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第8話

第8話



◇別荘地


 サギリは、刑事達の漏らした別荘地に来ていた。


 古書喫茶からは、借りている()()()()()で三時間程度。キャンプ場とは別方向に位置している。


 ちなみに、このスクーターはナツキによって「さいくろん丸」と命名されていた。名前だけでも速そうに、との事である。


(……免許、取ろうかな)




 山中の湖畔を望む別荘地は多少有名らしく、夏は所有者のみならず観光客にも人気とネットの記事にはあった。


 微妙に時期を外しているのだろうか、この日は人通りが余り無い。


(昼の刑事さん達に会ったら厄介だ。大通りから少し離れよう)


 手近なスペースに駐輪する。まずは湖を目指すことにしよう。






◇貸しボート小屋


(……向こう岸が見えない)


 湖は想像以上に大きかった。水面は澄んでおり、この国を象徴する山と晩夏の青空とが映し出され非常に美しい。


 岸には、木で組まれた桟橋と何艘かのボートがある。その近くに、貸しボートの手続きをするためか、小屋が建てられている。


(『Insectum』を使うか……?)


 キャンプ場の時はわずかとは言え()()があったが、今回は余りに情報が少ない。ひとまず蟲との交信に賭けるのも手だ。


 状況に流され、このような場当たり的な対応しかできていないことに焦燥感を覚える。本来であれば、十分な下調べのもと、対策を練るべきなのだ。


(足りないな。情報も、人手も。……力も)


 自嘲気味に笑う。


 警察等の組織と協力関係を結ぶ事が理想的だが、そのような組織は既に敵の傀儡と化している可能性が否めない。危険すぎる。


 かと言って、これまで通りその場しのぎのような戦闘を繰り返しても、敵のすべてを討ち滅ぼすことは叶わない。


 ……いや、自分は本当に、ヴィリディアンの絶滅を願っているのか?


 この自問は危険だ。


 サギリは強いてそれを押し遣った。


 使命を思い出せ。使命に準じ、殉ずる事こそが、自分の役割のはずだ。


 抱えた矛盾を飲み下し、目下の問題を解決することに専念するため、サギリは意識を切り替えた。




 丁度そのタイミングで、小屋から一人の中年男性が出てきた。サギリには気付かず、桟橋に向かう。ボートの点検をするのだろうか。


(この貸しボート小屋の人か……聞き込み,いや敵の可能性も――)


 サギリは次の行動を決めかねる。男性がヴィリディアンである可能性は無視できず、自分にはそれを看破する能力に欠ける。一方で、何ら有力な情報を持っていないのもまた事実。


 逡巡するサギリの選択を待たず、ふと首を回した男性がこちらに気づいた。素朴で人の良さそうな相好だ。


「あれ、お客さんかい?」

「あ、いえ、あの」

「ボート乗るかい? 今メンテナンスしようとしてた所なんだけどね。どうだい、ついでに」

「えっと……」


 ヴィリディアンだとしても――


 高い戦闘力を持つ中級ヴィリディアンは、組織運営的にも重要なポストに就く。そこで得た権力を使い、資金の調達、情報操作を行うのだ。


 眼の前の人物は……


(ヴィリディアンだったとしても、下級。不意を突かれなければ、対処可能か)


「それじゃあ、遠慮なく」

「お! それじゃ乗って、乗って」







 ボートは流線型の手漕ぎ式。貸しボート小屋の男性の滑らかなオール捌きにより、軽快に湖を進んでゆく。男二人、しかも相方が中年ということもあり、もし足漕ぎ式だったら同乗を断っていたかもしれない。


「すみません、乗せてもらっちゃって」

「やー、最近お客さんが減ってしまってねぇ。張り合いが無くなっていたんで、こっちとしても嬉しいよ」

「それなら良かったです」


 男の話によると、今年は例年に比べ観光客も少なく、あまり賑わわなかったらしい。


「一時期は良かったんだけどねぇ。年々減る一方で、来年はどうなることやら」

「……どこも大変なんですね」


 実際の所、サギリには興味の無い話だ。相槌も適当になる。一方の男は、気にした風も無く話し続ける。


「水が澄んでいて綺麗だろう? この湖の自慢の一つなんだ」

「へぇ……」

「でも深さはかなりのものでね。場所によっては百メートル以上にもなるんだよ」

「えっ、それは確かにすごいですね」


 これだけ広ければ深さも相当なものだと予想はしていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。


 男はなんだか嬉しそうに笑い、漕ぐ速度を落とした。


「ようやく興味を持ってくれたね」

「あ、いやぁ……湖の深さなんて、深く考えたことも無かったです」

「若い子でもそんな親父ギャグ言うんだねえ」

「いや、これは偶々で」

「わかってるわかってる、冗談だよ、こちらもね」


 どうにもこの年代との会話は慣れない。いや、どのような年代だろうと慣れているわけでは無いのだが――何だか、自分の未熟さを見抜かれているように思えて、落ち着かない気分にさせられる。


「湖の定義も多少曖昧な所があってね。おおよそ水深五メートルもあれば湖と見做されるから、世界には様々な深さの湖が存在しているんだよ」

「五メートルですか。それより浅いと……何だろう。池ですか?」

「いや、沼だよ。池と言うのは人工のもののことだよ」

「沼かぁ」


 沼は小さくてドロドロしたもの、程度の認識でいたが、湖との違いは深さによるものだったらしい。


「厳密に言うと、沈水植物、いわゆる水草だね。水底に水草が生育しているかどうかも関係しているみたいだね」

「なるほど」


 男は漕ぐのを止め、程なくボートは完全に停止した。


 岸は遠く、話している間に湖のおよそ中央まで来ていたらしい。


「さて、ボートや備品に問題はなさそうだ。おじさんの話に付き合わせちゃって、悪かったね。戻ろうか」

「いえ、何だか勉強になりました」


 男は一度、船体やシートを確認した後、戻るために再びオールを動かそうとする。しかし――


「あれ? なんだ、これは?」


 何か違和感があったらしい。身体を傾け、水中のオールを確認する。自然、サギリの目線もそちらに吸い寄せられる。


 オール先端には、濃緑色の藻のようなものが絡みついていた。


「一体――」


 何ですか、と。そう告げようとしたサギリの疑問は、音になることは無かった。


 突然の下からの衝撃により、ボートが転覆。サギリも、ボート小屋の男も、水中に投げ出された。


 落下の影響で沈んだサギリは、浮上の前に状況の確認を行う。先程の衝撃はボートの下方、つまり水中から発生した。それを成した存在がいるはずだ。恐らくは、ヴィリディアン!


 前方数メートル先に、ボート小屋の男。動転しているのか、頭をグルグルと回し周囲を見渡している。


 その男の下方に影が揺らめく。体表全体に、濃緑色の藻のような物体を纏った異形。


 サギリの腰にベルトが出現した。


「変身」

『Igni』


 炎の輝きが水中を照らす。一瞬の後に、サギリの身体はヴァニタスへと転じていた。






◇古書喫茶『ClamPon』


「サギリお兄さんぶじについたかなー」


 閑散とした古書喫茶の店内には、仕込みをするナナと宿題をするナツキしか居ない。ついこの間までこれが日常だったと言うのに、寂しく感じるのは先程までの慌ただしさ故か。


「そうだね……」


 ナナの胸中は、その声音ほど落ち着いたものでは無かった。サギリは戦うために赴いたのだ。それがどれほど危険な事なのか、自分が正確に知る事は無いのだろう。


 ふと、昔の記憶が蘇る。まだナツキが物心つく前のこと。テレビではガス漏れに関するニュースが流れている。祖母と一緒にそれを見ている自分。


(……)


 ナナには、これ以上身の回りの人が居なくなることに、耐えられる自信が無かった。






◇別荘地、湖


 ヴァニタスへと転じたサギリを前にし、ボート小屋の男とヴィリディアンは、両者ともに驚愕した様子を見せる。だが、混乱からの回復はヴィリディアンが早かった。水中を急上昇すると、男を羽交い締めにした。人質だ!


「お前がヴァニタスか? まさか本当にこんな所に現れるとはな!」


 捕らわれた男は藻掻き、口からは大量の泡が出ている。危険だ、一刻も早く助けなくては!


(!)


 咄嗟の変身だったため、水中にもかかわらず炎の形態フォームになってしまった。些か出力は落ちるが……後悔するのは敵を倒してからでも遅くない。


 サギリは脚部で炎を爆発させると、それを推進力として敵目掛けて水中を突進する。


「なっ、人質が居るのに――」


 人質に関する交渉の時間など取らせない。力尽くで、奪うのみ。


「ぐぅっ」


 体当たりを回避するためか、ヴィリディアンはその場に男を残し急速潜航する。突進を止めないサギリは男を抱え、その勢いのまま上方を目指す。


 腕の中の男は動かない。かなりの速度で抱き止めたため,気絶しているのかもしれない。だが、命には代えられないだろう。


 そして漸く水面に出るかと思われた瞬間、サギリの身体が下方に引き戻される。脚にはまとわりつく濃緑の藻類!


 ヴァニタスに変身したことで、ある程度は水中でも活動できるサギリと異なり、抱えた男はすぐにでも酸素が必要なはずだ。もたついている場合では無い。


(このっ……!)


 サギリは、藻が絡まっていない方の脚を構える。蹴り破って脱出する算段だ。


 しかし、掲げたもう一方の脚にも藻が絡みつき、蹴りを繰り出せない!


「何?!」


 サギリは決して油断していたわけではない。下方の敵からの攻撃には、最大限注意を払っていた。


 すなわち、新たな藻は下方からでは無く――


「動きは封じたぞ」


 サギリの腕の中、男の身体が濃緑の物体に覆われていく。






◇峯曽邸


 峯曽夾丞は、自室で資料を整理していた。


 連絡の途絶えた蘇芳美鈴の”隠れ家”は焼滅していたと、報告が入っていた。恐らくは、彼女も同じ末路を辿ったか。


 急ぎ追加の要員配置を迫られた夾丞は、積まれた資料の中から一部を取り出す。それは、蘇芳美鈴と同時に手配した”捨て駒”の一。打診済みの山に分けて置いたはずだが、どうやら紛れ込んでいたらしい。


(菊池藻治……知己と協力してアルファ候補の捕獲をするとのことだったが)


 菊池は、中級ヴィリディアンの中でも極めて変わった存在だ。そもそも、中級と認められるには、戦闘能力においても内務においても有能であることを示さねばならない。それゆえ、中級となったからには、ヴィリディアンという組織を運営するに当たって重要なポスト――資金の調達、折衝、そして人間組織への侵蝕などでの貢献が求められる。ボート小屋の管理は、獲物の物色には都合が良いが、中級が就くには些か現場的に過ぎると言わざるを得ない。


 中級昇格の際、警察関係の組織を勧められた菊池はしかし、自身の()()を理由にこれを固辞。ボート小屋での勤務を続けることになった。


 本来、上級から言い渡される役職に否やを唱えることは無く、それが認められることも無いだろう。菊池の我儘が聞き入れられたのは偏に、日頃から”傍観派”に近い言動をとっていたからである。要は、戦力外として見放されたのだ。


(職業選択の自由があれば、竹虎も中級となっていたのだろうか)


 ふと、偏屈な、既に亡き男を思い返す。性に合っているなどと言い、人里離れた山奥での暮らしを選択した猫柳竹虎。ヴァニタスの脅威を伝え、そして死んだ戦友。


(……落ち着いたら、奴の家にも行ってやらんとな)


 多忙を理由に先延ばしにしていたが、そろそろ向き合わねばなるまい。


(ともあれ、今は要員の整理が優先だ。菊池の交友関係は一先ず除いて考えねばならんか)


 菊池は、彼と同様の()()を持つ複数のヴィリディアンらと、一種の派閥を形成していた。派閥と言うよりも、同好の士のような関係であったが、結束の強い集団だったと記憶している。


 そう言えば彼は、先の緊急招集の際に、気になることを言っていたが――






◇別荘地の湖畔、過日


「峯曽さん、任務の件、承知しましたよ。人を襲うのはあまり気が進みませんが、われわれの大敵となれば話は別です」


「……申し訳ないが、よろしくお願いする」


 猫柳竹虎がヴァニタスの存在を確認した後。計画遂行のため、陽動として呼んだ”融通の利く”中級ヴィリディアンの一個体である菊池と会う峯曽の顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。


「ヴァニタス……若い世代には、御伽噺の類と思っている方もいるんでしょうね」


「……遺憾ではあるが」


「参考までにお聞きしたいんですが、炎を操る能力を持つということで、間違いありませんか?」


「……炎、そして、氷が確認されている」


「炎と、氷――」


 そう呟いた菊池は、自身の管理する湖を眺める。


 しばしの後、峯曽へと向き直った彼の顔は微笑みを浮かべていた。


「もしかしたら、なんとかなるかもしれませんね。まあ、やるだけやってみますよ」






◇別荘地、湖


「動きは封じたぞ」


 ボート小屋の男もまた、ヴィリディアン! 正体を表した敵手はサギリから距離をとりつつ、更なる藻類で両腕の自由も奪っていく!


(罠か?!)


 行方不明者の情報を耳にした自分が来ることが予期されていた? いや、考えるのは後だ!


 サギリはその身に炎を纏わせ、絡みつく藻類を焼き切らんとする。だが――


(出力がっ……!)


 水中にあって、炎の勢いは必然、減衰する。夥しい藻類を焼き切ることが敵わない!


「想像通り――」


 脱出不能と見るや否や、ボート小屋の男がサギリへ迫る。回避不能! 先程とは逆に、突進の勢いのまま、湖底へと連れ去られる!


「水中では実力を発揮できないようだな!!」


(ぐっ……!!)


 サギリは敵を振り解こうと藻掻くが、自由度の失われた手足では加速が乗らず有効打足り得ない。このままではまずい!



(『でも深さはかなりのものでね。場所によっては百メートル以上にもなるんだよ』)



 ボートでの会話を思い出す。ヴァニタスの鎧に護られているとは言え、水深百メートルの世界には太陽光も殆ど届かず、水圧により動きが制限されることは必定。この状況は何としても打破する必要がある。


(炎の形態フォームでは駄目だ……!)


 幸い、左手の可動範囲には余裕がある。これならば、フォームリンクが何とか可能だ。



形態フォーム連携リンク

『Glac-Igni』



 『Glacies』の白い水晶髑髏をベルト左端の孔に嵌め込む。たちまち周囲が急冷され……


「氷の力! 情報通りだ!」

「凍った湖水で身動きが取れなくなった所を、一気に叩きましょう」


 確かに、『Glacies』によって湖の水が凍結すれば、それはサギリを収める氷の棺と化しただろう。炎と氷。二つの脅威が有効に働かない環境。それが水中!


 菊池藻治と彼の協力者、萩沼珪吾は、ヴィリディアンの中にあってもなお特異な、水中活動を得手とする一派。普段は同胞から距離を置かれることも多い彼らに、一世一代の好機がやって来た。峯曽からの説明を聞いた菊池は、そう確信したのだ。




 ――だが、彼らは知らない。


 氷と炎。今や眼前の悪鬼には、相反する二つの脅威が共存していることを!!




「「?!」」


 吹き荒ぶ冷気によって凍結した湖水はしかし、内側からの熱の奔流によって砕かれる。飛び散る破片が菊池らを襲う。水の抵抗を受けてなお無視できない威力!


「小細工は終わりだ……」


 そこに降り立ったのは、赤と白の混ざった異形。ヴィリディアンを虚無へと誘うもの。


「ぐっ……これがヴァニタス!」


 サギリの自由を奪っていた藻類は変身の衝撃で吹き飛んでおり、完全に自由な状態。事前情報には無かった能力も持っている。形勢は不利。だが、まだ取れる手立ては残されている!




(拘束は解いた。だが……)


 『Glac-Igni(グラキグニ)』への変身は成功した。しかし、依然として水中という状況がサギリを苦しめる。遠距離攻撃手段である氷の射出物は、水の抵抗により決定打足り得ない。炎による推進力も、水中ではその威力を十全に発揮できない。だからと言って、陸に上がったとして、敵が有利な状況を捨ててまで追ってくるとも思えない。


 対する敵は、恐らく水中戦を得意とする個体、それも二体。形勢は不利。だが、やるしかない。




 菊池は冷静に状況を分析し、とれる手立てを模索する。


(こうなったらコレを使うしかない……私単体での生物濃縮! 近距離で、高濃度のサキシトキシンと、ノーウォークウイルスを込めた一撃をお見舞いする! 遅効性の上、そもそも効くかという疑問はあるが……今は賭けるしかない。そして――)




 サギリもまた、自身の勝ち筋を探る。


(炎の推進力が当てにならない以上、距離をとっての戦闘は却下だ。残る手段は最も単純……近づいて、殴る!)




 互いの状況を知らぬ両者の思惑は、偶然にも一致した。水中での、近接戦闘! 最初の一撃が、恐らく必殺の一撃となるだろう。一方は毒の致死性ゆえ。もう一方は、その暴力的な破壊力ゆえに。


 水中で、二つの異形がほぼ同時に動き出し、急速に両者の距離が縮まっていく。交錯の瞬間、いやその手前で緑の異形が仕掛ける! 腕に纏った藻類はリーチにおいてわずかに有利。尋常の人間であれば立ち所に全身麻痺の挙げ句、激しい消化管異常に襲われること必至の猛毒を帯びた一撃がサギリに迫る!


 サギリは瞬時に腕部装甲に氷の盾を形成し、これを逸らす。その一瞬の後、氷に覆われ二回りほど肥大化した拳が、敵ヴィリディアンの頭部に迫る。


 衝突の瞬間、氷の拳が凄まじい勢いで爆ぜ、敵の頭部が吹き飛ばされた。肥大化した拳内部は空洞になっており、炎によって熱された水蒸気が破裂限界まで充填されていたのだ! 前面の氷のみを他より薄くすることで爆発に指向性が生まれ、自身へのダメージは最小限、しかし殴打された相手へのダメージは最大限となった!


「お、みごと……だが……」


 今わの際。半分以上失われた顔で、敵ヴィリディアンは不敵にそう告げ、湖底へと沈んでいった。


「!」


 その言葉に息を呑み、周囲を見回すサギリ。


(もう一体の敵は――!)


 追撃の気配は無い。恐らくは逃げたか。いや違う。()()()()()()()()()


 罠を張られていた事と言い、これから先の戦いはなお一層厳しいものになるだろう。


(だとしても……)


 自分に、選択肢などないのだ。






◇別荘地


「結局勘違いだったなんて、ヒト騒がせスよね。この忙しい時に」

「まあそう言うな。行方不明者は居なかった、それで良しとせにゃな」

「タカさんってホント、ヒトが出来てますよねぇ」


 別荘地で行方不明者が出たというのは、どうやら勘違いだったらしい。実際は、借りたボートを乗り捨てたマナーの悪い客を、そのように誤認したとのことだった。


「まあ、そうと分かったならすぐ連絡して欲しい所だがな」


 人が出来ていると評されたが、それは別に、年を取って寛容になったと言うわけではない。ただ、必要以上に期待しない事を覚えただけだ。


 悪い見本だと、そう思いはする。だが、人間の悪い面をこれでもかと突きつけられるこの仕事を続けていれば、遅かれ早かれ同様の境地に至る可能性が高い。


「諸行無常だな」

「? 何スか、突然」

「いや、何となくな」


 何となく、口を突いた言葉だ。詳しくないので用法が合っているかもわからない。ただ、この愛すべき後輩も自分と同じようになってしまうと思ったら、そんな気分になったのだ。


 ……やはり山の方は少し冷える。鷹山は、愛用のくたびれたトレンチコートの襟を少し引き寄せた。




「あれ、スクーターなんて来る時あったスかね」


 ふと呟いた青葉が見やる方に目を向けると、確かにそこには一台のスクーター。観光客のものにしては小型に過ぎる。


「ここ停めて良い場所かなぁ?」


 青葉の言う通り、そのスクーターは違法駐車、いや駐輪している。


「番号、控えたほうが良いスかね」

「……いやいいだろう。流石に管轄外だ」


 二人の刑事はその場を後にした。





第8話 「水底の戦い」






次回―――


「ナツキちゃんそれは違う」


「これを」


「ヒマリちゃんにはずっと避けられてたけどねー」


「御託はいい。ヴィリディアンはすべて滅ぼす」


「ヴァニタスが、二人?! ど、どういうことだ!!」




「ヴィリディアンはすべて滅ぼす」



第9話 「戦士、二人」




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