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46.男の情、女の算



「話をうまく引き伸ばしてくれましたね」

「姉さんに言われた通り、司綿さんにしてほしいことを喋っただけだよ」


 詩絵はPC操作の為に浮抄(ふしょう)の部屋の近くに行っていた。

 同じネットワーク内からのハッキングは難易度が下がるのだとか。浮抄の部屋のルーターに接続しての工作。

 なるべく会話を引き延ばすよう打ち合わせをしていた。

 舞彩の生来の性格なのだろうが、彼女の話し方は男心を引き寄せるものがある。詩絵との違い。



「……嫌な気分だったでしょう。あんな相手に」


 不快な役割をさせた舞彩を気遣う。

 そんな姉に舞彩は首を振り、とんっと僕の腕に頭を当てた。


「司綿さんがいたから。姉さんは?」

「事前に確認しています。何度見ても気分のいいものではないですけど」


 言いながら、舞彩の手招きを受けて詩絵も距離を縮めた。

 舞彩の手が詩絵の背中に回り、僕へと引き寄せる。

 お互いに一仕事を終えたのだからと言うように。僕は舞彩の傍にいただけなのが情けない



 ぶっつけ本番ではなく事前調査済み。

 さすがに一度の電話のやりとりの間にできるわけがない。

 PCをつけっぱなしで風呂に入ったりして、戻ってきても待機状態になっていないことがあったりする。

 浮抄は何かの加減なのだろうと気にもしなかっただろうが、そうした合間に外部から仕込み済み。


 ストリーム配信で刑事物などの映画鑑賞が趣味だったらしく、電波の強い無線ルーターを使っていた。普通のルーターでも屋外に届いてしまうものだ。

 既に手に入れていたパスワードなどを利用してアクセスすれば、押し込み強盗よりずっとスマートに作業が進む。見知らぬ端末からアクセスがありましたという通知もやり方で消せるのだとか。



「あのアパート近隣に防犯カメラなどが少ないのも助かりました。浮抄自身が嫌ったのかもしれません」

「それにしても反応が早かったね、警察の」

「インフルエンサーと言いますか、やじうま根性と言うのか」


 詩絵から会話切り上げの連絡が思いのほか早く届いた。

 これは普段使っている端末からの通信。工作に使った中古PCとは違う。


「そういう類の人間の目に付くよう流しましたけど、本当にあっという間でしたね。面白がって苦情電話を入れる人間もいるだろうとは思いましたが」

「自分が一番に見つけた、みたいに変な競争心を持ってる人もいるからね。無関係なのにクレーム入れるのを生きがいに感じるのか」


 僕も引きこもりの頃にはずっとネット掲示板に張り付いていたこともあった。

 祭りに乗り遅れるな、とか。そんな風に。

 自分では直接警察署に電話を入れるなんてしたことはないけれど、実際に行動する人間もいる。後先考えず。


 SNSがすっかり普及した今は十数年前よりさらに情報の拡散が早い。

 舞彩が僕の鎖骨をなぞりながら電話で話している時間。ちょっと落ち着かなくてどのくらい経っていたのかわからないけれど。

 その間に広まり、すぐさま警察署に通報が入った。

 アパートは警察署からさほど遠くなく、慌てて駆けつけてきた警察車両を確認した詩絵はその場を離れる。


 危険なことはしない、と。

 確かに、楽口や娥孟と遭遇するのとは違う。間違って警察に捕まることはあったかもしれないが。



「警察は大丈夫かな?」

「ネットワーク関係で警察が私に辿り着くことはありません」


 使用したフィットークのアプリは、通信中なら相手のMACアドレスを調べることが可能。だけど切断してアプリを落としてしまうと消えてしまうのだとか。

 警察に踏み込まれ、やましい気持ちのある浮抄がどういう行動を取るのかは考えるまでもない。


 そしてフィットークの開発元では、国のイメージ改善の為に近年児童買春に対し厳しい罰を設けて、見せしめのように取り締まり中だとか。

 今回の騒動についてその方面にも情報を流した。現職刑事が性被害に遭った未成年者の怪我などの画像データを持ち出していたという内容。

 捜査協力を求められても渋るはず。世界的に恥ずべき事件になってしまっている。


 詩絵の計画の周到さを褒めたら、これもフクロウから教えられたのだと。

 あまりに協力的で何が目的なのか、なんだか気味が悪い。詩絵の方はあまり気にしていない様子だった。



「こちらが流出した浮抄のクレジットカードの不正利用でもしなければ……いっそ誰かがやってくれると助かります」

「そっちに目が行くといいね」

「さすがにそんなバカは誰もしないと思いますが」


 これだけ騒ぎになっている警察関係者のクレジットカードを不正利用なんて、捕まえて下さいと言うようなもの。

 そんな間抜けなことは誰もやらないと思う。


「使ったPCは分解して処分してしまいます。元の持ち主に辿り着いたところで私は面識もありません」


 田舎の郊外には、家電や鉄くずを無料で引き取ると言って怪しげな廃棄場を展開している業者がいる。そんな中からくすねたノートパソコン。

 こういう時の為に用意していたということだった。足のつかない道具として。



「車の目撃証言などから追う可能性もありますから絶対とは言えません。この後は少し急ぎます」

「詩絵……ひとつお願いだ。舞彩も」


 何もできていない僕から、姉妹への頼み事。

 ハッキングの知識も、男を手玉に取るような真似もできない僕だけれど。


「もし捕まったら、全部僕の指示だったと言ってほしい」

「司綿さん……」

「仕方なく従ったんだって、そう言ってくれ」

「そんなこと言えるわけ――」

「舞彩」


 反論しかけた舞彩の胸に詩絵が手を当てて首を振った。


「捕まったら黙秘しなさい。何も言わなくていい」

「詩絵、僕は……」

「あなたが不当な罰を受けるようなことを、私たちが許せるはずがありません。司綿」


 少し怒ったように僕を見上げる詩絵。

 けれど、その顔がすぐに緩んだ。


「あなたがそういう人だと知っています。舞彩を大切に思ってくれているのも」

「……」

「大丈夫です。日本の司法はどうしてか女の犯罪者には甘くなるものです」

「でも、刑事を巻き込んだ騒ぎの犯人だったらどうなるか」

「その時には私たちの写真もあの男が隠匿していたと拡散します。世論に押されて厳罰はされないと予想しています」



 僕の自己犠牲めいた思い付きなどより詩絵の計算はずっと現実的だった。

 浮抄に対するサイバー犯罪。

 僕が犯人なら世論も警察も徹底的に僕を叩くだろうけれど、詩絵や舞彩なら風向きが違う。変えられる。


 相手は犯罪を取り締まる警察としては最低の不祥事を明らかにされたような男だ。

 詩絵が非合法な手段で何かしたとしても、情状酌量の余地だとかは十分すぎるほどある。



「……僕に何かできることが」

「司綿がいなければ、舞彩があんな男と会話できたとは思えません。あなたの優しさは私たちの大きな支えです」

「そうだよ、司綿さん」


 優しいというだけで何も力になれている気がしない。

 その優しさだって、彼女らを失いたくない臆病な気持ちからのもの。

 情けない。本当に情けない。



「何も心配いりません。そもそも警察がこちらに辿り着くとも限りませんから」

「……うん、わかった」

「ですが、急ぐ必要はあります。娥孟が捕まる前に」


 詩絵と違って警察に捕まる可能性が高い娥孟(がもう)萬嗣(ばんじ)


「今が好機でもあります。次の手を進めましょう」



 背背が死んだのは予定外の偶然のはず。

 なのに矢継ぎ早に復讐の計画を進めていく詩絵に、少し疑問も覚える。


 本当にただの偶然だったのだろうか。あれは。



  ◆   ◇   ◆


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