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45.膨らんで流れて_2



「母親の彼氏がいてエーコが身の危険を感じるというなら……君はもう成人年齢なんだよな?」

『うん……結婚も、できる』


 発想が飛躍しすぎだ。

 メンヘラらしい。

 だが悪い気分ではない。こうして浮抄に依存するのなら、なんでも要求に応えてくれそうな気がする。


 男慣れしていない少女というのは今まで相手にしたことがなかった。真っ新な娘なら浮抄の欲求を聞き、どんな淫猥な行為でも普通のこと(・・・・・)としてやってくれるんじゃないのか。

 それも別に犯罪行為ではない。今年は最高にいい年になりそうだ。



「君が望むように――」


 再び通知が鳴った。

 うるさい。休みの時に何度も何度も。

 規定により仕事用のスマホは職場に……あるわけではない。実際には持ち帰って電源を切ってあるだけ。

 個人携帯の番号に何度もかけてくる同僚。昨日、署の車の鍵でも戻し忘れたかもしれない。


「――俺なんかのところでよければ好きにしてくれていい。場所は」




 相槌を返すエーコと話していると、アパートの階段を駆け上る足音が聞こえてきた。

 インターホンと、返事を待たずにドアを叩く音。

 なんなのだ、いったい。


「あー、すまん来客だ。場所がわからなければまた言ってくれ」

『うん……頑張って(・・・・)、ね』

「?」


 頑張るのは、場所もわからないアパートに向かうエーコの方ではないのか。

 メンヘラは妙な言い方をするものだな、と思いながら玄関に向かう。玄関回りも後で片付けなければ。



「浮抄さん!」

「なんだぁ?」


 尋常じゃない様子の同僚。後輩と同期と。

 警官殺しでも出たのかというくらい焦った形相で。


「何やってんですか!」

「すぐに回線切断しろ、浮抄! お前は……」

「は?」


 今まで話していたスマホを見る浮抄に、同期の男が苛立ちを押さえきれない様子で上がり込んだ。

 そのまま勝手に部屋に入り、起動していたPCを強制で電源オフにする。


「何を勝手に」

「お前んところから流出してんだよ! バカ野郎!」



 流出。

 言われた言葉の意味を遅れて理解してから、口を開けた。


「な……」


 そんなバカなことにならないよう、怪しげなURLを踏んだり見知らぬメールを開いたりしていない。

 信用できるサイト関係しか使っていない。それでも大手通販サイトでさえ顧客情報流出でクオカードを送ってきたりしたけれど。


 もうこの十数年、飽きるほど見聞きしてきた。くだらないミスであってはならない情報流出をしてしまう間抜けのことを。

 浮抄は違う。自分のミスでデータ流出などさせないように。

 データ移行が面倒だから買い替えてこなかったPC。



「なんでお前の自宅に被害者の捜査資料があるのか。さっきから署にクレームの嵐だ」

「浮抄さん……言い逃れできないですよ、これ」


 普通なら容疑者にこんなことは言わない。まだ罪が確定していない民間人に対して脅迫とも取られかねない発言になるのだから。

 警察としての体裁や形式とは違う、同僚としての言葉。言った後輩刑事はやりきれないという顔で俯いて頭を振った。


 やりきれないのは浮抄の方だ。

 せっかくこれから、最高の毎日が始まるところだったのに。




 浮抄(ふしょう)淇欠(きけつ)の自宅PCから、ダークウェブを介して流れたデータ。

 主に目立って取りざたされたのは、未成年の性被害者と思われる画像データなど。

 過去にまだ管理側のセキュリティが甘かった頃、外部に持ち出すことが可能だったもの。当然、当時とて禁じられていたはずだけれど。


 その他のデータや浮抄のクレジット番号、住所なども同時に流れた。その情報は瞬く間に地元住民のSNSを中心に広がり歯止めが利かなくなる。

 最初にその流出に気づいた人間が、面白半分で広めたという傾向もある。


 地元の地名がSNSで急上昇ワードになり、それが十分程度で爆発的に広まり、行動力のある人間が関係する企業団体などに苦情を入れた。今回は警察署。

 慌てて事実確認しようとするが当人に連絡がつかない。そんな流れで。



 せめて幸いだったのは、被害者の個人を特的できる情報がなかったことだろう。

 まるで事前に善意ある誰かが選別したかのように。

 



  ◆   ◇   ◆



「だから、ハメられたんだ!」


 訴える。

 冷たい目、白い目を向けるかつての同僚に。

 まだ罪が確定したわけではないので、両者の関係はまだ同じ県警所属ということになるにしても。


「汚い手で……違法アクセスってやつだろ、これだって」

「流出したのはお前の家からで、お前の契約しているネットワークからだ。まだ捜査中だが」

「くそっ!」


 捜査の途中の情報を容疑者に伝えるなどもあり得ない。

 けれど警察仲間。当たり障りのないこと程度は教えた。



 取り調べではない。

 本格的な取り調べは県警本部から。問題が問題だけに中央からも監査の担当がくることになり、それらの到着を待ってからになる。


 浮抄には伝えられない情報もあった。

 流出元になったPCにリンクした形跡のノートPC。この端末番号の持ち主は隣市の高齢主婦で一年前に処分したノートPCだと言っている。その後の使用歴もない。


 何者かが浮抄をハメた可能性は捨てきれない。

 だがそれを表ざたにしてどうなるか。実行犯を捕まえられればいいのだが、そうでなければ。

 身内を守る為に架空の真犯人を作っているというように、世論が激しく反発するかもしれない。

 その挙句に捕まえられなかったら、さらに警察の面子に泥を塗ることになる。もう泥はひどいものだから、その上に小便でもかけるようなものか。


 浮抄がハメられたとしても、実際に浮抄は持ち出し禁止のデータを私的に持ち帰っていたのだ。画像は十年以上昔のもので、当時は確かにセキュリティが甘かった。

 今なら署内PCに外部記憶装置は接続できないようになっているのだが。

 言い訳のしようがない。


 腐った警察官。面汚し。

 これの処分は本部から来るお偉い方に任せよう。庇いだてするに値しないクズだ。どうなろうと知ったことではない。



「フィットークの女が……」

「……」

「フィットークのサーバーなら、俺が話していた相手がわかるはず」

「あれがどこの国のアプリか知っているか?」


 浮抄のさらなる訴えに、元同僚刑事は首を振った。


「東南アジアの国でな。児童買春撲滅の為に、一昨年から児童福祉法……向こうでなんて言うか知らんが、違反すれば最高で極刑が課されるようになったそうだ」

「……」

「既にフィットーク管理会社の代表が発表している。児童福祉法違反の汚職警官に対しての情報開示要求は断固として拒否するそうだ。でなけりゃ向こうが協力者扱いで極刑かもしれんわけだからな」


 未成年の性的画像を私的隠匿していた汚職警官。

 国際的にもこれ以下がないほどの悪印象しかなかった。


「これ以上、見苦しい真似をするな。俺ができる助言はこれが最後だ」

「……」


 下半身の欲求のせいで全てを失う。

 世間にはありふれた、そんな事件のひとつ。

 早く問題を片付けて、蓋をして。世間からの注目をこれ以上集めないでくれと。

 県警本部も、他の善良な警察関係者も。珍しくほぼ全員が同じ思いだった。



  ◆   ◇   ◆

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