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第16話

第16話



 ――時は少し遡る。


 これは、サギリが大型自動二輪免許を取得する、二週間前から始まる出来事。



◇送迎用バス内


 スクーターでの移動に限界を感じていたサギリは、大型自動二輪免許を取得すべく教習所へと向かっていた。なるべく近場が良かったのだが、規定により現住所と同じ県内には入校出来ないと断られたので、遠出をさせられる羽目になってしまった。


(とは言え――)


 古書喫茶には、今やもう一人のヴァニタス(ヴァルゴ=イツキ)が居る。そもそも最初の襲撃以来動きがなかったのだ、暫く空けても大丈夫だろう。いざという時は連絡が来るようにもしている。


(合宿か……)


 今回サギリは、隣県にある教習所の合宿に参加することになっている。口コミ等の評判が良く、宿泊施設は綺麗な上、食事は三食とも校内のレストランで供されるとの事で、密かに楽しみにしていたのだ。


 ……いたのだが。






◇駒野沢自動車学校、ロビー


「えっ……雨漏り、ですか?」

「いやぁ、そういうわけで、事前の内容とちょっと変わるんだけんどね。宿泊施設だけ」


 教習所に到着したサギリは、入校手続きのため受付を訪れていた。ロビーは開放感のあるガラス張りで、壁や床は暗めの木目調で統一されており、シックな印象を受ける。


 そのロビーで、いざ手続きをばと意気込んだサギリに、受付の中年男性が申し訳無さそうに告げる。


 サギリが宿泊予定だった施設は、一画の雨漏りに端を発し、あちこちに要修繕箇所が発見されたのだと言う。よって、暫くの間――具体的には二週間程の間、急遽別の施設での宿泊を手配せざるを得ない状況なのだと言う。


「蓮裏さんは、と…………あぁ、キャンプ場の方だんね。良い所だよぉ自然に囲まれて。多分だけんども」

「……」


 我が事ながら運が無い。田舎の出なので、自然に囲まれた環境など有難くも何とも無い。


「そんなに気落ちせんでも、送迎はキチンと出すんで。心配しなくても大丈夫大丈夫」

「……食事は」

「え?」

「食事はどこで」

「ああ。レストランの建屋は無事なんで、合宿生の皆さんはそちらで――」

「あ、なら問題無いです」


 最大の懸念が解消されたサギリは、実に晴れやかな顔で受付職員の説明を遮った。


「そうかい……じゃあ、入校時の説明と適性検査は午後からなんで、それまでに昼食済ませて、またここに来てんね」






 合宿初日は説明と検査の他、学科一時限と技能二時限を受けて終わった。どの大学もとうに夏休みは過ぎているためか、教習所内の人の数は然程多く無い。自動車学校側からして見れば、施設の不備がこの時期だった事は不幸中の幸いと言えるだろう。そう俯瞰できる程度には、サギリの心は落ち着いて来ていた。


 早目の夕食を終えたサギリは、シャトルバスを待つ列に並んだ。周囲の会話に聞き耳を立てると、代わりの宿泊施設には近くのホテルの他、スキー客用のペンションなどが用意されているらしい。合宿生らは方向別に用意されたバスに乗り、毎日教習所へと通うことになるのだ。






◇キャンプ場


「お、じゃあ君が新入りってわけか」


 サギリに声を掛けたのは、先にバスから降りていた青年だった。


「俺は稲葉。稲葉(ゲン)。よろしくな!」

「蓮裏サギリ。こちらこそよろしく」


 ゲンと名乗った、ガッシリした体格の男が握手を求める。体育会系なノリを若干苦手とするサギリだったが、これから同じ空間で過ごすことになる存在との円滑な人間関係のためと、快くこれに応じた。


「君とか言っちゃったけど、年上? 年下?」

「大体同じくらいじゃないかな。堅苦しいのは苦手だし、タメ口で良いよ」

「お! じゃあそーするわ。他の面子もみんな同い年くらいだからさー、どんなのが来るのかって話してたんだわ。いやふつーそうで安心したぜ!」

「普通……」






 サギリ達が過ごすことになるコテージは、シャトルバスの停車するキャンプ場入り口から少し歩いた所に位置していた。


「向かって右が男子用。左が女子用。んで、真ん中のデカい小屋に集まって、飲んだり遊んだりしてる。人によるけど、オレは寝る時以外はだいたいそこに居るかな」


 ゲンの言うように、向かった先にあったコテージは三棟。すべて自動車学校で手配したものらしい。実際には三棟とも宿泊用なのだが、人数的に余るので勝手に遊び用として使っているということだ。通常、男子女子の居住区はもっとしっかり分けられるはずだが、急場凌ぎのため明確な線引きがされないままとなっているのだとか。


 まずはメンバーに紹介すると主張するゲンに連れられ、サギリは中央のコテージに向かった。


「たっだいまー」

「ゲンおせーぞー」

「あれ、その人が新しい人?」


 コテージ内は、外から見るよりも広く感じる造りになっていた。輪切りにした大木のような見た目の、一際大きなテーブルの上には菓子や飲物が山と置かれ、それを囲むように数人の男女が座っている。テーブルの奥の壁には暖炉が備え付けられているが、今は火が点っていない。暖炉の側、長手方向の壁には巨大な窓。今は薄暗くて良く見えないが、そこから外のウッドデッキに出られるようになっているようだ。


「おう、新入りを紹介するぜ」

「何でお前がエラソーなんだよ」

「うるせ、茶々入れるな。……えーっと」

「――蓮裏サギリです、よろしく。大型二輪を取りに来ました」


 サギリの自己紹介が済むと、ゲンの号令によって既存メンバーの紹介がはじまる。


「オレは織座オリザ新之助。そこのゲンと一緒に、ふつー?免許取りに参加してまーす」


 ゲンの友人、シンノスケは、少々チャラい雰囲気の細身の青年だ。


翠峰寺スイホウジ光輝ミツテル。普通免許」


 眼鏡の青年、ミツテルは、他の男二人とは違い理知的な印象。


「野郎はこの三人、サギリを入れて四人だな! 続きまして~」

冬青ソヨゴぼたん。普通免許でぇーす」


 女性陣の一人目、ぼたん。今時の女子大生、といった雰囲気の女性だ。既に何杯か飲んでいるのか、顔が赤らみ若干呂律が怪しい。


「ぼたんちゃんぼたんちゃん、よそごってどーぉ書くの? どー書くの?」

「シンノスケくんまたそれー? も飽きたって!」


(出来上がっとる……)


 色々な物から開放されじゃれ合う二人を尻目に、落ち着いた雰囲気の女性が名乗りはじめる。


紅林クレバヤシ清香キヨカ。酔っ払いがウザかったらごめんね。あ、私も普通免許」


 ワイングラス片手にしっとりと微笑むキヨカ。この中では、ミツテル同様常識人枠のような気がする。


「さいごぉ! 山吹羽依(ウイ)でぇーす。……てかサギリっち以外、みんなふつめんじゃなぃ?」

「ふつめんって言い方はやめちくりー」

「サギリっち……」


 いきなり渾名を付けて来たウイで、このキャンプ場で寝泊まりするメンバーは全員ということだった。奇しくも同じような年頃が集まっており、良好な人間関係を築いているようだった。……全体的に少々ウェイ寄りなのは、酒のせいだと思いたい。


「いーねーサギリっちってアダ名! なんかこー繊細さの中ににゅーわさをかねそなえた的な?」


 ぼたんが乗っかり、それをキッカケに渾名についての問答が始まった。サギリは一先ず開いている席に座り、ソフトドリンクで一息付くことにした。程なくして、横に座るシンノスケから「うーん、うーん」と唸る声が鳴り始めた。


「どしたんシンちゃん」

「いやさー。サギリっちが入るとバランスがなぁー。バランスがなー」

「何だよシン、バランスって」


 早速他からも渾名で呼ばれ、サギリは口元がひきつりそうになるのを堪えた。


「いやいやゲンさんよ。男四の女三だろー。余る! オレの計算によると、一人余る!」

「何言ってんだお前」

「余るのはオレか?! お前か?! そこんとこどーなの、キヨカちゃん!」

「そもそも、ウイウイ彼氏居るんじゃなかったっけ」

「いまぁーす」

「ノォーーーチャンスだったかぁーっ!!」

「織座君、五月蝿いぞ。蓮裏君が呆れている」


 これが一般的な大学生のノリなのだろうか。受験勉強はしていたものの、結局大学に通う機会を得られなかったサギリには判断が付かなかった。


 ともあれ、こうしてサギリの合宿生活は、愉快な面々と共に幕を開けたのだった。






◇キャンプ場、サギリの部屋


 男子用のコテージに戻ったサギリは、あてがわれた自室で荷解きをする。スーツケースから取り出したのは、イツキから借り受けた機械だ。それをベッド脇に置き、いくつかのボタンを押す。


「……」


 機械の表示にわずかに目を瞠り、そして――


「……変身」

『Insectum』


 静かに変身した。


 夜はまだ、長い。






◇駒野沢自動車学校、レクリエーション室『漫画部屋』


 合宿三日目。


 合宿とは言え、一日中詰め込みで教習させられるわけでは無く、実際にはかなりの自由時間がある。一日に実施できる技能教習の時間数が、道路交通法で定められていることがその理由のようだ。


 サギリの場合、普通免許は既に取得しているため、受けるべき学科は一時限のみ。それも初日に終えていたので、日に二時間程度しか受講しないスケジュールとなっているのだ。


(これ、通いと変わらないのでは……?)


 サギリは今更ながらにそう感じていた。


「お、サギリっちいるじゃん」


 少々呆けていたサギリの下に、教習帰りのキャンプ場メンバー、シンノスケとゲンがやって来る。この二人は、確か同じ大学の友人同士という話だった。同時に入校したため、時間割も同じなのだろう。


「バイクにはもう慣れたか?」

「どうだろ。まあ、やっぱりスクーターとは勝手が違うかな」


 笑顔のゲンの問い掛けに素直に答える。実際、違いを目の当たりにした昨日は軽くショックを受けたくらいだ。


「そりゃスクーターとは違うわな。車体の重さとか」

「何だか自分が乗り回されているような感覚になるよ……」


 だが落ち込んではいられない。合宿には明確なデッドラインがあるのだ。もし駄目でも、普通二輪へ変更する手もあるが……そうすると、古書喫茶のガレージに眠るあのバイクに乗ることは叶わない。


「そう言えば、二人は大学生なんだよね。授業とか大丈夫なの?」


 大学生が合宿で免許を取るのなら、長期休暇を利用して臨むのが一般的のはずだ。少し気になったサギリは、聞いてみることにした。これも円滑な人間関係のためだ。


「あー、それな。まあ聞いてくれよ」


 呆れたような顔をしながら話し始めるゲン。シンノスケはその隣で、わざとらしく掠れた口笛を吹き始めた。


「ホントは俺等、サギリの言うように夏休みに予約してたんだけどさ。コイツが直前で予定を変えやがって」

「ゴメンてゴメンて」

「それでこんな時期に……」


 ムスッとした顔で睨めつけるゲンにペコペコと謝る素振りを見せるシンノスケ。ただし、ゲンの方も本気で怒っているわけでは無さそうだ。


「ま、講義ももう取って無いし、二週間くらいゼミ出なくても教授に怒られないしで大丈夫かなって」

「その辺は文系様々だけどな。一年前だったら絶対ヤバかったぞ」


 話の内容からすると、二人は同じ研究室に籍を置いているらしい。


「ま、まあそのおかげで、こうしてサギリっちやぼたんちゃん達にも会えたってことで」

「ハハ、それな」


 そう言ってゲンはシンノスケと拳を突き合わせる。どうやら仲間内特有の符牒のようだ。何とは無しにそれを眺めていると、シンノスケが思い出したように話を振って来た。


「そーだ、サギリっちってふつー免許のパイセンじゃん。コツとか教えてよ、同じ釜の飯を食ったよしみでさ!」

「いやここの生徒全員同じ釜の飯食ってるだろ」

「まあ、僕にわかることなら」

「お! 頼りにしてるぜサギリっち! 実はオレ、未だに半クラが苦手でさー。卒業までに出来るようになる気がしねんだわ」


「………………ごめん、僕オートマなんだ」

「あっ」


 なんとなく、気まずい空気が流れる。


「そ、そうだよな。最近の車なんてみんなオートマだもんな」

「ああ、それそれ。なんかマニュアルの方が希少種?らしいって話だもんな」

「……」


 二人の言う通り、最近では余程の車好き以外はオートマ車の免許を取るというのが共通認識のはずだ。しかし何だろう、この敗北感にも似た感覚は。


「やー、キャンプ場の連中、女子も含めてみんなマニュアル希望だったからサギリっちもそうかと思い込んで――」

「バカお前っ」

「いや、いいよ。役に立てなくてごめんね……」

「「……」」


「そ、そーだ、学科のテスト! 引っ掛けが多くってさー。注意点教えてくれよ」


 その日、サギリがキャンプ場に帰ると、面々の視線が若干生暖かかった。






◇駒野沢自動車学校、レクリエーション室『ネット部屋』


 合宿五日目。


 サギリが合宿先に選んだ教習所は比較的大規模らしく、自習室とは別にレクリエーション室が三つも存在している。


(まあ、これだけ暇ならさもありなん……)


 漫画等の置かれた、通称『漫画部屋』。卓球台の置かれた『スポーツ部屋』。数台のPCが並びインターネット環境の整った『ネット部屋』。


 昨日と一昨日は『漫画部屋』で時間を潰したので、今日はネットサーフィンと洒落込もうという魂胆だ。……スマートフォンで事足りるという事実からは目を背ける。


 サギリは欠伸を噛み殺す。連日の夜更かしが祟り、睡眠時間が足りていない。ウェイな飲み会の後も、サギリにはする事があるのだ。


「あれぇサギリっちじゃん」


 軽いデジャヴを覚えながら振り向くと、そこにはキャンプ場メンバーの女子三名が揃っていた。キヨカとウイは同じ大学の友人同士で、ぼたんとは教習所で初めて会ったとの事だが、随分と仲が良い様子だ。合宿免許という、共通の目的に向かって苦楽を共にする環境がそうさせているのだろうか。ただし、入校タイミングは微妙にズレがあるという話なので、こうして三人揃うのは珍しいはずだ。


「丁度空き時間が被ってね。これから、ちょっと遠出しようかと話していた所なの」

「奇跡っしょー!」


 顔に出ていたのだろうか。キヨカがサギリの疑問に応えてくれる。


「へえ。でもこの辺に何か見る所あるんですか?」

「それを探しに来たのだよ!」

「ここなら大きいモニター見ながらワイワイできるしねー」


 確かに、スマートフォンの小さい画面を三人で見るのは些か窮屈だ。


「サギリっちも来るー?」

「や、遠慮しときます……」

「シンくんなら二つ返事だっただろうね」

「ヤツはなー。チャラいからなー」


  静かだった『ネット部屋』に、俄に賑やかな空気が流れ始める。


「そー言えばサギリっちは彼女さんとかおるの?」



 不意打ちだった。



 過去の情景が――



(『サギリ……』)



 《《彼女》》の笑顔が――



(『フフッ』)



 フラッシュバックして――



(『つかっ、て、ない……から』)




「――――リ君、どうしたの?」


 意識が現実に戻って来る。


 目の前には彼女の姿は無く。


 怪訝そうな三人の顔があった。



「ああ、いや…………えっと、何の話でしたっけ」

「や、サギリっち彼女さんいるのかなって」

「いえ、特には……」

「そうなんだ」


 《《飛んでいた》》のは一瞬だったのだろう。三人は何事もなかったように話し始めた。


「じゃあー、わたし狙っちゃおっかなー」

「え、ウイウイ彼氏はどうしたの?」

「それがぁー、最近遠距離だから寂しくってぇー」

「最近ってここ数日じゃん! こわっ! この娘こわっ!」


 三人寄れば何とやら。自習室とは違い私語が禁じられているわけでは無いが、それなりに静かだった『ネット部屋』の様相は今や見る影も無い。


「――それはさておき、早目に決めた方がいんじゃない? なんか天気悪くなるみたいだし」

「え、おキヨそれまじ?」


 話題が一旦落ち着いたタイミングで、キヨカが注意を促した。予報をチェックしていなかったぼたんが、ネットニュースを確認する。


「おぁーホントだ。でもここら辺は夜遅くになってからっぽい」

「でも山の天気は変わりやすいって言うよ。夕方には切り上げて戻ったほうが良いかもね」

「それなー。ワンチャン、バンガローに戻れないかもだし」

「コテージね」


 一頻り騒いだ女性陣が『ネット部屋』を後にする。まだまだ話題が尽きる事が無いようで、かしましさを少しも損なっていない。


 その後ろ姿を見るサギリの目は鋭かった。






◇キャンプ場 19:37


 夕食を早目に食べ終えキャンプ場に戻ったサギリは、男子用のコテージの中、割り当てられた自室で休息を取っていた。


 一階建ての中央コテージとは違い、サギリの寝泊まりする男子用コテージは二階建てだ。一階にはバス(と言ってもシャワーだけだが)、トイレ、キッチンと歓談スペースが、二階には四部屋の個室が備わっている。聞いた話では、女子用のコテージも間取りはこちらと同じらしい。


(こうして見ると、結構整ったバンガ――コテージだ。急な話だったから、借りられる所も限られていたのかな)


 そう考えれば、本来よりグレードの高い設備を使えてラッキーだったのかも知れない。そんなことを思っていると、外から会話する声が聞こえ始め、しばらくして下の階で入り口の扉を開く音がした。


「ただいまー」

「電気点いてるから、もう誰か帰ってきてるのか」


 ゲンとシンノスケの仲良しコンビだ。サギリはとりあえず階下に降りて行った。


「おかえり。いつもより早いね。雨降るんだっけ」

「そーそー。なんかけっこーヤバいらしいから、今日は集まって遊ぶの無しにしよってゲンが」

「濡れて風邪引いてもあれだしな」


 それは確かにその通りだ。合宿は期間が規定されている以上、体調管理には気をつけねばならない。……ただ、毎日酒盛りしているゲン達が言っても、あまり説得力が無い。と言うか、今は敷地内のコースだからまだ良いが、路上に出たら残存アルコール濃度によっては飲酒運転になるのではないだろうか。


「ミツテルはまだか。女子はどうだろう」

「あ、”flaっと”のグループに返信来た。もうすぐ帰るってさ」

「じゃあ、今日は男女別って送ってくれ」

「あいあい」


 こうして、合宿三日目の夜は男だけの気兼ねない夜会が催されることになった。


「あ、でも食い物と飲み物は全部あっちか」

「うっしじゃあ取りにいこうぜ!」


 その準備として、中央のコテージから物資を運ぶのだった。






20:42


 サギリ達が男子用コテージに戻ってすぐ、外では雨が振り始めた。雨脚は弱まるところを知らず、今は風も強くなりつつある。雨粒が窓ガラスに当たる音が、少々耳障りだ。


 ゲンとシンノスケの大学生活の話題が一段落したタイミングで、突然入り口の扉が開かれ、外からの雨風がコテージ内に流れ込んで来た。


 帰ってきたミツテルはすぐに扉を閉めた。


「…………ひどい目にあった」

「おかえりー」

「早くシャワー浴びた方がいいぞー」

「あぁ……そうさせてもらうよ」


 シャトルバスの停車位置からここまで、雨具も無く歩いて来たのだろう。ミツテルの全身はずぶ濡れだった。


「こっちはこれで全員だな」

「あ、”flaっと”ぜんぜん見て無かった………………女子組は全員無事らしい。ちょっと降られたってさ」


 話に夢中になっている間に、どうやら女子も帰り着いていたらしい。


「雨降ってると気付かないもんだなー」

「まあな」

「…………これ、このまま降り続いたら、明日の教習はどうなるんだろう」


 それはサギリを悩ます目下の疑問だ。余り長期間拘束されるのは本意では無い。


「まーすぐ通り過ぎるっしょ。予報だと深夜が山みたいだし。山だけに」


 シンノスケは自分のギャグがツボに入ったらしく、大声で笑った。




 その後、シャワーから出たミツテルが、


「風邪を引いて君達に感染うつしても悪いし、今日は大事を取って寝ることにするよ」


 と、葛根湯を飲みながら自室に戻ったのを機に、サギリ達も解散することにした。


 雨風は弱まる気配を見せず、それどころか建物全体が揺れている気もする。


「これさー、デカい方に移ったほうが安心じゃない? 女子と一緒にさあ」

「女子が安心できないだろ。それに、こんな中じゃ一歩も外に出たか無いね」






1:01


 何かが衝突する音と、ガラスが割れるような音がして、サギリは飛び起きた。一瞬、夢の中での出来事かと疑う。耳を澄ますと、隣室にも人の動く気配が。やはりさっきの物音は現実に起きたのか。サギリはベッドから降り、廊下に出ることにした。


 ほぼ同じタイミングで、男子四人が自室から顔を出した。


「な、なあ。今の聞いたか?」

「夢じゃあないよな?」

「どこから聞こえた?」

「……下、降りてみよう」

「やめよーぜサギリっち! クマかもしれねーじゃん!」


 すっかり怯えて顔面蒼白になるシンノスケを置いて、サギリは階下の様子を探ることにした。


 コテージの階段は途中で百八十度折り返す、所謂回り階段となっており、少し身を乗り出せばある程度一階の様子を確認することができた。


「ど、どうだ?」

「……暗くて良く見えないけど……特に窓が割れたりはしていないみたいだ」


 電気は消していたため、細部を視認することは出来ない。だが、ガラスの割れるような事態であれば、部屋の中にはそれを示す何かしらの形跡があるはず。しかし、サギリの確認する限り、一階は平穏そのもので、風の吹き込むような音もしていなかった。


「僕が思うに、あれは外から聞こえたような気がするんだが……」

「「「………………」」」


 ミツテルの指摘に、他の三人が顔を見合わせる。音がしたのは確かなのだから、ここで無ければ別の棟に被害が出ているという事だ。つまり――


「見に行かない……わけにはいかないよなぁ……」






1:17


 四人は申し訳程度の雨具を装備し、コテージの外に出た。風の勢いは激しく、サギリ達が寝た頃とは比べ物にならない程だ。


 まずは比較的近い、中央のコテージからだ。ゲンが入り口の扉に手を掛ける。全員の顔を見渡し、準備の確認のため頷く。頷きを返す三人。


「行くぞ……」


 そして、扉が開かれた。






 まず目についたのは、正面の大きな窓だ。一部が割れ、外からの吹き込んだ雨風によって部屋の中は惨憺たる有様だ。割れた原因は一目瞭然。暴風に飛ばされたのか、木の幹が窓を突き破って部屋の中にまで侵入している。


「お、おい……あれ……」


 シンノスケが、その木の根本を指差す。サギリは自身の目を疑った。


 人が、木に、押し潰されている。


「さっきの凄い音って、ココ?」


 後方からキヨカの声。遅れてきた女性陣が、コテージ内を覗こうと、立ち尽くす男性陣を掻き分ける。


「え……なに……? 人形……?」


 そうして目に入るのは、同様の光景。


「もしかして…………ぼたん……?」


 キヨカの呟きに全員の心臓が跳ねる。合流した女性陣は二人、そこにぼたんの姿は無い。


「たすけなきゃ……」

「こ、この建物、危険なんじゃないか?」

「そんな事言ってる場合?!」

「俺まだ応急救護受けてないし――」


 動揺から逸早く回復したサギリは、言い争うメンバーから抜け出して人影の下に向かう。暗くて良く見えないが、女性のようだ。


 まずは木を退かそうとして、違和感に気付く。木の先端は確かに床に突き刺さっているが、それは横たわる人体を掠めるに留まっている。つまり、この女性は木に押し潰されたわけでは無い。


 サギリは素早く首元に手を押し当てる。生きていれば当然あるはずの脈動が感じられない。続けて手首にも。――だが、反応は帰って来ない。そこで、目の前の体があまりに冷たすぎることに気付く。この気付きに端を発し、認識したくは無かった状況も知覚してしまう。


 女性の体が濡れているのは、吹き込んだ雨のせいでは無いのだ。このベタつきは、そして鉄のような臭いは。


「サギリ、その、そいつは……」


 意を決したゲンが側に来て言った。サギリはそちらに振り向いた。


「…………………………死んでる」


 雷鳴が轟き、電気の消えた部屋の中を一瞬照らす。サギリの両手は、赤く濡れていた。






1:49


 明かりの灯されたコテージの中には、一つの遺体を囲む六つの人影があった。


 巻き起こった混乱が落ち着いた後、床に突き刺さった木は男子四名によって一旦室内に移動させた。暴風シャッターのスイッチを入れた事で、雨風の侵入は無くなった。そのタイミングで、キヨカが思い出したように部屋の電気を入れた。遺体はやはり、ぼたんの物だった。


 救護措置も虚しく、ぼたんは死んだ。だが問題はそれだけでは無かった。


「……この木、ぼたんちゃんに刺さってたわけじゃ無かったんだな」


 シンノスケが言う通り、ぼたんは外から飛来した木によって死亡したわけでは無かった。死に至らしめた原因は、他にあるのだ。






「――――なるほど、僕には理解わかったような気がします」


 沈黙を破り、突然ミツテルが話し始めた。


「犯人は、この中にいる……」


 ゆっくりと歩きながら全員を見回し、そして。


「それは貴方だ。蓮裏君――」


 その指が、サギリに向けて突き立てられた。





第16話 「合宿免許殺人事件?《前編》」






次回―――


「…………繋がらない」


「圏外だ。そっちは?」


「暖炉、光ってね?」


「月並だが言わせて貰おう。《《犯人はこの中にいる》》、とね」


「俺はサギリっちの事、疑って無いからな!」




「――冬青ぼたん」



第17話 「合宿免許殺人事件?《後編》」



挿絵(By みてみん)

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