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22.女の顔顔



 干溜(ひだまり)埜埜(しょの)は自分が馬鹿だと知っている。


 十五で妊娠した時に両親からそう罵倒された。

 もう堕胎もできないようになっていたし、その時は相手の男を愛していると思っていた。名前は出すなと言われていた元教師。

 子供を産む直前になって、別れようなんて言葉一つで捨てられた。

 馬鹿だったと思う。


 同級生がみな高校生活を送り始めた頃、埜埜は重荷を背負わされて自由を失った。

 つまらない。つまらない。

 みんな好き勝手に遊んでいるのにどうして自分は家事なんてやらなきゃいけないのか。

 遊びに行って好きな物食べて。


 怒りを母にぶつけて赤子を押し付けて遊び歩いた。

 埜埜は馬鹿だ。馬鹿だから頭の回る教師なんかに遊ばれた。

 次に出会ったのは日焼けした顔が特徴的な明るい男。もっと人生楽しもうと言われて性に溺れ、また妊娠した。


 今度は結婚した。干溜の姓になったのもその時に。

 両親にはまたひどく叱られた。付き合いきれないと言われ、子供の面倒くらい自分が見ると言い放って家を出た。

 埜埜の両親にだって子育ては出来たのだから別に難しいわけがない。自分は勝手に育ったのだからそれくらいできると。


 結果的に一年足らずで離婚することになる。



 面倒くさい。面倒くさい。

 仕方なく年齢を偽ってスナックなどで働いた。酒も煙草も嫌いではない。

 喧嘩別れした母はそれでも時折様子を見に来て、ちゃんと育児できていないと埜埜を罵った。うっとうしい。


 その内、娥孟(がもう)と知り合い共に暮らすようになってからは母も訪れなくなった。

 最後に会ったのは父の葬儀。最後まで埜埜のことを許さなかったとか聞かされて苛立つ。


 仕方がない。あんたの娘は馬鹿なのだから。

 ちゃんと育児しないのが悪いって言うなら、そんな娘を作ったあんたが悪い。全部。



 キャバクラで働くにはコツがいる。

 店のキャスト……従業員同士の関係が面倒くさい。

 金を落とす上客に気に入られれば店内での地位はそれなりに安泰だ。埜埜にはこの手のことには向いていた。


 上客の一人から特別に声がかけられる。

 悪くない。けれどそれに乗れば娥孟は憤慨するかもしれない。

 暴力的な男だ。怒らせると面倒なことは知っている。



 娥孟は苛立つと娘を泣かせる。

 憂さ晴らし。大怪我をさせない程度の知恵はある。


 服を脱がせていたのを見た時はさすがに腹が立った。

 私の娘にひどいことを……なんて気持ちではない。全然違う。


 男に媚を売って金を稼ぐ自分をよそに、処女の娘に悪戯したいのかと。娥孟を愛しているなんて思わないが、埜埜の女としての立場を脅かすのではないかと憤った。


 娥孟は笑いながら煙草で、もっと大きくなったらと印をつけていたけれど。

 そのこと以降、埜埜もまた娘たちを叩くことが増えた。

 自分の手では痛い。だから鎖や飾りがたくさんついたバッグで。




 埜埜は自分が馬鹿だと知っている。

 だけどあの夜、アパートの部屋に戻った時の騒ぎの中。


 泣き喚く娘たちと、警察に囲まれている気弱そうな男。


 ――ほら、ママが帰ったよ。

 ――もう大丈夫だからね。ママがいるから。


 わけもわからず子供たちを埜埜に押しやって、ママの振る舞いを求められた時に閃いた。

 この状況は使える。

 うまくやればこんな暮らしからおさらばできる。

 取材を受けて芸能人のように一躍有名になることだってできるかもしれない。埜埜はアイドルに負けない容姿で、男受けも悪くない。



 それからしばらくは、働くシングルマザーの顔で会う人間全てに接してみせた。

 スナック、キャバクラでの経験は無駄ではなかった。

 少女のような顔。悪女のような顔。淫らな顔を好む男もいれば聖母に甘えたがる客だっていた。その期待に応えるように。


 薄幸のシングルマザーとしての干溜埜埜を皆が見てくれた。

 娘たちの目にも映っていただろう。



  ◆   ◇   ◆


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