第12話
第12話
◇古書喫茶『ClamPon』
昼の古書喫茶はランチ客で賑わっていた。ただし店員はナナ一人。注文を取るのも、調理するのも、配膳も。ワンオペで回している。
「ナナちゃぁん、サギリくんは今日お休みぃ?」
忙しいというのに、空気を読まず常連のマダムが話し掛けてくる。もうとっくに冷めたコーヒーをちびちびと飲んで、かれこれ1時間程は居座っている。
「あ、そうなんですー。……お済みのお皿、お下げしますね」
そう言って、デザートの乗っていた皿を片付ける。本日はガトーショコラ。濃厚なショコラの香りと上に乗せた生クリームが良くマッチした自信作だ。仕入れすぎて冷凍していたラズベリーもここで有効活用した。酸味のあるソースのお陰で、もったりしがちな食後感もスッキリだ。
サギリが古書喫茶に来る前、学校のある平日はこうやって一人でこなしていた。……今日のように居なくなる事もあるけれど、全体で見れば手伝ってくれる日の方が多い。今ではその有難みが身に沁みる。
(サギリくん、大丈夫かな……)
彼が居なくなる理由は一つだ。
◇山中
「ヴァニタス、火は止せ。回収できない」
「無茶を言うな!」
林の中を、三つの影が交錯する。ここは、特徴的なドームを持つ都市公園や絶景の露天風呂からほど近い山中。観光客を狙ったものと思われる行方不明事件を追って訪れたサギリは、またも既に会敵していたヴァルゴに遭遇した。
敵は一体のみ。サギリが参戦した際には動揺を見せたものの、今は幹から幹へ、木々の合間を高速で移動して二人を翻弄している。
移動の合間、断続的な射撃も厄介だ。威力自体は、今までの敵と比べれば決して高いわけではない。しかし、敵は自らの機動力を有効に活用している。被弾覚悟で闇雲に突撃しても、縦横無尽の動きに対応できず、”引き撃ち”の要領で対処されてしまうのだ。
サギリとヴァルゴは作戦を練るべく、それぞれ大きめの木に身を隠していた。
「遠距離攻撃の手段は無いの? 銃とかさ!」
あれば既に使用しているだろう。前回同様、ヴァルゴと名乗るこの男は、徒手空拳以外に攻撃手段を持ち合わせていないらしい。
「……一応、これを持ってきたが」
ヴァルゴは意外にもそう言うと、片手に持った装備を披露して見せた。それは、電動ドリルにドラムを取り付けたような形状をしており――
「工具じゃないか」
「ああ。ネイルガンだ」
ネイルガン。和名では釘打機と呼ばれる、その名の通り釘を打ち出す工具だ。
「映画やゲームじゃないんだ。そんな物、使えるのか?」
「密着していればな」
「それじゃ意味ないだろ!」
「最大の問題は命中精度だ。ここに来る前に何発か試し打ちをしてきたが……察するに、釘というのは重心位置が射出物としてあまり理想的では無いのだろう」
会話が成立しているようでしていない。ともあれ、ヴァルゴに接近戦以外は不可能と判断する。
「敵の動きだが、冷気で少しは鈍らせられないのか?」
「……有効範囲が狭いんだ。かなり接近する必要がある」
「ままならんな」
「君がそれを言うかな」
「どういう意味だ」
作戦を立てるためとは言え、互いの欠点を洗い出すような工程を問題なく処理するには、お互いの事を知らな過ぎた。こうなってはもう、売り言葉に買い言葉という奴だ。
「だいたい何だよそれは。この間、敵の攻撃を食らった所か?」
サギリはヴァルゴの脇腹部分の装甲を指差しながらそう言った。その部分以外も、先日のテーマパークで被弾したと思しき箇所は、他とは異なり灰色に変色している。
「これは……まだ塗装が……」
「塗装――まさか自分で?!」
これまでの会話から想像するに、ヴァルゴの”スーツ”は人の技術によって作られた物だ。つまり、損傷箇所は代替パーツで補修したということなのだろう。
「何が悪い。雪原でも無ければ、黒にする利点は多い」
「別に色の事を言ってるわけじゃ――」
「こちらの事情も知らず、ごちゃごちゃと言ってくれる」
「はあっ?! 知らないさ! 聞いても、言わないんだから!」
他の事には目を瞑るとしても、事情を知らないなどとは、あまりに身勝手な発言だ。サギリは思わず声を荒げた。
「む……」
それきり、ヴァルゴは黙ってしまった。心なしか先程より小さくなった彼を見て、サギリは少し冷静さを取り戻した。本来の目的であった敵へ抗する手段について考えを巡らせねばならない。
(冷気による減速は範囲が狭い。炎や氷の加速手段では旋回性能が低く小回りが利かない。退路を誘導させキルゾーンに追い込む……こう開けていると、二人では手数が足りないか――いや)
「…………妙案は浮かんだか?」
「――ああ。敵を撹乱するから、今から言う場所に移動して欲しい。目立たないように」
その手には、白い水晶髑髏が握られていた。
「形態連携」
『Glac-Igni』
二人のヴァニタスが潜む木陰からそのような声が響き、辺りに炎と氷の嵐が巻き起こる。幸い、この観光地を狩り場にしていた彼、渋井太郎丸の下までは届かない。念には念を入れ、距離を取っていたのが正解だった。
二人目が現れた際には肝を冷やしたが、どちらのヴァニタスも彼自慢のスピードに対応できない様子だ。このまま安全地帯からじわじわと嬲り続ければ、その勝利は揺るがないだろう。欲をかかず、少しずつ。彼の人生哲学だ。人の密集する観光地でこれまでやってこれたのは、偏にこの方針をブレさせなかったおかげだと確信している。それは、これからもそうだろう。
(この距離を一瞬で埋めるような事でも無い限り、どんな手で来ようとも対応可能! 最も、そんな手段があるなら既に使っているはず。よって距離を保ちつつダメージの蓄積を狙うのが正着。いざとなれば逃げ道はいくらでも――)
渋井が勝利の算段を付ける最中。何もないはずの後方から、気配を感じた。
(?!)
振り返ったそこには、白と赤の入り混じった羅刹の面が。
(いつの間に――)
咄嗟にその場所から飛び退く渋井は、距離が離れ視界が広がったことで、ソレに気が付いた。
(顔、だけ?!)
そこにあったのは、宙に浮かんだ顔。その輪郭は周囲の大気に薄っすらと溶けるように揺らめき、胴体は無い。
(幻影の類かっ!)
間髪入れず、先程現れたものと同じ面をしたヴァニタスが、左右から同時に現れる。挟撃! 渋井は飛び退った勢いを利用し、更に加速――いや、この方向は、先程まで敵二人が身を隠していた位置。幻影によってそちらに追い込まんとする、敵の策略か!
「おぉっ?!」
直前で加速を取り止めた渋井の身体を、ヴァニタスの拳が掠める。やはり本体は元の位置から動いておらず、近付いた彼を狩ろうと待ち構えていたのだ。あと一瞬でも気付くのが遅れていれば、直撃を貰っていた!
(幻影にも攻撃能力があるとも限らない! 一先ず樹上に逃げ、状況把握と退路の確認だ!)
跳躍! 高速移動に一役買っていたこの脚力が渋井の最大の武器だ。一飛びで手近な大木の枝に飛び移り、周囲を俯瞰し――
「良い読みだ、ヴァニタス」
枝に居た先客はそう言うと、渋井の身体に冷たい何かを押し付けた。
「がぁあああああっっ!!!!!」
山中に敵の悲鳴が響き渡る。予め待機していたヴァルゴの攻撃だ。
「うまく、いったか……」
集中を解く。温度差を利用した幻影の生成には、繊細な制御が必要だ。全身ともなれば、現時点では二体。それが限界だろう。
落下する敵の身体が地面と激突し、大きな音を立てた。腹部を中心に、何かをなぞったような傷跡。そこから、貫通しきらなかった釘の先端が覗いている。
「この傷では、今までのようには動けないだろうな」
降りてきたヴァルゴがそう言い放った。彼が木に登れなければ他の手を考える他無かったのだが……どうやら想像以上に高性能なパワードスーツらしい。
逃げ足の早い敵に対する今回の作戦。まずは予想外の一手で思考能力を奪う。移動方向を限定させて追い込む。サギリの攻撃で仕留められれば良し。そうでなければ、追い込みと言うこちらの意図に気付くはず。平面内での移動制限を仕掛けるこちらに対し、逃げられるのは上方向、こちらの手が届きづらい樹上に移動するのが安心だろう。よってそこに予め伏兵を配置しておく。もし当てが外れた場合でも、ヴァルゴには高所から奇襲を掛けるように指示をしていた。それをも外した場合、そこから先は……なるようにしかならなかっただろう。
不確定要素も多く完璧とは言い難い。だが、今できる最善だった。
「――冷凍してもらえると、有り難いのだが」
「人を家電みたいに扱わないでくれるかな」
ヴァルゴ。この男と会ったのはまだほんの数回。人となりも分からなければ、素顔さえ見たことがない。声や口調から男と判断しているが、それも怪しいものだ。
「この工具だが、接近すればそれなりに役立つことがわかった」
「……今の状況だと、君の能力は最大限に発揮できなかった。その補助には、もしかしたら適しているのかもね」
ヴァルゴの戦闘スタイル。それは、敵の力を利用した合気道に近しい技。そして、関節等を執拗に破壊する術を組み合わせた闘法だ。枝の上などの不安定な足場は、些か不向きなのだ。
「弾体の形状を工夫すれば、中距離での命中率を向上させることが可能かもしれない。射撃武器となると出力が問題か。規制の緩い海外から取り寄せた方が良いな。日本製は使用者に優しすぎる。銃刀法違反に問われるかもしれないが、緊急避難の拡大解釈という奴だ」
「銃刀法は今更でしょ……」
お互い、全身凶器のような存在で、法の外の存在と戦っているのだ。気にしている場合では無いと思うのだが。
「ぅ……ぐ……ぅ、くそっ……、ぅぅ……」
地面に蹲るヴィリディアンが、苦悶に満ちた表情を浮かべながら毒づく。
「――冷凍してもらえると、有り難いのだが」
「そのセリフ、さっきとまったく一緒じゃないか」
「冷凍してからの方が捥ぎやすい。……捥ぎたてを冷凍でも、同様に助かる」
「果物みたいに言うなよ……」
どの道、この敵は殺さなければならない。焼くのが手っ取り早いが、ここだと延焼の恐れがある。サギリは一旦氷の形態に戻ると、呻き続ける異形を氷漬けにした。生きたまま四肢を捥がれるよりは,まだしも慈悲があった。
ヴァルゴが自身のバイクに”捥いだ”ヴィリディアンを仕舞う姿は、最早恒例となっていた。先日、サンプルは十分だと言っていたような気もするが、どうやらこの作業はまだ続くらしい。サギリは少し呆れながら、変身を解除した。
荷を積み終えたヴァルゴがバイクに跨る。漆黒の車体に漆黒の装甲。夕陽を浴びるその姿はまさにヴァニタスそのもの。何故同じ顔をしているのか。誰が、どうやって作ったのか。――分かっているのは、その目的だけだ。ヴィリディアンを滅ぼす。それが、ヴァニタスの使命。ならばこの漆黒の存在もまたヴァニタスなのだろうか。
ヴァルゴはバイクのハンドルを握り、エンジンを始動させる。だが、一向に発進しようとしない。
「……………………解除」
ヴァルゴが指令と思しき単語を呟くと、その装甲がバイクに収納されはじめた。各装甲がパーツ毎、折り畳まれるように外れ、車体に吸い込まれていった。装甲の下は黒のライダースーツ。如何なる機能があるのだろうか、体に沿って幾本かチューブのようなものが通っており、その内部は緑色に発光している。
ヴァルゴを纏っていた男は、最後に残された仮面を外した。
「……烏丸、イツキだ」
「え……」
それが人の名前だと気付くのに、幾許かの時を必要とした。しかしそれを、返事が無いと判断したヴァルゴ――烏丸イツキは、嘆息すると再びヘルメットを被った。
「あ、待って!」
我に返り、サギリはイツキを引き止めた。共闘を繰り返すうちに、心境の変化があったのだろうか。明確に、歩み寄ろうとしている。この機会は逃すべきではないはずだ。
「方向は、多分同じだよね。折角だし、一緒に帰るのは……どうかな?」
「……ヴァニタス」
しばし思案するような様子を見せたイツキは、サギリを一瞥し、サギリの乗るスクーターに目を向け、再びサギリの顔を見た。
「――他意は無いが……ソレではキツいだろう」
◇???
人気の無いトンネルを、一台のバイクが往く。イツキの服装は、サギリの前で装着を解除した時と同じく、ピッタリとしたライダースーツ。そのままでは目立つヘルメットは、装飾が内部に格納され一般的なフォルムの範疇にギリギリ収まっている。
トンネルの非常口同士を繋ぐ地下通路。イツキが移動に用いているそれは、かつて頓挫した都市計画の名残らしい。もっとも、彼にとって情報の真贋などは関心の外であった。使える物は使うだけだ。
すべての非常口が拠点に通じているわけではない。イツキは、ヴァルゴに備わる補助AIの記録に従い、バイクを走らせる。
トンネルの中央付近。非常口近くの歩道に人影がある。珍しいことだが、有り得ないわけではない。だが、人目がある中、堂々とそこに侵入するわけにもいかない。次の”ランディングポイント”はどこだったか。そう考えるイツキの前に、件の人物が歩道から躍り出た。
『緊急停止』
「!」
イツキが反応するよりも早く、車体の機能により制動がかかる。トンネル内にブレーキ音が響く。バイクは飛び出してきた人物の手前、数メートルの距離で停止した。
(……)
イツキは咄嗟に出そうになった文句を飲み込み、警戒する。今の飛び出し、明らかに自分が来るタイミングを見計らってのものだ。敵の可能性がある。
「驚かせてしまいましたかね」
男性。中年。少し太り気味。くたびれたトレンチコート。害意があるようには見えない……が、油断はできない。
「何者だ」
「……ハハハ。誰何される側になるとは」
そう言うと、男は一歩近付き――
「私は鷹山。元、刑事です。ヴィリディアンについて、お話がしたいのですが」
「……」
「警戒するのも分かりますが、まぁ道路の真ん中ではなんです。少し場所を移しましょうか」
柔和な表情。礼儀正しい態度。武器を所持しているかは不明。両手は見える位置にあり、姿勢は自然そのもの。だがその状態からでも致命的な攻撃を繰り出してくるのがヴィリディアンだ。
「疑り深い。刑事向きだ。不意を突いて攻撃をしなかった、というだけでは、私の潔白を示すのに不足ですかね」
「……一理ある。だが、襲撃以外の目的がある場合は別だ」
「なるほど。それでは――」
鷹山と名乗る男は、ゆっくりとトレンチコートを開くと、サスペンダーに取り付けられたホルスターに右手を掛ける。
「貴様ッ!」
「落ち着いて。武器をそちらにお渡しします」
臨戦態勢を取ろうとするイツキ。対する鷹山は一旦動きを止め、あくまで攻撃の意思が無いことを示す。
緊迫した空気が流れる。互いに相手を窺うこと数十秒。再び鷹山が緩慢な動作でホルスターを開放する。引鉄に指を掛けないよう、グリップ部のみを摘むようにして持つ。左手で銃身を掴み、銃口を自身に、グリップをイツキに向ける。拳銃とホルスターとは、ランヤードと呼ばれるストラップで繋がれていた。鷹山は梃子摺りながらそれを外した。
「こちらは丸腰です。話を聞く気になってくれましたか?」
イツキは警戒をしつつも、バイクから降りた。歩道まで押して移動させると、差し出された拳銃を受け取る。H&K P2000。ずっしりと重い。
「話はここで聞く」
「そうですか。……では、改めて。私は鷹山廣。先日まで刑事をしていた者です」
「先日まで?」
「色々ありましてね。世間では今頃、行方不明か死んだことになっているでしょう」
そう語る鷹山の表情には、隠しきれない無念と憂いが滲んでいる。
「……」
イツキは無言で続きを促す。
「――恐らくですが、裏で起きている行方不明事件、その真実に近付き過ぎたんでしょう。監視役、とでも言いますか。表沙汰にならないよう情報をコントロールしているものが存在し、ソイツに勘付かれた」
「警察内部に入り込んだヴィリディアン、と言う訳か」
「ええ、そうです。……それが信頼していた相棒だったというのは、何とも情けない話ですが」
鷹山は先程よりもなお辛そうに話す。
「だが、生き延びた」
「あいつめ、狙いが甘かった。大体ね、撃った相手が海に落ちたら、大抵の場合は生きているもんです。ドラマではね」
それは些か不自然な話だった。下級であっても人間を優に超える身体能力を持つのが、ヴィリディアンという種族だ。狙った相手を処理できないというのは、余程の事が無い限り考えられない。一対一でと言うのなら、尚更。
「他にも危険を感じて身を隠した警察関係者がいて、偶然そいつらに救助してもらえたんですが。どうも前々から、有志で活動していたらしい。レジスタンスとでも言うのですかね。今はそこで、敵の情報を収集し対策を立てている所です」
「そんな組織が……」
ヴィリディアンが情報統制を行ったとしても、実際にその組織に属する人間であれば違和に気付く者もいるだろう。そういった者達が集まり、強大な敵に立ち向かおうとしている。
「……事情は大体把握した。それで、俺に何の用だ。そもそも何故この道を通ると分かった」
「一つ目の質問についてですが……志を同じくする存在とコンタクトを取るというのは、以前から検討されていたことで。顔見知りの可能性がある私が選ばれたというわけですな」
「……失礼だが、あなたのことは存じ上げない」
「そちらはどうやら、アテが外れたようです」
少なくとも、イツキには目の前の男に関する記憶が存在しない。
「二つ目の質問については、運が良かったと言うか。追っていた行方不明事件の現場から、市内に繋がる主要な道路に当たりをつけて張っていただけの事ですよ」
イツキはなおも疑問を口にする。
「……”ヴィリディアン”などと、具体的な種族の名前まで分かるものか?」
「そこはそれ、敵さんも一枚岩では無いとだけ」
協力者! 極めて少数ながら、ヒトに与する者が居るらしいことは、父から伝え聞いていた。
(『主戦派、傍観派、共生派……奴らも個を持つ生物だ。様々な考えの個体が存在する。ヒトがそうであるように、種として統一した意思を持つなどとは、夢のまた夢なのかも知れないな。だが、種の存続にはその個性こそが有利にはたらく。案外、完全な相互理解の先に待つのは破滅かもしれない。皮肉なことにな』)
父の言葉が脳裏をよぎる。
「お互い、協力できることがあるはずと言うのが、我々の見解です」
「協力……」
「知っての通り、我々は脆弱だ。今はまだ敵に露見していませんが、それもいつまで保つか」
「後ろ盾が欲しい、と?」
「ええ。連絡手段などがあれば、こちらも少しは安心できるかと」
イツキは考える。自分にとって不利にはたらく事は無いか。そして逆に、利点は何だろうか。
「……武器を、探している。ある程度距離を取っても戦える……コイツのような」
イツキはそこまで言うと、僅かに逡巡する。人間にとっては脅威である拳銃だが、果たしてヴィリディアンにどこまで通用すると言うのか。いや、柔らかい部位を狙えば、釘でも致命打足り得る。掌中の銃は、確か日本では9mmパラベラム弾を採用している。牽制や援護には十分以上の活躍が見込めるだろう。その名の通り、戦いに備えることができるかもしれない。
「ソイツでは心許無いでしょうが――」
そう切り出す鷹山の顔には、少々不敵な笑みが浮かんでいる。
「ウチにはマル暴出身も居ましてね。その伝手で色々調達可能です」
「そちらの場所は分かった。近日中に伺おう。後は……これがこちらの連絡先だ。手が空いていれば、急行しよう」
イツキはひとまず、鷹山と言う自称・元刑事に対する警戒を解くことにした。武器に関しては、自分一人の力では限界がある。この先の戦いを継続して行うためには、遠距離攻撃手段や何かしらのサポートは必須だ。
ただし、拠点への招待は、自分を確実に処理するための罠の可能性はまだ否定できない。
「P2000。ソイツは差し上げます。お近づきの印と言うことで」
「……助かる。だが、愛着があるものではないのか?」
詳しいわけでは無いが、刑事にとっての拳銃は相棒のようなものだというのは、創作の世界の定番だ。
「いや、元々私の銃では無いんですよ。.38スペシャルじゃあ威力不足だって言うんで、無理矢理持たされたもんでしてね」
「なるほど」
鷹山は予備の弾薬を手渡しながらそう言った。
「銃の代わりと言っちゃあ何ですが……ヘルメット、外してもらえたりはしませんかね」
鷹山の言う通り、イツキはヘルメットを被ったままであった。何となく、外すタイミングを逸していたのだ。素顔から拠点を割り出される恐れもあるのだが……眼の前の男は人間であると、イツキの直感がそう告げていた。
「……」
「……やはり、あの青年では無いか」
ヘルメットを脱いだイツキに対する鷹山の反応は、想像とは異なるものであった。いや、先の問答からすれば、想像と異なっていたのは寧ろ鷹山の方だったのかもしれない。恐らく仮面の戦士の正体について、彼なりの、刑事としての推測があったのだろう。薄々勘付いてはいたが、この男は自分とヴァニタスを混同している。この点については今のうちに誤解を晴らしておいた方が良いかもしれない。
「しかし、君のような若者が……いや――」
鷹山は、イツキの顔をまじまじと見つめ、そして目をすぼめてから僅かに瞠った。
「君、まさか……烏丸先生の息子さんでは」
「!!」
イツキは、確かに鷹山の存在を知らなかった。にもかかわらず、この男は自分のことを知っている! 会ったことなど無いはず。……いや、かつて、どこかで――
「そうだ…………そう、思い出した。確か、イツキ君と言ったか。君は覚えていないかもしれないが、お母上の件、担当したのは私でね。当時は刑事課だったんだが――あ、いや、私の事はどうでもいいんだが」
「………………」
イツキの記憶が蘇る。母が死んだ日。血まみれの書斎。右脚を失った父。号泣する自分の肩を掴む父。すべてが狂ったあの日。
(『母さんを殺したのは怪物だッ! 私の自由を奪ったのも!! 怪物はッ! この世から消し去らねばならんッッ!!! お前はそのために生きろ! そう誓えッ! 誓えッッ!!!!!』)
「覚えて……いません……」
「そうか。まあ無理もない……その後、お父上は?」
そう、父は。
「……先日、亡くなりました」
「そうでしたか。惜しい人を亡くした。烏丸教授と言えば、日本を代表する工学の権威だった」
ヴァルゴの完成を見届け、息を引き取った。
(『ヴィリディアンを……滅ぼせ……最後の……一体まで……いいか、イツキ……最後の一体まで、だ……』)
「お母上の事件、私はその後、異動となってしまいましたが……未解決のままでしたか。警察として、申し訳ない」
「……」
父は、母の死に怪物が関わっている事を、警察には伝えなかった。人体を切断可能なほどの武器を持った強盗による犯行。下手人の情報を誤って伝えたのなら、捜査が行き詰まるのを警察の責任と断ずる事は出来まい。
「……まさか、あの犯行はヴィリディアンの? なら復讐のために……?」
少ない情報から鷹山が導き出した推測は正確だった。
「……」
イツキは逃げるようにその場を後にした。
第12話 「燻る呪詛」
次回―――
「……」
「折角の死合だ。全身全霊を掛けて頂きたい」
「……」
「居合の業、縮地の法。併せれば今のように動ける」
「……」
「まずは一太刀、よく凌いだ」
「構えたまえよ、悪鬼殿! 我が剣閃、見事打ち破って見せよ!」
第13話 「雲耀の彼方」