい。昼にな」

「はい!」

「……」

 三葉に訝しげな視線を送られるも、何も聞かれず俺は席についた。それからすぐに先生が教室に入ってきてホームルーム。それを皮切りに今週最後の高校の授業が始まった。

 普段通りに一時間目、二時間目そしてあっという間に四時間目と時計の針が進んでいく。そう思ったのだが、俺の方へと送られ続ける視線があってまともに集中できなかった。

「……」

 その源流は明白で三葉のものだった。そちらに顔を向けると彼女は露骨に顔をそむけるのでバレバレで。ただ、それが何を意図しているのかは見当もつかなかった。

 四時間目は体育だ。体育は二クラス合同で行っており、現在の授業内容は男子がバレーで女子がバスケのため、共に体育館を使用している。奥側を男子、手前が女子となっていて、ボールと足音が中をこだましている。

「ねぇ英人。今日ずっと、三葉に見られていない?」

「お前も気づいてたのか」

 二人組みでレシーブの練習をする事になり、俺は純と話しながら真っ直ぐボールを返し続けた。

「そりゃあ僕はオブザーバーだからね」

「意味わからん」

 つまりこいつは俺と三葉二人を眺めていたのか。三葉が露骨すぎてそちらに気を取られてしまって気付けなかった。

「何かやらかしたのかい?」

「してないと思うが。それに、そういう怒りみたいな感じでもなかった気がする……ってやべ」

「英人?」

 今も注がれている三葉の視線に意識がそれて手元が狂いボールは地面をバウンドした。目が合った途端に彼女はそそくさとボールの方を眺めだした。

「ははっ、ちゃんと集中しなきゃ」

「無理だろっ!」

 結局体育の時間も見られ続けた。当然授業中に真意を聞きに行けるはずもなく、そして終わると三葉はさっさと教室に帰ってしまい、タイミングを失ってしまった。

「師匠お昼です。行きましょう」

「はいはい」

 体操服から制服に着替えてから昼休みになると、すぐさま花が子犬のように駆け寄ってきた。

「……」

 相変わらず三葉は俺の事をじっと観察し続けていて、花が来るとその目つきがさらに鋭くなっていた。

「行くか」

「はい!」

 賑やかな雰囲気から逃れるように俺達はあの空き教室へと向かう。

「なぁ、何か気づいたことはないか?」

「……気づいたこと? えっと、どういう事です?」

「いや、わからないならいい」

 どうやら気づいていないようだ、俺達をつけている影に。

「……」

 間接視野で周囲の情報を確認すればわかる、三葉がストーキングしているという事を。それに、後ろを向くと、彼女の反応は遅くて、露骨に近場にあるものに隠れる姿も見えている。

 まぁ、こちらもやましい事をしているわけでもないし、バレて問題になるわけでもない。ほっといて俺は泳がした。

 教室に入り机に座るなり、花はぐいっとこちらに顔を向けて弁当と共に手に持っていた入部希望の紙を二枚見せてくる。その内の一つには天堂紗奈と名前が書かれていた。

「もう書いてもらったのか」

「はい、申請書が通ったらまとめて出そうと思います。ふふっ」

 もう一人も確定したような感じでいるが、もちろん片方の紙は白紙である。

「さて、じゃあ食べましょうか」

「……とその前に」

 俺は弁当を広げてから、前方の入口近くで隠れて覗き込んでいる人物を指差す。

「そこにいるのはバレてるからな。何か俺に用でもあるのか?」

「……」

 ひょこっと顔を出すとすぐに引っ込んでしまい、そのまま動かなくなる。

「し、師匠? もしかして熱とか出ました? それとも霊感あるタイプです?」

「ちっげぇよ。少し待ってろ」

 まだ見つけられていないせいで頭がおかしい人認定されてしまった。それを否定すべく俺は廊下に出た。

「あっえと」

「はぁ、流石に分かり易すぎるぞ。隠れるならもっと気配を消すんだな」

 そこには当然三葉がいて、とても気まずそうに目を背ける。

「……八つの鬼の目を持つ、なんてその異名は伊達じゃないわね」

「あーそんな風にも言われてたな」

 サッカーをしていて、周りが見え過ぎているとそんな異名を付けられていた。

「ってそんな事はどうでもいいんだよ。三葉、俺の事ずっと見てたよな」

「み、見てたけど……勘違いしないでよね、そういう恋愛的な意味じゃないから」

「いや分かってるよ。それでストーカー行為の理由は?」

「す、ストーカーじゃ……! ふ、二人の関係が気になったのよ。師匠とか呼んでたから」

 思い返すとも花の方も良く見ていたような気もする。本人は絶対認知していないだろうが。

「にしてもだろ。他に理由があるんじゃないか。言わなければストーカー認定するが」

「うぐぐぐ……。じゃ、じゃあ言うけど、笑わないでよ?」

「おう」

「その……実は……」

 とても言いづらいのか、そう促したにもかかわらず、さらに耳を赤くして口ごもってもじもじとするだけ。こんな弱々しい姿は久しぶりに見た。男子の中じゃ、美人だがあまりにクールで孤高のせいで氷の女王と恐れられているが。

 面白くてもっと言いづらくしようと俺は無言でガン見しておく。

「な、な、何でそんな見てくるのよ」

「……」

「ち、ちょっとは何か言いなさいよ。怖いんだけど」

「……」

「わかったわよ! 早く言えばいいんでしょ!」

 恥ずかしがったり、怯えたり、怒ったりコロコロ表情を変える。他の奴らが見ていたら驚くだろうな。昔から三葉は基本的に冷たい感じだが、本当は色々な感情を見せる。それは今もその点は変わっていないようで少し安心した。

「私、趣味で小説書いているのよ。最近はちょっとスランプで何も思いつかなくなっていたの。そこで……あんた達が変な呼び方してるから……何かアイデアになるかなって……」

 最初は怒りのまま理由を説明するも、どんどん秘密を話すようにモゴモゴとした小声になっていった。

「ふーん、そういう事か。てか、小説書いてるんだな」

「い、いいでしょ別に」

「悪いとか言ってねぇよ。良いと思うぞ、本好きだったもんな」

「……ふん」

 話し終えて再び氷の仮面をかぶるも、一瞬彼女の目元が緩んだのを見逃さなかった。

「師匠何を……って霜月さん? どうしてここに?」

 待たせすぎたようで花が心配そうに様子を見に来てしまう。それにより花と三葉が相対する事に。

 三葉は無表情であるものの何を言うべきか迷っていて、このまま観察しようと思った矢先に脳裏に電流が流れた。

「こいつ、俺達の同好会に興味あるみたいだぞ」

「は?」

「そーなんですか! ささ、こっち来てください!」

「え、待っ――」

 瞳を大きく輝かせた花に連れて行かれる。この状態になると、もう為すすべはない。

「ここに座ってください。ボクはこっちの席を持ってきてっと」

「え、ええと」

 さっきまで花が座っていた席に三葉に譲り、彼女は左の列にあった席をそこに横付けした。結果的には三葉は花と俺に挟まれる形となり包囲網が完成する。

「……ちょっと、何勝手に言ってくれてんのよ。というか同好会って何?」

 白く細い腕で軽く小突いてきて、小声でそう耳打ちしてきた。

「主人公同好会っていうのを花が作ろうとしててな。それに関わるのも一つ創作のアイデアになるんじゃないか? それにそこまでガチでもないだろうし、たまに顔出すくらいでもいいだろうし」

「……主人公同好会って何をするの?」

「具体的に決まってるわけじゃないんだ。まぁ、花が言うには主人公的な事をしたり主人公を研究してそれを活かそうみたいな感じだと思う」

「曖昧すぎない? まぁ、新しい感じではあるわね」

 創作に絡めて説得してみると、好感触だったのか少し興味を持ってくれる。

「あのあの、どうして興味を持ってくれたのですか?」

「ええと……それは」

 花に無邪気な笑顔でそう尋ねられ、三葉は冷たくあしらう事が出来ず答えらない状態になってしまう。

「三葉は、小説を書いててな、創作に活用したいと考えて気になったみたいだ」

「ま、また勝手に……」

「おおっ小説を書いてるんですね、凄いです!」

 軽くだが睨まれる、威圧感が凄い。だが花はそれに感知する事なくニコニコと感心している。

「そんな褒められるような事じゃ……」

「いいえ、何かに頑張っているのは素敵な事です。カッコいいですし、それこそ主人公みたいです!」

「……っ。あっそ」

 純粋に褒められて平静を保とうしているが、明らかに声音が緩んでいた。

「そういや三葉、昼は食べないのか?」

 彼女は手ぶらでいて、さっきまでストーキングしていた事を考えると食べる暇もなかった。

「今日は食欲がないの。だからいい」

「大丈夫ですか? 体調、悪いんですか?」

「まぁ病み上がりもあるのだけど、元々食事に興味がないの」

「あーだからそんな」

 花は三葉の身体を上から下まで見てから自身の体を確認して、シュンとなった。

「ボクも食事を減らした方がいいのかな……」

「いやいや、しっかり食べた方がいいだろ。体が弱くなるし健康が一番だぞ」

「それに私、普通な状態なら多少のお昼は食べているわ」

「そ、そうなんですね」

 三葉の細い体が羨ましいのか、彼女のお腹部分を眺めつつ自分の同じ部分を軽く触れている。

「んじゃ、いただきます」

 そんな彼女を横目に俺は食事を開始。同じく花も弁当箱を開いた。

「あの、ちなみにですけどボクの名前ってわかりますか?」

「……流石にわかる。後藤花さんでしょ」

「覚えててくれたんですね!」

 花も箸と同時に三葉と口を動かしながら進めていった。その中で花は、俺との関係性や同好会について話していた。話し終えた辺りになると箱の中身は空っぽに。

「……英人、あんた随分モテているみたいね」

「不本意だけどな」

「けど、弟子にした以上責任を持たないとね。大変ね師匠さん」

 そう小馬鹿にするような調子で言ってきてイラッとする。マスク越しでも分かるから、ニヤニヤとしているのが。

「俺に弟子はいない」

「ここにいます!」

「じゃあ破門」

「あー聞こえなーい聞こえなーい」

 耳を塞いで聞こえないふりをする

「……ふふっ」

「あ、霜月さんが笑ってくれました」

 花が薄く喜びを咲かせると、それに嫌がってかすぐにそっぽ向いてしまう。

「い、いえ。あまりに子どもっぽかったから、その嘲笑したのよ」

「どっちにしろ笑ってるだろ」

「笑いと嘲笑はカテゴリーが違うから」

「お前の方こそ、その言い訳ガキだぞ」

「はぁ? それで勝ったつもり? 本当成長してない」

「はいはい。喧嘩しちゃだめですよー」

 大人っぽく花に諭されるのが何よりも納得いかないが、これ以上言い合いしても時間の無駄だ。深呼吸を挟んで感情を抑えた。

「えっと霜月さん、これ書いてくれますか?」

 三葉は出された紙。それから俺と花を交互に見てから軽くため息をつくと。

「そんなにガチな同好会じゃないのよね」

「はい。ボクの主人公になりたい想いはガチ、ですけど、楽しくやれたらいいかなってそう思ってます」

「わかったわ、それなら。あまり期待はしてほしくないけれど」

 入る気になったのか入部希望に綺麗に名前を書いて、それを花に手渡した。

「ありがとうございます! やりましたよ、師匠! これでようやく主人公同好会始動です!」

「まだ正式には通ってないけどな」

 花のはしゃぎように三葉の目元が緩んだ。どうやら二人の相性は悪くなさそうだった。

「そうそう、連絡先交換したいんですけど、大丈夫ですか?」

「構わないけれど」

 すんなりと花、ついでに俺とも交換した。そして三葉をグループに招待。天堂さんにも状況を説明して、少しすると理解した旨が送られてきた。それから挨拶のスタンプを送信し合った。

「席を戻してっと……」

 時計を見るとそろそろ昼休みの終了時刻になりそうで、俺達は席を元の場所に戻してから、花が先頭に立って教室を出た。俺と三葉は横に並んで彼女の背を追う形で廊下を歩く。

「……なぁ三葉、本当に入って良かったのか?」

「あんたがそうさせたくせにそんな事を聞くわけ?」

 人数が増えればサボりやすくなるという思惑で画策したが、無理矢理感もあり今更ながら罪悪感が生まれてきた。

「それはそうなんだが」

「別に、興味は持ったのは本当。それに……彼女、後藤さんが良い人そうだったから」

 前方を歩く花はご機嫌そうに鼻歌を歌っている。

「それはそうだな。面倒だが」

「ふーん、でもお似合いじゃない?」

「は……どういう意味だそれは」

 理由がわからず反射的に尋ねるも、意味深に笑うだけで答えることはしなかった。

「あ、お二人とも少しいいですか?」

 階段前で花が立ち止まりくるりと振り返ってくる。

「今日の放課後暇ですか? まだ決まってませんけど、四人揃って同好会の活動しませんか!」

 花は入部届を見せながら横からひょこっと顔を出しあどけない笑顔を見せた。階下からは楽しげな声と急いで教室に戻ろうとする声が響いている。

 俺と三葉は一度顔を見合わせて微笑して、首を横に振った。

「今日は早く帰りたいし、まだ決まってないからいかない」

「私も今色々思いついたからすぐ小説書きたいから無理」

 二人即座に拒否されて花はガクリと項垂れる。手からは力なく用紙がひらひらと落ちた。

「はい……わかりました」



「……そういう理由だったんだね」

「全く人騒がせだよな」

「ははっそうだね。でも二人の距離が近づいたのは嬉しいな」

「何でお前が喜ぶんだよ」

「そりゃあ幼なじみが仲悪いより良い方がいいでしょ」

 放課後になり、俺は帰る前に純と軽く談笑していた。いつものようにサッカー部の勧誘から始まり、同好会についての事や三葉の顛末についてを話した。

「それじゃそろそろ僕は部活に行くよ」

「おう、じゃあな」

 純はリュックを背負って部室へと向かった。結構長話したからか、クラスにいる人数は両手で数えられるくらいになっている。その中には花もいて。純がいなくなると入れ替わりに荷物を持ってやってくる。

「師匠、途中まで一緒に帰りましょう!」

「……りょーかい」

 あまり二人きりの姿を見られたくはないのだが仕方ない。俺はリュックを背負い、花と共に教室を出た。

「師匠〜本当に今日駄目ですか?」

「無理。今日はもう帰る気しかないからな」

「うぅ……師匠のケチ」

「残念だったな。……って三葉?」

「え、英人」

 一階へと階段を降りている途中、一段ずつ掃き掃除をしている三葉に会う。二階部分から下って踊り場辺りまで終らせており、踊り場の端っこに塵が集められ、近くには塵取りが壁に立てかけられていた。

「……あれ? 霜月さん以外の子は? 他に四人ほどが当番だと思いますけど」

 今月の階段掃除はうちのクラスの担当になっており、週替りで決まった四人のグループで行っている。

「いないけど」

「い、いないって……じゃあお一人で掃除を?」

「ええ」

 当然といった様子で答える。それに花は信じられないと頭を横に振った。

「そ、それは駄目です! 早く戻ってきてもらわないと……!」

「無理よ。もう帰ったか部活に行ったでしょ。それにこの程度一人で出来る」

「こんなのは良くないです……起きちゃいけないんです……可能な人だけでも……」

 切羽詰まったような、何かを恐れているようなそんな様子でいて、冷静さを失いつつあった。

「止めとけ。どうせ俺みたいに面倒になったんだろ、無駄に波風立てる必要ない。だろ? 三葉」

「そうね。それに昨日は休んでてやれていなかったし」

「でも……」

 流石は委員長をやるだけある。真面目で責任感も強い。このまま気にするなと言っても無意味だろう。

「仕方ない。俺達が手伝うか」

「い、いらないんだけど」

「はいはい。……花はどうする?」

「も、もちろんやります! 霜月さんを一人にできませんから!」

「大げさよ……」

 行動が決定して俺達は少し困ったようにしていふ三葉の返事を待たず下に降りて掃除用具の箒と塵取りを取り出した。

「後、何が残っているんですか?」

「二階から三階と一階の残りよ。本当にやるわけ?」

「はい。ボクは三階の方をやりますね。霜月さんは塵取りをお願いします」

「なら一階の残りは俺がやる」

 役割が決まり、それぞれの仕事をこなしていく。正直、何で俺がやらないといけないのかという思いはあるが、花との長引きそうな問答を避けるには仕方ない。それにこのまま三葉の事を無視するわけにもいかず、運が悪かったと結論付けて淡々と塵を集めていく。

「三葉、ここに集めたから」

「わかったわ」

「これで最後か?」

「ええ」

 彼女は全てを取り終えてから教室のゴミ箱に集積したものを捨てに行った。これで仕事は終了で一件落着。

「悪かったわね手伝わせて」

「気にすんな、この程度のことだしな」

「はい、委員長としてクラスメイトとして当然の事をしたまでです」

「そうろ…ありがと」

 マスク越しで聞き取りづらかったが、小さな声でそう言う。花はホッとはしているものの、やはりまだ切り替えられてはないようでいた。

 その流れで共に校舎の外へと出る。俺は二人よりも一歩下がった辺りで少し距離を取って歩いた。

 校門に近くに来ると私服姿の女性が出てきてこちらを見つけると大きく手を振っているのが見えて。

「……げっ」

 三葉は苦虫を噛み潰したような反応を見せ立ち止まる。その理由は、その人をよく見る事で理解した。

「双葉さんじゃん」

「誰です?」

「三葉のお姉さん」

「みっちゃーん!」

 ニコニコと人の良い笑顔で、妹を愛称で呼ぶ彼女は霜月双葉(ふたば)さんだった。顔つきはやはり姉妹なため美人系で似ているが、姉の方は妹に比べて圧倒的に愛嬌がある。茶髪のロングで髪は巻いていてよりふわりとさせていた。黄色い花柄のロングスカートにシンプルな白の服の上にデニムのジャケットを着て、ラフな大人っぽい印象を受ける。靴は白とピンクの蛍光色をしていて少し目を引く。小ぶりな白いハンドバッグを手に持っていた。

「他に出口ってないかしら」

「ないぞ」

「ぐ……じゃあちょっと英人私の前に立って歩いて」

「いやもう無理だろ……どんだけ嫌なんだよ」

 三葉は後ろに回り俺の背を壁にし、押して無理矢理前進しさせてくる。悪あがきも良いところだ。

 校門のライン上に立っている双葉さんに接近。そしてすぐ目の前に来る。

「あれ、もしかして英人くん?」

「ど、どうも」

「うわぁ! 久しぶりじゃーん! え、制服めっちゃ似合ってるよー!」

「そ、そっすか」

 急接近してきて肩をぽんぽんと叩いてくる。双葉さんは三葉よりも背が低く、うんと腕を伸ばしていた。顔が近くて、さらに妹よりも遥かに胸があるため視界にそれが入ってきて、目のやり場に困ってしまう。

「いつの間にか大っきくなったねー。たまに見かけてたけど、最後に話したのは君が中二の初めくらいだっけ」

「まぁその時ぶりですかね」

「そうだよねー。大人っぽくなっちゃって、最初気づかなかったよー」

 あははとあけすけに笑う。昔と同じで明るくて押しが強い人で、妹とは真逆の性格をしている。

「……っ」

 俺が双葉さんに絡まれているのを横目に三葉は息を殺して俺の背から出て姉の横を抜けようとする。

「いやーみっちゃんに彼氏ができたのかと思っちゃったよ!」

「は、はぁ!?」

 流石にスルーしきれなかったのかその発言に反応してしまう。

「もしかして実は恋人だったり?」

「ち、違うから!」

「違いますよ!」

 否定する声がほぼ同時で綺麗にハモった。するとすぐにギロリとこちらを睨みつけてくる。双葉さんは一度瞳をパチクリしてからクスクスと笑う。

「でも良かった。中三くらいからかな、みっちゃんから英人くんのお話が出なくなって心配してたんだけど、仲良さそうで安心したよー。いっつも英人、英人って言ってたからね」

「そ、そうなんすか」

 それを聞かされてどうリアクションすればいいのかわからない。さっきまで怖い顔をしていた三葉が途端にオロオロしだす。

「よ、余計な事言わないでよ! ってか帰って!」

「ひどいなー病み上がりの妹を心配して迎えに来たのにー」

「頼んでないから。余計なお世話」

「ってそこのあなた、もしかしてみっちゃんのお友達?」

 妹の悪態には一切気にせず、そして話も聞かず、絡む標的を後ろにいてこちらをぼーっと眺めていた花に向けると、一気に距離を詰めた。

「わわっ……えと……そ、そうです。お友達です」

「そうなのね! みっちゃんがお世話になってます。この子、照れ屋だから少し素っ気ないところもあるんだけど、悪い子じゃないの。だからこれからも仲良くしてくれると嬉しいな」

「お、お母さんみたいな事言わないで!」

 羞恥に悶えている妹をよそに姉は花を慈しむように眺め続ける。

「わかってます、しもつ……三葉さんとは友達になったばかりですけど、それは何となく伝わってます。それにボクももっと仲良くなりたいって思ってます」

「なんて良い子なの……! ありがとう……みっちゃんに良い友達ができて一安心よ」

 双葉さんは感極まったような声を出し、あまりの嬉しさからか両手で両頬を抑えていた。

「や、止めてよ……っていうか帰って」

「一緒にね」

「……わ、わかったわ。……さっさと帰るわよ」

 これ以上のダメージを抑えるためか、姉と帰ることを了承。腕を掴んで足早にこの場を去ろうとする。

「そんな強く引っ張らないでー。二人共また会おうね。妹の事よろしくー」

「もう黙って!」

 そんな仲睦まじい姉妹を俺と花は手を振って見送る。そして声が遠くにいった途端に、静かになりどっと精神的な疲れが押し寄せてきた。

「嵐みたいだったな」

「……」

「花?」

 再度神妙な顔つきでアスファルトを瞳に映していた。まだ掃除の件を引きづっているのだろうか。

「あんま気にすんなよ。あいつも大丈夫って言っているし、他の奴らも押し付けようとしたわけじゃないだろ。それに、昨日も一昨日もやってたからな」

「いえ……それじゃなくて。何だか意外でびっくりしているんです」

「何が」

「師匠が、こんなにも女性の方と知り合いで皆に好かれているのが」

「え?」

 予想の斜め上で素っ頓狂な声が出てしまった。

「失礼ですけど、あまり社交的でない方って思っていたので。そういう関係性はあまりないのかと」

 今回はある程度人との関わりを制限してきているからその感想は狙い通りのものだ。ただ、この女性陣との関わりはイレギュラーでこちらも驚いてはいる。

「だとして、何でそんな悩ましげな顔をしているんだよ」

「……わかりません、自分でも。どうしてこんな気持ちになるんでしょうね」

 そうしていつもの明るい調子で話しかけてくるも、俺に向けてきた顔は笑顔のなり損ないで。その初めて見る表情は、なぜだが俺の心を軽くざわつかせて、しばらく瞼の裏に残り続けた。

 一陣の風が吹く。それは少し水分を含んでいてひんやりと心地よかった。

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