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*短編*

人の成る木

作者: 小坂みかん

 人類は一度滅亡した。氷河期を生き抜くには、人類は弱すぎたのだ。しかし、だからといってそれが人類の終わりではなかった。氷河期が明けて生物にとって住みやすい世界が再びやってきたころ、人類は母の胎からではなく、木から生まれる存在として新たなる産声を上げた。

 人類の成る木はAIによって管理され、人類はアンドロイドの手により育成された。最初のうちは〈原初の人〉と同じく未成熟の状態で収穫されていたのだが、環境のせいなのか、アンドロイドには”生育”の機微を完璧に理解するのは不可能だったのか、せっかく収穫したにもかかわらず、未成のまま腐りはてた。そのため、木に調整がなされて、人はある程度成熟してから収穫されるようになった。

 幾多の困難を乗り越え、そのたびにAIとアンドロイドにより調整が施され、人はようやく成人まで生きることができるようになった。──こうして、人類はこの世界に再び誕生した。


 だがしかし、人類は再び危機に直面した。木から成る存在となった代償か、番いはすれど生殖するに至らなかったのだ。手をつなぐなどの表面的な触れ合いに愛や喜びは感じるのだが、本来の生殖行動には忌避感を覚えるらしかった。そのため、番いとなった者たちには未成の子どもがあてがわれた。

 人類が行う初めての育児は困難ばかりで、成熟することなく亡くなっていく子も珍しくはなかった。しかしながらおもしろいことに、育児の成功例が増えるにつれ、人類はヒトとしての本能なども取り戻していったようで、ちらほらと自然繁殖の事例も見られるようになっていった。──こうして、人類は復興を遂げていくかと思われていた。


 あるとき、人の成る木からひとりの少女が収穫された。少女は意識がはっきりとするやいなや、静かな声で、瞬きをすることもなく言った。


「もう二度と、人の実が熟れることはないでしょう」


 少女の発言通り、収穫を行っても、人は形を成すのもままならず朽ちていくばかりだった。生育中の実もエラーが発生して多数が破棄された。

 生まれたての少女が何故そのようなことを知り得たのかと、誰もが疑問に思った。少女は表情を変えることなく「お父様がそう仰った」と言った。


 クローニングの限界に達していたのだろう、木に成る実はことごとく破棄となり、〈木〉そのものも活動を停止させるべきかという議論がなされるようになった。自然繁殖から成長した個体の遺伝子を採取して〈木〉に与えてはみたものの、それでも実は成らなかった。


「真に滅ぶときが来たのです。しかし、それは同時に、楽園の始まりでもあります」


 少女の度重なる発言で、人々もアンドロイドも混乱に陥った。一見正常そうに見える少女にも何かしらのエラーが発生しているのではないか。エラーが発生しているのならば、少女を破棄するべきではないのか。......そんな意見まで飛び交うようになった。


「お父様ははじめに男を遣わされた。だから二度目は女である私を遣わした」


 わけの分からない戯言をくりかえす少女を、人機どちらもが「破棄すべき」と結論づけた。もちろん、少女の言葉に耳を傾け、むしろそれに縋り、救いを求める者も少なくはなかった。だが、彼らの意見では絞首台へと向かう少女の足を止めさせることはできなかった。


 少女は処刑される前、何か最後に一言は、と尋ねられると中空を見据えて言った。


「私が母の元へと還るとき、世界の全てもまた、母の元へと還るでしょう」


 理解ができないとばかりに首をかしげたアンドロイドたちに向かって、少女は言葉を続けた。


「全て、です。全てが母の元へと還るのです。鉄の体を持ちし隣人たちよ、あなたたちもつきつめれば母なる大地、母なる海の胎からより生まれました。あなたたちも還──」


 少女が口を閉ざす前に、刑は執行された。そしてその直後に、大きな雷が人の成る木に向かって落ちた。

 木に成っていた僅かばかりの実から光が次々と消え、木はシステムエラー音を吐き続けた。木の慟哭はしばしの間とどろき、静かになったころ、今度は街に異変が起き始めた。街のシステムも次々にダウンしだしたのである。


 街のシステムダウンの影響を受けて、アンドロイドたちも次第に狂い始めていった。プログラムの枠から外れた行動をとるようになり、やがて互いに破壊し始めるまでに至った。人々はその光景を見て、少女の言葉は本当だったのだと理解した。


 ──それからどれほどの月日が流れただろうか。数十年か、あるいは百年を越えたのか。人類はアンドロイドの管理からはずれ、自ら耕し、支え合い生きていた。しかしそれも、終わりが近づいてきていた。

 荒廃した世界の中で、かつて人の成る木であったものを仰ぎ見つめながら、老婆が”絞首台へと向かう少女のイコン”を抱きしめた。


「私も、とうとう楽園に……」


 イコンを胸に押さえつけるようにしながら、老婆は一筋の涙を流した。そしてゆっくりと目を閉じると、静かに息を引き取った。


 そうして人類は永遠の眠りについた。

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