↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

落語【声劇台本書き起こし】

古典落語「猫の忠信」

作者: 霧夜シオン・凛風亭涼音
掲載日:2024/02/21

原作:古典落語「猫の忠信(ただのぶ)」


台本化:霧夜シオン・凛風亭涼音 合作落語声劇台本


所要時間:約30分


必要演者数:4~5名


●登場人物


六(ろく):浄瑠璃(じょうるり)のお静(しず)師匠の元に通う男。

  ひょんなことから兄貴分の常吉(つねきち)と師匠の関係を見てしまい、

  それまで身を入れていた芸事(げいごと)にやる気が無くなっている。


次郎吉(じろきち):六(ろく)さんと共にお静(しず)師匠に浄瑠璃(じょうるり)の芸事(げいごと)を習っている男。

    その日も師匠の元へ通おうと六(ろく)さんに声を掛けて誘う。


常吉:六(ろく)と次郎吉(じろきち)の兄貴分。ケンカが強く、硬派な男として有名。

   だが、二人と共に浄瑠璃(じょうるり)の芸事(げいごと)を師事しているがある日、師匠と

   密会しているところを六(ろく)に目撃される。

   弁慶橋(べんけいばし)のたもとの吉野屋(よしのや)に妻のおとわと一緒に住んでいる。


おとわ:常吉(つねきち)の妻。

    名うてのやきもち焼きで有名だが、夫に良く尽くす良妻賢母。


お静:六(ろく)、次郎吉(じろきち)、常吉(つねきち)の住んでいる在所に移り住んできた、浄瑠璃(じょうるり)を

   教えている女性。

   六(ろく)に常吉(つねきち)と密会している場面を目撃される。



●配役例


(4人)

六・♂:

次郎吉・♂:

お静・おとわ・♀:

常吉・常吉(猫)・♂:


(5人)

六・♂:

次郎吉・♂:

お静・♀:

常吉・常吉(猫)・♂:

おとわ・♀:


※枕は冒頭のみなので、演者同士で話し合って誰がやるか決めて下さい。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


本編



枕:三味線(しゃみせん)を伴奏楽器に、太夫(たゆう)と呼ばれる人が語りをする浄瑠璃(じょうるり)、

  と呼ばれるものがございます。

  原型となるものは平家物語を琵琶(びわ)で伴奏して語った平曲(へいきょく)にあるとされ

  ております。

  それを戦国時代、天下人と謳(うた)われた右大臣(うだいじん)・織田上総乃介信長公(おだかずさのすけのぶながこう)が大病(たいびょう)

  を患(わずら)った際、侍女の小野(おの)のお通(つう)が枕辺(まくらべ)で聞かせたと伝えられておりま

  す。

  そこから時代が下りまして泰平の世、江戸時代。

  浄瑠璃(じょうるり)も民間に広く伝えられまして、男女問わずお師匠さんと呼ばれ

  る人たちが自宅兼稽古屋(じたくけんけいこや)を開き、広くお弟子さんを募(つの)っていたもので

  す。

  お師匠さんたちもいわゆる生活というものがかかっておりますから、

  弟子のえり好みなんかはしていられません。

  ですから、弟子入り志願してくる者もピンキリでございます。

  声だけはいい、節回(ふしまわ)しがいい、声量はある、台詞の解釈はよくできて

  る、どこも褒(ほ)めるとこが無い人には、長いこと座ってても痺(しび)れが切れ

  ないのは今日(きょう)び珍しい、なんてものは言いような褒め方をして、

  お弟子さんのやる気を維持していたものです。

  そんな、浄瑠璃(じょうるり)の稽古屋(けいこや)が江戸のあっちやこっちに雨後(うご)の筍(たけのこ)みたいに

  あった頃の昔のお話。


次郎吉:おーい六さん。

    いるかい六さん!

    ?おい、どうしたんだよ?

    下うつむいてさ、何ぼんやりしてるんだよ。

    お前、稽古(けいこ)に行かねぇのか?


六:馬鹿馬鹿しくって行ってらんないよ。


次郎吉:行ってらんないってお前、芸主(げいぬし)じゃねぇか。


六:芸主(げいぬし)ったって、馬鹿馬鹿しくって行ってらんないよ!

  お前も知ってるじゃねぇか。

  あの師匠がこの町内転がり込んできた時、どんな様子だったか。

  「芸も未熟でございます。知り合いもおりません。皆さんのお力添え

  で何とかしていただきとう存じます。」

  頼まれればこちとら江戸っ子だい。

  実じゃねえ皮じゃねぇけどさ、弟子をつけてやってさ、

  師匠だの先生だの言われるまま…誰のおかげだってんだい!

  その師匠にさ、亭主気取(ていしゅきど)りの野郎がいやがんだよ?

  馬鹿馬鹿しくって、行ってらんないってんだよ!


次郎吉:え、男?男ができたの?あっそう。

    そりゃあ、いい女だからねぇ。

    言い寄ってくる奴はたくさんいるよ。

    男の弟子なんてな、みんなそういうもんだ。

    だからみんなで約束したじゃねぇか。

    師匠にちょっかい出しちゃいけねぇ。

    みんなで男から守ろう、

    末には穢(けが)れをしらない清らかなおばあさんこしらえよう、

    そうやって約束したじゃねぇか。

    それを抜け駆けはいけないってんだよ。

    相手は誰だよ、相手は。


六:お前もよく知ってんだよ。

  弁慶橋(べんけいばし)の常兄(つねあに)ぃだよ。


次郎吉:えっ、誰だって?


六:だから、弁慶橋(べんけいばし)の常兄(つねあに)ぃ。


次郎吉:うっそだよ。そんなバカなぁ。

    兄ぃは硬(かて)ぇ男だよ?

    俺たちの約束を守ってこそすれ、抜け駆けなんかするわけねぇ。

    第一(でぇいち)、あそこのかみさんときたらね、

    名うてのヤキモチ焼きなんだよ?

    浮気なんかするわけない。


六:そんなわけないって…俺は見てきたからそう言ってんだ。

  それでさっきよぉ、師匠のところに行ったんだ。

  そしたらどうもね…うん。

  中に入りてぇって心持ちにならないんだよ。

  妙なもんだなぁって思ってたらさ、壁に節穴(ふしあな)あったんでこうやって

  のぞいたんだ。

  そしたら長火鉢(ながひばち)の脇(わき)にさ、師匠と兄ぃが、べっったりくっついてやが

  んだよ。じゃれついてやんの!

  もう馬鹿馬鹿しくって行ってらんねぇってんだよ!


次郎吉:本当かよぉ、おい。

    そんなことはねぇだろ。


六:嘘だって思うんなら、行ってみりゃいい。

  今やってたとこなんだから。


次郎吉:俺ぁそんなこたぁなかろうと思うよ?

    兄ぃのかみさん、名うてのヤキモチ焼きだからさぁ。


六:そんなことなかろうって、俺ぁ見てきたんだから。

  嘘だと思うなら、見てごらんよ。


次郎吉:え?見てごらんって……中で?


六:そんなわけないだろ。

  そこの節穴(ふしあな)からのぞくんだよ。


次郎吉:節穴(ふしあな)ったって、二つあるじゃねぇか。

    どっちがいいんだい?


六:どっちだっていいよ。好きな方で見なよ。


次郎吉:わかったよ。

    じゃあ、上の節穴(ふしあな)から見ようじゃねぇか。

    …そんなことねぇと思うんだけど…でも…なんだか楽しみだね、おい。


    【二拍】


    ええ?ああ、ああ……

    おお。お!お!


六:どうだい。嘘じゃなかったろ。


次郎吉:ほんとだよ。ほんとだ兄ぃだ。お盛んだよ。

    師匠がさ、兄ぃの胸にしなだれかかってらぁ。

    目ぇ見つめあってるもん。

    あの師匠の目ぇったらないね。

    「身も心もあなたのものよ」なんて目してるよ。

    兄ぃもさ、「おめぇ生涯離さないよ」って顔しているよ。

    はぁー、へぇぇぇぇ。

    こうやって、「常さん、どうぞ」

    うおおお、たまらんぞ、ええ?

    見つめあってさぁ…あらぁね、気持ちが通じ合ってんだよ。

    こう歯車みたいにさ、がちがちってかみ合うんだね。

    いいねぇ、いい二人ができたじゃないか。

    おめでとう、おめでとう。


六:お祝い言ってどうすんだよ。


次郎吉:へへへ。

    だけどさ、のぞき見なんてたまらないねぇ…へへ。

    この節穴(ふしあな)からのぞくの、たまらねぇよ、ぞくぞくする。

    おい六さん、ちょっとこっち来てくれよ。


六:なんだい?


次郎吉:いいから、こっち来てくれよ。


六:だからなんだってんだい。


次郎吉:俺、のぞきながらさ、おめぇを抱きしめてるから。


六:ッ馬鹿やろこんちきしょう!


次郎吉:シャレだよ、シャレだってんだよ、へへ。

    【再びのぞく】

    ああ…「おひとつどうぞ」って、うまそうに吞(の)んでるねぇ、おい。

    あ、兄ぃが刺身食おうってんだよ。

    あれっ、師匠が止めたね。


六:なに?止めた?

  止めてどうしたんってんだ?


次郎吉:「冷たいお刺身は毒だからおよしなさい」って

    師匠がお刺身を口にいれた!

    あ!お!

    口であっためたよ!

    あ、あ!師匠!兄ぃの口に!

    かぁぁぁぁちくしょうこのやろう、ちくしょうこのやろう、

    ちくしょうこのやろう!

    やってらんないな、ちくしょう!

    おい、飛び込んで、師匠はおめぇだけのもんじゃねぇ!って、

    言うだけのこと言ってやろうじゃねぇか!


六:よしな。


次郎吉:え?


六:よしなってんだ。


次郎吉:どうしてだよ!

    飛び込んで、言うだけのこと言ってやらぁいいじゃねぇか。


六:よしなっつんだよ、兄ぃには喧嘩じゃかなわねぇんだぞ。

  二人でかかったってかないやしねぇ。

  それに、何を言おうってんだよ。


次郎吉:ふざけんなって、冗談じゃねぇって言ってやんだよ。


六:そんなに言うんだったらおめぇ、中ぁ行ってやんなよ。

  俺ここで見てるからさ。


次郎吉:ぇ…じゃあ、俺よすよ。


六:なんでぇ、こんちきしょうが。

  それより俺に考(かんげ)ぇがあんだよ。

  これからさ、兄ぃの家(うち)に行くんだ。

  おとわさん、名うてのヤキモチ焼きだから、焚(た)き付けてやんのさ。

  ここでの話しをするんだ。

  そしたらさ、「ああああああ!」って飛んできて夫婦喧嘩が始まる。

  こいつは見ものだよ、どうだ?


次郎吉:そらいいねぇ、ここへ飛び込んでくれれば半端(はんぱ)じゃねぇよ。

    徳利(とっくり)だとかどんぶりだとかお猪口(ちょこ)だとか、ダーッて壊れるよ。


六:瀬戸物(せともの)だけ壊れるとは限らねぇじゃねえか。


次郎吉:俺の商売、瀬戸物屋(せとものや)だからさ。


六:変なところで、商売(しょうばい)っ気(け)だしてやがんな、おい。


次郎吉:まぁまぁ、けど面白ぇじゃねぇか、やろうやろう!


六:よし、俺にまかしとけってんだ。


次郎吉:わかったわかった。

    俺、おめぇにすべて合わせるからさ。

    っと、ここだ。


六:じゃ、開けるよ。

  どっこいしょのしょー…っと。

  いたいた。

  ちはーっ!ちはーっ!


おとわ:はーい。

    あらなんだい、誰かと思ったら次郎(じろ)さんに六さんじゃないか。

    どうしたの、久しぶりじゃないのさ。

    ずいぶん顔出さなかったもんだから、生きてんだか死んでんだか

    心配してたじゃないか。

    生きてたの?


六:へっ、どうも恐れ入りやす、へへ。

  もうね、貧乏暇(びんぼうひま)なしってやつでございまして、もう忙しくってねぇ

  。

  でも久しぶりにね、姐(あね)さんの顔見てぇなぁって思って来たんでござ

  いますよ、なぁ?


次郎吉:そうそう、姐(あね)さんに会いたくなりやしてね。

    こうして連れ立って来たんでさあ。


おとわ:なんだい、二人そろってあたしの顔見たいだなんてさ。

    今ちょいと手が離せなくてね、

    キリのいい所までやったらお茶淹(ちゃい)れるから、

    座って待っててくれるかい。


次郎吉:いやいやいや、よろしいんでございますよ、ご精がでますねぇ。

    それで、何をしてらっしゃるんで?


おとわ:何って、仕立て屋に着物頼んだんだけどね、

    忙しいから脇(わき)へお願いしますって言われてさ。

    しょうがないからあたしがさ、くっつけてんだよ。


次郎吉:へえ、着物ですか。

    なんか、見たようなもんでございますね。


おとわ:おそろいだよ。


六:おそろいって、あ、師匠んところの稽古着(けいこぎ)で?

  そうですか、それをくっつけてると。


次郎吉:そうでござんすか。いやご精が出ますねぇ! 

    いいとこに出くわしましたよ。

    姐(あね)さんの評判、よろしゅうございますよ!

    兄ぃがね、ちゃーんと仕事ができるってのはね、

    かみさんが家(うち)でしっかりしてるからですよ!

    それではじめて、兄ぃは表(おもて)で安心して働ける!

    いやいやもうほんとね、評判よろしゅうございますよ!

    姐(あね)さんは器量はいいし、それでちゃんと尽くすなんて

    これはもう滅多にいるおかみさんじゃねぇってんで

    みんな言ってるんすよ、ほんとでござんすよ。

    いやぁ、そのひたむきな姿ってのがたまんないね!

    とってもいいっすよ!

    とってもいいと思うねぇ!

    …だけどさぁ、兄ぃは若者頭(わかものがしら)とか言われてるけどさぁ……、

    …冷たいお刺身がどうだとか……


六:【↑の語尾に被せるように】

  だからお前はお喋(しゃべ)りだってんだよ!

  何もここでそういうこと言わなくったっていいだろ!

  姐(あね)さんの耳に入ってみろよ、嫌(や)ぁな心持ちじゃねぇかよ!


次郎吉:だっておめぇ、仏さんみたいに何にも知らねえ了見(りょうけん)でもってさ、

    気の毒じゃねぇかよ。

    冷たいお刺身が……


六:【↑の語尾に被せて】

  よせっつぅんだよ!

  姐(あね)さんの耳に入ったらおめえ、嫌(や)な心持ちじゃねえかよ!

  よせ! よせっての!


おとわ:な、なんだい、あたしの耳に入ったら嫌(や)な心持ちって。

    うちの人が酒でも呑(の)んでんの?

    吞(の)んでたっていいじゃないのさ。

    働きがあるから、お酒呑(さけの)むんじゃないか。

    え?なんなの?


六:あ、いや、そら、こういうことはね…?

  いやいやいやいや……。


おとわ:何なの二人とも。

    怪しい…なんか下向いてるじゃないの。


次郎吉:ぁいやいや姐(あね)さん、なんでもねぇ。

    そんな気にしないでくだせぇ。

    姐(あね)さんは知らねぇほうがいいや。

    あっしはね、思わず口からぱっと出ちゃっただけで知らねぇんだ

    。


おとわ:な、何なの。

    そんな言い方されたら気になるじゃないのさ!

    うちの人がどうしたっていうんだい!?


六:いやぁ…なんでもねぇんです。

  これはねぇ……。


おとわ:!もしかして、うちの人…うわ……浮気してんのかい?!


六:!はぁ~……、もうしょうがねぇ、隠すこたぁできねぇや。

  ええ、そのとおりなんでございますよ……。


おとわ:ちきしょう!

    ここのところ、どうもおかしいと思ったんだよ!

    ちきしょう!ちきしょう!あきれかえっちまう!


六:そう、それなんすよ。

  あっしら二人もあきれかえっちまった。

  あきれた国からあきれた国を広めたいくらいあきれ返っちまいました

  よ、ほんと。

  それもねぇ…、お相手がねぇ……なんでございますよ。

  お、お、おお……


おとわ:だ、誰なんだい?


次郎吉:ぅぅいやいや、これは…聞かなかった事に…。


おとわ:聞かなかった事って、そこまで言ったんだからお言いよ!

    誰なの?!


六:【溜息】

  …そこまで言うならしょうがねぇ。

  実は……それ、稽古着、それ、なんすよ…。


おとわ:し、師匠?お静(しず)師匠と?!


六:そりゃあね、夜中にこっそりやるってんならともかくね、

  昼間っからさ、長火鉢(ながひばち)の脇にお膳(ぜん)を置いてさ、

  真向(まむか)いに座ってねぇんですよ。


おとわ:真向(まむか)いに、座ってないって…?!


六:師匠が兄ぃの胸元にね、こう、しなだれかかってんの。

  もう他人事(ひとごと)ながら腹立っちゃったよ。

  しな作られてさ、兄ぃ嬉しそうな顔してんだもの。

  でね、兄ぃがこう刺身に手を伸ばす。


おとわ:きぃーっ!!


六:いやね、兄ぃが刺身食おうとしたんです。

  そしたら師匠が止めて、

  「冷たい刺身は毒だから」

  なんて言うんですよ?

  …俺は毒じゃねぇと思うよ。毒じゃねぇよあれ。

  んで、師匠が口ん中に刺身入れたんだ。

  それでさ、「これだったら大丈夫、大丈夫よ。食べなさい。」

  って言ったら兄ぃがね、

  「これはねぇ、おめぇが食った方がいい。」

  「常さん。」「お前さん。」「いやん、いやん。」


おとわ:~~あきれかえったね、ほんとに!

    ちきしょう、ちきしょう!!

    よく教えてくれたね。それで、いつのことよ!?


六:今ちょうどやってるとこ!

  もう、あきれかえっちまって――


おとわ:【↑の語尾に喰い気味に】

    そんな冗談じゃなくて、いつなの!


六:いや、今ちょうどやってるところ!

  今!今、今やってる!

  薪(まき)ざっぽう持ってね、俺、ダーッと行ったの!


おとわ:【冷静になって】

    …………あっそ、そうだったの。ご苦労様。


次郎吉:あ、あれ…?


六:…むこう向いて仕事始めたよおい。

  油の掛けが足りねぇかね…?

  【おとわに向けて】

  自分の亭主盗(ていしゅと)られて、そんな縫(ぬ)い針なんかしてる場合じゃねぇよ!


おとわ:お前さん達さ、ウチの人となんなの?

    友達じゃないの?

    友達ってのはね、ウチでなんか揉(も)め事があったら、

    まあまあまあって宥(なだ)めるのが本当の友達じゃないの?

    波風立たずにやってるのにさ、わざわざそんなこと言わなくたっ

    ていいじゃないのさ!

    昨日見たとか、一昨日見たっていうならわかるけど、

    いま見た、いま来たとか。

    ウチの人は夕べから風邪ひいて、奥で寝てんだよ!


六:……えっ?


おとわ:寝てんだよ!!


次郎吉:寝てんだよ、だって…そんな強がり言ったって駄目だよ。

    いるわけがねえんだ、むこうで酒吞(さけの)んでんだもん。


おとわ:だってこっちで寝てるものがさ、むこうで酒吞(さけの)んでるわけない

    じゃないのさ。


六:だから、むこうで酒吞(さけの)んでる者がこっちで寝てるわけないもの。

  いるもんならよ、会わしてもらおうじゃねえか。


おとわ:いるんだから会わせてあげますよ!

    ちょいとおまえさん!

    次郎(じろ)さんに六さんがーー


常吉:【語尾に被せるように】

   おぅ…、さっきから話は残らず聞いてた。

   ここんとこな、どうも頭がぼーっとして、てめえの身体なんだか

   人の身体なんだかよくわからねえ。

   …やい、次郎(じろ)に六!


六:!!ぉぉッ、あ、あっしはこれで失礼をーー


次郎吉:おいおい待て待て、待てってんだよ。


常吉:なにしてやがんでぇてめえ達は。

   若ぇ夫婦のところ行ってケンカさして、それを見て楽しもうなんて

   のはよくある話だよ。

   なんで俺たちみてえなところに来て、なんだってそんな馬鹿な事

   しようってんだ?


次郎吉:あれぇ…おかしいな…?


六:いやいやっ、そうじゃねえんだ。

  向こうで確かに…おかしいなあ…。


次郎吉:おかしいよ、いや、ねぇ?


六:【じろじろ常吉を眺めて】

  息は上がっちゃいねえしなぁ…おかしいなぁ。


次郎吉:いやいや、向こうで呑(の)んでたよねぇ?


常吉:向こうで呑(の)んでるったって、俺はここにいるよ。


次郎吉:それなんだよ…なんなんだろうねぇ…?


常吉:じゃあ何かい、向こうで俺が師匠と酒吞(さけの)んでたってのか…そうか。

   おぅおとわ、羽織(はおり)だ、羽織(はおり)出しな。


おとわ:えっ、一体どうしたってのさ?


常吉:良いから、羽織(はおり)を出せってんだよ。


おとわ:はいはい。

    で、どこに行くんだい?


常吉:どこに行くったってお前…どこに行くったって……、

   俺が、俺を、見に行くんだよ。


おとわ:そんなこと言って、他人の空似(そらに)ってのがあるからさ、

    ちょいとお前さん、調べておいでよ。


常吉:ああわかったよ。

   おう、早く来な。


次郎吉:っおかしいなあ…いや、ホントにいるんですから、

    いるからあっしはこうして来たってのに…。


常吉:俺ァここにいるじゃねえかよ、ええ?

   けど、そういやここんとこな、妙な事を耳にするんだよ。

   こないだお湯屋(ゆや)、床屋に行ったら、「ここんところ、お唄(うた)が上手に

   なりましたね。もっとも仕込みが違うからうまくなるんでしょうけ

   れども」

   てな。

   妙な事を言うもんだと思ったんだよ。


次郎吉:あっ、兄ぃ着きやしたよ!

    こっからのぞいたんでさ。


常吉:こののぞき穴か?

   よし、おめえ、見てみろ。


六:わかりやした。

  わかりやしたけど兄ぃ、そこを動かねえで、中に入っちゃなりません

  よ!

  いやほんと、ここにいるんですからね。

  じゃあ、見ますよ。


  【二拍】


  んん? って、はァァァ…。

  もう中へ入っちまってるよ…、

  入っちまっちゃなんねえって、あんなに言ったのになんにもならね

  え………【のぞき穴から目を放して隣を見て】

  って、あれ?もう出てる?


  そんな馬鹿な、いま中に…

  あっ、入っちゃってる!


  いつの間に…ってあれ!? もう出てる!?

  どうやって…ってもう中にいる!?

  ありゃ!?

  ありゃあ!?


常吉:おいッ、何を言ってやんでェ!

   俺ァここにいるじゃねえかよ!

   そんなわけねえじゃねえか!


次郎吉:いやいやいやいや、いますって!

    中にたしかにいましたって!


常吉:もういい、俺が見る。

   まったく、そんなわけねえじゃねえか。

   俺ァここにいるんだからよ…………ッ!?


六:あ、兄ぃ、どうしたんで?


常吉:…おいッ、次郎(じろ)…!


次郎吉:へ、へい、どうなすったんで!?


常吉:確かに中で、師匠と一緒に酒を呑(の)んでるのは…俺だ。


六:そうそうそう、そうなんだよォ!?

  当人が言うんだから間違いねえ。

  

常吉:中で師匠と酒吞(さけの)んでいるのが俺で…?

   じゃ、この俺は一体、どこの誰だ?


六:おぉおいおい気味の悪いこと言っちゃいけねえよ兄ぃ!


常吉:!そうか、わかったぞ…!

   よくな、キツネタヌキが人を化かす化け猫なんてこと言うだろ。

   だからな、アレぁ…狐狸妖怪(こりようかい)だな。


次郎吉:はぁぁなるほど、氷ようかん…!


常吉:【間髪入れずに】

   氷ようかんじゃねえ! 狐狸妖怪(こりようかい)だってんだよ!

   バケモンってんだ!

   ようしお前ら、中入れ。

   そしたら師匠が酒すすめてくれるはずだから、そいつを吞むんだ。

   んでご返杯(へんぱい)ってなるだろうからそこで隙(すき)を見てな、

   手をぐわあッと引っ張って、身体をねじ伏せて、耳を抑えるんだ。

   ケダモノってのはな、耳を抑えられるとダメなんだ。

   いたたまれなくなって耳がこう、ぴくぴくぴくーって動くんだ。

   そしたら何でもいい、叫べ。


次郎吉:な、なんて?!


常吉:なんでもいい、ぴくぴくだぁーッとかなんとか言え。

   そしたら俺が飛び込んでって、パァーンと張り倒してやるからよ。


次郎吉:はぁぁなるほど、ぴくぴくだぁーッて叫んだら、兄ぃが飛び込ん

    でって張り倒す。


六:それで、あの、化け物をねじ伏せるのは誰がやるんで?


常吉:そりゃ六、おめえだよ。


六:えぇえぇ、や、やだよォ、

  そんなねじ伏せてる間に喰いつかれでもしたら。


常吉:いいから! 二人でやれってんだよ!


六:ぅぅわかったよォ、わかりやした。

  じゃあ兄ぃ、言ったらぱーっと飛び込んでくれなきゃ嫌だよ?

  どっか行ったりなんかしないでくれよ?


常吉:でぇじょうぶだよ!

   早くやんな!


次郎吉:わ、わかったよぉ。

    じゃ、じゃあ、入ろうか?


六:お、おぅ、分かった。

  じゃ、じゃあ開けるぞ。

  後ろ閉めるんじゃねえぞ、え。

  いつだって逃げられるようにしとかねえと嫌だよ。

  よっこいしょのしょ…よっこいしょ、しょーーーっ…。


  【一拍】


  ちわーっ、こんちわーっ。


お静:はぁーい。

   あら、誰かと思ったら次郎(じろ)さんに六さんじゃありませんか。

   ちょいとお前さん、次郎(じろ)さんに六さんが。


常吉:【酔っぱらっている】

   おぉーぅ…。

   おぅ、じぃろぉうに、ろくかぁぁ?

   なぁんだぁおぃ、おぅじろぉ、ろくぅ、ひさしぶりじゃねぇかぁ。

   こっちぃ、こっちぃあがんなぁぁ。


六:【次郎吉にささやく】

  おい様子が変だよ…。

  【普通に】

  へっ、あっし達ぁあの、ここで結構でございやす。

  あの、この壁のところで結構でございやすんで。


お静:そんな、あのこっちへおあがりになって…。


次郎吉:いやいやいや、ああぁあっし達はあのここで、

    この壁のとこで結構でございやす。

    壁が好きなもんで。


お静:そんなヤモリみたいなこと言ってないで。

   さ、こっちへいらして。

   一杯飲むんでしょ? お酒。


六:えっ、お酒? お酒いただけるんですか!?

  いやいや、そうですか、ありがとうございやす!

  どうもすいやせん。

  いやぁあっしは酒ときたら目が無くて、どうもすいやせん。

  酒とくると…って、あ、注いでくださるんでございますか?

  いやいや師匠すいやせんね、ありがとうございやす。

  またまた大分酔ってらっしゃって、あらとっとっと、

  あらとっとっとっとっとっ…


次郎吉:【六の袖を引いて】

    ぉぃ、ぉぃって…!


六:【次郎吉に袖を引かれて小声で返す】

  よせ、よせ、待てってんだよ、がっつくなって…!

  吞(の)んだらおめえに…


次郎吉:【↑の語尾に被せて小声で】

    てめえこそがっついてんじゃねえかよ。

    相手は氷ようかんだぞ。

    酒かと思って吞(の)んだら馬のしょんべんかもしれねぇぞおい。


六:【小声で】

  ぁ! あぁ、そうか…ちょちょっと待てよぉ…。

  【普通に】

  師匠あの、これ……本物のお酒でございますかね?


お静:偽物のお酒なんかありゃしませんよ、呑(の)んで下さいな。


常吉:ろぉくう、おめえぇ、おれの酒がのめねえぇってぇのかぁ?

    

六:へっ、へへ、へいっ。

  じゃ、じゃあ兄ぃ、いただきやすんで……。

  ん、ほっ、ほ、ほ、ほっ…【ためらってる】

  吞(の)むんだ、呑(の)むんだ…!

  【思い切って一口吞む】

  お、お、お…んっ。

  ……ん!!

  へ、へへへ……ほんものだ。


お静:嘘のお酒なんかありゃしませんよ。

   何かつまみます?


六:へへへ、酒の肴(さかな)なんかいらないんですよ、ええ。

  じゃあ、一息でいただきやすんで。

  んっ、んっ、んっ……。

  ぷはーっ。

  【次郎吉の方を向いて】

  こらうめえ、良い酒だよ!

  【酔ってる常吉に】

  兄ぃ! …兄ぃその、ご返杯(へんぱい)で一杯いかがで…


常吉:おぅそぅかぁぁ、ろくぅ、すまねえぇなぁぁ…


次郎吉:!!(兄ぃが、手を伸ばした…!)


六:おりゃあッ!!


常吉:ぅぅおお!?


六:こいつでどうだぁ!


次郎吉:ろ、六さんの抑えた耳がぴくぴくーって動いた!

    ぴ、ぴくぴくだぁぁーーーっ!!


常吉:やったか!

   うおぉおーッ!


お静:え、えぇぇちょ、ちょっと何を…って、あら、あら常さん!?

   えっ、じゃこっちのは…って常さん!?

   ここにも常さん、こっちにも常さん、あら? あら!?

   あららら、両方に…!?


常吉:師匠っ、騒いじゃいけねえ!

   次郎(じろ)! 表閉めろ!

   六! 絶対に放すんじゃねえぞ!

   【抑えられてる常吉に対して】

   やいっ!

   この………俺ッ!

   てめえなんだってここへ来るんだ!

   師匠の名にも関わりゃ、俺の名にも関わるじゃねえか!

   魔性のもんじゃねえ、化生(けしょう)のもんだろ!

   言えッ!

   こういう俺は吉野屋(よしのや)の常吉(つねきち)、吉常(よしつね)が尋ねる!

   言えッ!

   言わねえか!!


常吉(猫):申します! 申します!

      常吉(つねきち)様の姿を借り、拠(よ)ん所(どころ)なくこの家(うち)へ参りましたそのわけを、

      ま、一通(ひととお)りお聞きなされてぇぇぇ……下さりませ!


      【鳴り物入りの曲があれば…幽霊が出てくる時のあの曲ですね】


      頃(ころ)は人皇(にんのう)の六十二代、

      村上天皇(むらかみてんのう)の御代(みよ)、山城(やましろ)・大和(やまと)の二か国に、

      田鼠(でんそ)と言って田畑(たはた)を荒らすぅぅぅ鼠、

      月日(つきひ)が時の博士に占わせしところ、高位の御方(おんかた)のお傍に仕えし、

      雌猫(めねこ)の生き皮にて、製(せい)したる三味線(しゃみせん)を弾(ひ)けば鼠は立ち去

      る、とのこと。

      よって余山(よざん)の宮(みや)にて仕えし雌猫(めねこ)の生き皮にて製(せい)したる三味線を弾(ひ)け

      ば鼠は、立ぁぁぁぁ~~~ち退(の)きけん。

      民・百姓の喜びに、初めて声を上げしより、

      初音(はつね)の三味(しゃみ)と名付けたも、たも、たも、たも、

      たもたもたもたもたも…たも!

      国の為とは言いながら、親猫を殺されましたその時は、

      百匁(ひゃくめ)に足りぬまだ仔猫、何の頑是(がんぜ)も無く泣くばかり、

      耳をこすりて雨を知り、

      目に時は知りながら、

      何の因果(いんが)で親猫の行方(ゆくえ)は知れぬと泣きはらし、

      ごろごろにゃん、と尋ねても未(いま)だに知れぬこの年月(としつき)、

      ようよう訪ねて参りましたあたくしの親は、

      あれ、あれ、あれあれあれ、あれにかかりしあの三味線(しゃみせん)、

      あたくしはあの三味線(しゃみせん)の子でぇぇぇぇぇ、ござります!!


お静:あっ、こ、こっちの常さんが!?


常吉:!見ねえ、大きな猫の姿になったぞ。


六:本当だよ、気取ってやんだよ、芝居がかってやがんだ。


次郎吉:だけど兄ぃ、今度のおさらいは大当たりだね!

    だってさ、すっかり義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)そろっちゃったよ。


六:そりゃあ、どういうことだい?


次郎吉:だってそうじゃねえか。

    兄ぃが弁慶橋(べんけいばし)に住んでる吉野屋(よしのや)の常吉(つねきち)だから、義経(よしつね)。

    んで、この猫がただ酒を飲んでたから猫の忠信 (ただのむ)ってんだ

    よ。

    で、わしが駿河屋(するがや)の次郎吉(じろきち)で、駿河(するが)の次郎。

    こいつが亀井の六郎(ろくろう)で、ほら、すっかり千本桜そろっちゃったろ!


常吉:何を言ってやがんでぇこんちきしょう。

   肝心の静御前(しずかごぜん)がいねえだろ。


次郎吉:へへへ、こいつは兄ぃの言葉とも思えねえ。

    師匠の名前はお静(しず)なんだ。

    だから師匠が静御前(しずかごぜん)に…。


お静:【↑の語尾に被せて】

   嫌ですよ、あたしみたいなお多福(たふく)に、静御前(しずかごぜん)は似合いませんよ。


常吉(猫):にぃああぅ。【猫が鳴くようにして言って下さい】




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)


三遊亭栄楽





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。