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第10話

本エピソードの前に登場人物紹介を投稿しております。

第5話~第9話までに登場したキャラクターの、現在公開可能な情報をまとめてあります。

第10話



◇古書喫茶『ClamPon』、サギリの自室


 一夜明けて。サギリの胸中には尽きぬ疑問が渦巻いていた。


(あの鎧に仮面……ヴァニタスに似ていたが、人工物のような質感だった)


 戦闘中に突如として乱入してきた『黒いヴァニタス』。その正体は全くの不明。分かっていることと言えば、その目的くらいだ。


(ヴァニタスを、そしてヴィリディアンを知っていた。それに――)


 その一部を()()()()()()。あの時は、およそ正気とは思えない凶行を前に思考が停止してしまったが、冷製になった今ならその理由も推測可能だ。


(恐らく、サンプルの入手が目的)


 ヴァニタスやヴィリディアンの存在自体は知ってるものの、そこまで詳しいとは言えない。そんな印象を受ける様子だった。


(ともあれ、目的が同じである以上、また会う可能性は高い)


 その時には、正体等について問いただす必要がある。


(……死体の処理についての文句も言いたい所だな)


 張本人に代わって、放ったらかしにされた首なし死体や飛び散った体液を焼却した事については、一言お礼があっても良いのではないだろうか。






「おはよー! ごめんちょっと寝坊しちゃった。ご飯すぐ作るね。目玉焼きで良い?」


 いつもは誰より早く起きて朝食の準備をしているナナだったが、今日は珍しく寝坊したらしい。


「ありがとうござ――」

「あ! そーだ。せっかくだし、サギリお兄さん作ってよ」

「――えっ」


 ナツキの思いつきによる発言に、サギリは硬直した。


「サギリ君、料理詳しいもんね。食べてみたいなー」

「うんちくだけじゃない所を見てみたいなー」


 姉妹の息のあった連携に、どうにも断れない空気が醸成されつつある。


「いや僕は食べるの専門っていうか――」

「えー、そんなこと言って、ホントは自信無いんじゃないの?」


 ナツキの心無い発言に、サギリは再び硬直する。


「――良いでしょう。でも、後悔しても知りませんよ?」






 それからの十数分間。古書喫茶のキッチンからは、高所から金属製の物体が落ちる音や液体をぶちまける音など、悲劇を想起させるに十分な音楽が鳴り響いた。そこに加わるのは、「熱ッッ!!」「あれ?」「うわっ!」「火は……点火棒?」「ん?」「血液の塩分濃度近傍の1.0%付近が最も美味しく――」「甘い?」「まさか」「こんなはずでは……」という不安しかない声だ。


 サギリはナナから、キッチン内出入り禁止を言い渡された。






◇某所


 ”三賢”への報告を終えた峯曽みねぞは、腰を落ち着けられる場所を見つけて、座り込んだ。その表情には疲労と安堵が入り混じっている。両手から白い手袋を外し、指先を揉み軽くストレッチ。


 計画遂行のための戦略の吟味と要員の調整は、想定以上に気を張る仕事だった。全力を尽くしたものの、未だ不安は晴れない。


(ふぅ……)


 峯曽は持参したミネラルウォーターを口に含む。桃屋麻夫からの連絡もとうとう途絶えた。捨て駒として用意した三名は、まさしく捨て駒となった。


(だが、時は稼げた。後は――)


 計画を進めるのみだ。






「此度の作戦、本当にこれで良かったのか」


 峯曽が部屋を出た後、最初に口を開いたのは四方木よもぎ槇彦まきひこだった。人類側の組織、特に警察と報道に強いコネクションを持つ一族の傍系である。計画のため大胆な行動にも出なければならない中、彼無しではヴィリディアンの存在を秘匿することは難しいだろう。


「良いも何も、他にどうしろと言うのです?  計画の達成こそが大目的。そのために為すべき事を逆算すれば、このような結論に至るのが自然かと。……勿論、最善の策とまでは言いませんが」


 瓜生うりゅうあざみがこれに応える。”三賢”唯一の女性。理性的な性格で、多くの場合客観的な意見を述べてくれる。


「だがな……」


 散々話し合って決めた事がと言うのに、四方木はまだ納得がいっていないようだ。


(無理からぬ事だ)


 峯曽を含めた幹部での話し合いにより決定した方針。それは遅滞戦術とでも呼ぶべきものだった。ヴィリディアンにとっての大いなる計画、苗床の完成と神降ろし。その完遂のために、聖域の場所をヴァニタスに知られるわけにはいかない。――いかなる犠牲を払ってでも。


 決定した作戦はこうだ。存在の発覚リスクを甘受し、常より大規模な”アルファ狩り”を実行する。計画に割くもの以外は、すべて陽動に回す。


 ――陽動。つまりそれは、ヴァニタスに発見されることが前提となる。先の三名と同じく、捨て駒とするのだ。


 血気盛んで、かつ計画に大きな役割を果たせないもの達には、ヴァニタスへの攻撃をあえて抑止しなかった。これらもまた目眩ましになるだろう。


(「場合によっては、小苗床により戦力増強を図るのも手かと」)


 会議での峯曽の提言通り、小規模なコロニー単位で、それぞれ苗床の準備もする。一定期間発見を免れたなら、その栄養は大苗床に注げば良い。


「今更文句を言ってもしようがないではないですか」

「文句を言っているつもりは無い……」

「情報操作の方は、貴方が頼りなのです。しっかりとして頂かなくては」

「……そちらは既に手を回している」


 ここからが、正念場だ。






◇古書喫茶『ClamPon』


 昼の忙しい時間帯が過ぎ、店内は大分落ち着きを取り戻していた。キッチン内では役に立たないサギリも、ホールの仕事には徐々に慣れてきた。……マダム達の猛攻以外は。


「サギリ君、お疲れ様。お店空いてきたし、賄い作るね」

「すみません、ありがとうございます」


 数分の後、カウンター席で休んでいたサギリに賄いが供される。本日のメニューは――


(ピアディーナ!)


 ピアディーナとは、イタリアはロマーニャ地方の郷土料理で、実に六百年以上の歴史を持つと言われている。見た目はピタパンやトルティーヤに似ており、具材を挟み込んで食べたりするのも共通した特徴だ。


 軽食のイメージも強いのだが、今回はランチ用に具のボリュームが調整されている。


(しかも三種類。手前から前菜、メイン、そしてドルチェに対応した食材が挟まれている)


 そう、このワンプレートランチは、一皿でコース料理を表現しているのだ。


(前菜は……)


 トマト、モッツァレラ、生ハム、ルッコラのサラダ風。シンプルながら間違いの無い組み合わせで、メインへの期待を高めてくれる。サギリも参加した()()()()()()()()()では、水牛モッツァレラ(bufala)を用いてカプレーゼ風にする案も出たが、他の材料が調和を乱すし原価率も高くなることから見送られた。


(メインは、ポルケッタ)


 ポルケッタとは、ローズマリー等のハーブを纏わせた豚バラ肉を丸めてローストした料理だ。イタリアンローストポークとも呼ばれている。本場では豚一頭を丸ごと使用するらしいが、日本では専らこの形状のものを指す。


 よくよく観察すると、濃い味付けに合わせてピアディーナの生地が前菜よりも厚いことに気が付く。細かな配慮が身に沁みる。神は細部に宿るとは、良く言ったものだ。


(そしてドルチェ)


 三種のベリージャムと生クリーム。クレープに見立てた変わり種だが、こちらもまず間違いなく美味だろう。外からは分からないが、中心付近に驚きが隠されていることを、スタッフであるサギリは知っている。


 ……観察はもう十分だ。いざ実食!


「いただきます」


 まずは前菜ピアディーナ。口に含んだ瞬間、口内に広がるトマトとモッツァレラのハーモニー。そこに生ハムの塩気とルッコラ独特の風味が豊かな奥深さを――


<カランカラン>


「いらっしゃいませー! あれ、刑事さん達?」

「どうも。まだ昼、大丈夫ですかね」






「いやぁ美味かった。あ、食後はコーヒーで」

「自分は、あー……水でいいス。カフェイン制限中なんで」


 先に食事を終えていたサギリが、刑事二人に食後のオーダーをとる。単に食事をしに来ただけなのか、あるいは別の目的があるのか……


「……はぁ」


 ベテランの方の刑事は、先日と明らかに様子が異なる。あまり覇気が感じられず、時折こうして溜息をついており、その度に若い刑事が面倒臭そうな表情でそちらを見やっていた。


「タカさん、いい加減、機嫌直して下さいよ」

「……」

「刑事さん、どうされたんですか?」


 ラストオーダーも過ぎ、手の空いたナナが若い刑事に尋ねる。


「やー。ずっと追ってた案件から、いきなり外されちまいましてね」

「おい青葉!」


 ずっと追っていた案件。サギリの想像が正しければ、それは行方不明事件の事を指すはずだ。


「別にいいじゃないスか。もう自分たちには無関係なんだし」

「そういう問題じゃないだろ」


 若い刑事の方も、若干不貞腐れた様子が窺える。熱心に捜査していたであろう事件なのに、急に蚊帳の外ともなれば宜なるかな。


 だが、そんな事があるのだろうか? 不自然さが拭えない警察の対応に、サギリは訝しむ。


「外されたってことは……ナツキのネット友達は?」

「……すみません。あれから進展が無く」

「まーでも、特別対策チームとやらが組まれるみたいスから、そっちが何とかしてくれるんじゃないスか。何でも、自分らより余程優秀らしいスから」


 若い刑事が、半ばヤケになったように言い放つ。


「……それは少しばかり、無責任じゃないか」

「でもしょうがないじゃないスか! 現場で捜査した自分達を、チームに加えるどころか捜査状況すら禄に引き継ぎもしないなんて。どこの精鋭だか知らないスけど、自惚れが過ぎるんじゃあないスか」


 連携の面から、扱いづらい現地の人員を排することがよしんばあったとしても、捜査状況の引き継ぎが無いのは明らかにおかしい。


(そして、そんな事をする理由として考えられるのは――)


 単純な事だ。()()()()()()()()()()。最初から解決する気など無いということだ。


 しかし、ここまで強引な手を打てば、当然この刑事達のように反発する者も出る。それにもかかわらず実行した。この先いくら行方不明者が出たとしても、封殺できるように。


(……)


 それは、敵の大規模な作戦が動き始めたことを意味する。






 食事を終えた鷹山は、自身の力が及ばなかったことをナナやナツキに謝り、古書喫茶を出た。年季の入ったトレンチコートを片手に掛ける。この時間はまだ暑い。


「まあ、腐っててもしょうがないスよね。逆に考えれば、久し振りにゆっくりできるんだから、良かったじゃないスか。タカさん、最近奥さんと折り合い悪かったんスよね?」

「はぁ……そうかもな」


 青葉の言葉は自分を元気づけるためで、本心からではないだろう。若造に気を遣わせてしまったな、と鷹山は反省した。


 それにしても、今回の件はおかしな事が重なっている。鷹山とて、それなりに長く警察組織に身を置いてきた。上層部からの納得のいかない命令を受けた経験など、一度や二度では無い。だが今回の件は、今までとは毛色が異なっているように思える。自分の預かり知らぬ所で、何かが大きな陰謀が動いているような、そんな想念に囚われそうになる。


 鷹山はふと足を止めた。入店時には気付かなかったが、古書喫茶の敷地内に一台のスクーターが置かれているのを発見したのだ。洗車の途中だろうか、周囲にはスポンジなどの掃除用具も見られる。


 鷹山は知る由も無いが、この状況は今朝方『キッチン内出入り禁止』を言い渡されたサギリが気を紛らわせるため始めたものの、準備が終わる頃には既にランチの時間帯が近付いていたため一旦放置したという経緯があった。


「青葉。あのスクーター、見覚えないか?」

「え?」


 以前、湖畔近くの別荘地に赴いた際に見た、違法駐輪のスクーター。それと同じ車種。


「よくあるヤツですし、流石に偶然じゃないスか」


 偶然? その可能性は大いにある。だが、もしこれが同じものだとしたら。


(この店のものか? 何故、あのタイミングで、あの場所に)


「確かあれは、お前が口を滑らせた直後だったな」

「え、それを聞いて向かったとでも言うんスか? それは……随分好奇心旺盛っていうか……」


 かつて姉妹の語った怪物の存在。連続行方不明事件。サギリという青年。スクーター。特別対策チーム……


「おい、青葉。お前……怪物の話、信じるか?」


 何かが繋がりかけた鷹山は、相棒にそう問いかけ、振り返る。


 それは自分の頭を整理するためであり、馬鹿な考えと否定してもらうためでもあった。


 しかし、当の青葉は――


「……」


 表情がごっそりと抜け落ちた、そう形容すべき面持ちで、鷹山を見ていた。


「あ、お――」


 ただしそれは、一瞬の出来事。青葉はすぐに怪訝そうな顔をして鷹山に応じた。


「いや何言ってんスか、タカさん。大丈夫スか? 血糖値ヤバいんじゃないスか? あまりの事に真顔になっちゃいましたよ」

「あ、ああ……まあ、そうだよな」

「疲れてんスよ、今日は程々にしときましょ。早く帰って奥さんに家族サービスしたらどうです?」

「それじゃ休まらんだろ……」

「あ、そんな事言っていいんスか? 奥さんに言いつけちゃいますよ?」

「やめ……いや、女房の連絡先知ってるのか?」

「や、頼まれて、たまに近況報告を……」

「お前ッ……!」


 おどけた調子で心を落ち着かせる。怪物などと。どうやら気付かぬ内に大分疲れが溜まっていたらしい。青葉の言う通り、偶には家族とゆっくり過ごすのも良いかもしれない。


 そう言えばアイツが、新しく改装した温泉宿の話をしていたっけ。思えば、今回不機嫌になったのは、あの話が出た後からだったような。


 ……そうか、あの温泉宿。まだ若い頃、記念日に一度だけ行ったことのある……また来ようと、約束した……


 捜査以外ではこの調子だ。頭も気も回らず、いつも機嫌を損ねてばかり。……そこまで遠くも無いし、週末は温泉でゆっくりというのも、悪くない考えだ。











 だがこの日、鷹山が家に帰ることは無かった。






◇市内


 サギリはスクーターを走らせていた。目的地は昨日の公園。あの時は見落とした、敵や黒いヴァニタスの痕跡が残っていることを期待したのだ。そう都合よく、何かが見つかるとは思えない。しかし、今の所手掛かりと呼べるものが何も無いのも事実だ。


 目的地に近付いてきた頃、不意に、進路上に人影が躍り出た。


(ッ!)


 急ブレーキ。タイヤとアスファルトが擦れる音が響き、サギリの乗るスクーターが人影の直前で停車する。


「あぶな――」

「ヴァニタス。だろう?」


 思わず口を突いて出た文句は、飛び出してきた者の発言によって遮られた。少し掠れた、男の声だ。


 一瞬の思考の空白、そして湧き出る疑問。少し前までならば、眼の前のこの男をヴィリディアンと断じてすぐさま攻撃に転じていただろう。だが今は、別の可能性を考慮せねばならない。すなわち、黒いヴァニタスの可能性を。


 どちらにせよ、備える必要がある。サギリは変身のため構えを――


「待たれよ。場所を変えたい。この辺りは人気が無いとは言え……騒ぎになるのは、お互いに本意では無いはず」


 その男――上下とも黒尽くめに黒いキャップを被った――は、そう言うと身を翻し、公園とは別の方向に歩き出した。


 言っている事には一理ある……が、突然の事にまだ状況が掴めない。罠の可能性もある。今なら、その無防備な背中に一撃加えることが出来る。――いや、それこそが罠かも知れない。


(……)


 一先ず、様子を見ることにしよう。サギリはいつでも変身できるよう備えつつ、前を行く男の後を追うためスクーターを押した。


 頭だけ振り返った男の口元が、「スクーター……」と呟いたのを、サギリは見逃さなかった。






◇木材加工場


 男に連れられて辿り着いたのは、木材の加工場のような場所だった。廃工場、というわけでは無いようだが、働く人の姿は無い。ひときわ大きな建物は壁が一面のみ開放されており、中の様子を窺うことができる。加工前と思しき大量の丸太。それらから作られたのだろうか、規格の整った建材らしきものが一定の高さで積まれている。屋外にも一定間隔で建材の山。雨除けのためか、ブルーシートが掛けられている。


 男はなおも無言のまま、建材群の中でも比較的開けた場所を歩いていく。


「……ここが目的地か?」


 サギリの問いに、男は振り向いて応える。


「目的地? いや、終着点だ。なあ、兄者?」


 後方に気配! そこには、眼の前の男と同じ格好をした、瓜二つの男!


 分身? いや、双子か?!


「よくやった、弟よ。噂のヴァニタスと言えど、我ら角田兄弟のコンビネーションの前で、果たして無事でいられるかな?」


 罠! だがそれも想定済みだ。サギリは即座に構えを取る。


「変身」

『Igni』


 熱風の中から炎の化身が現出する。瞬時の状況判断。敵は前方と後方、つまり挟み撃ちとなっている。然らば体勢の整う前に、脆い方を全力で崩すのが最も良い。


 サギリの体の向きから、狙うは前方、弟と呼ばれた男の方――そう敵も判断するはず。ならば、そこをこそ突くのが有効!


 サギリは前方に走り出す素振りを見せた後、脚部からの炎の噴射による急速な方向転換を試みた。全身が地面から離れ、なお噴射する炎によって宙返りのような姿勢になったサギリは、仰向けのまま後方へ飛翔する。無論、身体への負荷はかかるが、包囲の突破のためには止むを得ない。


「何っ?!」


 自分の方へ攻撃が来ると想定していなかった敵が躊躇たじろぐ。すぐに気を取り直したのか異形へと姿が変わる。だがすでに、サギリの繰り出した拳が当たる直前だ。防御する暇などありはしない!


「があぁっ!」

「ぐぅッ?!」


 炎を纏ったサギリの攻撃が兄ヴィリディアンを強かに打つ。しかし、直撃した瞬間、敵のみならず攻撃を加えたサギリの口からも叫びが上がった。その原因は、敵の体表に生える無数の棘!


「大丈夫か兄者ァ!」


 一拍遅れて弟も参戦! 想定外のダメージを負ったサギリへと肉薄する。弟の姿もまた、体表に無数の棘を形成した異形。特に肥大した両肩両拳には、太く鋭い棘が密集している。


 打撃ッ! 打撃ッ! 打撃ッ! 打撃ッッ!!


 インファイトの距離に捉えられたサギリに、体勢を立て直す暇を与えない連撃が襲い来る! 真っ向からの力押しはいなすのが正着。しかし、敵の拳は側面にも隙間なく棘が生えている。受け流すにも、ダメージを受けること必至!


 右ッ! 左ッ! 右ッ! 右ッッ!!


 技術など無いに等しい単純な殴打。だがそれが凶器を伴ったものであれば、極めて危険な暴風と化す。何とか手甲でのガードを合わせるサギリだが、防ぎきれなかった棘が装甲の薄い箇所へのダメージを蓄積させていく。直に兄の方も戦闘に加わるだろう。このままではジリ貧だ!


「さっきはよくもやってくれたなぁ?」


 戦線復帰した兄がそう言って両腕を前に突き出す。弟が慌てて攻撃を中断し、飛び退る。直後に、兄の腕に備わる棘が発射された! 射撃型の兄と近接型の弟、その連携こそがこの兄弟の真骨頂! サギリは痛む身体を押して、何とか材木の陰に回り込む。


「隠れても無駄だ!」


 弟の叫ぶ声、そしてこちらに突進する気配。奴の言う通り、材木を盾にしてもそれは一時凌ぎにしかならない。この状況では、攻撃に特化した『Igni』は適さない。


 サギリが白い水晶髑髏を取り出し、形態フォームチェンジをしようとしたその時だった。


「……何だ?」


 何らかの異変に気付いた兄弟が周囲を警戒するように見回し、攻撃の手を緩めた。時を置かず、サギリも()()に気付く。


 バイクの駆動音。聞き覚えがある。間違いない、これは昨日の――


 直後。漆黒の車体に跨った、漆黒の異形が姿を表す。黒いヴァニタス!


「何……ヴァニタスだと?! 二人ッ?! なんで二人いる?!」

「話がちぐぁああああ!」


 出入口に近い兄をバイクが襲う! 情け容赦の無い轢過! 吹き飛ばされた兄は積まれた材木に激突し、黒いヴァニタスの乗るバイクはその場で停止した。


『目的地 周辺 デス オ疲レ様デシタ』

「活きの良いサンプルがあると、やはり精度が違うな」


 黒いヴァニタスはそう呟くとバイクを降りた。周囲を見渡し状況確認。吹き飛ばされたヴィリディアン。似たような姿形がもう一体。そして材木の陰には赤黒い異形。


「……ヴィリディアンはすべて滅ぼす」


 戦場が再び動き出す。


 黒いヴァニタスは健在な弟に向かい歩を進める。足取りは緩やか。彼の戦闘スタイルを鑑みれば理に適っているのだが、それを知らない相手からすれば挑発とも余裕の現れとも取れるような緩慢な動き。


「誰だか知らんが、よくも兄者を!」


 兄を足蹴にされた弟は、怒りの赴くまま突進を繰り出す。肩部の棘を前に突き出した、ショルダー・チャージだ!


 標的となった黒いヴァニタスは、不意に敵に向かって急加速した。まさか向かってくるとは思わず、弟ヴィリディアンに一瞬の思考の空白が生じる。その隙に挟み込まれる次なる手。黒いヴァニタスは突然身を屈めた。そこから繰り出されるは、軸足目掛けての払い!


「なっ……うぉ?!」


 刹那に交わされる攻防。対応し切れなかった敵ヴィリディアンは、自らの勢いをその身に浴びることとなった。


「硬そうな棘だが、チタン合金ほどでは無いようだな」


 棘の生えた脚部に攻撃した黒いヴァニタスであったが、受けたダメージは軽微。注目すべきはその呟き! 彼の全身を包む装甲が、金属製であることが示唆されたのだ。


「うぐ、くそぅ……」


 兄に復帰の兆候! そちらに目線を送った黒いヴァニタスは、ヴァニタスに向き直る。


「奴らの情報は?」

「…………今起き上がったのが遠距離型、倒れているのが近距離型だ」


 言いたい事は多かったが、状況がそれを許さないのも確かだ。すべてを飲み込み、サギリは知り得る情報を教えた。


「遠距離型は任せた」


 余計な会話を挟むこと無く、黒いヴァニタスは再び近距離型の弟に向かっていく。合理性重視の態度に少々腹立たしい思いは沸き立つが、彼のお陰で窮状を脱せたのもまた事実。


「あの野郎……!」


 兄の方は上体を起こし、今にも黒いヴァニタスへ襲いかからんとする様子だ。


 今度こそ、手にした白い水晶髑髏をベルト左端にセットする。一体だけでも厄介な強敵。消耗は激しいが、最大戦力で臨むのが最善だ。


形態フォーム連携リンク

『Glac-Igni』


 炎と氷。相反する二つの脅威を備えた、悪鬼羅刹が誕生した。


「! 炎と氷の……話には聞いていたが……」


 その脅威度ゆえか、黒いヴァニタスへ集中していた兄の意識は、今やサギリへと向けられている。その口ぶりから、『Glac-Igni』の情報が伝わっていることが窺える。先日逃した、水棲型のヴィリディアンか。


 サギリは自身の前方に、宙に浮く大型の氷の盾を形成。それは付かず離れず追従する鉄壁の砦。盾に身を隠しながら、敵に向かって突貫する。このまま棘の弾丸を弾きつつ、凍らせ、焼き尽くし、盾の質量で叩き潰す!


「くそっ、こんな、こんなはずでは!」


 サギリに向かって突き出された両腕から、無数の棘が放たれた。破れかぶれの攻撃にも見えるが、その威力はまったく侮ることなどできない。凍結による威力減衰を受けてなお氷の盾に罅が入っていく。このままでは数秒で瓦解すること必至!


「流石の威力だ、だが!」


 氷の盾に入った罅は、熱で溶解し、再び凍結するというプロセスを経て即時修復されている! 弾が尽きるのが先か、修復が追いつかなくなるのが先か――いや、均衡が崩れるよりも、サギリの接近が早い!


「終わりだッ……!!」

「ぐ、あぁああああぁああああああ!!!!!」


 吹雪を凝縮したかのような極寒の冷気の直後に浴びせられる地獄の業火。急激な温度変化の前には棘の有無など意味を為さない。後には、消し炭の黒い影が残されるのみであった。






「……棘が邪魔だな」


 同じ頃、黒いヴァニタスの方も決着が付いていた。頑健さを誇るヴィリディアンの身体は、あちこちがあらぬ方向を向いている。執拗に狙われたのだろうか、人間で言う脛の位置で引き千切られた脚が、最も痛々しかった。


 黒いヴァニタスはこちらを一顧だにせず、どのように敵を解体するかを思案している様子だった。結局、特に棘の多い上半身は諦め、砕いた下腿を持ち去ることに決めたようだ。


「――それ、どうするつもり?」

「……」


 サギリの問いかけに、黒いヴァニタスは応えない。両者の間に緊迫した空気が流れる。


 味方、と。果たして言えるのだろうか。敵であるとは、思いたくない。


「……名前くらいは聞かせてもらえないかな」


 先程までヴィリディアンだったものを、バイク後部の収納スペースに詰め込む黒いヴァニタスの背中に問いかける。無視される事を覚悟した問いに、黒いヴァニタスは顔だけサギリの方を向いて――


「………………ヴァルゴ」


 黒いヴァニタス――ヴァルゴは、そう言い残し、バイクに跨り去っていった。





第10話 「その名はヴァルゴ」






次回―――


「大人一枚」


「よく聞け」


「今日からこのクラスに新しいお友達が加わりまーす」


『サギリくんはホント運動神経ゼロだよね』


「大体、君は何なんだ! 何故ヴァニタスと同じ格好をしている! 死体を持ち帰ったり……意味が分からない!」




「……おやすみなさい」

『オ休ミナサイ イツキ』



第11話 「心の迷宮」


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