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女帝陛下とヘラヘラ王配の関係

 

 ーーーアマゾニア帝国。


 温暖な気候の地域に存在し、険しい山岳に囲まれた平地を帝都とするその国は、別名を『女性国(にょしょうこく)』と呼ばれている。


 頂点に君臨するのは、女帝ゾゥラ・アマゾニア。


 わずか24歳の彼女こそが、山岳国アマゾニアを周辺諸国を平定する帝国にまで押し上げた張本人である。


 比類なき魔力を備えた彼女が帝位を継いだのは、10年前。

 そしてゾゥラだけでなく、アマゾニアの女性の多くは頑健な肉体と魔力を備えていた。


 女神の加護によって。

 

 アマゾニアは元々、祖国を追われたり侵略に遭った地域から逃げてきた女性らが、女神の神域である山中の平地に救いを求めて集まったことが始まりとされる。


 男も、逃げてきた女性の連れ子が僅かながら存在していたが、何故か神域内では弱く、役に立たないとされていた。

 だが、それが正確ではないことに気づいたのが、病死した先代の後を継いだゾゥラだった。


 アマゾニアの者達は、女神の神域の中で加護を受けながら代を重ね、国と我が身を守る術を修練する内に、並の軍程度では相手にならない程の強さを手にしていたのである。


 ゾゥラがそれを知ったのは、王位継承直後のこと。

 多くの女性が住むアマゾニアを狙い、隣国ドラグロが山岳を踏破して侵攻。


 その軍勢を、アマゾニア軍はあっさり返り討ちにした。


『我ら既に、隠れ潜む必要なし』


 そう宣言して逆に隣国ドラグロを併呑したゾゥラは、その国の王太子を自らの伴侶とした。


 伴侶の名は、シドルフス・ドラグロ=アマゾニア。


 常にヘラヘラしており、ドラグロの国内でも『覇気のない役立たず』と軽んじられている彼を迎え入れることに難色を示した者らもいたが、ゾゥラは『敗戦国の国民感情を宥めるため』と婚姻を強行。


 その後、アマゾニアの反撃で強国ドラグロが陥落したことに周辺国は危機感を覚え、連合を組んだ。

 しかしゾゥラは、攻めてきた周辺国連合をも返り討ちにして平定。


 アマゾニア帝国の樹立を宣言した。


 明確な女性優位を表明し、元々アマゾニアの領地であった帝都への移住を希望する女性を招き入れるゾゥラを、多くの女性らは支持した。


 だが、当然それを不満に思う者たち……周辺諸国で支配権を握っていた男性らの反発は強かった。


 彼らが期待を寄せているのは、王配であるシドルフス。

 最初に攻め滅ぼされた国の王太子であった彼とゾゥラは、仮面夫婦として有名だった。


 あくまでも義務として、敗戦国の王族を伴侶としたのは周知の事実。

 二人が一度も(しとね)を共にしたことがない冷え切った仲であることから、周辺諸国の旧支配層は、シドルフスがゾゥラに悪感情を抱いていることを利用しようと狙っている。


 例え『覇気のない役立たず』でも、国家運営の議会に参加する唯一の男性であるからだ。


 故に今日も、ゾゥラは彼を罵倒する。


「だから貴方はダメなのです」


 帝城の会議。

 足を組み、冷笑を浮かべながらシドルフスの提案を切って捨てると、その場が『またか』という空気に包まれる。


 この場にいる多くの者は女性であり、一様に肌が浅黒い。

 ゾゥラ自身も彼ら同様にその色の肌を持ち、黒い髪に赤い瞳を備えていた。


 この肌の色は、神域に生まれた女性が代を重ねる内に徐々に現れるようになった特徴であり、魔力の強い者ほどその三つの特徴を備える傾向がある。


 ゾゥラの否定に、シドルフスはヘラヘラと答えた。


「そうだね〜、僕はダメだねぇ」

「はい。何故、そのような提案が通ると思うのです?」

「ね〜、通らないよねぇ」


 シドルフスは、銀糸の髪に白い肌、そして紫の瞳を備えている。

 一見して線が細く、糸のように細い目をした軽薄な印象の青年だ。


 彼が口にしたのは『もっと男性を国家運営の重職につけないか』という提案だった。


 それはおそらくシドルフス自身の望みではなく、彼の後ろにいる亡国の重鎮であった者や、帝国の現状に不満を持つ勢力からの提案なのだろう。


 彼は積極的に政策に口を出す性格をしておらず、議題を上げる為の傀儡として担ぎ上げられているに過ぎない。

 

 こうしたやり取りは、日常茶飯事だ。

 そして口にするだけ口にして、すぐにこうしてシドルフスが引き下がるのもまた、いつものことだった。


 その後はつつがなく会議が終わると、今年30の(よわい)を数えるエステグが鼻で笑う。

 黒髪を短く刈っていて紅の瞳を持つ彼女は、引き締まった肉体のアマゾニア帝国軍総大将を務める女性である。


「懲りないね、王配殿」


 『王配』というのは、女王や女帝の配偶者男性を指す言葉であり、配偶者女性を指す『妃』と対をなす言葉だ。

 明らかに小馬鹿にされているのだが、シドルフスは気にした様子もなく答えた。

 

「陛下に言葉を受け入れていただけるよう、今後は精進しますよ〜」

「無駄だから諦めたら?」

「エステグ、口を慎みなさい。立場程度は尊重せねば、帝国の威信に関わるでしょう」


 ゾゥラが微笑みながら目を細めると、彼女は肩を竦めた。


「申し訳ありません、陛下」


 彼女の態度は褒められたものではないけれど、この国の軍における男性の扱いはこの程度のものだった。


 何せ、弱い。


 男性は元は他国の精強な騎士であっても、この国では赤子のように簡単に叩きのめされる。

 よほど名のある者や実力者でなければ、腕力魔術の双方で一般女性兵にも劣り、その数は少ない。


 ゾゥラの態度がそれを助長していることは理解しているが、それでもシドルフスに限れば、彼は王配である。

 一定の礼儀はあって然るべき、というのが、線引きだった。


 そうして部屋を退出する為に出入り口に向かうと、横に立っていた側付き侍女のムーアがすすす、と近寄ってきた。


 まだ10代ながらよく働く、快活な少女だ。

 例に漏れず浅黒い肌を持ち、桃色の瞳を備えている。


 彼女は、緊張した様子の10代前半と思しき少女を連れていた。

 侍女服を着ているので、使用人ではあるのだろうけれど。


「あら、彼女は?」

「新しい侍女の、モスですぅ。見込みがあるので取り立てましたぁ」

「も、モスと申します! 宜しくお願い致します!」

「ええ」


 モスが深く頭を下げるのに、小さく頷いたゾゥラは彼女たちを連れて自室に戻る。

 廊下から室内に入る時に、ムーアが小さく彼女に囁くのが、背中越しに聞こえた。


「あ、モスちゃん、一つ伝えておきますねぇ」

「は、はい!」

「これから見るものは一切口外禁止ですぅ、漏らしたら処刑ですよぉ〜」

「……え?」


 ピシィ! と強張った気配を感じて、ゾゥラは振り向いた。


「ムーア。あまり脅すものではありませんわ」

「え〜、でも事実じゃないですかぁ」


 ニコニコとする彼女に片眉を上げて見せると、ゾゥラはモスに告げる。


「単に黙っていれば良いだけです。漏れると、少々政務に支障が出るので」

「は、はい!」


 何を見せられるのか、と戦々恐々としているモスと共に室内に入る。


 単純にくつろぐ為の普通の部屋なので、特に変わった点はない。

 広々としてはいるものの、中央にソファなどが置かれている以外はただの部屋である。


 ゾゥラがそのまま奥の私室に進み、侍女らの手を借りて着替えを終え、出てくると。



 同じく楽な格好に着替えたシドルフスが、既にソファに腰掛けていた。



「あ、ゾゥラ〜。今日もご苦労様だねぇ」


 言いながら立ち上がった彼の様子に、モスが目を丸くしている。

 先ほど散々小馬鹿にされていたことや、帝宮内の噂を耳にしているのだろう。


 ゾゥラとシドルフス……シドの不仲の噂は、有名だからだ。


「ええ。貴方もお疲れ様、シド」


 微笑みながら近づくと、彼はいきなり、ゾゥラを抱き締めてきた。


「え、あ……」

「今日もいっぱい怒られて悲しかったな〜。我慢したからご褒美が欲しいねぇ」

「ちょ、もう……! あ、あまり顔を近づけないで下さい……!」


 頬が熱くなるのが自分でも分かり、近づいてきたシドの顔を手で押さえながら顔を背ける。


「不意打ちは反則ですわよ……!!」

「え〜、そんなつもりないよ〜?」

「心の準備というものがあるのです!」


 ゾゥラは、正直シドの顔がとんでもなく好みなのである。

 ちょっと直視を避けるくらいに好きで、それが『視線が合わない』という普段の様子に現れているのだ。


 顔が赤くなってしまうので、威厳が損なわれる。


 声も凄く好みである。

 ずっと聴き続けているとうっとりしてしまうので、あまり話して欲しくない。


 逆に話すのも同じで、声がだんだん上擦ってしまうので、短くぶっきらぼうな話し方になってしまう。


 性格なんて言うまでもなく。

 シドは、ゾゥラのことを凄く大切にしてくれるし、贅沢をしたいとも言わない。


 もっと良い服を着て好きなことをして良いと言っても『ゾゥラの側にいられるだけで十分だよ〜』と人前で恥ずかしくないくらいの、必要最低限の身だしなみしか整えない。


 それによって『ゾゥラが与えていないのだ』という評価になるのだけれど。



「だから貴方はダメなのです……!」



 全部真逆の一切合切が、二人にとっては全て都合が良かった(・・・・・・・)のだ。


 

「そうだね〜僕はダメだねぇ。君からご褒美が貰えないと、もっとダメになっちゃうな〜?」

「もう! わざとやっているでしょう!」


 ようやく体を離したシドにホッとして、一度呼吸を整えたゾゥラが改めて彼と共にソファに腰掛けると、新たな侍女のモスが呆然としていた。


「お二人は……不仲なのでは……?」

「表向きはね〜。そうした方が安心なんだよねぇ」


 思わず、といった様子で彼女が漏らした呟きに、シドが気さくに答える。


「不穏分子が皆、僕を利用しようと近づいてくるから、誰がどうなのか分かりやすいし。くだらない話は僕のところで堰き止められるし。一応立場が悪いけど王族が伴侶ではある、ってことで、元々のアマゾニアの国民も併呑されたドラグロの人達もとりあえず納得するし。一石四鳥くらいだよねぇ」

「そのお陰で貴方の評価が地の底に落ちている点だけが、非常に不満なのですが」


 ゾゥラとしては現状を仕方ないとは思っているものの、納得はしていない。

 けれど当の本人が全く気にしないので、そこが困りものなのだ。


「わざわざ部屋に入る時まで隠し通路を使うほど徹底せずとも、良いではありませんか」

「やるからには徹底的にやらないとねぇ。別に君が理解してくれてれば、評判なんてどうでも良いよ〜」


 顔は見れないけれど、相変わらずヘラヘラしているのだろう。

 そっと肩を抱かれたので、ゾゥラは彼に頭を預ける。


「ということで、君も口外厳禁だよ? もし破ったら……」


 と、そこでモスに話しかけたシドの声音が一段低くなる。


僕が(・・)どうなるか分からないからね〜? ゾゥラの国を乱すような奴は、いらないからさ〜。分かるよねぇ?」

「は、はい!!」


 どんな視線を向けられたのか、モスが直立不動になるのに、ムーアがアハハ、と笑う。


「シドルフス殿下、大丈夫ですよぉ〜。もしそんなことがあれば、ムーアがモスちゃんを始末しておきますからぁ〜」

「!?」

「二人とも、そんなに脅すものではありません。ただ、わたくし達が仲が良いことを黙っていればいいだけなのですから」


 そもそもムーアが取り立てたのであれば、信頼のおける者なのだろう。

 ゾゥラは彼女の選定を疑ってはいなかった。


「これから宜しくお願い致しますね、モス」

「誠意をもってお支えいたします!」


 無駄に緊張させてしまったことにため息を吐きながらも、気にしないことにした。


 プライベートな空間でまで気を張るつもりはないし、シドもムーアも、ゾゥラに関わること以外はさほど厳しい方でもない。

 その内緊張も抜けるだろう。


「ゾゥラは優しいな〜」


 そんな風に言いながら頭を撫でられて、ゾゥラはちょっと困りながらも小さく微笑んだ。

 

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