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11.満つる三つ



 気持ちは固まったのだけれど。

 腹が据わり、自分の体に熱と力が入る。


 目的を見つけて正しく復讐を成そうとは思うのだが、気持ちだけではならないこともある。

 その最たるものが、女の子の扱い。

 ただの女の子ではない。法的に僕の伴侶になった舞彩(まい)に対して、何をどうすればいいのか。



「今日は……ね、もう夫婦なんだし」

「……うん」


 さっきの気構えはどこにいったのか、気の抜けた返事しか返せない。

 舞彩の後に風呂に入った僕と、その後の詩絵(うたえ)が出てくるまで布団の上で向き合ったまま。

 布団は二組。隙間なく並べられていて、僕はどっちで寝るべきなのかもわからない。三人で川になる場合にどの位置が正解なのか。


 綿のパジャマを着た舞彩をどうすればいいのかわからず、詩絵が戻るまでの時間、ああとかうんとか生返事ばかり。

 本物の女の子と触れ合ったことなんてない。画面上なら過去の記憶があるにしても。


「いや、でも……僕はほら、だいぶ年が離れているし……」


 復讐の為に婚姻した。だけど僕みたいなのが若く未来ある舞彩を汚していいのかとか。

 それを言うなら既に戸籍を汚したわけで、それは取り返しがつかない。

 何かのニュースで、勝手に婚姻届けを出された人が戸籍上に残るバツ印など削除を求めたけれど却下されたとか、そんな話があった。

 舞彩の体に残る傷痕のように、彼女の戸籍には僕との婚姻の形跡が残ってしまう。どうしたって。



「ん……」

「ご、ごめん」


 舞彩が恥ずかしそうに足を閉ざして身をよじる。

 さっき詩絵から聞いた話を思い出して、つい股の辺りに目がいっていた。


「い、いいんだけど……その、司綿さんが気にしてるのはもしかして」

「うん?」

「あたしの体……姉さんもだけど、毛がないのは体質なんだから。子供じゃないんだから、ね」

「あ、いや……」


 昨日見た舞彩の体は、確かに体毛らしいものは見えなかった。

 男でも胸毛や腹毛が多い人もいれば、まるでない人もいる。

 舞彩と詩絵は遺伝的に体毛が生えにくいらしい。髪はふさふさだけれど。


 陰毛が生える生えないについて小中学生男子が成長の比較で言い合うこともあるが、女の子はどうなのだろう。

 とにかく舞彩たちはそうらしい。

 子供扱いされているのはその体のせいかと心配したのか。



「それは……すごく可愛いんじゃ、ないか、と」

「……本当?」

「うん」


 今はパジャマで見えないけれど、どうして昨夜はちゃんと見なかったのだろう。

 惜しいことをしたと思う程度には、僕は舞彩を子供と思っているわけではない。体つきは女性らしい丸みを感じる。太っているわけではないが柔らかそう。


 なのに――


「……」


 どういうわけだか、いらない時には血流がよくなる僕の一部がまるで反応しない。

 完全に沈黙したまま。

 あまりの静けさに、このまま永遠に目覚めないのではないかと思うほど力が入らない。



「私に遠慮なら不要ですが」

「っ!」


 詩絵の声にびくっと反応した。

 びっくりした鼓動のおかげで一瞬だけ僕の中心に血が通い、だけどすぐに鎮火する。ちん。



「姉さんも……司綿さん、あのね」

「舞彩」

「言わせて。あたしと同じくらい姉さんもあなたを好きなの。子供の頃からずっと」


 虐待され、育児放棄されてただ二人で生きてきた詩絵と舞彩。

 彼女らが僕を慕ってくれていたと聞くのは、嬉しいのと申し訳がない気持ちとが入り混じる。

 そんな大した男じゃない。そんなものに憧れ、寂しい子供時代を過ごさせてしまった。


「姉さんがずっと聞かせてくれた。どれだけ司綿さんがかっこよかったのか」

「そんなこと」

「司綿、そこは否定しないで下さい」


 過大評価を打ち消そうとする僕に詩絵が願う。

 少しだけ感情的な色を感じる声。


「何も信じられない中で、あの夜のあなたの声と姿は私たちの支えだったんです。それを否定しないで下さい」

「……うん」

「司綿さんはあたしのヒーローなの。姉さんにも」



 自分たちを虐待していた母と内縁の夫。

 その言い分だけが通り、姉妹の気持ちは置き去りにされて。

 助けてくれたはずの青年は下衆な犯罪者としてゴミ以下の扱い。


 彼女らが世界にどうしようもない不信を抱いたことも、その反動で僕への憧れを強く抱いたというならわからなくもない。

 世界でたった一人、本当に自分たちを助けてくれたヒーロとして。

 本当に過大評価だとは思うけれど、彼女らの境遇では他に支えになる真実が他になかったのか。



「あたしは、司綿さんが姉さんとも結婚してほしい。あたしだって司綿さんの奥さんでいたい」

「……」

「だから、あたしたちを……」


 既に二人分の婚姻届けを書いたのだ。

 彼女らの気持ちが、どういう端緒にしても僕を嫌っているわけではないことは理解している。

 それに、舞彩の見ていないところで詩絵とキスをしてしまったのだし。


 しかし、そうした気持ちの問題とはまた別。

 肉体がついてこない。過去の人生でどれだけ焦がれたか知れない状況だと言うのに。

 立たない。面目が。



「舞彩、司綿が困っているのはきっと別のこと。でしょう?」

「ふぇ?」


 なんでわかるんだ。

 詩絵は僕と舞彩の隣に座り、静かに頷いた。

 立たない男の気持ちを慰めるかのように。詩絵は……慣れている、のだろうか。


「司綿はとても真面目なのです」

「知ってる」

「手を上げて」



 詩絵が舞彩の左手を上げさせる。

 指を揃えて、肩の高さくらいに。


「司綿も」


 今度は僕の右手に触れて、舞彩と同じようにさせた。

 上げた手の平を合わせて。



「書類に判子だけで結ばれるわけではないと考えているんですよ。教会や神社でというわけにはいきませんが、ここで」

「あ」


 僕の右手と舞彩の左手。

 ハイタッチするような恰好で重ねた姿勢で、詩絵が頷いた。



「楚嘉司綿。楚嘉舞彩。二人はここに夫婦の契りを交わします」


 まるで神父のような言葉を静かに囁いた。


「病める時も、また苦しい時も。共に――」

「ちょっと待って姉さん」


 詩絵の言葉を舞彩が遮った。

 少し気分を害したような顔で妹を見る詩絵に対して、舞彩もまた不満そうな顔ではっきりと首を振る。


「これじゃ足りない」

「舞彩、今はあなたが司綿の」

「あたしたちの復讐。三人でやるんだから」


 舞彩が右手を上げた。

 姉に向けて。


「こうじゃなきゃ、違う」

「……」

「司綿さん」

「司綿」


 舞彩の明るめの瞳は迷いなく僕を、詩絵の鋭い瞳が迷いながら僕を見る。

 座り込んだ三人。僕と舞彩の手は合わされて、詩絵の手は膝に置かれたまま。


「そう……だね」


 僕も空いている手を上げた。詩絵に向けて。

 詩絵だけ除かれているのはいびつだ。僕の復讐には二人の協力が必要なのだから。


「……わかりました」


 詩絵の右手が僕の左手に、反対が舞彩の右手に合わさった。

 そして一緒に額を合わせて。


「あたしたち三人は、互いに協力して目的を果たす。あたしたちがちゃんと生きられるように」

「……あぁ」

「ええ、そうですね」

「復讐を果たして、一緒に生きることを」


 三人で手を合わせて、額を寄せて、瞳を閉じて。


「「誓います」」


 こうして僕らは本当に結ばれた。

 正しい手順を踏んで、心と体で結ばれた。



  ◆   ◇   ◆


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