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女帝陛下の逆仮面夫婦生活〜『だから貴方はダメなのです』と罵られる彼は、世間の噂ではわたくしを殺そうとしているようです。〜  作者: メアリー=ドゥ


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3/3

信頼と信用。

 

「アジィルがね、そろそろ君を殺したいみたいだねぇ。時期的にも丁度いい気がするし、始末しようか〜」


 二人きりの寝室でそう告げられたゾゥラは、あっさりとそう口にするシドの顔を、ジッと見つめた。


 いつも通りの笑顔で、いつも通りの態度。

 

 ーーーそう、いつも通り……。


 髪に、頬に触れる指先の温かさも。

 乱れることのない柔らかい口調も。



 そして、笑みの形をしているのは口元だけで、瞳の奥に浮かんでいる冷酷な色も。


 

 全て、いつも通りだった。

 ゾゥラが、シドの心からの笑みを見たのは、たった一度きり。


 どれだけ楽しそうにしていても、罵倒や当て擦りを受けても変わらない彼は、その身の内に、常に危うさを湛えていた。

 

「始末、ですか?」

「うん。アレは油断してるからさ〜。《女神の加護》を眼前にぶら下げてあげれば、喜んでついてくるだろうねぇ。……それが罠とも知らずに、ねぇ?」


 あはは、と笑うシドの本心がどこにあるのか、ゾゥラには分からなかった。


 ーーー罠に掛かるのは……『誰』なのです?


 口に出すことが出来ない問いを、心の中だけで呟く。

 

 愛している、という囁きも。

 僕はダメだねぇ、という自嘲も。

 今、こうして口にしている『策略』も。


 その全てが、彼にとってはどうでもいい(・・・・・・)ことなのではないか、と、ゾゥラは思っていた。


 全て、ただの気まぐれで。

 何を口にしていても、次の瞬間には『気が変わった』と撤回するような享楽に身をやつしているような、シドは、そんな人だった。


 でもそんな彼に……ゾゥラは、惹かれたのだ。

 

『君って不自由だよねぇ』


 かつて、ゾゥラは彼にそう囁かれたことがあった。

 

『自由になりたいって、そう思う?』


 まるで悪魔のような囁きは、抗い難い魅力を秘めていた。


『完全な自由が欲しい? それとも、選択肢(・・・)くらいでも満足出来るかな〜?』


 それは、ゾゥラにとって初めての言葉だった。

 物心ついた頃から、女王として生きなければならない、と、定められた人生に、突如現れた誘惑こそがシドだった。


『君が僕を選ぶなら、君自身のことは好きなように選んでいいよ〜?』


 自分で生き方を(・・・・・・・)選んでいい(・・・・・)と。

 彼は、そう口にしたのだ。


 想像したこともなかった。

 人に求められる生き方以外を、ゾゥラは考えたこともなかった。


 ゾゥラは人生で初めての大きな選択肢を与えられ……それを、拒絶しようと思えなかったのだ。


 危ないのだと、分かっていた。

 彼という存在は、どうしようもなく危ないのだと。


 それでも、惹かれてしまった。

 シド自身の魅力にも、シドの示した選択肢にも。


 人はこうすれば『堕ちる』のだと、彼は知っていた。


「どうする〜?」

「分かりました。どうなさいますか?」

「ゾゥラを誘き出したら、信用出来る私兵を引き連れて来るってさ〜。だから、油断させる為に一人で《女神の加護》の源に続く部屋に、来て貰っていいかな〜?」

「はい」


 ゾゥラは頷いた。

 

 ーーー問題はありません。


 理由は、二つある。


 一つは、もしシドに逆らったところで無駄だ、という部分。

 もし彼が自分を殺したいのであれば、それは必ず実行されるのである。


 それだけの力が、シドにはある。

 彼が無能ではないということを、誰も知らないのだ。


 総大将のエステグは当然のことだけれど、シドを危険視している側付き侍女のムーアですら、その『本性』を理解している訳ではないと思っていた。


 ゾゥラだけが、それを知っているのだ。


 もう一つの理由は、ゾゥラ自身の問題だった。

 誰よりも彼を愛している……その『本性』まで含めて、彼の全てを愛してしまっているから。


 だから。


 ーーーシドがその道を選ぶのであれば、受け入れるだけなのです……。


 本当のところ、彼が何を考えているのかは、ゾゥラには分からない。

 もしかしたら自分ですらも、彼のことを本当の意味で理解は出来ていないのかもしれなかった。


 自分の国を滅ぼしてでも、王配に収まることを望んだ理由を、聞いてはいる。


 けれど、ただ聞いているだけで、それが本心とは限らないのだ。

 それ程にシドは、ゾゥラとは視座が違う場所にいた。


 誰が理解できるだろう。


 彼の国の宣戦布告に対して、反撃して攻め落とす手筈も。

 その後の状況の流れも、全て、指示したのはシドだったのである。


 一つも、その読みが外れたことはなかった。

 その後も、のらりくらりとアジィルを抑えていたが、そこにゾゥラの意図は一つも入っていない。


『ゾゥラはね〜、国のことはきちんとやって、ただ、僕の言っていることは否定していれば大丈夫だからねぇ』


 そう、髪を撫でて微笑むままに、従っていただけだった。

 周りの人間が自分をどう思っているのかなど、シドにとってはどうでもいいことなのだ。


『エステグもムーアも、信用出来るから大丈夫だよ〜。君の絶対的な味方だからねぇ』


 シド自身のことを軽視する相手ですら、彼はそう評価しているのだから。


『僕がダメ扱いされて、ゾゥラは辛いかもしれないけど、我慢してねぇ』


 そう、こちらの気持ちすらきちんと理解を示して、そう言ってくれるから。

 ただ、優しいぬるま湯の中に、ゾゥラはいれば良かったのだ。



 もしその全てが、彼が力を手にする為の策略であったとしても。



 きっと自分は後悔しないのだろうと、そう、思っていた。 


 愚かなのかもしれない。

 もし結果が我が身の破滅だとすれば、側から見れば、ゾゥラは『シドに騙されて、愛されていると勘違いした馬鹿な女』でしかなくなるだろう。


 それでも、良かったから。


「シド」

「何かな〜?」

「愛しています」


 ゾゥラは、『自分のことを愛しているか』とは、問いかけられなかった。

 

 もしかしたら、ある日突然『そんな訳ないよねぇ』と言いかねないから。

 だからせめて、自分は本当に彼を愛しているのだということだけ、知っておいて欲しかった。


 裏切られたとしても、記憶の片隅にくらいは残って、たまに思い出して欲しいと思うから。


 ゾゥラの囁きに、シドは糸のように目を細めて、抱きしめてくれる。

 そして、頬を寄せてくれた彼に、耳元で囁かれた。


「僕も愛しているよ、ゾゥラ」


 声音は凄く優しくて。

 でも、その瞳の奥にどんな色が浮かんでいるのかは、ゾゥラからは決して見えなかった。

 

 ーーーこれで幸せになれてしまうから、きっと、私はダメなのでしょうね。

 

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