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第1話

第1話



 ()()がいつ誕生したのか、正確にはわからない。ただ、外界と隔絶された山奥の集落であったと、そう口伝てされている。


 時は2024年。ヒトという種の存亡が、人知れず脅かされていた。そして――






◇???


 深い森の中。燃え盛る木々の間を、二つの影が交錯する。


 赤黒い、甲冑のような装甲に覆われた異形が腕を振るえば、炎が渦巻く竜巻となって撫でる総てを焼き尽くしてゆく。


 対するは、黒と緑の混じり合った異形。その身が灼かれる事も厭わず、眼前の敵に立ち向かう。


 神話の時代のような光景。


 戦いの果てには、何が待つのか……






◇古書喫茶『ClamPon』


 市内の喧噪を離れた一角にあるアンティーク調の喫茶店。定休日のこの日、店内では年の離れた姉妹が昼食の片付けをしていた。姉は20代前半、妹は小学生くらいだろうか。


「ごちそうさまー。お皿ここに置いとくね」

「うん。あ、ナツキ、夏休みの宿題、今日の分終わってる?」

「とーぜんでしょ」


 妹が腰に手を当てながら答える。


「すずしくなったら買い出しに付き合ってあげるから、それまではヒマリちゃんと”flaっと”してていーよね?」

「あのぉ……家計簿も……」


 蛇口から出る水を一旦止め、姉の方がおずおずと言い出す。


「またー?! お姉ちゃん、小学生の妹にお金の管理させるなんて一種のぎゃくたいだよ! 子供のうちはもっとのびのび遊ばないとろくな大人にならないって、この前テレビで言ってたでしょ!」

「うぅぅ……めんぼく……」

「お姉ちゃん、料理はじょうずだし私に似て顔も良いんだから、計算がとくいで力仕事もできてカッコいい人でも捕まえればいーじゃん。お客さんにそういう人いないの?」

「そんなの見ても分かんないよ……」




 この姉は、黙っていれば利発そうに見えるが、中身はかなり残念である。妹・ナツキはそれを日々痛感していた。


 祖母の始めた古書喫茶は落ち着いた雰囲気の中にモダンな装丁も散りばめられた独特な内装をしており、ナツキ自身お気に入りの場所だ。祖母の居た頃は主に友達との遊び場にしていたこの店だが、まさか自分が経営側に回るとは夢にも思っていなかった。(それも小学生の内に、だ!)


 名目上は姉・ナナが店主だが、今や家計を握っているのが誰なのか、言うまでもなかった。


「食材を運ぶのが一番たいへんなんだから、男手があった方がいーでしょ。いったい大学で何してたの」

「講義以外はお店で働いてたからなぁ……友達もあんまり……」


 姉にそっち方面を期待するのは間違いであったか、とナツキは小さく溜息をついた。


「それにね。確かにね、ここ始めてから、男手が必要でしょとかって言い寄ってくる人もいたんだけどね。おばあちゃんが『重けりゃ二回に分けて運べばいいんだから、そんなもんは要らない!』って、門前払いしちゃって。……そのおかげか、最近はそういうのも無いかなぁ」

「う~ん、言いそー」


 姉の言葉に、ナツキは思わず苦笑した。その場には居なかったにもかかわらず、その時の祖母の表情までもが目に浮かび、懐かしさが込み上げてきた。


 姉妹の祖母は、彼女らにとっては優しいおばあちゃんで、だがその内側には常に炎が燃え盛っているような、何と言うかパワフルな女性だった。姉の言うように少々過保護な面もあったが……女手一つで育ててもらったようなものなので、悪く思えるはずもない。


 とは言え――


「こりゃお姉ちゃんが誰か見つける前に、私がITちょーじゃと結婚するのが先かなぁ」


 仕方なしに家計簿を取り出しながら、姉の行く末を心配するのだった。






「――目標視認、少なくともアルファ候補と確認。指示を求む」


 姉妹の営む古書喫茶は、中央に噴水のある小さな公園に面しており、その周囲には大きな邸宅も多い。その内の一軒を囲む大きな生け垣から、一つの影が姿を表した。古書喫茶を監視していたそれは、通信機器を耳に当ててている。


 暑さの峠を過ぎたとは言え、季節は未だ夏。にもかかわらず厚手のコートにフードまで被ったその人物は異様としか言えない様子であった。


「……了解、期を見て実行に移す」


 声からすると男のようだ。彼は、スイッチを切った通信機器を、コートのポケットへと仕舞う。と、そこへ――


「そこのあんた、そんな所で何をしとるかね」


 折り悪しく現れた、この家の庭師らしき高齢の男が誰何すいかする。


「――いやなに、この生け垣が素晴らしくてね、つい見入ってしまいましたよ。いや素晴らしい。本当に、素晴らしい」

 

 フードの男は背を向けたまま返答。両手を広げて称賛の言葉を発した。


「特にね、角度ですよ。これは、この家の横を通り過ぎるヒトから見て最高の見栄えになるよう計算されている。――見栄え、いえ見栄ですか。周囲からよく思われたいという虚栄が実によく表現されている。いや見事、実に見事!」


 自分の言葉に酔っているような、そんな印象を抱かせる物言いをしながら、男はゆっくりと振り向いていく。


「しかし残念だ、これはヒトの気持ちしか考えていない。育ちたいという樹木の心には斟酌しんしゃくして頂けていないようですね」


 庭師は直後の出来事に反応できなかった。いや、反応できていたとて、さしたる違いは無かったであろう。結局の所、彼の辿る結末は男に声をかけた時点で決まっていたのだから。


「少しは生け垣の気持ちがわかっただろうか」


 ()()()()が、男のコートの右袖に収まっていく。地面に、四肢と頭部を剪定された庭師が転がる。


 男は再度、通信機器を取り出した。


「……私です。目撃者を一名、始末しました。回収班を要請します。――いえ、他には居ません。事前調査では旅行中とのことでしたが、使用人らしき人間が……ええ。ええ、よろしくお願いします、はい、そちらの方は、必ず」


 大事には至らなかったとは言え、失態であることには変わりない。本来の目的の方は、必ず成功させなくては。


 男は決意を新たに、その場を後にした。






◇県警本部 生活安全課


「今月に入ってまだ数日だってのに、すでに行方不明者三名。いずれも女性。最近ちと多すぎやしないスか?」


 うず高く書類が積まれたデスクがひしめく中、新人らしき刑事がボヤく。拝命以降、整理整頓を常としていた彼だったが、ここ最近の多忙さにそれは見る影もない。


 今抱えている案件は最近増加傾向にある行方不明事件であり、その被害者のSNSから知人・友人を洗い出している所だ。


「ストーカーだのDVだのが減って、一時期はホッとしてたんだがな。ネット関係のヤマは留まるところを知らんし、これも世相ってヤツかね」


 指導役でもある、ベテランの刑事がそう応えた。手に持った資料には、午前に上がってきた新たな行方不明者の詳細が記載されている。


 他の署員が出払った静かな部署内に、新人刑事の奏でる軽快な打鍵の音が響く。この被害者はリアルの知人はそう多くない一方、ネットの友人は既にかなりの数になっている。


 時刻は昼過ぎ。ベテラン刑事は時計を一瞥すると、自身の鞄から昼食の包みを取り出した。


「うーん、DVの減少ってそもそもあれじゃないスか? 独身率増加の影響?」


 新人刑事は被害者へのダイレクトメッセージを辿っている。調査に熱が入りだしたためか、そちらに集中するあまり受け答えの方は幾分お座なりになりかけている。


「かもな。……お前もまだだったろ。誰かおらんのか」

「こんな職だと見つけるのも大変スよ。家庭とか子供とか考えると、どうしても……」

「まあ何とか器量の良い嫁さんを見つけるんだな。……器量って言っても顔のことじゃないぞ、心の器量だ。刑事の家族には必須条件だな」

「タカさんトコは良いスよね円満で」

「……円満ってわけでもないさ。特に小言が多くてな、口論も毎晩だ」

美味うまそうな愛妻弁当食いながらそんなこと言っても説得力無いス」

「むぅ……」


 新人の打鍵が止まり、コピー機の駆動音が響く。調べ物が一段落したようだ。


「とりあえず、ネットの友人のうち、住所が洗えた分だけリストアップしました。市内も多いッスねえ……午後はこの辺を聞き込みしましょう」

「おう、ご苦労だったな」


 ”タカさん”こと、鷹山が紙を受け取って確認する。


「量が多いな…………よし、車回せ」


 リストに連なった名前は想定よりも随分と大量だった。あまりゆっくりしている時間は無さそうだ。今日も帰りが遅くなるな、と鷹山は少し渋い顔をした。


「え、もう行くんスか。愛妻弁当は?」

「中で食う。お前が運転しろ」

「俺、昼まだなんスけど……」

「途中で変わってやるから、情けない声を出すな」


 鷹山は、今回の事件に言いしれぬ何かを感じ取っていた。長年の勘というヤツだ。失踪者の共通点は多くなく、現時点では連続事件とは目されていない。だが――


「あ、さっきの話ですけど、今度交通課の子と合コンの予定があるんスよ」

「……悪いことは言わない。同業はやめとけ」


 二人が部署を後にし、その場には静寂だけが残った。






◇市内、駅前通り


 夕刻の買い出し。少々遠いが、姉妹は駅近くのスーパーまで赴いた。閑静な住宅街である古書喫茶周辺と違い、駅前はそれなりに栄えている。最近は有名なドラッグストアチェーンもでき、一部の日用品はそこで買うことも多い。


「ナツキが居てくれて助かったぁ。まさかお薬屋さんの方がお菓子が安いとは」

「ド ラ ッ グ ス ト ア。お姉ちゃん、料理や食材以外にも興味持ったほうがいーと思うよ。トイレットペーパーとかも、こっちの方が安いんだから」

「あ! 料理といえば今日たまたま売ってたこれ! アーティチョークって言うんだけどね、食べられるトコほとんど無いんだけどすっごく美味しいの。夕飯に出してあげるね! いやー楽しみですなぁ〜」

「聞いてないし……」


 日はまだ落ちていないが、風も出てきており夏にしては比較的過ごしやすい。ナツキは高校までを地元で過ごした後、東京の大学で華々しいデビューを飾るつもりでいるが、都会では昼の暑さが真夜中まで続くとテレビで耳にしている。おそらく誇張だろうとは思うのだが……その話が真実なら、夏の間は地元でバカンスにするのもアリだ。料理以外の取り柄が乏しい姉の<<じかつ>>能力も心配だし。


「あれ、工事かな?」


 ナナの声に一瞬の物思いから戻って前を見る。確かに、数人の作業員が道を封鎖しているようだ。行きには居なかったのだが、こんな時間から工事が始まるものだろうか。


「すみません、急に配管の点検が入ってしまって。迂回して下さい」


 作業員の一人が申し訳無さそうにそう言った。


「あら、大変ですね、ご苦労さまです。ナツキ、向こう通ってこうか」


 女二人ということもあり、家から駅前までのルートは人通りの多い道を選んでいたのだが、こうなってしまったら仕方がない。


 姉の言う”向こう”は、高架下を通るルートだ。人通りも少なく、少し暗いのでナツキはあまり好きではなかったが。


「早くしないと暗くなっちゃうし、しかたないか。あーちょーくー?も食べてみたいし」


 ナツキはそう言って肩をすくめた。




 姉妹がもと来た道を少し戻っていく。


「……目標、ルート変更」


 作業員が通信機に向けた報告は、彼女らの耳に入ることは無かった。






「でね、レオウくんはヒマリちゃんにいっつもイジワルするの。この前なんかお気に入りのキーホルダー返してくれなくって! ヒマリちゃん泣いちゃうし、私もうホンっっと頭にきて――」


 高架下の歩道を歩く。一応二車線のはずだが、利便性が悪いせいか車の通りはまったく無い。やはりここの雰囲気は苦手だ、とナナは思った。そんな気分を振り払うようにか、いつもより会話のトーンが高くなる。


「キーホルダー、水族館の?」

「そ! おそろのイルカの。そんなに欲しいなら私の持ってけばって言ったら、お前のなんかいらねぇよって! ひどくない?!」


 表面上、妹は憤慨しているように見えるが、登場人物は皆クラスで仲の良い友達だ。このような話は日常茶飯事で、やれからかわれただのやれ筆箱取られただのという報告は、定期的に開催されるイベントのようになっていた。今回は先日の夏祭りでの出来事らしい。


「あーそういうこと。ふふっ」

「笑い事じゃないでしょ!」

「レオ君はね、ヒマリちゃんに構ってほしいんだよ」

「えー! うっそだー」


 中でも良く登場するのがこの二人、一番の仲良しであるヒマリちゃんと彼女によくちょっかいをかけるレオ君だ。ヒマリとナツキは小学校に上がる前からの付き合い。快活な妹と比べると性格は真逆と言って良いほど違うが、意外とその方が仲良くなれるのかもしれない。


「ふぉっふぉっふぉっ。その年頃の男の子は好きな女の子にイジワルしちゃうものなんじゃよ。おぬしにもいずれわかる時が――」

「お姉ちゃんカレシいたっけ?」

「うっ……」


 他愛のない話をし、そろそろ高架下を抜けるかという時だった。


 ナナは、前方から向かってくる人影に気付く。厚手のコートにフード。夕刻ということを考慮してもこの季節にはまるでそぐわない。


「――これはこれは。近くで拝見すると、また印象が違いますね。アルファ、いえ()()()()()の可能性も? 僥倖、まさしく僥倖です」


 フードの男の声。何の事を話しているのか、そもそも誰に話しかけているのかも理解できない。格好、言動、何をとっても明らかに普通ではないその男に対し、本能が訴えかける。


 ――逃げなくては。


「ああ、申し遅れました」


 しかし、脚が竦んで動かない。そんなナナを嘲笑うかのように、男はゆっくりと歩きながら、フードに手をかける。


「わたくし――」


 フードが少しずれ、笑みを浮かべた口元が露わになる。


「こういうものです――」


 一瞬明らかとなった男の素顔、それが次の瞬間には、男の身体から這い出てきた蔓のようなものに覆われた。その蔓は頭部だけでなく男の全身を包む。コートが内側から弾け飛んだ。


 ――異形。


 全身は緑色の蔓に覆われ、両の腕からは一際長い物が垂れる。頭部では蔓が複雑に絡み合い、その容貌は一瞬だけ見えた男の素顔に似ている。いや、こちらの異形が本当の()()なのだろうか。


「命まで取るつもりはありませんが、五体満足でいられるかはあなた方次第ですよ」


 先程からの展開に、頭の整理が追いついていない。突然のことに身体がまったく反応しない。脚にも、腹にも、口にも力が入らない。恐怖に全身が支配されている。


 このままではまずい。せめて妹だけは。動かなくては。しかし努力虚しく、異形の怪物はすぐそこまで来ており――


「大人しくて助かりますね。いや、恐怖で固まっていらっしゃる? まあどちらでも構わ――」

「着いて早々」


 異形の言葉を遮るように、新たな声が高架下に響く。不意を突かれた異形はゆっくりと振り返った。


「――出くわすなんて、ツいているのかいないのか」


 男だ。人の好さそうな青年が、笑みを浮かべて立っていた。異形を前にしているにもかかわらず、驚いた様子も無い。


「少なくとも、そちらはツいて無かったようだけど」

「……何者だ?」


 それは異形にとっても想定していない事態だった。


「何者、か。そうだな……」


 青年がその笑みを少し皮肉なものに変える。そうして彼が腰のあたりに手をかざすと、いかなる原理か、奇妙な装飾のついたベルトが出現した。彼の左手が、ベルトに付いたポケットを探り、赤く透明な球体を取り出した。


()()()()()()()()


ベルト両端には球体と同じサイズの孔が空いており――


「変身」

『Igni』


 孔に球体を嵌め込むと、ベルトからと思われる声が発せられた。


 炎の柱が青年を包み込む。突然出現した熱源によって突風が巻き起こる。しかし次の瞬間、炎はその中心、彼の立っていた場所に向かってまるで吸い込まれるかのようにして消えた。


「?!」


 現れたのは赤い異形。頭部は人間を模した仮面のようなものに覆われ、内部を窺い知ることができない。ただ、腰のベルトが先程の青年との同一性を示す唯一の特徴だった。


「まさかっ、そんな、はずは!」


 緑の異形が狼狽うろたえる。


「お察しの通り、これが虚無ヴァニタスだ。お前たちにとっての、ね」





第1話 「邂逅ビギニング






次回―――


「びり、じあん?」


「ここに住めばいーじゃん!」


「うちモーニングはやって無くて」


「すべて滅ぼす。例外無く、ね」


「火が! 火が!!」




「さてと、冷害対策は万全かな?」



第2話 「氷の形態フォーム


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