誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜
「――ふう。やっとサンタナ帝国かぁ」
入国審査の為に乗合馬車から降りたセリは、そうポソリと言って「うぅーん」と思い切り伸びをした。ずっと座っていたから身体中がギシギシいっている。10代前半の少年姿のセリは同じように馬車から降りた人々の列に慌てて並んだ。
ここはサンタナ帝国の西、隣国との国境の街イルージャ。
近くにはダンジョンがあり、山や森には魔物もたくさんいるので冒険者たちが集まる賑やかな栄えた街。
――実はセリには、幾つか秘密がある。その一つは、『転生者』であるということ。1年ほど前、セリは前世を思い出した。そして自分が死んですぐに生まれ変わったことを世界の国々や歴史などから気付いたセリは、前世の自分の家族や友人と会うべく旅に出たのである。
そして、セリは魔法使いである。この世界には冒険者がおり勿論魔法使いはたくさんいる。……が、セリの実力はおそらく世界でもかなり上のレベルだと思われた。
その証拠にセリの祖国で魔物が溢れ他の魔法使い達にもどうにもならなかった1年前、突如目覚めたセリの魔法で魔物を抑える事が出来た。そして、その時前世を思い出したセリは周りの人達にバレないようにこっそり祖国を離れたのだ。
祖国の家族は末っ子でほんの少しの『治療魔法』しか使えなかったセリが居なくなっても、そう気にしないと思う。おそらくあの魔物騒ぎで死んだと思っているだろう。国でも権威ある魔法使いの一族で優秀な兄弟達の中、あの時まではセリだけが弱い『治療魔法』しか使えず明らかに浮いていたし、家族もその存在を持て余していたのは分かっていたから。
だからその時思い出した前世での大切な家族や友人に、もしも会えるならと密かに旅に出たのだ。
祖国の国境までは『転移』をし、そこからは人々が使う乗合馬車を乗り継ぎここまでやって来た。使えるようになった魔法『転移』は行ったことのある場所までしか行く事が出来ない。前世の故郷は記憶があやふやで位置も分からず危険なので諦めた。
道中色んな事があったがピンチには魔法で切り抜けて、やっと祖国から国二つ分離れたこの地にやって来たのだ。ここまで来れば万一にも祖国の者に出会ってしまう可能性は低いだろう。
入国審査の順番待ちをしながらそんな事を思い出していたセリだったが、随分と時間がかかっている事に気が付いた。ずっと遠くの街から1日中馬車に揺られて来て疲れていたし、早く宿でゆっくりと身体を休めたい。
けれどなにやら門の方で揉めており、まだ順番は回って来そうになかった。
様子を窺う為に少し背伸びをしてみる。セリはこの国の平均身長より、少し小さい。銀の髪を後ろで一つにまとめ本来は印象的な紫の瞳を長い前髪で隠した少し汚れた線の細い少年。こんな時は背が低いのは本当に不便だ。
セリが覗いた先には、赤髪の背の高い豪快そうな青年が門番と揉めていた。どうやら冒険者のようだが……。
セリは、青年を見て息を呑んだ。
(あの人は……! 間違いない)
――それは、前世セリの弟の親友だった。
◇ ◇ ◇
「ッだ――!! 本当に、あの門番はいけすかね――! いちいちケチつけて来やがって、この街の冒険者に毎度身分証の提示を求めんじゃねーっての! 俺たちゃ命張って魔物狩ってんだ!」
冒険者ギルドの受付近く。赤髪の青年が仲間達に愚痴を吐いていた。その文句を周りの者は嫌がりもせず根気よく話を聞いてやっている。おそらく青年は仲間達にとても好かれているのだろう。
そんな彼らの様子をチラリと窺いつつ、セリは受付に向かい以前いた街で作ったギルドカードを見せた。冒険者ギルドが発行するギルドカードはどこの国でも通用する。
「……あの。今日この街に来たばかりなんですけど、僕にも出来そうな仕事はありますか?」
セリのカードは一般的な駆け出し冒険者Fランクだった。12歳から冒険者になれるこの世界には上からSABC…Fのランクがあり、Fならば薬草採取くらいだろう。
セリは自分が魔法使いだと明かすつもりはない。表向きは昔から使えていた弱い『治療魔法』だけを使うつもりだった。
「それなら、『薬草採取』の依頼があるわ。街を出てすぐの林周辺にたくさんあるらしいから行ってみるといいわ。ただし、今日はもう遅いから明日以降にね」
親切な受付嬢が詳しく教えてくれ、更にオススメの宿も教えてくれたので今日はそこで身体を休めることにした。
受付嬢に礼を言い出て行こうとしたセリは、ギルドに繋がる飲み屋で大声で話す赤髪の青年をもう一度チラリと見た。
青年はもう先程の門番との揉め事の件は気が済んだのか、今度は今日狩った魔物の話で盛り上がっていた。
なるほど、あの切り替えの良さや屈託のなさそうな所が仲間達に好かれているのだろう。セリは名残惜しそうにその様子を見てからギルドを出た。
翌日。
セリは昨日ギルドの受付嬢に教えてもらった場所で薬草摘みをしていた。情報通りたくさんの薬草と……たくさんの、おそらくFランク冒険者たち。
(これだけたくさんの冒険者が薬草を摘み取ってもまた生えてくるなんて、ここは癒しの魔法でもかかっているのかな? この近くの森の奥にはダンジョンもあって魔物もたくさん出るらしいし、持ちつ持たれつの関係なのかもね)
魔物が出て、怪我人もたくさん出るので薬草もたくさん必要となる。自給自足が可能なんて素晴らしい。そう思いながら目当ての薬草を選り分けていく。ここにはせっかく良い薬草があるのだし、きちんと選別して組んで渡せばより良い値段で買い取ってくれるだろう。
セリが同じ位の子供達と話をしながら薬草取りをしていると、林の向こうからガサガサと何かがやってくる気配がした。誰かが林の方にまで行っていたのか? と皆気にも留めずにいたのだが――。
グルル……ッ
「ッ!!」
「う、うわぁっ! ま、魔物だぁっ!」
大型のネコ科の魔物が現れ、いきなり人々に襲いかかって来たのだ。
――その時。
「こぉんな、街近くの場所にまで魔物が来てんじゃ、ねーよ!!」
そこに現れたのは、例の赤髪の青年とその仲間たち。彼らはいとも簡単にその強そうな魔物を退治した。……いや、赤髪の青年が1人で一刀両断にしてしまったのだが。
そして、後には真っ二つになった魔物と何人かの怪我人。
「あー、大丈夫か? 誰か! この中に治療魔法使えるヤツはいねーのか? もしくはポーションはあるのか?」
「ライナー、治療魔法が使えたら薬草採取なんてしてないよ。それに薬草摘みに来るのにポーションは持ってこないでしょ。……でも、困ったな。さっきウチもポーションを使い切ってしまったよね。うちらの中にも治療魔法使えるヤツは居ないし……。薬草だけでなんとかなるか?」
赤髪の青年ライナーとその仲間達は治療魔法の使い手なしで魔物狩りをしているらしい。よく今までなんともなかったものだ。
そう少し驚きながらもセリは一応手を挙げた。
「……僕。少しなら使えます」
「「「え!」」」
急にライナーとその仲間達が一斉にこちらを向いたのでセリは驚いたが、今はケガ人の治療が先だろう。
そう思い、ケガ人達の近くにいく。魔物の爪でやられた傷の者が殆どのようだった。
「……悪いけど、僕の治療魔法はとても弱いから、応急手当てくらいにしかならないとは思うけど……」
そう言いながら、セリはケガ人達に手をかざし、『治療』
と唱えた。
するとその手から優しい光が溢れ、いつの間にかケガは治っていた。
セリはケガ人達にそれを繰り返し、全ての治療を終える。
そしてそれを見ていたライナー達は……。
「……ッす! すっげえっ!! お前、すげーじゃん! 治療魔法が出来るんなら、薬草採取やめてそっちでやっていった方がいいぜ?」
「ホントだよ! というか、うちのパーティーに来ない!?」
「いや本当に、来てくれたら凄く助かるんだけど!?」
ライナーとあと2人の仲間たちは真剣にセリに誘いをかけてきた。周囲のFランクの人々もすごいすごいと大歓声だ。
「え、いえでもわ……僕の治療魔法は凄く弱くて……。表面上のケガくらいしか治せないし、骨折や身体の欠損などになったらとても無理だし……」
セリは慌てて自分が少しの治療しか出来ない事実を説明するが、周りは皆驚いた。
「お前、何言ってんだ? 骨折治療は聖女くらいしか治せないのは当たり前だし、身体の欠損なんてそんなの治せる訳ねーだろ? お前くらいの治療魔法のレベルなら、十分冒険者でやってけるレベルだ。というか、治療魔法使えるヤツは少ないからな。是非ともウチに入って欲しい」
「へ?」
セリは意外な話を聞いて、心底驚いた。
◇ ◇ ◇
「あの冒険者をいたぶるのが趣味の門番、上司から随分絞られたみてーだな。配置換えになってんだな」
「ギルドや他の冒険者からも大分苦情があったみたいだよ。入国者も居るし毎日凄い行列になってたからやっと上が動いたんだろうね」
「てか、あの状況を見たらすぐに上も動きなさいよねぇ」
今日も、ギルドでライナーチームは賑やかだ。
それを横目で見ながら、セリは今日採取した薬草を受付嬢に提出していた。
セリの丁寧な作業で種類ごとに組まれきちんと仕分けされた薬草たち。予想通り、ギルドに良い薬草を選別してきちんと組んだ物を渡すと大層喜ばれ、少し金額に上乗せもしてもらえた。
セリがホクホク顔で受付嬢と話をしていると、
「あ、シンディ。今からこのセリは俺たちのパーティーに入っから。登録よろしく」
不意に入って来てそう申告していくライナー。シンディと呼ばれた受付嬢は驚く。
「え? ちょっと、ライナー! 勝手な事言わないで。この子はまだFランクなのよ? こんな小さな子をAランクのパーティーの魔物狩りに連れて行こうなんて、どういうつもりなの!?」
どうやらまだ子供でFランクのセリを心配してくれているらしい(一応、セリは13歳の少年設定なのだ)。この街1番の冒険者だというAランクの実績のある彼等のチームに入るという事は、それなりの力を持っていないとケガだけで済まないのだろう。
「いや、セリは『治療魔法』が使えるから。ずっっと、募集してたけどこの国は治療魔法使えるヤツは極端に少ないからなー。それに、セリは俺たちがしっかり守るから大丈夫!」
ライナーの言葉にギルドにいた人々は一斉にセリを見た。
人々のその視線が、全てを物語っている。――それだけこの国に『治療魔法』の使い手が少ない、ということを。
セリはゴクリと唾を飲んだ。
「おい! ライナーずるいぞ! 俺たちも『治療魔法』使いを探してんだ! なあ、コイツらは危険な仕事ばかりするから、俺たちのパーティーに入った方が安全だぜ?」
冒険者達は次々にセリに誘いをかけてきた。
「……あの。皆さんのお声掛けはとても嬉しいんですけど、僕はこのライナーさんのパーティーにお世話になるって決めたんです。お気持ちだけ、有り難くいただいておきます」
セリを庇いに入ろうとしていたライナー達は、意外にしっかりしたセリの言葉に驚き、そして自分達を選んでくれた事が嬉しくなる。
「よしっ! よく言った、セリ!! お前に絶対後悔はさせないぜ! お前を危険な目になんて絶対に合わせねーからな!」
「この街に来てまだ日が浅いんだろう? 私達が色々教えるからね」
そう優しく声をかけてくれる新しい仲間達に、セリは嬉しそうに微笑んだ。
……本当は、前世の家族と会う為に旅に出たはずだった。けれども、前世での弟の親友だったこのライナーと話がしたくて、セリはこの街で暫く彼らと共に冒険者として暮らす事にしたのだった。
◇ ◇ ◇
ライナーは炎の魔法使いで剣豪。雷魔法と剣使いのアレン、探索と風魔法と弓のダリル。同年代の3人はパーティーを組みこのイルージャの街で冒険者をしている。
そして街から少し外れた所にある小さな家を借り3人で共同生活をしていた。この家の主を魔物から助けた事があり、格安で提供してもらっているのだそうだ。キッチン風呂トイレ付、もう一部屋空いていたのでセリにちょうど良いと連れてきたのだが……。
「……すまん。この部屋はずっと放ってあったから、ほぼ物置状態ですぐに入れる状態じゃないな。あー、片付けは明日するとして、今日は俺の部屋で一緒に寝るか?」
セリを案内したライナーが、その空き部屋を一目見て言った。
……うん。確かにこの状態ではムリだな。ベッドのシーツは、いったいいつからこの状態なんだろう? 部屋には埃が積もっていた。
「……あの。さっきの居間で今日は寝させて貰えれば充分ですから。明日は1日部屋の片付けをさせてもらっても良いですか?」
このいかにも寝相の悪そうな男と一緒に寝たら、明日には押し潰されてケガをしていそうだ。それに……。
「勿論、いいわよ。明日は私たちも休みにするから、一緒に必要な物を買いに行きましょう? 今からバタバタ片付けても今晩はこの部屋では寝られそうにないでしょうし、居間のソファーで寝られるように予備の毛布を持ってくるわ」
コレは弓使いのダリル。お聞きの通り、お姉様的要素のある男性のようだ。うん、綺麗な中性的な人。
「なんで? 俺の部屋で寝れば――」
そう言いかけたライナーはダリルに一喝される。
「ライナー! なんでセリがお前と一緒に寝るんだよ! しかも昨日この街に来たばかりで疲れてるだろうに」
「す、すまん……」
ダリルは意外にも素直に謝るライナーを「この部屋、大まかに片付けといて? 私はご飯の支度をセリとするから!」と部屋に押し込め、2人で料理をした。
優しいお兄さん的なアレンは予備の毛布を出したりお風呂の準備をしていた。
家の中では、ダリルが取り仕切り皆を上手く動かしているようだった。
そしてこの日の夜はセリの歓迎会と称した飲み会となり、たくさん飲んで話をして気持ち良くなったセリはそのまま寝てしまったのだった。
「あらぁ、セリったら寝ちゃったみたいね。ふふ……。可愛いわねぇ、この寝顔。まだまだ子供よねぇ」
ダリルはセリを愛おしそうに見つめ毛布をかけてやった。
「ライナー。お前飲ませ過ぎたんじゃないのか?」
心配そうにセリの顔を覗き込むアレン。
「え? コレほぼジュースだしそれに殆ど飲んでないだろ? 相当アルコールに弱いんだろうな。コレから気ぃ付けてやんねーとだな」
そう言いながら、セリの頭を優しく撫でてやる。聞こえてくるのは規則正しい寝息。それを見ながらライナーは呟いた。
「……銀の髪に紫の瞳。そして自分の『治療魔法』が低いと思い込んでた。コレってやっぱりセリは……」
「……そうね。ダンジョンから魔物が溢れて国がいっとき壊滅寸前になったっていう、この国から二つ国を挟んだレーベン王国の出身、という事よね」
レーベン王国は魔法がずいぶん発達した国と有名だった。今回も魔物が溢れたものの、魔法使い達によってなんとか抑えられたと聞いている。そうでなければ、レーベン王国からも魔物は溢れ各国に被害が及んでいた事だろう。
しかしそれでも国民達には随分と被害が出たらしい。魔物達に住んでいた街も畑も荒らされ、逃げるように周辺国に難民達が流出したと聞いている。そのレーベン王国の国民の特徴が銀髪紫の瞳だった。
「国二つ挟んだ場所とはいえ、ここまで来るのは相当苦労したはずだろう。良さそうな子だし出来るだけ守ってあげたいね」
アレンがそう言うと、ライナーとダリルは頷いた。
「それに……。ふふ。ちゃんと女の子用の服も揃えないとね」
ダリルが微笑みながら言うと、
「「は?」」
あとの男2人は固まったのだった――。
◇ ◇ ◇
「ふわぁーっ」
セリが伸びをして目を覚ました。
……ああ。そうだ。昨日はライナーと……あの3人組と仲間になったんだ。そして飲み会をして……。そのまま寝ちゃったのか。
むくり。
セリは起き上がり、肩までかけてくれてあった毛布を感謝を込めて丁寧に畳む。キッチンに行くと、3人は朝御飯の支度をしてくれていた。急いで少し手伝い皆で食卓を囲む。
……何故かライナーとアレンが何やら恥ずかしげにしていたのが気になった。寝起きすぐに顔を合わすのが、恥ずかしいのかな?
「さあさあ! 今日はダリル姉さんがこの街のオススメのお店を案内してあげちゃうからね!」
そう言ってセリはダリルと一緒に買い物に出掛けた。残る2人は部屋を片付けてくれるらしい。
勿論自分で片付けると言ったのだが、明日から早速ダンジョンに軽く潜るから、段取り良くセリの準備をしてしまいたいらしい。「あんな力仕事は大男どもにやらせとけばいいのよー」と言うダリルになんとも言えずに苦笑するセリだった。
そして向かった先は。
「えと……。ダリルさん? ここって……」
ある程度必要な物を買い揃えた後ダリルが連れて来たのは、明らかに女性向けの服の店。
「うふ。このお店はお手頃に可愛い服がいっぱい揃ってるって評判なのよ〜。さあ入って! ダリル姉さんが見立ててあげるからねー!」
え? え? と思っている間に、見事に女の子用の色んな衣装から下着まで揃えていたのだった。
「やっぱり、可愛い子の服を揃えるって楽しいわよね! セリも普段は可愛いのを着て大丈夫よ? 流石にダンジョンへは動き易いものや防御性のあるものの方がいいけれど」
ウィンクしながらそう言ったダリルに、セリはため息を吐いた。
「気付いて、いらっしゃったんですね……。あ……、それで朝にあの2人の様子が……?」
「ふふ。私は一目見て分かったわよ? 別に2人も怒ってる訳でもなんでもないのよ。このご時世に1人で旅するのに可愛い女の子の姿じゃ危険だからだろうって分かってるから」
「ダリルさん……。すみません、黙ってて。昨晩にでもお話ししておくべきでしたよね。……あの、今晩に皆にお話しさせてもらっていいですか?」
ダリルは笑顔で頷いてくれた。
「はぁ。やっぱりそうなのか。……ごめん。ダリルから聞いても半信半疑だったよ。まあそりゃ女の子の一人旅なんて危険だからね」
そう納得していたのはアレン。
「スマン! 俺昨日、一緒に寝ようとか……! 悪気とか変な気はなかったんだ! 気を悪くしないでくれ」
そう謝ってきたのはライナー。
セリはクスリと笑った。
「気を悪くなんて、するはずありません。僕……私の方こそ、きちんとお話ししなくてすみません」
「そりゃ言えないんじゃない? 旅をするのに男の子の格好で来てて更に男3人のところに来るのに余計に今更言えなかったのよねぇ。セリは悪くないわよ。まあ私達は大丈夫だけど、あんまり男どもばかりの場所では気を付けてあげた方がいいわね」
セリはそんな3人に感謝しながら、軽く事情を話す事にした。
「私は……、この国から少し離れたレーベン王国の出身で15歳。本当の名はセリーナといいます。実は一年程前祖国では魔物が溢れて……。私は家族を失い国を出る事にしたんです。少しなら、魔法も使えましたし……」
「レーベン王国は魔法が随分発達してるって聞くものね。そしてこの国じゃセリのその『治療魔法』は結構優秀よ? 周りから変に目をつけられると困るし、私達からなるべく離れない方がいいわね」
誰かさんがギルドで公表しちゃうから! とライナーを睨みながらダリルは言った。
「いえ。私もここまで国によって違いがあるなんて思わなかったので、いずれは周りに知られていたと思います。だからライナーさんを責めないでください」
「セリ……」
感動したようにライナーはセリを見詰めた。
「で、明日からだけど、セリはどうする? いきなり魔物退治が辛そうだったら暫くはここで慣れるまで居てもいいよ」
アレンは……、いやこの3人はとても優しい。おそらくセリの国が魔物に襲われた事や、まだこの国に来たばかりの年頃の女の子である事から随分と気遣ってくれているのだ。
「いえ、大丈夫です。早くここでの生活に慣れていきたいですし。……それに3人から離れない方がいいでしょう?」
そう悪戯っぽく笑って言うと、3人は「そりゃそうだ!」と笑い、明日からこの4人で行動する事になったのだった。
◇ ◇ ◇
「ぅおぉっ、りゃあぁっ!!」
ザスンッ!!
ライナーが軽快に魔物達を狩っていく。
ダリルが探索魔法で魔物達の位置を的確に把握し、弓で攻撃。ライナーが主に攻撃し、後衛はアレン。後ろから来る魔物を的確に狩っていく。
イルージャの街から少し離れたダンジョンにて。
次々に魔物を狩っていく3人の、ライナーとアレンの間辺りにセリはいた。そして邪魔にならないようにしつつ、偶に怪我をする3人に後ろから治療魔法をかけていく。
魔物達が途切れた辺りで、4人は休息をとりつつ笑い合った。
「いや、この4人息ピッタリ過ぎね? てか、セリすげーよ!」
「本当だよ! 今まで怪我して足止め食ってた所が、セリがサクサク治していってくれるお陰でどんどん奥まで進めたね!」
「それに、セリが治してくれるから安心して前に出れるわ! 『治療魔法』使いがいるってこんなに動きに差が出るのね!」
3人が3人ともセリを褒めちぎってくれるので、セリは少し照れてしまう。
「いえ……。皆さんが守ってくれるのが分かるので、私も安心してついていけました。ありがとうございます」
そう恥ずかしそうに言うセリに、3人はホンワカした気持ちになる。
「セリ、任せろ! お前は俺たちが守ってやるからな!」
「うんうん! 少しでも怖かったりしたらちゃんと言ってね!」
「あ〜っ! セリ、可愛いーわ! 貴女に絶対魔物は近付けさせないからね!」
3人に囲まれヨシヨシされ、更に照れて困るセリなのだった。
◇ ◇ ◇
「……今日もまた、凄い魔物の数ですね……」
ギルドの受付嬢はそうため息を吐く。
それもそのはず、最近のライナー達のパーティーは以前の倍近い量の魔物を討伐して来るのだから。
セリがライナー達のパーティーに入って約3ヶ月が経っていた。
「いや、最近チームワークが凄く良くてな! セリに背を任せて、そりゃもうバッサバッサと魔物をヤレるんだよな!」
「そうそう。セリがいるから安心して攻めに行けるというか。本当いい感じだよ!」
「可愛いセリを守ってるつもりが、いつもコッチが守られてるのよね! 本当に凄く良い一体感を感じてるわ! 最高のチームよ!」
ライナー達は次々にセリを誉めてくれる。何やら気恥ずかしくて、セリは赤面して俯く。
「……僕こそ、いつも守って貰ってとても感謝してます……。ありがとう」
そう照れながら言うセリを、3人がまた更に可愛がるという謎のループがここ最近繰り広げられている。
そうして今日もいつものように4人は楽しくギルドの横の酒場で食事をする流れだったのだが……。
「ライナー! ……やっと、見つけた……! 会いたかったわ!」
1人の美しい女性がギルドに入るなりそう言ってライナーに抱きついてきた。
3人も、ギルドにいる人々も、それを見て驚き固まる。
この辺りでは滅多にいない程の美女が、ライナーを熱く見つめていた。皆、ライナーはさぞ鼻の下を伸ばしているのだろうと彼を見たのだが――。
「……離してくれ。俺はアンタの探してるヤツじゃない」
いつものライナーではあり得ない、その冷たい声に皆は驚く。
ライナーに拒否された女性は哀しげな顔をしてライナーを見つめた。緩やかなウェーブの金髪に青い瞳の美しい女性。20代前半くらいだろうか。26歳のライナーとお似合いの女性。……なんて事をついセリは考えて勝手に胸がチクリと痛んだ。
「……お願い。戻ってきて、ライナー。貴方が居ないとダメなのよ……」
尚も食い下がる女性にライナーは最後まで冷たかった。
「赤の他人の俺に何言ってもムダだよ。さっさと他を当たってくれ。さあ、これから俺たちは飲むんだ、邪魔するんなら出てってくれ!」
そう言ってさっさと背を向け、ギルドの酒場に向かった。残る3人も女性をチラリと見ながらライナーを追いかける。
その美しい女性は、ライナーを視線でずっと追っていたが、まるで自分を見る気もない様子に諦めて帰って行った。――セリ達3人を強く睨んでから。
4人はテーブルを囲み注文をしても暫く無言だったが、やがて「済まなかった……」とそれだけをライナーは呟いた。
誰にでも、人に言えない秘密がある。
セリもまだ3人に言えない事はあるし、この3人もそれぞれ何かを抱えていそうだった。隠し事ばかりは良くないかもしれないけれど、どうしても言えない言いたくない事は誰にでもあるものだ。
それが分かっているから、3人は何も聞かなかった。そしてだんだん4人はポツリポツリとどうでも良いような話をしていったが、やはりいつものようには盛り上がらなかった。
そしてその夜。
いつもより少し早く家に帰り、それぞれ風呂に入ったり寝支度をしているとライナーが皆に声をかけた。
「みんな……。悪りぃ、ちょっといいか?」
その真剣で少し緊張した様子に、3人は彼が何事かを告白するつもりだと察した。彼らはそれぞれ秘密を抱えているが、話す気になった仲間の秘密は真剣に聞き尚且つ意見を求められれば述べ、そしてその後は自分達の秘密にする覚悟がある。
「今日は……すまん。なんかおかしな雰囲気にさせちまったよな。今日のアレは……。昔の、おれの仲間なんだ。パーティーを組んでてアイツは『聖女』だった」
……仲間。……恋人じゃ、なかったのかな?
おそらく3人共そう考えた。しかし本人が言わない事を敢えて聞き出す事はしない。
……と、思っていたのだが。
「そうなのね。凄い美人さんだったしライナーを熱い視線で見てたから、恋人だったのかと思っちゃったわ」
ダリルは意外にあっさりと聞いた。
「……違う。アイツは、俺の仲間の恋人だったんだ。俺の……とても大切な、ちっちゃな頃からの仲間だったヤツだ」
ドクリ……。
ライナーの言葉を聞いてセリは胸が騒めく。
『ちっちゃな頃からの』『仲間だった』。……過去形? ……どうして?
「大切な仲間……。勇者レオンの恋人だったってことか」
アレンがズバリと言い、ライナーは明らかに動揺した。
「んなっ……! お前達知って……!」
「……ったり前でしょう? アンタ元から有名人だったからね。いくら遠い国の端の地に来たって、世界的に有名な勇者とその仲間なんか冒険者ならまず知ってるわよ。半信半疑だったりただ同じ名前だと思ってる奴らもいるでしょうけどね。ああ、私たちはライナーが勇者の仲間だからチームを組んだ訳じゃないわよ? ただ気が合っただけ。今まで黙ってるつもりだったけど、セリも一緒になった事だし良い機会だからちゃんと分かってるって伝えておきたかっただけよ」
ダリルがツラツラと言った言葉に、ライナーは「そうか……、知ってたのか……」と呟いた。
皆がサクサク話を進める今ならと、この3ヶ月ずっと聞きたくて聞けなかった事をセリも聞いてみる。
「あの……! その勇者レオンは……、あの女性と付き合ってたの? それに、今勇者レオンは……?」
『勇者レオン』。……前世での、セリの弟。セリが姉として生きていた時はまだただのレオンだったけれど。あの頃から剣も魔法もピカイチの才能を持っていた。そして、その幼馴染で親友だったのがライナー。……前世でのセリの、初恋の人だった。
今までずっと聞きたかったが聞けなかった。あれ程仲の良かったライナーとレオン。それがどうして今は一緒ではなくてこんな故郷から遠く離れた街にライナー1人でいるのか。
「セリ。……知らないの? 勇者レオンは……」
言いにくそうに言ったアレンのその言葉を聞いた瞬間、セリの意識は暗転した。
◇ ◇ ◇
「……まさか、セリが気を失っちゃうなんて……。そんなに『勇者』が死んでいたのがショックだったのかな」
セリをベッドに運んで休ませて来たアレンが居間に戻って言った。
「でも、勇者は死んだらすぐに次の勇者が選ばれるじゃない? セリは『勇者レオン』が死んでいたことがショックだったってことよね。ねえ、ライナー。レオンとセリは知り合いだったの?」
ダリルがライナーを見て聞く。ライナーは少し考えながら言った。
「……いや。俺もアイツの交友関係を全部知ってた訳じゃないが、知ってる限りはねーな。てか、レオンが死んだのは5年も前だぜ? その頃セリはまだ10歳かそこらだろ? 俺達レーベン王国も行った事ねーしな」
「うーん……。何かでセリがレオン達の国へ行った時に助けられた、とか? それで自分1人になったんでお礼を言いたくて会いたかったとか……」
アレスが推理するが、3人とも何かしっくり来なかった。レーベン王国の人間は自分達の魔法に絶対の自信を持っており、あの魔物騒ぎまでは滅多に国外に出ることがないと有名だったからだ。
「俺達はあの時期魔王退治の為にあちこちの街に寄ったけど、その道中で特別誰かを助けたとかは思い出せねーし、特にセリは珍しい髪色と瞳の色だろ? 会ってたら忘れる訳ねーよ」
ライナーがそう言うと、ダリルが聞いた。
「珍しい色だと忘れられない? 何かあの色に思い入れでもある訳?」
鋭い突っ込みに、ライナーがたじろぐ。
「……なんだよ。セリとレオンの事を話してたんじゃないのかよ。……俺はセリのこと、可愛いと思ってるよ。てか、それはお前らもだろ!? それに別にどうにかなろうとかは思ってねーよ。流石に10も歳が離れてるしな……」
「え!? そりゃ僕もセリは妹みたいに可愛く思ってるよ? だけど僕もそんなつもりはないけどね? ……まあ歳はそんなに関係ないんじゃないかな。その位の歳の差なんてザラにいるでしょ」
アレンはライナーの独白を感心して聞いていたら思わぬ飛び火が自分にも飛んできそうで慌てた。そしてダリルは意味ありげにライナーを見ながら言った。
「そりゃ皆セリを可愛いと思ってるだろうけど……。特にライナーは特別なのかなと私は思ってたわ。なんだかんだと随分気にかけてるでしょ? そして……多分セリの中でもライナーは特別なのかしらとは思ってたんだけど」
「え。ほんとか? セリが……俺のこと?」
今度はライナーは少し顔を赤くしながら身を乗り出すようにして反応した。
それを見た2人は目を見合わせ少し呆れたようにため息を吐いた。
「なぁに? アンタも結局は気になってるんじゃないの! ……別に邪魔するつもりもないけど、可愛いセリにいい加減な事したり泣かすような事があったら、私達が黙ってないからね!」
「そうだよ。特に今日みたいな事があったらセリが傷付くよ? とりあえず、あの女の人とは関係ないんだってこときっちり説明はしといた方がいいんじゃない?
……それにどうしてセリは勇者レオンが亡くなっていると聞いて倒れる程のショックを受けたのか。その辺りもちゃんと確かめておきたいところだよね」
ダリルとアレンにそう言われてしまったライナーは少しシュンとしながら頷いた。
「セリの目が覚めたら、話をしてみるよ。俺は知らなかったけど、あれだけの反応するって事は何かレオンと関わりがあったんだろうしな」
◇ ◇ ◇
「うーん……。なんだか、イヤな夢見ちゃった……」
目を覚ましたセリは、そう言ってため息を吐いた。
……多分、前世での弟レオンの死の話を聞いたからだ。身体の弱かった前世のセリを気遣い守ってくれた優しい弟。生まれつき身体の弱かった前世のセリと違ってとても身体が丈夫で魔法も剣の才能もあったレオン。
多分、レオンがあんなに剣も魔法も頑張っていたのはセリの為だったと思う。身体の弱い姉を守ろうとした強い弟。そして、ぶっきらぼうながらも優しかった弟の親友ライナー。……まさかセリの亡き後勇者になったとは思わなかったけれど。
また色々と考え込んでしまって、ふぅーっと一度大きく息を吐いた。
そこに扉がノックされる。「どうぞ」と言うと、そろりとライナーが入って来た。
「よぉ。飲み物持って来た。……どうだ? 気分は」
「ん……。ありがと……。正直、まだ、あんまり良くないけどね。……も少し、寝させてもらっていいかな?」
実はそこまで具合が悪い訳ではないのだが、ライナーと顔を合わせるのがすこし気づまりな気がしてそう言った。
「……そっか……。セリ。そのままでいーから聞いてくれ。
昨日、セリは勇者レオンの死の話を聞いて倒れたよな。……なぁ、セリはどこでレオンと知り合ったんだ? 俺はアイツと殆どの時間を一緒に過ごしたけど、俺の知る限りお前はレオンと会う機会は無かったと思うんだが」
ドキン……。
急にライナーらしからぬ鋭い質問がきたので驚く。
「えっと……。ずっと、勇者に憧れてて……」
セリは適当なことを言って誤魔化そうとしたが、ライナーはそれを許してはくれなかった。
「セリは、勇者レオンに憧れていたのに、そのレオンが死んでいた事を知らなかったのか? それに、勇者は死んだらすぐに新しい勇者が世界のどこかに現れる。そして今は別の勇者がいる。それなのに、5年も前に死んだ勇者レオンの活躍だけを知ってるのはおかしくないか?」
ライナーは真剣な顔でセリに詰め寄った。
「……小さな頃、どこかで助けてもらったような……」
「俺たちはレーベン王国やその近隣国には行った事がない。それにレーベン王国は特殊な国だから、あの魔物が溢れた事件以前は国民は滅多に国外には行かないんだよな?」
「……良くご存知で……」
まるで追求の手を緩める気のないライナーに、セリは白旗を揚げた。
「……でも、真実を言っても、ライナーは絶対に信じないと思うよ」
前世での家族、レオンや両親にはもし会えたら話してみてもいいかなと思っていた。だけど、ライナーには話すつもりは無かった。だって、こんな事を話したって、迷惑なだけじゃない? ……けれど、今回この話を聞きたがったのはそのライナー本人だ。あなたの親友の姉でしたって言われてもどうしていいか分からないだろうけど……。
「……私は、レオンの姉。エレナの生まれ変わりなの」
ポツリとそう言うと、ライナーは「……ぐはっ!?」と意味の分からない単語を発してセリを食い入るように見た。
「ライナー。……エレナの時はありがとね。そしてずっとレオンと一緒にいて仲良くしてくれてありがとう。お願いだから、どうしてレオンが死んでしまったのか、その理由を教えてくれないかしら?」
前世での口調でそう言うと、ライナーは初め目を見開いて、……そして、とても懐かしそうな優しい目でセリを見つめたのだった。
◇ ◇ ◇
ライナーの話をまとめるとこうだ。
7年前レオンが勇者に選ばれ、ライナーともう1人剣士と聖女マリアの4人で魔王を倒す旅に出た。
まだ10代の若者達に過酷な旅だった。そしてそんな中、まるで当然かのように勇者レオンと聖女マリアが付き合うようになる。
ライナーはまだ旅の途中であるし、魔王を倒す偉業を果たすまではつきあうのは待った方がいいのではないかとレオンに言ったのだが……。どうやら年頃の女の子であるマリアの方が恋に夢中で、レオンも困りつつも諌めきれず、仲間内の雰囲気も妙にギスギスしてくるようになる。
そして今度はそんな煮え切らないレオンに愛想を尽かしたのか、マリアはライナーにやたらと付いてくるようになった。ライナーはそんな気はないと突き放したが、今度はレオンとライナーの仲までもがおかしくなり始める。
「ライナー。俺にマリアと付き合うなと言ったのはお前が彼女と付き合いたいからだったのか!」
レオンはライナーを詰り喧嘩になったところに、凶悪な魔物ヒュドラが現れ……。
「……まあ、俺側から言えばこういう話だ。せっかくレオンが勇者に選ばれたのに、凄く馬鹿馬鹿しい事でレオンは死に何もかもが無くなった。
……エレナ、ごめんな。アイツが死んだのは俺のせいでもある。だけど俺はアイツの恋人に手を出したりなんかしていない! 俺は、ずっとエレナが好きだったんだから!」
そう言ってライナーは少し顔を赤くしながらセリをじっと見つめた。セリは驚きで目を見開く。
「……俺は、小さな頃からずっとエレナが好きで……。レオンの所へ行くとエレナがいて、いつも無茶ばかりする俺たちにエレナが怒って……。あの宝物みたいな時間が大好きだったんだ。ずっと、あんな時間が過ごせると思ってた。いつかもっと強くなってエレナに告白して、ずっと守って生きていくのが夢だった……」
ライナーの真剣な告白に、セリは驚きつつもエレナだった時を思い出しつつ言った。
「私は生まれつき身体が弱くて、少し動いたらすぐ熱を出してよく寝込んでたものね……。あの冬も、ちょっと頑張って編み物をしてたら風邪をひいてこじらせてそのまま……。……ライナー、ありがとう。そんな風に思ってくれてたなんて、エレナは幸せな人生だったよ」
エレナの最期の時。身体が弱く何も出来ず周りの大切な皆に負担をかけてばかりな自分。なんて不幸なんだろうと思って逝ったけれど……。こんなにも、想ってくれる人がいた。そして両親も弟も、エレナを愛してくれた。短かったけれど、幸せな人生だったのだ。
「エレナ。……セリ。一から始めさせてほしい。俺という人間をもう一度見て欲しい。俺、セリと会ってからまるでエレナの時みたいに、こう……胸の辺りがほんわか、あったかくなるんだ。だから生まれ変わりって聞いて凄く納得した」
「……ライナー……。こんな嘘みたいな話を、ライナーは信じてくれるんだね」
「ッたり前だろう!? セリが嘘なんてつくはずがない! それにセリの中に確かにエレナを感じるんだ。
レオンの事は本当にごめん。……でも俺は今同じ状況になってもどうしたらレオンが死なずに済んだのかが分からない。
あの安全とは言えない場所で俺に喧嘩をして来たのはレオンだし、あの凶悪なヒュドラ相手にどうして自分だけが助かったのかも分からない。もしかして、最後はレオンが庇ってくれたのかもしれない」
大切な幼馴染で仲間であるレオンに喧嘩を売られ平常心でいられない時に凶悪なヒュドラ。ヒュドラは複数チームの冒険者か騎士団でないと退治は難しい。例え勇者のパーティーでもヒュドラ相手には2人では厳しいだろう。……2人?
「ライナー。その喧嘩した時は2人きりだったの? 近くに仲間は居なかったの?」
「……ああ。聖女マリアは近くの教会に用事があるとかでもう1人の仲間を護衛代わりにして行ってたから。多分マリアがいない時を狙ってレオンも俺にあんな話をしてきたんだろうけど……」
「……そう、なんだ……。他に仲間が側にいればまた少し違ったのかもね。それで、パーティーは解散になったんだね。その後聖女マリアはどうしたの?」
「マリアは教会に戻り、そのあとすぐに現れた新たな『勇者』のパーティーに入ったと聞いた。あれから5年も経つがまだ魔王の所にたどり着けないでこんな所にいるんだな……」
「それでライナーに誘いをかけてくるって事は、また勇者のパーティーは上手くいっていないのかな?」
「そういう事になるよな。……だけど、そんな上手くいっていないパーティーに前回の勇者のメンバーなんか入れたら、余計にこじれるとしか思えねーんだが。アイツはとことんそういうとこが分かってねーよな。何よりチームワークが大事だってのに」
そう。確かに今の4人で冒険者をしているとチームワークの大切さをとても感じる。互いを知り思い合い、状況を見て最善の行動を取れているからだ。
「そうだよね。私も今の4人でいるとチームワークの大切さを感じるよ。……ねえ。それで『聖女』って、聖魔法で骨折までを治せるの?」
「ん? ああ、その点はアイツはやっぱり『聖女』なんだよな。手をかざし魔法を唱えると骨折や酷い傷が嘘みたいに治って……」
「ライナー。……私は1年前に前世を思い出すまで『レーベン王国』で生まれ育ったの。あの国は普段他国と関わりを持たない……というか自分達の魔法が凄すぎるから相手にしてないっていうのが正しいんだけど、とにかくあの国の高位の『治療魔法』使いは……、身体の欠損まで治せるの」
「へっ!?」
ライナーが言葉を失った……。
「あ、勿論私は出来ないわよ? 初めに言ったでしょう、「治療魔法の力は弱い」って。だけどレーベン王国では普通の『治療魔法』使いでも骨折くらいは治せるわ。……私は特に力が弱かったの」
「ああ、そういえば最初そんな事言ってたよな……。てか、レーベン王国凄すぎるだろ!? あの国のヤツが勇者やった方がいいんじゃねーのか?」
レーベン王国では独自の宗教を持っている。世界のその他の国々はほぼ全て同じ宗教。『勇者』を決定する世界の教会はレーベン王国の人間を選ぶ事はない。
「……ねえ。そもそも魔王ってどこにいるの? 教会に勇者が選ばれて旅立つっていうけれど、近隣の魔物退治をするだけで永遠に勇者が旅をし続けているみたいに思えるんだけど」
「……いや、大昔には勇者が魔王を倒したと教会に記録が残ってるそうだ。その後に魔王は復活したんだと。そこからは住処を替える魔王の、手先の魔物を退治していってるだけの状況だからなんとか魔王の所へ辿り着かないとって……。勇者の選定や魔王の情報管理は教会がしてるから、俺たちの時は聖女マリアからその情報を聞いていたんだが……」
「ふーん……。レーベン王国では聞いた事なかったなぁ。エレナの時も、お話としては『勇者』や『魔王』を知っていたけど一般人には殆ど関わりがなかったよね? 魔物がたくさん出る地域に勇者達が来てくれたって話は聞いた事あったけど、およそ魔王と戦うって現実離れしてるよね? ていうか『魔王』っていうならそれこそ世界一の魔法の国と自負するレーベン王国を狙ってくるのが普通じゃない? まあ1年前に魔物が溢れた件はまた違うだろうけど。今まで魔王はどの国を襲ったの?」
どの国を? ……ライナーは考え込んだ。
「いや……。直接どこを襲ったとかは聞いた事がない。魔王はどこからか世界各地の魔物達を操り世界を混沌に落とそうとしている、としか聞いていなかった。……それで教会は勇者を送り、その為の寄付を各国に求めて……」
そこまで言ってライナーはハッとしたようにセリを見た。
「……まあ、『勇者』が各地の魔物退治をしてくれるのは皆有り難いと思ってると思う。けど、『魔王』云々は多分……」
「……そう、だよな。教会の権威と寄付集めの為、って事だよな。……確かにレオンが勇者に選ばれた時もその少し前に近くの教会でその力を認められてたんだ。そして前勇者が死んだら『勇者』だって発表されたんだった。各地の教会でそれらしい者の候補を挙げておいて、前勇者が死ねばその中から新たな勇者を選んでいくだけだった、ってことか……」
ライナーは見るからにがくりと力を落とした。
大切な親友が『勇者』に選ばれる。そして自分も勇者の仲間に加えてもらい、周りにも随分と持ち上げられた事だろう。神に選ばれし勇者のパーティー。……そしてその後の勇者の死と転落。
若くして人生の大きな浮き沈みを経験してしまったレオンとライナー。それが教会の権威の為であったと聞けば思いは複雑だろう。
「聖女の事を悪く言うつもりはないけど、教会の出身なら多分その辺りの事情は知ってたんじゃないかな? それで旅に出たらいるはずもない『魔王』よりも目の前の恋に走った……て感じかな?」
「マジかよ……。俺達は……少なくとも俺は聞いてねーぞ。レオンは、どうだったんだろう。……もしかしたらマリアと付き合い出した時に聞いたのかもしれねーな。途中から明らかに魔王退治の熱量が俺とは違ってた。それも恋に夢中になってるからかと思ってたんだが……」
ため息を吐きながらライナーは言った。そのガックリきた様子にセリは思わず慰めを入れる。
「でもまあ、教会の作る『勇者』の全部が全部悪い訳じゃないけどね。各地の魔物は退治されてる訳だし、それで助かった人達もたくさんいるだろうから。まあ勇者一行全員に事情を打ち明けてくれてても良かったのかもしれないけど」
「あー……。でも俺、知ってたら辞めてた自信ある。レオンも最初から知ってたら旅に出てなかったと思う。『俺達は勇者だ! 魔王を倒し世界を守るんだ!』って最初は意気揚々と出発したからなー。初めから真実を知ってたらあんなにテンション上がらねーよ」
「ああ、まあ確かに」
レオンも乗せられやすい子ではあった。
確かに世界各地を回る魔物退治の旅にアテもなく出るのは若者達にツライだろう。それを『聖女』が教会と連絡を取り上手く誘導していくという事か。
しかし『聖女マリア』はその誘導役を上手くこなせず、勇者の仲間をバラバラにしてしまった訳だが。
「……でも、あの聖女はまたライナーの所にくるんじゃない? 一度断られた位で諦めるならこんな帝国の外れにまで来ないでしょ。もしかしたら次は教会の看板をひっ下げてくるかも。……そうしたら、ライナーは断れるの?」
途端にライナーは凄く嫌な顔をした。
「ぜってーやりたくない! ……けど、教会の名を出されるのは厄介だな……」
「……そうだよね。この世界で教会の意向に逆らうのは難しいよね。もしかしたら聖女は教会を動かせるのかな。7年も勇者のパーティーの『聖女』をやってるならそれなりの権力は持っているのかもしれないわね」
「……だろうな……。セリ。俺は5年前レオンが死んで新たな勇者が選ばれたと聞いてすぐに姿を消した。俺は勇者の仲間なんてやってたから教会の力は分かってるつもりだ。だから俺はあの時すぐに居場所がバレそうな故郷にも帰らなかった。もしアイツが……教会の名を出してやってくるのなら、俺はまた姿を消すしかない」
その時、扉がバタンッと大きな音を立てて開いた。
「待った!! ライナー、いきなり姿を消すなんて事は許さないからね!? ちゃんと仲間に話をしなさいよ!」
扉の向こうからダリルとアレンが現れた。
「うぇっ!? お前ら聞いて……? てか、何盗み聞きしてんだよっ! セリとゆっくり話せって言ってたじゃねーかっ!」
慌てふためくライナーをスルーして今度はアレンが話しかける。
「ライナー。僕らの関係はそんなものだったの? 僕らは最高のパーティーだって、いつも言ってたじゃない!」
「お前ら……。けど、いくらなんでも教会が出てきてそれに逆らう事になったら……。お前達に迷惑かけちまう。お前達は俺のこと何も知らなかったって、こっちが迷惑だって教会の奴らに言えばきっと大丈夫だから……」
その言葉を聞いてダリルとアレンはキッとライナーを睨むように見て言った。
「馬鹿にしてんじゃないわよ!! 仲間を売って自分達だけ助かろうだなんて思っちゃいないわよ!」
「そうだよ! 最悪逃げるっていうんなら、皆一緒にだからね!? でも今はまず、このままでいける最善の道をみんなで考えて探してみようよ!」
ダリルとアレンがライナーにそう畳み掛けた。
最初驚きで身を見張ったライナーだったが、彼らの気持ちがだんだんと胸に沁みてくる。
「これから、迷惑かけちまうかもしれねーのに……。俺に関わったばかりに本当にすまん……」
「何言ってるの! あの日、誓ったでしょう? もう私達は仲間であり家族なの! ……さぁ、策を練るわよ? まあそういう事態にならないのが1番だけど、あちらの出方次第で私達も動き方を考えていかないとね……!」
そう言って、ダリルとアレンは少し悪い笑顔を見せた。
ライナーとセリはそれを見てゴクリと息を呑んだのだった。
◇ ◇ ◇
「ライナー。この間はいきなりごめんなさい。あれから少しは考え直してくれたかしら?」
再びギルドに現れた『聖女』マリア。彼女はその美しい可憐な姿でライナーに話しかけてきた。
「何度来ても一緒だよ。俺はアンタと関わりはない。今までもこれからも、な。これ以上俺に近付かないでくれ」
そしてまたしてもライナーは冷たく突き放す。けれど、今回のマリアは強気だった。
「ライナー。……あなたに教会本部から依頼が来てるわ。『勇者』と共に旅に出るように、と。正式な依頼よ? あなたに断る権利はないわ。……大丈夫。また以前のように私や勇者と魔王を倒す旅に出るだけ。あなたの能力は教会も認めているの。大司教様は現在の貴方の活躍もご存知よ」
マリアはそう言って勝ち誇ったようににこやかにライナーに笑いかけた。
「……断る権利がない? それはどういう事だ?」
ライナーが更に声を低くして問いただす。教会の名を出してもこんな態度を取ってくることを少し不審に感じながらもマリアは強気な態度を崩さなかった。
「どうって……。分かってるんでしょう? 世界での教会の命令は絶対。逆らえば貴方は一生日陰者になってしまうわよ。ここでの生活もしていけないし、お仲間も無事では済まないでしょうね」
ふふふと意地の悪そうな笑顔で言うマリアは、到底世間でいう清廉な『聖女』の姿からはかけ離れていた。
「……へえ。『勇者』の仲間であり今や教会の看板的な存在である『聖女』様が、そんな脅しなような事を言うんだ?」
後方から声がした。マリアが振り返ると、確かライナーの今のパーティーのアレンとかいったか。
「な……! なんなの、あなたには関係ないでしょう? それに私に逆らうなんてあなた教会を敵に回すつもり?」
マリアは最初驚いたものの、すぐに強気を取り戻す。教会の力を背景に今やこの自分に逆らえる者などほぼ居ないのだ、と。
しかし、更にライナーの仲間の1人ダリルがマリアに声を掛けて来た。
「あらぁ。教会を敵に回すと、どうなるのかしら? まさか世界の民の庇護者であるべき教会が、嫌がる冒険者を無理に勇者の仲間にしようなんて事をするというのかしら? そもそも今『勇者』は健在だし、その仲間を教会の名の下に無理矢理召集するなんて聞いた事がないんだけれど?」
今回ライナーを仲間にしようというのは、ほぼマリアの独断だ。5年前、自分の手に落ちなかったライナー。レオンが死んだ後、いつの間にか姿を消していた。……やっと見つけたのだ、今度こそ逃さない。
教会にもマリアの説得で、それで今の『勇者』が力を発揮出来るのならと無理に認めさせたのだ。
「それだけライナーの力が認められたという事よ。あなた達も仲間がこんな名誉な事に選ばれたのだから、もっと誇りに思って快く送り出したらどうなの?」
マリアはツン、と彼らから顔を逸らして言い渡す。
今や長年『聖女』として教会の殆どに影響力を持つようになった自分に、逆らえるはずがないのだと。
「……という事ですが。ご覧になられましたか? コレが教会の誇る『聖女』様なのですか?」
まだ少女と思しき声が誰かに声をかけていた。
「――は?」
いったい誰にそんな馬鹿げた事を言っているのか。もし今回の事を告げ口されたとしても、世間の信頼はこの『聖女』にあるはず。
むしろマリアは蔑むような目で声のした方を見た。
「……これは、誠に申し訳ない。このような不届き者は教会の『聖女』にあらず。今すぐ処罰するのでご容赦くださらぬか」
そこに居たのはマリアも数える程しか会ったことがない、教会の1番の権力者。教皇だった。
「んなっ!? まさか、教皇様……! あの……これは……これは違うのです! この者達は教会の命令に従わぬので、私は心ならずもこのような態度を……! 今の『勇者』は力が足りず、前回の勇者の力強き仲間であったライナーに助けを求めただけなのです!」
「――黙りなさい。今の『勇者』側からも苦情を聞いておる。『聖女』がやたらと前回の『勇者』と比べ『役立たず』と罵ってくる、仲間達との間を壊してくる、とな」
教皇はマリアを見て厳しく言った。マリアは顔色を悪くしながら尚も反論する。
「彼らの力が前回の勇者レオンに及ばないのは事実でございます! 私も彼らが充分に力を振るえるよう努力致してまいりましたが……。今回その解決の為に、前勇者を導いたライナーを仲間に、と……!」
「『勇者』もライナーも嫌がっているのに? それが彼らの為になると本気で思っているのなら、あなたには『聖女』は向いていません。……そして、あなたには別の容疑もあります。それは前『勇者レオン』の殺害。あなたはレオンをあの凶暴なヒュドラの巣でここのライナーと喧嘩をする様に仕向けましたね?」
先程教皇に呼びかけたライナーの仲間の1人の小娘が、生意気にもマリアが『聖女』に相応しくないと言ってきたばかりか、思わぬ容疑まで掛けてきた。
「何を言っているの! なんて失礼な娘なのかしら! 教皇様! このような者の申す事を真に受けてはいけません! これは『聖女』を……いえ、教会を貶める行為ですわ!」
マリアはショックを受けたように、教皇の側に近寄ろうとした。
そこに、ライナーが道を塞ぐ。
「教皇様に近付くな。お前の容疑は晴れていない」
マリアは縋るような目でライナーと教皇を見たが、2人がその哀れな『聖女』に同情する様子は無かった。
「……もう1人の『勇者レオン』の仲間が、全て白状したのよ。5年前、『聖女』に脅されヒュドラの巣にレオンとライナーを誘導したとね。彼は今でもあなたを『悪魔』と言って怯えていたわ。本当にコレが『聖女』だったなんてねぇ……」
ダリルがそう言って軽蔑した目でマリアを見た。
「この度は、ご迷惑をおかけし誠に申し訳なかった……。『聖女マリア』は引退させ罪を償わせる。二度と表舞台に立たせないと約束しよう。しかし、この事が世間に明るみに出れば教会の権威が失墜してしまう。どうか、『聖女は病死した』という事でご容赦いただきたい」
あろうことか教皇はライナー達に頭を下げた。マリアはその事と教皇が言った言葉の内容に驚き反論しようとしたが……。
……身体が、動かなかった。おそらく、これは身体拘束の魔法。
冷や汗をかきながら視線だけを泳がせ周りを必死で見ると、そこには冷たくこちらを見る銀の髪の少女の姿があった。彼女のその印象的な紫の瞳から静かな怒りのオーラが見えた気がして、マリアは生まれて初めて心から恐怖した。
「……教皇さま。どうか、彼女を厳しく罰してくださいね。『勇者レオン』を死に至らしめた、この人を」
少女は静かにそう言い放った。教皇は彼女に頭を下げる。
「それから、『勇者レオン』の名誉の回復もお願いします。レオンは仲間を助ける為に命を懸けてヒュドラと戦った、と」
「承知いたしました。……セリ様。また何なりと、この爺をお呼びくださいませ。教会はあなた様を心より歓迎いたします」
「――ありがとうございます。では、2人とも大教会にお送りしますね」
「おお、セリ様。なんと素晴らしきお力……! もう少し、もう少しだけお側でそのお力を見せてはくださらぬか……! 是非にこの爺に……!」
「あ、うん。さよなら」
「セリさ……」
シュンッ……!
2人の姿がこのギルドから消えた。
ちなみに、マリアが現れた時からここは周りから見えなくしてある。
「ふあーッ! マリアのヤツ、何でこんな事になってるのか訳が分からないって顔してたぞ! それにしても、本当にアイツがレオンの死に関係してたなんて……」
「本当だね。しかもその頃まだ17.8歳だろう? しかもその理由が痴情のもつれ? って怖すぎるんだけど……! ていうかセリ、よく『教皇様』を味方につけられたね!? どんな手を使ったの?」
「馬鹿ねー、アレン。あの教皇様のお顔見なかったの? あれはセリに陶酔し切ってたわね。教皇様の前でセリの本当の力を見せてやったのね?」
3人の期待の視線を浴びて、セリは困った顔で答えた。
「うーん……。私も教皇さまの前で色んな魔法を見せつけて少し驚かせて味方になってもらうつもりだったんだけどね? 私が教皇さまの目の前に転移した時点で、もうあんなキラキラした目で私の事見てたの。『転移』なんて、教会の古い記録でしか見たことないって、何でもするからもっと力を見せてくれって凄い勢いだったの。だから、『転移』させるからこれから起こる事をよく見て欲しいってお願いしただけ。そうしたら物凄く喜んじゃって……」
「あー…、うん。凄く、喜んでくださってたね。最後あちらに飛ぶ時もセリからもっと魔法を見たいって凄く名残惜しそうだったし。あ、もしそれで『聖女』に指名されちゃったりしたらどうするの!?」
アレンが不意に思い付いた可能性を聞いた。
「あ……それ、もう言われたの……。絶対イヤだって言ったら、分かったって言われたから大丈夫なのかな」
彼らはついさっきまでここに居た教皇を思い出す。どこから見てもまるで孫娘を溺愛する好々爺のようにしか見えなかった。つまりはセリにメロメロで、何でも……は言い過ぎだがとりあえず嫌だという事をさせる事はないのではないかと思われた。
「うん、まーそーなのかもな……。俺は昔『勇者』一行として一度だけ教皇様にお目通りしたけど、あの時はもっと厳格なじーさんに見えたんだけどな……。
とにかく、セリに無理な事言ってこないんならそれでいい」
ライナーの言葉に皆頷いた。
◇ ◇ ◇
――セリがライナーに前世の話をしたあの日。
アレンとダリルも加わり、『聖女マリア』に対する今後の対策を考えた。
その時、セリは3人に自分の『治療魔法』以外の魔法の話をした。今の自分は『治療魔法』以外は相当高位の魔法使いであると打ち明けたのだ。
彼らがどんな反応をするか、本当は少し不安だった。けれど、彼らは『それは凄い事だけど、それよりセリ本人が好きだから関係ないよ』と言って『不安だったね』と抱きしめてくれた。
そして実はアレンはある王国の侯爵家の三男、ダリルはまた別の王国の第5王子だったとその時軽く教えてくれた。
驚くセリに、『誰でも秘密を持っている。人それぞれに事情があるからそれを隠す事を悪いことのように思わなくてもいいんだよ』と言ってくれた。
……この人達に出逢えて良かった、仲間となれて本当に幸せだとセリは心から思ったのだった。
それからみんなで話し合い、練られた今回の計画。
――もし、マリアが教会の権力を使ってきたなら、それを教会の1番の実力者である教皇に正してもらおう。今の教皇はかなり規律に厳しい方だと聞いている。あのマリアの本性を知れば何らかの処罰は与えるだろう、と……。
ただ、教皇の座す所とこの街とはかなり距離がある為に、高位の魔法使いが使えるという『念話』で、なんとか教皇に事実を伝え説得する事が可能かと3人はセリに尋ねた。
するとセリはそれならば教皇をここに連れて来て実際に見てもらおうと、皆の想像を遥かに超える方法を提示してきたのである――
「……教皇さまが何か他にして欲しい事はないのかと聞いてくれたから、レオンのもう1人のパーティーの仲間に会いたいって言ったら本当に会わせてくれて。その人がマリアの悪事を話してくれたからレオンの殺害疑惑まで出てきて、無事に解決出来たんだよね。
……せめてレオンの仇が取れて、本当に良かった……」
教皇を見送ったあと、どこか遠くを見ながらそう語るセリに3人は黙って頷いた。
そして、意を決したようにライナーはセリに語りかけた。
「なぁ……、セリ。俺たちの故郷のことなんだけど……」
そう少し話しづらそうに切り出したライナー。
「ッ! ……うん……」
セリはずっと聞きたかった故郷の話題にドキリとする。
ライナーがレオンを失い『勇者のパーティー』メンバーでなくなった時。彼が故郷に帰らなかったのは、勿論教会に居場所を特定されない為でもあったのだろうが……。
故郷の皆に華々しく見送られ出発したのに結果を残せず、しかも大切な幼馴染である『勇者レオン』が死にその死の原因が自分にもあると思う中、帰ることが出来なかったのだろう。そう分かっていたからセリはその話題には触れられないでいた。
「すまん……。ずっとセリに気を使わせちまったな。話すのが遅くなったが、エレナの両親はレオンが勇者に選ばれる半年程前に亡くなってる。俺たちは『勇者一行』として出発する前にレオンの両親とエレナの墓に報告しに行ったよ。
それから『勇者一行』の家族は教会からその生活を保障される。天涯孤独になっていたレオンの家の墓の管理もしっかりすると、教会は約束してくれていた」
ッ! ……まさか両親ももうこの世に居なかったのだとは……。
セリは少なからずショックを受け、目を閉じて深く息を吐いた。
「大丈夫か? セリ。……まだ俺がここに流れ着く前に、偶然故郷の知人に会ったことがある。奴の話によると、故郷の両親の墓の横にレオンの墓も作られたんだそうだ。教会は約束通りキチンと管理してくれているらしい。街の人達は『我が町の勇者レオン』と慕ってくれてずっと供えられる花が絶えないそうだ。
……いつか、一緒に行こう」
……レオン。父さん、母さん……。
セリは流れる涙を止められなくて、言葉も出ずただ頷いた。
そんなセリの横で、ライナーはセリが泣き止むまでそばに居てくれた。
そしていつの間にかその場から居なくなっていたアレンとダリルは、家に帰るとご馳走を用意して待っていてくれたのだった。
その日の夜は『お疲れ様会』として、またしても飲み会となったのである。……セリだけはジュースだったけれど、みんなで楽しく飲み明かしたのだった。
◇ ◇ ◇
それから暫くして、『勇者』一行は謎の病気に罹り引退。すぐに新たな『勇者』が選ばれ、メンバー総入れ替えをして『魔王』を倒す旅に出発したと教会から大々的に発表された。
「ありゃあ、勇者達も全員あの聖女マリアに毒されて病んでたみたいだな。まあ5年も勇者やってたんだから、ほんとお疲れさんってとこだろ。俺も2年ほど旅し続けてたけど相当しんどいもんだからな。『勇者』は2、3年で交替って位がちょうどいいのになー」
ライナーは『新・勇者旅立つ!』と書かれた新聞を見ながらそう言った。
ちなみにこの新聞は、今朝教皇からもらってきた最新版だ。本来ならこの地方都市にはその最新の情報が来るまでにひと月近くはかかるだろう。
あれからセリは、偶に教皇のところへ行っている。
魔法の『念話』で教皇からちょくちょく連絡が来る。今回は珍しい果物が手に入ったので取りにおいで、という魅力的なお誘いだった。
「ほんっとうに、教皇様はセリにメロメロよねぇ。あのいただいた果物だって教皇様に捧げられた南国の随分珍しい果物でしょう? 普通なら私達には一生口に入らないものだわよ。セリに感謝よねぇ」
ダリルがあの果物の美味しさを思い出しトロンとした顔をしていると、アレンは心配そうに言った。
「でも、もしも教皇様が無理な事を言って来たらもう行かなくていいんだからね? それにその時点で僕達にちゃんと話すんだよ」
「あー、大丈夫だろ? 貰ってばかりで悪いからこっち特産の果物を持って行ってるし……。貰いっぱなしは後がこえーからな。ちゃんと貸し借りなしにしてる!」
ライナーは胸を張って言った。教皇の所に行く時は必ずライナーと一緒に行っている。
実は最初の『転移』の時も、勇者の仲間の時一度教皇の大教会に行った事のあるライナーと一緒に転移してから、教皇の部屋に転移した。全く知らない土地には転移は出来ない。だからセリは祖国を出て1年、『転移』を使えず旅を続けていたのだから。
そしてライナーの見立てでは、教皇は『初孫の女の子にメロメロになってるじいじ』状態だ。しかし貸し借りがあると後で難題を押し付けられる可能性があるので、お互いに渡し合う貸し借り無しの対等な関係を目指している。
――しかし、問題が一つ。
「……でも教皇は『お前は悪い男ではないが、セリ様の相手はワシが認めた男でないと許さない!』とかほざいてんだよなー! イヤ、教皇アンタはセリのなんだよ!? 本気で祖父と孫娘のつもりかいっ!」
ライナーの叫びにダリルとアレンは苦笑しつつ言った。
「まああんなにセリを可愛がっている教皇様ならそう思うのも仕方ないんじゃない? かくいう私もセリの相手にいい加減な男は許さないわよ!」
「そうだよね! セリは僕らの可愛い妹分なんだから! セリを傷つけるヤツは誰であろうと、例えライナーでも許さないからね!」
2人に宣戦布告? されたライナーは驚き慌てる。
「ッ!? オイ! お前らまでなんだよ!? だいたい俺がセリを傷付けたりなんてする訳ねーだろっ! 俺はセリ一筋だ!」
そう言って抱き込もうとしてきたライナーをセリは華麗にかわす。
「ちょっ……! ライナー! やめてよねみんなの前で恥ずかしい!」
そう赤くなりながら言うセリ。ライナーはすかさず言った。
「ッ! すまん! ……みんなの前じゃなきゃいいんだな!」
「な……な……っ! 何を言ってるのライナーッ! もう知らないんだからーーっ!」
真っ赤な顔をして、自分の周りにライナーが触れないように魔法で『防御壁』を張ったセリに、ライナーは本気で焦りダリルとアレンは笑い合った。
……そんな仲間たちを見てセリは思う。
(旅に出て良かった。ライナーやダリルやアレン、そして教皇さまやギルドや街の人たち。色んな人に会えて、支え合って生きていくことは本当に幸せだわ。
……それに……)
チラリと向こうで少し落ち込みながらもこちらを子犬のような目で見るライナーを見る。
(ライナーに……、また逢えた。そしてこれからも、ずっと一緒に居られるんだわ……)
湧き出るような喜びを胸に、ライナーを優しく見つめるセリだった。
――そうして、不器用なセリとライナーを仲間達は見守り、共に冒険者を続けていったのだった。
そして……。
「これは珍しい東の国のお菓子……! セリ様、喜ぶかのう?」
近頃は美味しそうな食べ物を渡すととても嬉しそうな様子の教皇に、人々は『どうやら教皇様は甘いものがお好きらしい』と噂するようになった。そして最近は教皇への捧げ物は甘い物を中心とした美味しそうな食べ物が多くなった。
それから益々美味しい物珍しい物をゲットした教皇からのセリへの連絡は増え、せっせと餌付けは続くのだった……。
〜教皇の夢〜
私は幼い頃から『魔法』というものに憧れていた。代々由緒正しき家柄の我が家には、たくさんの書物があり私はその中の『魔法の歴史』という本が大好きであった。
その昔、賢者はその魔法で身体の欠損までを治し、そして『転移』をし『魔王』を倒し大地の形まで変えたという。
大人たちはこんなものはお伽噺だというけれど、私は信じていた。確かに現在は、聖女でも骨折治療が出来れば良い方であるし、魔法も単体の魔物を退治する時に使う火風雷……などだ。転移をしたり魔王を倒したり大地の形を変えるなんて、夢物語でしかない。
諦めきれない私はもしもそのような『魔法使い』が現れたら真っ先に会うことが出来るようにと、最高権力者である『教皇』の座にのぼり詰めた。……本当は、私自身がそのような魔法を使いたかったのだが、それは叶わなかったので。
そんな私ももう齢70。教皇となってから早20年以上経つ。
ここまでくると、流石にそのような『魔法使い』など居ないのだろうと諦めていた。そんなある日。
「……む。今日のマダムミーシャの占いは……、なに! 百年に一度の幸運日!? 『運命的な出逢いがある』とな!?」
私は早速側近を呼び、今日は休むと言ったのだがアッサリと却下された。泣く泣く執務室で山の様に積まれた書類仕事をしていると……。
……それは、その方は淡い光と共に現れた。
私は目を見張った。その神々しい姿に、その輝かしい程の魔力に。
コレは……コレは、何度も読んだあの本に書かれていた『転移』!?
そして、教皇である私の人生の転機は訪れた。
私はこの時から、その素晴らしい魔法に驚きつつ、この『魔法使い』セリ様を我が子のように可愛がる事になる。私は今初めて本当に子や孫を可愛がる世の父親達の気持ちが分かったのだと思う。おそらくこれは神の代理人となって久しい私への神からの褒美なのであろう。
そして、マダムミーシャの占いは当たったのである……。
……という、教皇側の裏話でした。
短編とはいえかなり長いお話、お付き合いくださいましてありがとうございました!